御意見募集!

 私が入れて頂いていた、日弁連の法曹人口政策会議が、日弁連執行部宛に提出しようとしている

 『 「法曹人口に関する日弁連の基本政策」についての提言案 』

 について、現在、各単位会に意見照会がなされている。

 大阪弁護士会は、当初、関連委員会にのみ意見照会を行おうとしていたが、一部の方々の指摘を受けて、全会員に対して意見照会を行うことに変更したようだ。

 先日から 【 重 要 】と、明記された意見照会に関するチラシがレターケースに投函されているので、気をつけておられる方はご存じだと思う。

 おそらく、大阪弁護士会全体での意見表明をまとめるのは大変だろうから、結果的には、このような委員会・会員の意見があったという回答になる可能性が高いと思われる。

 それでも、この提言案は、激増容認派の委員と激増反対(漸増)派の物凄い議論の中で、ようやく形になってきたものだ。日弁連として、公式には初めて数値目標も入れて具体的に司法試験合格者の減員を主張する提言の元になるものだ。

 是非多くの方に、御意見を頂ければと考えている。

 会員専用HPから提言案の案文はダウンロードできるし、弁護士会にいえば印刷物でももらえる。メールで意見も言えるし、匿名での意見も弁護士会1階の回収箱に投函すればよいようだ。

 上記意見照会に関しては、大阪弁護士会の構成員の意見をまず聞く必要がある問題であることは異論がないだろう。しかし、裏話になるが、大阪弁護士会の司法改革検証推進本部では、突然一部の司法改革推進派(激増容認派)の委員から、弁護士はユーザーの意見を聞くべきだとの声が上がり、常議員に対して、司法改革万歳路線の有識者を呼んでレクチャーを行い、大阪弁護士会常議員会での上記意見照会に関する決議に影響させようとする動きもあったそうだ。

 会員の意見を聞く会員アンケートについては、何度提案しても、全て無視してきたにもかかわらず、司法改革推進派の提案であればあっさり承認する委員会も委員会だ。

 大阪弁護士会執行部も、12月22日付けで日弁連から意見照会を受けていながら、関連委員会だけへの照会で済まそうとしていた節もあり、穿った見方をすれば、何らかの意図があったのか、と勘ぐれなくもない。

 結局、良識ある委員の先生のご尽力で、会員向けの有識者パネルディスカッション?は、日程だけは、意見照会に関する常議員会の後にずらされることになったため、増員派の、本件提言案決議に関する常議員会に、影響を与えようとする意図は実現しにくくはなった。

 このような攻防は、大阪弁護士会内だけではなく、当然日弁連内にもある。

 しかし、このような目に見えない様々な攻防を経ながらも、今回の提言案を各単位会に意見照会させるところまで持ち込めたのは、紛れもなく宇都宮会長が派閥に縛られていなかったからだろうと思う。

 皆様の忌憚のない意見を、大阪弁護士会や日弁連に届けるチャンスだ。

 再度、皆様の御意見を頂戴できますようお願い申しあげます。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

司法制度改革が目指した法曹像

制度を活かすもの、それは疑いもなく人である。上記のような21世紀の我が国社会における司法の役割の増大に応じ、その担い手たる法曹(弁護士、検察官、裁判官)の果たすべき役割も、より多様で広くかつ重いものにならざるをえない。司法部門が政治部門とともに「公共性の空間」を支え、法の支配の貫徹する潤いのある自己責任社会を築いていくには、司法の運営に直接携わるプロフェッションとしての法曹の役割が格段と大きくなることは必定である。(司法制度改革審議会意見書より)

 プロフェッションとは、必ずしも明確な定義はないようだが、ある学者さんの定義によると次のような者らしい。

 「プロフェッションとは,学識(科学または高度の知識)に裏づけられ,それ自身一定の基礎理論をもった特殊な技能を,特殊な教育または訓練によって習得し,それに基づいて,不特定多数の市民の中から任意に呈示された個々の依頼者の具体的要求に応じて,具体的奉仕活動をおこない,よって社会全体の利益のために尽す職業である」(石村善助「現代のプロフェッション」(1969))

 社会全体の利益のために尽くす職業、という点が通常の職業や単なる専門職とは異なるように私には思われる。

 そこには、個々の依頼者の具体的要求に応じながらも、社会全体の利益という視点が必ず背後にはあるということだ。

 だからプロフェッションとしての弁護士は、依頼者のどんな要求にも応じる存在ではなく、依頼者の不当な要求の実現要求に対しては、明確にノーといえなければならないはずだ。

 ところが、マスコミ論調を見てみると、弁護士も自由競争を促進すべきだというものが未だに見られる。自由競争は儲けた者勝ちの競争だ。そこで、依頼者の不当な要求にはお答えできないとしてプロフェッションとしての矜持を守ろうとすれば、自由競争には敗れる可能性が高い。

 弁護士のプロフェッション性と、自由競争の激化は、どう考えても矛盾するように思う。しかし、法科大学院擁護派のエライ先生方は、この両方の要請が何故か両立すると考えているようだ。

 かつて、ニューズウイークで、アメリカの弁護士がプロフェッション性を失ったことが嘆かれていたブログを書いたことがあるとおり、現実には、弁護士のプロフェッション性と自由競争が両立しないことが明らかだ。

 果たして国民の皆様は、依頼者の利益のために盲目的にしたがう弁護士と、依頼者の不当な要求に威厳を持ってノーと言える弁護士と、どちらを求めているのだろうか。

毎日新聞の記事の謎

(新聞記事の引用開始)

 司法試験:「合格者1500人に減員を」 日弁連、初の具体案提言へ

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111219ddm041040073000c.html

 日本弁護士連合会の「法曹人口政策会議」が17日の会合で、司法試験の年間合格者数について、現状の約2000人を1500人に減員するよう求める提言案をまとめたことが関係者の話で分かった。3000人への増員を目指す政府方針に反する初の具体的な削減案。
 日弁連は今後、地方 の各弁護士会からの意見を踏まえ、来年3月の提言を目指す。
 提言案は「法曹人口増員のペースが急激すぎ、司法の現場に深刻な問題を引き起こしている」と指摘。その上で「合格者をまず1500人程度に まで減員し、さらなる減員は法曹養成制度の成熟度などを検証しつつ対処すべきだ」とした。
 新しい司法制度のあり方を議論した政府の司法制度改革審議会は01年、「国民の期待に応える司法制度」のためとして人的整備の必要性を掲げ、「10年ごろには、司法試験の合格者を年間3000人とすることを目指すべきだ」とする意見書を作成した。政府は02年、意見書に沿った 増員計画を閣議決定した。
 以後合格者数は増加し、10年には政府方針には届いていないものの、約2000人に到達。今年も同じ規模を維持した。しかし、それに応じた 法的需要の拡大が進まず、新人弁護士の就職難が深刻化している。日弁連は今年3月、「司法試験の年間合格者数を現状より相当数減員すべきだ」とする緊急提言を発表していた。
【伊藤一郎】

(記事引用ここまで)

 このような素っ破抜き記事が出ているので、もう隠しても仕方がないだろうが、日弁連法曹人口政策会議では、日弁連執行部に対して提出する、司法試験合格者を減少させるべきであるという内容の提言案をまとめた。

 問題は、法曹人口政策会議の提言案は、日弁連執行部に対して提言するものであり、その後各単位会や、関係委員会への意見照会を経たうえで、日弁連理事会の承認を得て日弁連の提言として公表されるのが筋だ。私もツイッターで審議状況はある程度お伝えしたが、結論としてどのような内容になったのか、まとまったのか否かについては、明示していない。正式な提言案が提出されたわけではない状況だからだ。
 

 新聞記事によると、ある関係者からの情報ということなので、意図的なリークが考えられる。

 司法試験合格者を1500人にしようが、1000人にしようが、弁護士が毎年3~400人しか辞めていかない現状では、弁護士数は増え続ける計算だ。増える率を急にするか、緩やかにするかの違いなのだ。
 

1500人という数字が強調されている記事の内容からすれば、「日弁連の司法試験合格者減員提言は1000人ではなく、1500人である」と印象づけるために、敢えて弁護士の増加ペースを出来るだけ落としたくないと考える、これまでの司法制度改革万歳論者が意図的なリークした可能性が考えられる。

 リークする意図は他にも考えられる。

 日弁連会長選挙が迫っていることだ。

 現在立候補をすると目されているのは、

 宇都宮健児氏(現)

 山岸憲司氏(新)

 尾崎純理氏(新)

 森川文人氏(新)

 前回の日弁連会長選挙で宇都宮候補は、司法試験合格者に関して、「司法試験合格者数1500人をめざし、さらに1000人決議をしている単位会の意向を尊重して対処する。」との公約で、再選挙によって当選を果たし、合格者削減目標数を明示できなかった山本候補は落選した。

 これまで山岸氏や尾崎氏が、どれだけ法曹人口激増に対抗して活動してこられたのか私は全く知らないが、少なくとも、山本候補の轍を踏まないように司法試験合格者数1500名を公約に掲げる様子である。

 そこで、法曹人口政策会議から出た日弁連への提言案が、1500人よりも更に削減する内容であったなら、法曹人口政策会議の議長は宇都宮会長なので、宇都宮会長は公約実現のために少なくとも日弁連内では全力を尽くしたことになり、反面、山岸氏、尾﨑氏の提言が時代遅れのものになってしまう危険があった(現に、今月に入って、山岸陣営・尾崎陣営からは司法試験合格者数を1500名にするという内容を含んだ豪華なパンフレットが全会員に配布されている)。

 対外的にはともかく、宇都宮会長は公約を死守しようと努力し、少なくとも日弁連の姿勢を変えたことで再選への道が大きく開ける可能性もあったかもしれない。

 そう考えると、詳細は言えないが、議長代行、事務局長の説明もよく分からない部分があった。

(12月21日追記:法曹人口政策会議のMLで、修正案につながる臨時正副会長会議の討議過程について、事務局長から詳細な説明がなされ、私としては、修正案に至った過程については、納得がいくものであったことをご報告致します。) 

 私は、議長代行や事務局長が、結果的に、どの候補者を支持されるおつもりなのかは分からないが、今回のリークは、私には、分からないことだらけだ。

日弁連会長選挙の状況分析については、猪野亨先生のブログが非常に興味深いのでご紹介しておきます。

http://inotoru.dtiblog.com/blog-entry-435.html

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

新人弁護士2割が就職出来ず?

 聞くところによると、司法修習を終了して2回試験に合格し、弁護士志望でありながら一括登録時点で就職出来なかった方の数が、約400名に上ると推測されているそうだ。

 司法試験に合格し、司法修習を終了して、卒業試験である2回試験を受験した人が2047名、2回試験合格者が1991名、裁判官・検察官の採用が昨年と同じくそれぞれ98名・66名であったと仮定すると、

 1991名-(98+66)=1827名が弁護士になる資格を得ることになる。

 そのうち、本日一括登録時点で弁護士となった人は1423名。

 つまり、1827-1423=404名が、2回試験に合格しながら弁護士登録できていない(いきなりの独立開業も出来ず、就職も出来ていない)ことになる。就職率8割以下だ。大学を出たあと、高いお金を出して法科大学院に通い、司法修習を経て、大学生の企業への就職率よりも悪いんだからあきれるほかない。

 理由は簡単。ニーズがないからだ。

 司法制度改革が叫ばれた2001年時点と2010年を比較しても、

 労働事件は約1300件増加、家事事件は22万件増加しているものの、民事・行政事件は約92万件の減少、刑事事件も49万件減少、少年事件も12万件の減少(差し引き130万件以上も減少)だ。

 間違いなく増えるといわれた専門訴訟である、医療過誤事件は797件から776件へ21件の減少、知財関連(金銭目的)は305件から329件に24件増、知財関連(金銭以外)は、266件から277件へ10件増、と完全な横ばい状態。

 つまり司法制度審議会の法的需要の予測は、素人の競馬予想屋でもそこまで外さないくらいの、まるっきりの大外れ、予想したドアホな奴の顔が見てみたい、そんな状況だということだ。

 それにも関わらず、弁護士のニーズがあると叫んでいる、法科大学院協会のエライ教授さん、法社会学の教授さん、マスコミさんは、どうぞ新人弁護士を多数雇用してもらいたい。あなた方が、あるあると仰っている弁護士のニーズを開拓して、法の支配を隅々まで広げるチャンスだろう。

 今ならいくらでも新人弁護士を雇用できるはずだ。

 法科大学院や法社会学のエライ教授さんがいうとおり、本当にニーズがあるなら(まさか採算の取れない仕事をニーズと呼んでいるはずはないだろうから)、少子化で経営難がささやかれる大学や、合格率低迷や文科省からの補助金カットに怯えている法科大学院の財務状況にもプラスになるし、就職の面倒を見てくれる大学や法科大学院なら人気も高まるはずだ。

 良いこと尽くめじゃないか。

 すぐにでもやるべきだ。

 マスコミだって、弁護士のニーズがあるある、困っている人はたくさんいる、と言い張っているくらいなんだから、自ら新人弁護士を大量雇用して、困っている人を助けたらいいじゃないか。就職に困っている新人弁護士を救うばかりではなく、困っている人を救うのだから十二分な社会貢献活動にもなるし、うちの新聞を読んでくれたら法律相談は3回無料だなどと勧誘して、ネットに奪われている顧客を取り戻すことも出来るんじゃないか。もちろん、「ニーズがある」と主張する以上、経済的にペイするニーズがある(放置されている)という意味だろうから、わざわざ全国紙の紙面で広告するなどして、他の町弁を圧迫することもないだろうし、経営的にも十分な支えになるだろう(もし、経済的にペイしない要望を、ニーズがあるといって弁護士に押しつけているのなら、それは、「一部5円なら日経・朝日を読みたいという人がまだまだ世間にはいる。だから新聞のニーズはある。そのような人にも新聞を読ませるべきだ。」と言っているのと同じである)。

 しかもすぐ出来る状況になっているじゃないか。

 何故やらないんだ。

 マスコミや法科大学院擁護派による嘘と世論の誤導には、私はもう飽き飽きしている。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

2回試験近づく~弁護士の就職難

 新司法試験に合格し、1年間の司法修習生活を送った最後に待ち受けているのが、司法修習生考試、通称2回試験だ。

 私の時代は、ほぼ全員が就職が内定した状態で、2回試験の心配だけしていれば良かった。幸い、検察教官の「どうせ高く飛べはしないんだから、低空飛行でも良いから、とにかく地面から浮いていろ!」という激励の言葉が良かったのか、私のクラスは全員が2回試験に合格できた。

 しかし今は、2回試験合格の心配に加えて、多くの修習生が、弁護士激増のあおりを受けて就職の心配を抱えているはずだ。

 聞くところによると、今年の2回試験の合格発表は12月14日、弁護士会への一括登録日は12月15日だが、一括登録日に登録請求をしている人数は、最新の情報では、1400人に満たないといわれているそうだ。

 新64期の修習生が2023名、2回試験再チャレンジ組が24名ほどいるはずだ。仮に2回試験に95%が合格するとして、約1945名が法曹資格を得る計算だ。

 そのうち、裁判所・検察庁への採用が各々100名程度とすると、弁護士登録を希望する司法修習生の数は、1745名ほどとなる。

 仮に1400名が一括登録希望しているとしても、約350名が一括登録時に登録できない計算になる。

 弁護士志望が1745名としてそのうち350名が一括登録できない状況だから、弁護士志望者のうち20%は計算上、一括登録時点で就職がないことになる。

 就職超氷河期といわれている昨今だが、大卒の内定率は昨年4月時点では、91%だ。

 弁護士資格を得てから就職するより、普通の大学生の法が遥かに就職率は高いのだ。しかも弁護士資格を得るためには、法科大学院に高い授業を払い、司法修習生活も借金生活に変更された。これでは優秀な人材が法曹界を目指すはずがないだろう。

 公認会計士試験は、資格の魅力が失われかねない等の理由で大幅に合格者を減少させ、一時は3000人以上もあった合格者を1500人程度まで減少させた。正しい判断だろうと思う。公認会計士の数がアメリカに比べて遥かに少ないにもかかわらず、私の知る限りマスコミは全く非難しなかった。

 国民の皆様が、いざというときに、依頼する弁護士が優秀でなくても仕方がないというならやむを得ない。しかし、本当にそうなのだろうか。一生に一度の裁判で、裁判官がボンクラでも良いという人はいないだろう。いざというときに依頼する医者が藪医者でも良いという人も、まずいないはずだ。

 優秀な人材を、法曹界に招き入れるという点において、現在の制度はリスクが高すぎるし、合格者数(以前の4倍)はあまりにも多すぎる。合格者が多いということは同時に、質の問題も発生する。

 乱暴な言い方になるが、現在定員3000名の東大の合格者を4倍の1万2000人にしたときに、今まで通りの東大合格者の質を維持できるのかと聞かれれば、誰だって無理だというに決まっている。

 しかし、法科大学院維持派の大学教授達、マスコミだけは、無理ではないと言い張る。

 一体、いつになったら、こんな簡単なことに気付いて、目が覚めてくれるのだろうか。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

法曹養成フォーラムの岡田委員の誤解?~その2

(前回の続きです。)

 弁護士は、これまでの経験から、消費者被害事件では、事件化しても被害回復が困難であることが事前に予想できることが多く、そのような場合、既に消費者被害にあった方に、更に、被害回復につながりにくい弁護士費用の負担をさせることが忍びないので、消費者被害を事件化することが少ないのだ。

 弱者切り捨てではなく、弱者をさらに辛い場面に追い込まないために、敢えて事件化を勧めないのだ。

 前述のような事態を避け、消費者被害の回復を可能にするには、資力がない者でも必死になって被害回復しなければならない法制度・資産の隠匿を許さない法制度を作るか、クラスアクションを導入するなど費用対効果をプラスにできる訴訟制度を法律で作るか、資力に乏しい人の弁護士費用を税金・保険制度で負担するか、などの方法以外には、ないように思う。

 これまで消費者系と呼ばれる弁護士の方は、手弁当で多くの事件を解決してこられた。ほとんどがボランティアに近い自己犠牲的活動だったはずだ。

 自己犠牲的とまでいかなくても良心的な弁護士は、被害額・回収見込みがあるかどうかも含めて検討し、費用倒れになる可能性が高い場合は、その旨を正直に伝えて依頼者の方に判断して頂いているはずだ。私は、10年以上弁護士をしているが費用倒れになっても良いから提訴して欲しいと言われたことは、わずか数回だ。

 だから弁護士を増やしても、それだけでは、消費者被害は一向に解決しないのだ。

 自由競争すべきだとの理由で弁護士を激増させると、消費者系の弁護士の方もボランティアをする余裕がなくなるため、手弁当で消費者のために戦う弁護士さんは激減するだろう。そればかりではなく、食うに困った弁護士が、自分の儲けだけを考えて、被害者に対して、勝訴可能性をちらつかせ、無理筋の事件を事件化して弁護士報酬を得る方向に向かう危険性の方が遙かに高いのだ。なぜなら自由競争社会とは、儲けた者勝ちの社会だからだ。

 まず、消費者被害も救済できる法制度、資力に乏しい人でも安心して弁護士に依頼できる制度、勝訴判決によって賠償を命じられたら何が何でも支払うよう頑張らせる制度、これらの制度を整備することが先なのだ。

 そこのところを、岡田委員は誤解されているのではないだろうか。

法曹養成フォーラムの岡田委員の誤解?~その1

 法曹養成フォーラムで、消費者問題関連の岡田委員が、弁護士不足を主張していると聞いた。

 新人弁護士の就職難からすれば弁護士は明らかに過剰になっている。過払い事件のように弁護士の生活の糧になるなら、弁護士は広告を展開し、争って受任する状況だ。

 しかし、弁護士の現状と岡田委員の感覚とは、大きくずれている。

 何故そのようなずれが生じるのか。

 私見ではあるが、おそらく、消費者問題を抱えた方を弁護士に紹介しても、弁護士が事件化して相手を訴える等の行動をとらない場合が多いからではないだろうか。

 事件化しないということは、結果的に、消費者被害事件の被害者が泣き寝入りせざるを得ないということで、一見、弁護士が、弱者切り捨てをしているのではないかと思われる方もいるかもしれない。しかし、現実は逆である。

 消費者被害事件では、詐欺的商法を行った加害会社が倒産している場合や、加害会社代表者が逃亡している場合も少なくない。また、被害が少額である場合がほとんどである。

 このような場合に、仮に訴訟にして相手を訴えて勝訴しても、日本の法制度では相手に資力(財産)がなければ回収できず、被害を回復できる可能性は、まずない。つまり勝訴判決をとっても絵に描いた餅で、その判決によって消費者被害の回復ができないこと極めて多いということだ。

 また訴訟を提起してもらう以上、当然弁護士費用はかかる。公務員のように、弁護士の生活が国により保証されているならともかく、弁護士は法的サービスを提供し、その報酬で生計を立てているから当然だ。タクシーに乗ったらタクシー料金がかかるのと全く同じだ。この点、消費者被害では被害が少額であることも多く、その場合、弁護士費用が、被害額を超えてしまう場合も多くなる。わずか10メートルの移動にタクシーを使う人がいないのと同じで、費用対効果の観点から5万円の被害を回復するのに10万円の弁護士費用をかける人は、まずいない。

 弁護士も、自分の儲けだけを考えるならば、上記のような回収困難・費用倒れが明らかな消費者被害案件でも、「勝訴できる可能性はあります」と伝えて、弁護士費用を頂戴して事件化することはやろうと思えば、当然できる。しかしその結果、仮に勝訴しても現実には被害金額が回収ができないから被害は当然回復できないし、勝訴のための弁護士費用までも(消費者被害を受けた)依頼者に負わせる結果になってしまう。

 これでは、勝訴したところで、被害回復が出来ず泣き寝入り、弁護士費用もかかって泣きっ面に蜂、ということになり、被害者救済にならないばかりか、却って被害者の経済的負担が増すことは誰の目にも明らかだろう。

 これは弁護士が悪いわけではない。弁護士は受任してきちんと勝訴しているからだ。資力のない者(資産を巧妙に隠匿する者)から賠償を得ることが極めて困難な日本の法制度、資力に乏しい人の弁護士費用を税金や保険で負担できない現代日本の制度上の問題なのだ(法律扶助制度はあっても原則償還制であり、後で返済する必要がある)。

(続く)

日弁連の異例な意見交換会~その2

11月1日に行われたこの意見交換会は、日弁連の会議室で行われた。

 部屋の奥に執行部が陣取り、執行部を左側に見ながら法科大学院センターが、執行部を右に見ながら法曹人口政策会議が、それぞれ向かい合って陣を敷き、入り口側に司法修習委員会が法科大学院制度により弁護士となった方々と一緒に座るという配置だった。

 一見して、法科大学院センターと法曹人口政策会議の対決?っぽい座席配置だった。

 開会の挨拶の後、法科大学院センターの委員長から、法科大学院導入の経緯など、もうわかりきっている説明が延々なされ、その後、法科大学院出身者からの発言があり、法曹人口政策会議から問題提起を行い、意見交換という段取りだった。

 法科大学院センターの話は、正直あまり説得的ではなかった。多様な人材を招き入れる理想を散々述べていたが、結局、非法学部出身者の割合は、旧司法試験時代と変わらないデータを否定できなかった。

 また、現在定員削減などで改善中だとのことだったが、幾ら改善したところで法科大学院志願者が圧倒的に減少している現状では、質の維持は現実問題として無理だ。合格者の平均年齢だって、下がっている訳じゃない。社会人に配慮すると言いつつ夜間コースのある法科大学院はわずかだ。各地域に法科大学院を配置するといっても私の郷里のような、ど田舎の法曹過疎地には法科大学院分校すら設置しない。

 その上で、お金も時間もかかる法科大学院を卒業しなけりゃ、原則司法試験を受けさせないとは、悪い言い方をすれば司法試験受験資格を人質に取った法科大学院による搾取ではないか。この疑問に的確に答えられる反論は法科大学院センター側からはなかったように思う。

 ちなみに法科大学院適性試験((独)大学入試センター)の志願者数は、制度が発足した平成15年度は39,350人であったが、減少傾向にあり、22年度は8,650人と78%減少・法科大学院の入学志願者数は、制度が発足した平成16年度は延べ72,800人であったが、減少傾向にあり、22年度は延べ24,014人と67%減少している。志願者が減れば、全体としての法科大学院入学者の質は当然下がる。競争率1.1倍の高校と競争率50倍の高校では、おそらく生徒の質に相当の差が出るだろう。

 言っちゃ悪いが、いわゆる3流高校の生徒が東大の授業を受けてもおそらく理解できないのと同じで、いくら、法科大学院がその教育内容を改善しようとしても、万一仮に法科大学院の教育が良いものだとしても、入学者の質が低ければ、そもそも教育の実はあげられないのだ。

 一方、法科大学院には多額の税金が投入されている。H16年からH22年まで、法科大学院に投入された税金は、毎年71~99億円である。法科大学院対象の日本学生支援機構の奨学金は、上記期間中に68~129億円の予算が組まれているのだ。きちんと法律家を養成する頃ができない法科大学院とそれに嘉陽奨学金のために毎年200億円前後の税金を投入するくらいなら、法科大学院を廃止して、司法試験一本勝負に戻し、合格した人間に給費制を復活させて育てる方がよほど税金の無駄遣いにならないし、日本の将来のためになるだろう。

  大分、話がそれてしまったが、法科大学院センター側は、新制度で合格された超優秀なスーパーエリート弁護士を連れてきて、「法科大学院制度がなければ私は弁護士になっていない」、と語らせ、多様な人材が新制度で弁護士になっていると述べようとしていたが、仮にそのような事実があったとしてもそれは、「新制度導入によって一部の方が弁護士志望の決断ができたことの言い換えにすぎない」ということは、既に私の11月2日のブログに書いたとおりだ。

 また、法科大学院制度を通じて弁護士になった方であっても、法科大学院不要論を述べる方も何人もいた。法科大学院に通える人間は、本当に経済的に恵まれた人間であって、そのことを忘れてはいけない。経済的理由で、優秀でありながら法曹志望をあきらめる多くの人間がいることをに目を向けるべきであるという、渡部弁護士の発言は重かった。

 また、法科大学院センター側から、旧司法試験でも金太郎飴的答案や受験生が同じような間違いをしているとの指摘があり、その弊害を除去を目的とした制度でもあるとの主張もあった。

 しかし、法科大学院での教育を受けた人間が受験した最近の新司法試験の採点実感において、パターン化した答案が目につくとされている点、基本的知識に欠落があり法律試験の答案の体をなしていないとされている点、法的三段論法すらできている答案がわずかである等、法科大学院制度によっても答案のパターン化は改善できず、むしろこんなレベルで実務家にして良いのかというくらい受験生のレベルダウンが甚だしいという事実が指摘されていることに対して、有効な反論はなかったように思う。

 意見交換の中で、感じたのは、日弁連の法科大学院センターは、法科大学院の理想は素晴らしいという点だけにすがって、現実をあまり見ていないのではないか、ということだった。どんなに理想は素晴らしくても現実に失敗となっているのであれば、直ちに改めるのが、正しいのではないか。

 法科大学院を卒業しなくても司法試験の受験資格を与える、予備試験の最終合格者が先日発表されたが、法科大学院を卒業して司法試験を受けるだけの素養があるかを判断するはずの試験でありながら、法科大学院修了者は336人受けて19人しか合格しなかったと聞いている。元来法科大学院は厳格な卒業認定をすると国民に約束しているので、卒業者は当然相当の実力を持っているはずだし、卒業者の実力を法科大学院が保証していることになるはずだ。

 しかし、この予備試験結果からみれば、本来法科大学院を卒業していれば全員合格して当然の試験に5~6%しか合格しないのだから、明らかに、法科大学院を守るために合格者を絞っている制度といわざるをえないだろう。

 こんな不公正なことをやっていて、優秀な人材が法曹界に来るはずがない。

 散漫な記事になってしまったことをお詫びします。

※なお当ブログの記載は、当職の個人的意見であり、当事務所の他のいかなる弁護士にも関係はございません。

日弁連での異例な意見交換会~その1

 日弁連の委員会に出たことがある方でないと、おそらくご存じないと思うのだけれど、日弁連は極めて強烈な縦割り行政に近い運営がなされている。

 具体的には、法曹人口問題は法曹人口問題政策会議、法曹養成問題は法曹養成制度検討会議、法科大学院関係は法科大学院支援センター、で議論されており、相互に密接に関連するはずなのに、ほとんど具体的な意見交換はなされない(若干の委員の兼任はある)。

 だから、法曹人口問題政策会議が司法試験合格者減員(増員のペースダウン)の緊急提言を採択しても、同時に法曹養成検討会議が「法科大学院を中核とする法曹養成制度の堅持」に関する緊急提言などを行って、一方の緊急提言の意味を減殺し、平たく言えば足を引っ張ることが可能となっている。

 法曹人口問題政策会議では、これまで1年以上にわたり、法曹養成検討会議や法科大学院支援センターと意見交換させろと何人もの委員が申し入れてきたが、法曹人口問題政策会議の委員のうち数名を、別の委員会に派遣するから意見交流はできているという論法で、その申入れが拒否されてきた。せめて傍聴をさせて欲しいと、直接会長に某委員がお願いし、会長の了承が出たにもかかわらず、その後、理事会の決定か委員会の反対か、理由ははっきりとは分からないが、その日弁連会長の了承すら反故にされてしまったこともあるくらいだ。

 意見交流が拒否されてきたのは、法曹人口問題政策会議がこれまでの日弁連の委員会と異なり、極めて異質な構成を取っていることがまず理由に挙げられるだろう。

 これまでの日弁連の委員会は、日弁連の意向に沿った委員が(各弁護士会などから)選定され、日弁連執行部向きの結論ありきで委員会が運営されていたように見える。

 宇都宮会長が設置した法曹人口問題政策会議以前の、つまり宮﨑誠会長時代の法曹人口問題に関する委員会を傍聴したことがあるが、あれだけ新人弁護士の就職難など、増員の弊害が出ているのに、現状維持で十分大丈夫だよね、という極めて危機感もなく、議論にもならない発言が相次いでいたので驚愕した覚えがある。

 あまりの危機感のなさに、傍聴者ではあるが、休憩時間に議長に説明を求めてしまったくらいだ。

 ところが、宇都宮会長が設置した、法曹人口問題政策会議は、従来から法曹人口問題について懸念を表明していた各地方の弁護士も委員に加え、公平・公正な委員構成を取った、極めて画期的な会議だ。この会議では、法曹人口問題について、ペース維持派とペースダウン派が相当激しく議論しあってきた。これまでの日弁連イエスマンばかりではなく、本当に真剣に法曹人口問題を考える委員がたくさんいる。増員ペース維持派が論破されることも多いように思う。

 逆に言えば、会議で真剣に議論がなされるため、執行部としては、運営や意見をまとめるのに相当苦労する会議であることは間違いない。そのため、法曹人口問題政策会議と、他の委員会との意見交換をやれば、かなりの紛糾可能性があることを執行部としては危惧していたのだろう。

 しかし、11月1日、ようやく、意見交換会が開催された。これは宇都宮執行部の英断であり、他の会長では実現できなかった可能性が高い。それだけ、日弁連の縦割りは強烈なのだ。

(続く)

法科大学院制度がなければ弁護士になれなかった?

 法科大学院を擁護する立場の方が良く強調したがるのが、「法科大学院がなければ弁護士になっていない」と主張される方の存在です。

 果たして本当にそうなのでしょうか。

 本当に法科大学院ができただけで、司法試験受験を決意されたのでしょうか。

 法科大学院ができたから法曹を目指したという主張が文字通り正しいのであれば、法科大学院卒業+合格率が3%であっても法曹を目指す人が増えていなければおかしいように思います。

おそらく

①法科大学院の指導に沿って勉強すればいいという指針が見えた。

②合格率が跳ね上がると聞かされた。

③弁護士の就職難(弁護士が食えない)などあり得ない(ニーズは無限にある?)と、当時は考えられていた。

等の理由から、

法曹への道を決断された方が多いのであって、主な理由はおそらく②・③だと思います。(東洋経済等、マスコミがこぞって、合格率が上がることを指摘しながら「貴方も弁護士になれる」等の特集を組んでいましたので。)

理由が①だけの方は、旧試験制度でも自分が決断さえすれば、法曹を目指すことができた方だと思います。今は、法科大学院乱立とむちゃくちゃな弁護士増員のせいで②どころか、③まで危うくなってきており、現に志願者は物凄く減少しています。①の理由だけなら法曹志願者が減少する理由付けにならないようにも思われます。

 つまり、法科大学院制度ができたから弁護士になれたというのは、かなりミスリーディングな言い方であるように思われます。

 大阪の南和行弁護士(法科大学院卒)は、この点について、次のように指摘されています。

「法科大学院制度がなかったら弁護士になれなかった」

という言い方は本当に誤導です。

「法科大学院制度があったから,弁護士になる最後の決断ができた」

と言うべきなのです。

法科大学院制度がなくても,その人が「決断」さえすれば,

旧司法試験制度でも,弁護士にはなれたのです。

ただし,

「法科大学院があるから弁護士になれない」

というのは真実として存在します。

弁護士になる「決意」「決心」はいくらでもあっても,

地域の偏在や,経済事情や,

自分以外の要素のせいで法曹養成の道に,

乗っかることもできない人がいることが,

法曹の将来にとって深刻だと思うのです。

極めて明確な指摘であり、現状の法科大学院の問題点をずばり指摘しているように思えます。