一枚の写真から~41

30年以上前、パリの路地にあった、ジプシーサーカス、ロマーネス一座のテント。

海外旅行の際に、動物園やサーカス、人形劇などを見てしまう癖がある。

一枚の写真から~40

30年以上も前に撮影した、ブリュッセルのおもちゃ屋さんのショーウインドウ。

当時はデジカメがなくてフィルムカメラであり、フィルムを使い切ると、それ以上撮影ができなくなるため、一瞬撮影に躊躇した。

しかし、ヨーロッパの街角でマジンガーZと勇者ライディーンに出会ってしまったなら、撮るしかないだろうと自分を納得させた記憶がある。

一枚の写真から~39

ヴェネチアから、乗り合い水上バス(ヴァポレット)で1時間ほどかかる、トルチェッロ島のヴァポレット乗り場で撮影。

トルチェッロ島にはサンタ・マリア・アッスンタ聖堂があるが、10世帯ほどしか居住者はいないはずだ。

私が訪れたときは、ほぼ30年近く前であり、季節も冬で殆ど観光客もいなかった。

がらんとした聖堂を拝観し、帰りの水上バス乗り場で、

猫と老人はなぜ、こうも似合うのだろうか、、、と、足下から吹き込むすきま風に震えながら私はぼんやり考えていた記憶がある。

一枚の写真から~38

確かコペンハーゲンのスーパーの前で撮影。

欧州は犬と一緒に行動している人も多い。

気軽にバスやトラムに犬連れで乗ってくるが、犬はきちんとうずくまって外の乗客に迷惑を掛けないようしつけられている。

お詫びと訂正

 10月1日、2日に掲載したブログ記事の中で、司法試験短答式試験問題「憲法第1問」を引用しておりますが、平成8年度の短答式試験として紹介した問題は、平成9年度の短答式試験の第1問であり、引用に間違いがございました。

 お詫びして訂正致します。

ちなみに、平成8年度短答式試験問題「憲法第1問」は以下のとおりです。

[ 憲法]
〔No. 1〕次の文章中の〔 〕内に,後記AからHまでの語句の中から適切な語句を挿入して文章を完成させた場合,〔 〕のうちの①ないし③に順次挿入する語句の組合せとして正しいものは,後記1から5までのうちどれか。


「近代憲法の最も重要な特質は,内容的には自由の基礎法であること,法的性格としては国の最高法規であることに存する。自由は,〔 〕の根本的な目的であり価値である。そして,近代憲法は,何よりもまず,この自由の法秩序である。ただ単に国の最高法規であるという点に本質が存するのではない。
自由の本質は〔 〕であることに存するが,自由の基礎法であるという憲法の本質は,権力の究極の権威ないし権力が国民に存し,したがって国民の国政に対する積極的な参加すなわち〔 〕が確立されている体制において,初めて現実化する。
国民が権力の支配から自由であり得るためには,統治の客体の地位にあった国民自らが,能動的に統治に参加することを必要とするからである。〔 〕は〔① 〕を伴わなければならないのである。このようにして,〔 〕は〔 〕と結合する。この自由と民主の不可分性は,まさに近代憲法の発展と進化を支配する原則といってよい。
〔 〕にいう自由は,20世紀になって,さらに,〔② 〕をも含むように拡大された。人間に恐怖からの自由と〔 〕を付与し,人間としての十分な人格の発展を妨げる制約及び抑圧から人間を解放する新しい自由は,旧来の自由と全く異なるが,にもかかわらず,人間として万人のために当然要求される。このように考えると,〔③ 〕は,〔 〕のみならず,さらに,〔 〕とも結びつく。」


A 民主主義 B 社会国家の原理 C 立憲主義 D 欠乏からの自由
E 権力への自由 F 国家への自由 G 権力からの自由
H 権力による自由

1.G-E-C  2.E-H-A  3.H-E-A
4.G-H-B  5.E-H-C

この問題も、憲法に関連する概念についてしっかりとした知識を基礎にし、良く考えて判断しなければ正解に到達できない問題であり、単なる知識だけ(または常識論だけ)で解答可能だった、令和3年度の司法試験短答式試験問題「憲法第1問」よりも、難易度が相当高いことはお分かりだろう。

以上からすれば、

【旧司法試験時代】

 難易度の高い問題が短答式試験で出されており、その試験で75~80%の得点を獲得した4~5人に1人しか短答式試験に合格できなかった。

短答式試験合格者だけで論文試験が実施され、6~7人に1人しか論文式試験に合格できなかった。

【現行司法試験時代(令和3年度)】

 難易度が落とされた(簡単になった)短答式試験が出題され、56.7%の得点(平均点より約28点も下)で合格できる。

 短答式試験合格者だけで論文試験が採点され、短答式試験合格者の2人に1人以上(平均点よりも約40点低くても)が合格できる。

 

 以上の比較からすれば、いくら受験生の多くが法科大学院を卒業しているといっても、合格者全体のレベルは下がっていて当然だろう。

 受験生のレベルが上がっているから、司法試験合格者のレベルも決して低くなっていないはずだとの意見は、上記の試験の状況から考察すれば、現実を見ようとしない極めてお気楽な考えであると言わざるを得ない、と私には思われるのだが。

一枚の写真から~37

水都ベネチアでのデート

ベネチアのヴァポレット(水上バス)の乗り場から、デート中らしい若者を見かけた。

一生懸命な男の子が印象的だった。

一枚の写真から~36

ベネチアから空港に向かう水上タクシーから

何かトラブルがあって、やむを得ず水上タクシーを使って空港まで向かった時に撮影。

このあたりは浅瀬が多いこともあって、航路を示す標識がならんでいる。

冬の曇り空の下、なぜだか、墓標のように見えた。

令和3年度 司法試験合格者決定についての雑感~2

(続き)

 平成89年度の憲法第1問は、平等原理について述べた論文を用いて平等について考えさせる内容の問題であり、きちんと自らの憲法に関する知識を下に論文の内容を把握し、しっかり考えて適切な内容の言葉を当てはめていかないと、答えが出せない(しかも空欄が12であるのに、空欄の候補は15挙げられており、本当に適切な言葉を選択しないと正解に到達できない。)。

 これに対し、令和3年度の憲法第1問は、選択肢だけ見れば数が多くて解答しにくいようにも見えるが、要するに最高裁判例の動向を知っていさえすれば解答が可能である。つまり、最高裁判例の結論の暗記ができてさえいれば解答可能であり、思考力は不要である。

 そればかりか、実際の権利制約が最高裁判例に反して行われているはずがないから、実際の権利制約について常識的に考えればそれだけで解答可能だ。

 例えばアについては、逮捕・勾留という制度があり、身柄拘束された者は留置場や拘置所等に入ることは常識である。そして、そこで身柄拘束された者が自由自在に行動できるはずがない。このことは常識としてすぐに分かる。
 イについても、一般社会でも喫煙可能な場所は限定されてきているのだし、特に刑務所ともなれば喫煙の自由がないだろうということは常識的にも判断可能である。
 ウについては、裁判官に中立・公正な裁判が強く期待されると書いておきながら、一般公務員より政治的行為の禁止要請は低い、と選択肢自体が矛盾している内容ともいえ、常識で誤りと判断可能である。

 このように、短答式試験は旧司法試験時代と比較して相当簡単になっているのである。

 旧司法試験時代は、現在より難しい内容の短答式試験であったにも関わらず、短答式試験の合格点は概ね75~80%であり、4~5人に1人しか合格しなかった。そして短答式試験に合格した者だけで争う論文式試験でさらに6~7人に1人に絞られたのである。

 ところが、問題が簡単になっていながら、令和3年の短答式試験は得点率56.7%でも合格できる。受験者平均点よりも28点少なくても合格するのだ。確かに論文式試験と引き続いて実施されるという不利な状況もあるが、問題が簡単になっており、実務家を目指す以上、やはり7.5~8割は得点しておいてもらいたいところだ。

 そして、令和3年度、短答式試験の合格者2672人中、最終合格したのは1421名である。短答式試験合格者だけで見た最終合格率は53.2%である。上記のように問題自体が簡単になり、しかも平均点を大幅に下回っても合格できる短答式試験を通過できれば、2人に1人以上が司法試験に最終合格できてしまうのである。

 最終合格者の総合点での合格最低点は755点(法務省発表)である。これだけ見ればフ~ンと思われるだけかもしれないが、受験者全員の総合点の平均点は794.07点(法務省発表)であることを知れば、事態の重大さがお分かりになると思う。

 要するに、総合点で受験生平均点を約40点下回っている受験生も最終合格しているのである。

 1421人以上合格させるとなれば、さらにレベルの低い受験生を合格させなければならない。

 いくら閣議決定があろうと、閣議決定が法律に優先することはできない。司法試験法1条からすれば、本来もっと合格者が少なくてもおかしくはないと私は思っている。

(この項終わり)