学生さんが来た。

 今日は、私が関西学院大学で秋期に受け持っている、司法特別演習Bの学生さんを含む3名の学生さんが、少年事件について話を聞きたいということで、事務所に来られました。

 少年事件について、よもやま話や苦労話をしていたのですが、どうも学生さんもゼミでどういうことを発表するのか、ハッキリできずに来ていたようすでもあり、果たして実のある話ができたのか少し不安です。

 私は、少年事件をいくつかやって来ましたが、少年が本当に反省して更生できたのであれば、弁護士のことは忘れてもらって構わないのだと思っています。そりゃ、本音を言えば、その子のために一生懸命活動したのですから、覚えておいてもらいたいという気持ちはゼロではありません。

 しかし、少年事件はその子の人生にとって、大きなつまずきの一つです。誰だって人生でつまずきますが、そのつまずきにいつまでもこだわっていては、おそらく前には進めないことだってあるはずです。つまずきから何かを学べば、つまずきを乗り越えられれば、少年には新しい人生が開けています。

 そして、弁護士はその少年事件というつまずきの際に現れ、そのつまずいた自分と短い時間一緒に歩いてくれた人であり、少年がそのつまずきから何かを学ぶヒントをくれるかもしれない人です。失敗から学んでしまえば、失敗自体を忘れた方が良いのと同じく、少年事件から何かを学ぶことができれば、事件とともに忘れ去られた方が良い存在ではないかとも思うのです。

 とはいえ、私自身も、少年院を出てから大学に合格したという少年からの喜びの手紙を大事にとっておいたりするものですから、心の底では覚えておいて欲しいのでしょう。

 人の心は、理性だけでは割り切れないものですね。

日弁連会長選挙が近づいているのですが

 来年の2月には、2年に一度の日弁連会長選挙がある。

 選挙である以上、選挙活動の期間は当然決まっているのだが、実際はちがう。○○の司法を目指す会とか、△△の日弁連を創る会など、会長候補者を推す団体が、選挙活動期間の前であるにも関わらず、あちこちで会合を持つようになる。つまり、事実上の選挙活動など相当前から行われているということだ。現状の選挙制度では仕方がないのかもしれないが、あまり正常な状態ではないように思う。おもしろいことに、あんまり早く立ち上げすぎて、墓穴を掘る場合もあるようだ。

 だから仮に、選挙に全く関係ない活動を全国的にやろうとしても、選挙前半年くらいであれば、選挙に関連するのではないかと、勘ぐられることもある。

 こんなことなら、選挙期間を十分長くとって、堂々とやればいいと思うのだが、おそらく選挙活動に動員される弁護士がもたないのだろう。

 私は、会派に所属していないから、気ままに見ていることができるが、選挙の協力をしなければならない会派などは大変らしい。

 多分事前の会合に動員され、何回も出なければならないだろうし、選挙期間となれば、あらゆるツテを頼って投票依頼をしなければならない。

 投票依頼でもっともポピュラーなのが、電話による依頼だ。これはかける方も大変だろうが、かけられる方も実は相当迷惑である。各弁護士会の会長選挙だと、これに候補者や、その支持者による事務所の訪問も行われる、究極のどぶ板選挙という趣である。

 それに動員される弁護士の労力は、莫大な無駄になっているように思えて仕方がない。

 私は、日弁連や弁護士会こそ、その長を情実ではなく、政策論争で選ぶべきだと考えている。だから、今行われている選挙活動のやり方には反対である。どうしてもこの人に会長になってもらいたいという信念で、自発的に行われる活動は別として、実際に、今の選挙方式で一番迷惑を被っているのは、上層部から投票依頼の電話かけ等を指示される若手弁護士たちだろう。そんなことをするよりも、堂々とマニフェストを掲げ、ネットを利用した政策発表や候補者討論会の配信をするなどして、政策で選んでもらった方がよほど若手の負担も軽くなるし、経済的だ。メールを用いて候補者に直接質問できるような制度もいいだろう。

 ところが、選挙に関するネットの利用は制限される場合もある。もはやそんな時代ではないだろう。私はそのような制限は、ネット社会に対応しきれない上層部の思惑ではないかと密かに考えていたりする。おそらく、選挙制度の抜本的改革が必要なのだろう

 風の噂だが、会派の重鎮の中には、やっぱり選挙が一番燃える、という趣味のような人までいるそうだ。しかし、そのように選挙を趣味にしている人を相手にする必要は全くないと思う。

 やりたきゃ、若手に押しつけずに全て自分でやってくれ、だってあんたの趣味なんだから。

独り言

 今日、○○警察での接見を終えたのは、多分夜10時を回っていた、と思う。

 留置管理の警察官の方に、遅くまですみません、と挨拶して外にでると、ひんやりとした風が吹いていた。商店街を通る道だが、時間のせいか、かなり閉まっている。

 おそらくここから、自宅まで帰ると、夜中の12時近くか、少しだけ明日になるだろう。

 馬車がカボチャになっちまう前に、帰りたいものだと思って、人通りの少ない通りをあるきながら、ふと見上げると、少し太めの半月がかかっていた。

 よくみると、半月の左下の方に小さな星が見えた。

 半月とはいえ、相当強い月の光に負けず、しかし、おそらく99%の人には気づかれずに、、小さな星はだまって光っているのだろう。

 その星を見つけたとき、ほうっと、ため息が出た。そして、明日は明日で、新しい一日だ、と思った。

 そう思った理由は、帰りの電車に乗っているいまでも、何故だか、はっきりしない。

 しかし、理由などなくてもいいのかもしれない。

 そう思いつつ、電車に揺られている。

過払いバブルの実態

 先日、司法制度改革推進本部の会合で、最高裁判所事務総局が発行している、「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」(おそらく非売品)を目にする機会があった。

 その中で、最高裁判所は、訴訟の迅速化が図られているかを判断する際に、過払い金請求の訴訟と思われるものと、そうでない訴訟を区別して、分析をしている。

 分析対象は、地方裁判所に提起された民事訴訟事件の件数だ。

 報告書によれば、平成20年度では、地方裁判所に提起された民事訴訟について

 民事第一審訴訟(全体)                        192,246件

 そのうち過払い金等以外と思われる訴訟               87,256件

そうだとすると、過払い金訴訟と考えられる訴訟は         104,990件(約54.6%!)

 認定司法書士が代理人を務めることができる簡易裁判所では、さらに事情は凄い。主に司法書士らの提起する過払い金訴訟が、私の感覚ではあるが、総事件数のほぼ8割くらいを占めているように思う。 

 話を地裁案件に戻すが、過払い以外と考えられる民事訴訟の件数は、上記の通り、9万件以下である。統計を見ると地方裁判所の新受件数が9万件以下であったのは、昭和50年代前半の話である。

 つまり、簡単に言えば、過払い訴訟以外と考えられる普通の民事訴訟件数は平成20年度においては、昭和50年代前半程度の数しかないのである。

 その当時の弁護士数はおよそ11,000人程度。現在は27,152名である。訴訟案件に限った話で極論になるのだが、現時点で過払い案件が直ちに消えたとすれば、11,000人で処理できていた訴訟事件を、27,000人で奪い合うことになる。

 終わりに近づきつつあるが、まだ過払いバブルが終わっていない現在でさえ、新人弁護士の就職は大変だそうだ。

 悲惨というべきほどまで弁護士過剰生じているという事実が、たまたま発生した過払いバブルによって、表面化していなかっただけだ、という現実が、早晩明らかになる可能性は高いと、私は危惧している。

裁判所の予算

 裁判所データブック2009(財団法人判例調査会発行)を、司法制度改革推進本部の先生に紹介され読んでみた。

 裁判官や検察官の給与体系も載っている。

 1位の最高俸給は、やはり最高裁長官だ。

 2位には、最高裁判事と検事総長が同額で並ぶ。

 3位が東京高裁長官。どういうわけだか、東京高裁長官と他の高裁長官とでは差が設けられている。

 4位は東京以外の高裁長官と東京高検検事長。東京高検検事長と他の高検検事長とで差があるのは裁判所と同じだ。

 5位に次長検事・その他の検事長。検察では(東京以外の)高検検事長も他の検事長も同額のようだ。

 俸給の他に各種手当てが付くだろうから、裁判所データの記載よりも実際の俸給額面は高くなるだろう。

 しかし、裁判官や検察官の担っている重い責任と仕事量の多さを、同期の裁判官、検察官などから聞かされて、少しだけ知っている立場から言うならば、もう少し予算を付けるべきではないかとも思う。

 平成21年度国家予算総額は88,548,001,321,000円

 平成21年度裁判所予算額は   324,732,707,000円

 裁判所予算額に裁判官の俸給が含まれているかどうかは知らないが、少なくとも裁判所予算額として明記されている金額は、国家予算に対して占める割合にして、僅か0.367%である。

 自由競争を進め、事後的に司法による是正を行う社会を目指したにしては、あまりにもお粗末だと言わざるを得ない。

 高速道路の整備もせず、事故に対する対応設備も完備しない状態で、高速道路での制限速度を撤廃して制限なき高速度で走行することを奨励するようなものではないだろうか。

 弁護士人口のみの急増に象徴されるように、いびつな司法制度改革は現在も進行中である。早急に改める必要があると思うのだが。

銀杏の木

 私の通勤途中である、御堂筋通りには、銀杏の木が街路樹として植えられている箇所がある。

 秋になるとギンナンが落ちてきて、踏んでしまうとギンナン特有の匂いが靴に付いてしまって往生することもある。銀杏の木は、決して芽を出すことがないギンナンを、毎年、毎年、律儀に落とし続けている。

 街路樹として見慣れてしまっているので、普段あまりに気にしないのだが、ちょっと気を付けてみると、結構大きな銀杏の木が植わっていることに気付く。 歩道に植えられているせいか、殆ど木の根本近くまで、歩道の敷石が敷き詰められている。これだけ土を敷石で覆ってしまっているのに、ちゃんと雨水を吸い上げられているのかな、水は足りているのかな、と少し不思議に思うときもある。

 それと同時に、結構大きな樹であるだけに、根っこを自由に張れるだけのスペースが、歩道の下にあるのだろうか、という疑問も浮かぶ。

 しかし、よくよく見ると、銀杏の木の根本あたりから、歩道の敷石が波打っている箇所がいくつも見られる。おそらく、銀杏の根が歩道の敷石を少しずつ持ち上げたりして波打たせているのだろう。歩くときは邪魔にしかならない歩道のでこぼこだが、きっとその下では銀杏の木を支える根が、人間の理不尽な行いにもめげず、頑張って精一杯生きているに違いない。

 それを思うと、柄にもなくすこし切ないような気持ちになったりする。

子供手当に思う

 政府与党が民主党に代わって、子供手当の支給がほぼ確実になっているようだ。

 人口が減少しながら栄えた国は歴史上ないような気もするし、少子化対策としてはやむを得ない面もあるように思う。

 但し、子供手当を支給して完全に自由に使えばいいというのでは、納税者としてちょっと納得いかない面がある。

 子供手当は、良き国民を育ててもらうため(良き国民に育ってもらうため)に支給するものだと思う。そうだとすれば、子供手当を受給する家庭としては、その資金を出してくれた納税者に対して、自分の子供を良き国民に育てる道義的義務があると考えても良いのではなかろうか。

 といっても子供には個性もあるし、良き国民といっても幅のある概念だから、支給後の監督なんてできないという主張にも一理ある。

 しかし、少なくとも物事の善し悪しが分かる年齢なってから以降に、犯罪行為に手を染めるような子供が出た場合は、一時的にその子供への手当支給を停止するなどの措置をとっても良いのではないか、と私は思う。犯罪行為は、そもそも社会が許容せず、刑罰を持って阻止しようとしている行為だからである。

 確かに少年には可塑性があり、私の少年事件の経験からしても、過ちを犯した後に劇的に改善される場合も少なくない。しかし、社会のルールを破った以上、それなりのペナルティが科されることは当然だ。だから一度の過ちでその後の子供手当受給資格を一切失うというのではなく、一定期間子供手当を支給しない措置というのは考慮に値するように思う。

 家庭としても、子供手当は相当有り難い制度だから、子供手当を一時的にも停止されないように、これまで以上に、しっかり子供を監督・教育することが期待できるように思う。子供の育て方は子供の個性に応じなければならないとの反論もあるかもしれないが、どんな育て方をするにせよ、犯罪行為を許容する育て方は育て方の個性とは言えず、許されないと思う。

 また、どんなにきちんと育てても、犯罪行為に走る子供が出るかもしれない。しかしそれは、(犯罪行為を奨励する親がいるとは思えないので)その子供が親の指導に従わず自ら招いた行為であって、その不利益を自ら一時的に受けてもやむを得ない場合もあるのではないか。またその場合でも、子供を対象に支給される手当が一時的に支給されなくなるだけであり、家庭自体にダメージは少ないように思う。

 納税者の納得を得るために、一考に値するとは思うのだが、どうだろうか。

弁護士はお金持ちという幻想

 日経新聞の最後の面(一般新聞ではテレビ欄があるところ)に、毎日掲載されているのが、「私の履歴書」というコーナーだ。功成り名を遂げた方の、自分史のようなもので、結構面白い。

 現在は、日本政策金融公庫総裁の安居祥策氏の連載が続いている。

 今日は、安居氏が帝人に勤務していた頃、自動車のボルボの販売を経験したときのエピソードだった。当初うまく行かなかったボルボの販売を安居氏は努力と工夫で軌道に乗せていく。

 その際に、安居氏は、高級車であったボルボを、医者・弁護士・中小企業の経営者などをターゲットにして売り込みをかけていく。ターゲットとしては当然だろう。一般にお金持ちと思われている職業だからだ。

 しかし実際は安居氏の思惑とは異なっていた。その部分を以下に引用する。

 「医者は、ベンツやアウディが好きだ。歯科医はドイツ車でもBMWを好むという具合に違いがある。意外だったのは弁護士である。外車どころではないというつつましい方も多い。」

 医者か弁護士というのは、社会的ステータスを表す職業だったのかもしれないが、それは、必ずしも裕福かどうかということと連動しないのである。当時の帝人が総力をかけて多くの売り込みをかけた上でのお話であろうから、かなり信用できると思う。

 安居氏にとっては、非常に意外だったのだろうが、弁護士の多くは、昔からつつましい方が多かったのだ。確かに一部の弁護士にはお金持ちもいる。それは否定しない。だが幸か不幸か、弁護士全員=お金持ちというイメージ(幻想)は、特にマスコミには根強いように思う。

「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」  藤原新也 著

 ・・・・そこには、人間の一生はたくさんの哀しみや苦しみに彩られながらも、その哀しみや苦しみの彩りによってさえ人間は救われ癒されるのだという、私の生きることへの想いや信念がおのずと滲み出ているように思う。

 哀しみもまた豊かさなのである。

 なぜならそこにはみずからの心を犠牲にした他者への限りない想いが存在するからだ。

 そしてまたそれは人の中に必ずなくてはならぬ負の聖火だからだ。 (著者あとがきより)

 長い題名の本だが、内容は14編の短編小説である。

 いずれの短編も、私は好きだが、特に、この本の冒頭を飾る短編、「尾瀬に死す」がお気に入りである。

 1993年10月に起きた事件で、殺人の容疑をかけられた友人(倉本)から手紙が届く。不治の病に冒された妻にせがまれ、倉本が妻にプロポーズをした想い出の尾瀬に、倉本夫妻は二人きりで出かける。妻は倉本が少し目を離したスキに容態が急変し死亡する。偶然が重なり状況は倉本に不利だ。倉本は「私」に証人として証言して欲しいと依頼するが・・・・・。

 1993年は、私の大学時代のグライダー部仲間だったM君が、尾瀬で遭難し不慮の死を遂げた年である。また、私は「尾瀬に死す」の事件があったとされる、まさに1993年の10月に、私はグライダー部仲間であった辻昭一郎君と二人で、M君の冥福を祈りに尾瀬に赴いたことがあるのだ。しかも、小説は私が今も扱うことのある刑事裁判がらみである。

 勝手に不思議な因縁を感じても、私の罪ではないだろう。

 小説は、ある出来事があって刑事裁判が進展し、判決後の「私」と倉本が再会し語り合う場面で終わる。映画のように派手な出来事が起きたわけではない。世間的にも、ある裁判が終わったというだけだ。だが、倉本と「私」の語り合う内容は、おそらくこの本の読者の心を揺さぶることになるはずだ。

 私が下手な文章で紹介するよりも、是非ご一読頂ければと切に願う。

東京書籍 1600円(税別)

月夜に

 昨晩は、とても気持ちの良い夜だった。

 もう寝ようと思って、部屋の明かりを消すと外が相当明るく見えた。

 窓を開けてみると、台風の風雨で空気が洗われたのか、澄んだ月の光が辺り一面に満ちていた。あたりには月光による影ができている。月の光で照らしてみると、自分の手相すらはっきり見える。

 空気はひんやりとして、少し肌寒い。しかし、寒いな、と思うほどでもない。増水した鴨川の流れの音が遠くに聞こえる。深く息を吸い込むと微かに金木犀の香りがする。空気を吸っているというよりも、月光に満たされた空間に身体をそっと浸しているような感じに思える。

 ボンヤリとしながら、何かを考えている。取り立てて何というわけでもない。今、何かを考えている自分がここにいるのか、何かを考えている自分を夢の中で見ているのか、判然としなくなるような気がする。また、そのいずれでもいいような気もしてくる。

 だが、そうして月の光に身を浸していると、人間が決して手に入れることがかなわない、永遠なる何か、無限なる何か、があるとして、そのごく一部には、(それは来世かもしれないが)いつかは触れうる刻が来るのではないか、という確信にも似た奇妙な予感だけは強く感じることができるようにも思う。そしてその予感は、幾ばくかの寂しさと、間違いなく、ある種の幸福感とを同時に秘めている。

 英語にはルナティックという言葉がある。語源は、月に影響された、というラテン語らしい。

 ときには、夜空の下で眠り、ルナティックな気分を味わうことも悪くはない。そんな気がする夜だった。