駐車場にいた犬

 先日、映画のレイトショーを見た後の深夜、月極で借りているお寺の境内の駐車場に車を入れようとしたところ、いつもと違う影が車の前を通り過ぎた。

 大体、野良猫数匹が、決まった車の下を寝床にしている(幸い私の車は寝床ではないようだ)ので、猫ならすぐに分かるのだが、どうやら違う動物のようだ。

 一瞬タヌキかなと思い、自分の駐車スペースに車を駐め、降りようとしたところ、その影が近づいてきた。

 犬だ。

 その犬は、5mほど近くまで寄ってきたかと思うと、すぐに方向を変え、木の陰に戻っていく。

 私は、駐車場から出ようとしたが気になって戻ってみると、やはりこちらに近づいてきては、5m程のところで身を翻し木の陰の方に逃げていく。

 私は以前にもコンビニの駐車場で似たようなシチュエーションに出会ったことがあるのでぴんと来た。

 その犬は、ご主人とはぐれたのだ。

 そして駐車場でご主人を待ち続けているのだ。

 車や人が近くに来るとご主人が迎えに来てくれたのかと思って近づいて確認しては、がっかりすることを繰り返していたのだろう。

 首輪はしているようだったので、首輪に連絡先があるかもと思い、身をかがめて近づいてみたがどうにも警戒しているようで、どんどん逃げていく。疲れ果てているだろうに、ご主人がきっと来てくれると信じて、他人に容易に心を許さないのだろう。

 このままお寺の境内から出てしまえば、外は道路だ。道路では眠ることも出来ないだろう。

 私は、犬のことを心配しつつも、下手に手出しをして犬により大きな負担をかけるわけにはいかず、後ろ髪を引かれる思いで駐車場を出たのである。それ以来、車を使っておらず駐車場に足を運ぶ機会がないので、あの子がどうなったかは分からない。

 あの子は、ご主人に会えたのだろうか。

同感、同感・・・

 同業の弁護士の方にしか分からないかもしれないが、月刊弁護士ドットコムという雑誌がある。

 巻頭には「フロントランナーの肖像」というコーナーがあり、毎号、ちがう弁護士に対するインタビュー記事が掲載される。

 私は結構、他の弁護士さんの思いや経験談を読むのが嫌いではないので、このコーナーを楽しみにしているが、今回取り上げられた榊原富士子先生のお話しには、つい、「そうだよね~」と大きく頷いてしまう部分があった。

「・・・受任の最初に電話一本入れて話し合いをすれば済むケースなのに、いきなり弁護士がついて提訴したり、当事者に上から目線の内容証明を送りつけたりし、当事者がびっくりして相談に来られるケースが珍しくなくなりました。当事者の裁判なのに、相手方弁護士の批判を展開し始める代理人もいます。代理人がわざわざ紛争を拡大するのは、家事事件にはおよそ似合わないやり方ですよね」(月刊弁護士ドットコムvol49 P11)

 そんなことを書いてきたら紛争がより先鋭化しちゃうじゃないか、とにかく相手に感情をぶつけることが優先事項で、根本的な紛争解決などどうでもいいと思っているのか?と疑うような書面を書く弁護士を、最近立て続けに(2人は若手、1人はベテラン)相手方にしたからである。

 そのような弁護士からの書面は、事実に立脚せず主観を根拠に自己中心的な主張を言いつのる傾向が強く、また過度の感情的表現が満載であるばかりでなく、相当上から相手を見下したような書きぶりをしているものだから、読まされる方は非常にストレスを感じる。

 もちろん、そのような書面を送りつけられた側の当事者は、怒り心頭、徹底的に戦って欲しいという気分がわき起こり、双方で妥協できそうな落とし所があっても、感情面を傷つけられたことから迅速円満な解決が遠のいていくことが多いのだ。

 無茶な書面を書いてもらった依頼者からすれば、弁護士が言いたいことをさらに過激に言ってくれるので、胸のすく思いがするのかもしれないが、そのような書面が現実の紛争解決に役立つことは通常考えにくい。また私の経験からしても、そのような書面を送りつけられて紛争解決に役だったことは、一度もない。

 弁護士が少し気をつけて書面を作成すれば足りるはずだが、そのような配慮をしていない(配慮の必要すら気付けない?)と思われる弁護士が増えてきているのかもしれない。

 その点で、私は榊原富士子先生の実感に、同感することしきりなのである。

 当事者が喧嘩している段階であれば感情的な言い合いがあっても良いのかもしれない。

 しかし、弁護士は、例外的な場合(例えば交渉を決裂させて欲しいという依頼がある場合等)を除いて紛争を解決するために依頼を受けたはずである。だとすれば、無思慮な批判的・感情的表現を相手方に浴びせることは、本来の目的に反する可能性があるはずだ。また、上から目線の言い方は間違いなく相手方の感情を刺激し、事件の解決を困難にする方向に向かわせる。

 上記のようなことに配慮し、その上で表現行為を行うだけの慎重さ・冷静さが、弁護士には求められているように思うのだがなぁ~。

 だって、我々の目的は基本的には、紛争拡大じゃなくて、紛争解決のお手伝いでしょ?

死刑廃止論につき、またまた、常議員会で討議中

 昨年2月頃に、常議員会で死刑廃止論について大阪弁護士会で総会決議をあげるかについて検討されていたことは、ブログに書いた。そのときは、散々議論した結果、総会決議を得るために議案を総会に提出することは見送られた。

 しかし、再度、死刑廃止を求める総会決議を挙げようとする提案が常議員会に持ち込まれている。

 死刑廃止に関して、会内議論を喚起する目的でシンポジウムなども何度も開催されている。

 こんなに何度もされると、理由は分からないけれど大阪弁護士会執行部は、死刑廃止を求める決議をどうしてもやりたいのだろうな~と、私は思ってしまう。

 今回、大阪弁護士会執行部は死刑を廃止すべきかについて、全委員会、PTに意見照会をかけた。これ自体はよいことだと思う。私は、死刑存廃論は、その人の思想・生き方にも関わる重大な問題であると考えているし、そのような問題について、大阪弁護士会が、会として統一的な意見を出そうとするのであれば、様々な意見を聞き、議論を尽くした上で行うべきだと思うからである。

 今回、その意見照会の結果が、常議員会に提出されていた。

 私から見れば様々な意見(もちろん死刑廃止論ばかりではなく、存置論からの意見、思想に関わるような問題について弁護士会が意見を出すべきでないとの意見もある)が出されており、非常に死刑存廃議論の参考になると思った。そこで、その意見照会の結果を全会員に配布するか、そうでなければ公開させて欲しいと、昨日の常議員会で今川会長に申し入れた。

 もちろん常議員の中には配布に賛成ではないという意見の方もいたし、意見照会を全委員会・PTにかけた以上、その結果を全委員会・PTに伝えることは当然ではないのかという意見の方もおられた。

  今川会長は、慎重に検討して回答すると返答していたが、私としては検討するまでもなく、全会員に公表すべきだと考えている。

 弁護士会として、(会員内で必ずしも意見の一致を見ているとはいえない)死刑廃止を求める総会決議を行うのであれば、大阪弁護士会の中での多様な意見は、可能な限り会員に伝えて判断の参考資料とすべきだと思うからである。

 少数の常議員会で総会決議案に入れることを決定すれば、総会に現実に出席する人は少ないから、死刑廃止を求める決議が大阪弁護士会執行部の議案として総会に提出され、しゃんしゃんと総会を通過し、「大阪弁護士会の死刑廃止を求める決議」として世に出てしまう可能性が極めて高い。

 そうなった場合、世間は、大阪弁護士会所属弁護士は全て死刑廃止論なんだと誤解するだろう。

 もちろん今回の意見照会の回答を配布したから決議して良いというものでもないが、死刑存廃に関して弁護士会での統一的意見を出そうと考えるのであれば、最低でも可能な限りの情報を会員に提供すべきだろう。

 もし今川会長が、全会員に配布はしないものの、公開は止めないと仰ってくれるのであれば、PDF化して当ブログでも公開しようと思っているが、今川会長が配布もしないし公開も禁止するというのであれば、私としては全会員に有用と思われる資料を皆様にお伝えすることができなくなってしまう。

 なにも、おかしな情報を配布・公開せよと言っているのではない。ある重大な問題に関する弁護士会の各委員会等の意見を、大阪弁護士会の構成員である各会員に配布または公開して欲しいというだけの話である。

 私から見れば、配布しない方がおかしいのだが。

 現在は、今川会長の返事待ちというところである。