法科大学院教育の敗北

 司法制度改革の、起点となった司法制度改革審議会意見書には次のような記載がある。

 「司法試験という「点」のみによる選抜ではなく、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備することが不可欠である。そして、その中核を成すものとして、大要、以下のような法曹養成に特化した教育を行うプロフェッショナル・スクールである法科大学院を設けることが必要かつ有効であると考えられる。」

 要するに、上記意見書は、法曹養成にはプロセスによる教育が不可欠で、その中核として法科大学院教育が必要かつ有効、と断言しているわけだ。

 法曹養成にプロセスによる教育がなぜ不可欠であるのかについて、これまで誰一人説得的な理由を述べてくれたことはないし、司法制度改革審議会意見書にもその明確な理由は書かれていない。

 それでも百歩譲って、法曹養成にプロセスによる教育が不可欠だと仮定して考えた場合、法曹になるために不可欠なプロセスによる教育を一番たくさん受けてきた者が、最も司法試験に合格しやすくなければおかしいはずである。

 今年の司法試験受験生を見ると、つぎの3ルートからの受験生が考えられる。

 予備試験ルート組(法科大学院を経由していないか、中退したプロセスによる教育が及んでいない組)、
 法科大学院在学組(法科大学院を経由しているが、実際の教育課程2年のほぼ半分しかプロセスによる教育を受けていない組)、
 法科大学院卒業組(法科大学院の教育課程を修了し、法科大学院を卒業した、最もプロセスによる教育を受けた組)、

 プロセスによる教育を受けた度合いを比較すれば、当然

 法科大学院卒業組>法科大学院在学組>予備試験ルート組

 となるはずだ。

 そうだとすれば、仮に法曹養成にプロセスによる教育が必要なのであれば、司法試験は法曹となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかを判定する試験なのだから(司法試験法1条)、司法試験合格率も上記のプロセスによる教育を受けた度合いに比例しなければおかしいだろう。

 しかし、今年の司法試験合格率は以下のとおりである。
 予備試験ルート組92.6%
 法科大学院在学組59.5%
 法科大学院卒業組32.6%

 予備試験ルート組>>法科大学院在学組>>法科大学院卒業組

 つまり、プロセスによる教育を最も長期にわたり受けてきたはずの法科大学院卒業組が最も合格率が低いのである。


 すなわち、法科大学院のプロセスによる教育が、法曹養成に関して意味をなしていないということであり、それ以外の理由が見出しがたい。


 優秀な学生は、予備試験や在学中受験に流れるので、やむを得ないとの法科大学院側の反論もありうるかも知れない。しかし、そもそも法科大学院入試時に、法科大学院教育を施せば法曹になる見込みのある人材を選抜している(法科大学院で教育しても合格不可能な学生を入学させているのであれば、詐欺的であろう。)以上、法科大学院がキチンと教育すれば合格レベルになるはずで、教育成果が身についているかについても厳格な修了認定をしていると自認しているのだから、何ら反論にはならないだろう。

 つまり、一言で言えば、


 法科大学院のプロセスによる教育は、法曹養成に関して、実に見事に敗北しているのである。

「司法試験合格者の質は落ちているのか?」論争の参考資料:平成13年度司法試験(旧司法試験)

 某サイトで、司法試験合格者の質の問題が議論になっていたようなので、昔のデータを参考までに示そうと思う。

法務省HPで手に入る最も古いデータは、平成13年である。

平成13年度司法試験は、
総出願者数38,840名
最終合格者990名
だった。
 これでも平成元年の2倍ほどの合格者数であり、合格者を増加させた結果の最終合格者だった。

 なお、論文試験合格者に関して、「おおよそ5/7は受験回数に関係なく合格させ、残り2/7は受験回数3回以内の受験生からしか合格させない」という丙案が実施されており、受験回数の少ない受験生が圧倒的に有利な状況下で実施されていた。

最終合格者の多い大学トップ10
東京大学   206名
早稲田大学  187名
慶應義塾大学 100名
京都大学    90名
中央大学    76名
一橋大学    36名
大阪大学    34名
明治大学    27名
上智大学    19名
同志社大学   17名
である。

上記トップ10の大学の出願者数は
東京大学   2764名
早稲田大学  4949名
慶應義塾大学 2535名
京都大学   1515名
中央大学   4863名
一橋大学    719名
大阪大学    630名
明治大学   1941名
上智大学    585名
同志社大学  1157名
である。

最終合格者数÷出願者数で単純合格率を計算すると
東京大学   7.45%(13.4人に1人合格)
早稲田大学  3.78%(26.5人に1人合格)
慶應義塾大学 3.94%(25.4人に1人合格)
京都大学   5.94%(16.8人に1人合格)
中央大学   1.56%(64.1人に1人合格)
一橋大学   5.01%(20.0人に1人合格)
大阪大学   5.40%(18.5人に1人合格)
明治大学   1.39%(71.9人に1人合格)
上智大学   3.24%(30.9人に1人合格)
同志社大学  1.47%(68.0人に1人合格)

この計算からすれば、
東大・京大卒(在学中も含む)の受験生でも、14~15人に1人しか合格しない、
早大・慶大卒(在学中も含む)の受験生でも、25~26人に1人しか合格しない計算になる。

 もちろん、出願者全員が受験したわけではないだろうし、記念受験者もいたので、真剣に法曹を目指していた者の実質上の合格率は上記の数字より多少落ちるだろうが、今年の司法試験のように合格率42.8%(ほぼ2.3人に1人合格)と比較すれば隔世の感がある。

 ちなみに平成元年の(旧)司法試験一発合格者数は僅か4名。
 令和5年度司法試験の一発合格者数は1584名である。

令和5年度司法試験合格者数増加は出来レース?!

 令和5年度の司法試験合格者発表が、11月8日に発表された。合格者は1781名で政府目標であった司法試験合格者数1500名を上回った。

 日経新聞などは、法曹離れに歯止めがかかったかのような報道をしているが、司法試験合格者増だけでそう言えるかは極めて疑問である。私が受験していた四半世紀前は司法試験受験者は約3万人いたが、現在は法科大学院志願者は延べ人数で約1万人前後である。法科大学院志願者は複数の法科大学院を受験している可能性が高いので、法曹志願者の実数はもっと少ないだろう。

日経新聞の記事
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE069WQ0W3A101C2000000/

 それはさておき、問題は、今年の司法試験合格者数である。私はこの数字は出来レースであったのではないかとの疑念を持っている。

 
 その根拠は裁判所の予算概算要求である。裁判所の令和6年度の概算要求書には、1800名の司法修習生を前提にした概算要求がなされている。

https://www.courts.go.jp/about/yosan_kessan/vcmsFolder_1269/vcms_1269.html

 上記の裁判所令和6年度歳出概算要求書48枚目以下には、78期導入修習(1,800【→1,800人の意味】)との記載があるし、司法研修所で用いる修習記録(修習生に配付される資料)の数も78期分は(1,910)【→1,910部の意味】での予算が要求されているからである。

 概算要求は確か、8月31日までに提出しなければならないはずだから、その時点(司法試験合格発表の2ヶ月以上前の時点)で、既に裁判所は今年の司法試験合格者数は1800名を少し切る程度になると分かっていたことになろう。

 ここ数年、司法試験合格者数が政府目標の1500名を割り込むことが多かったにもかかわらず、裁判所が突然司法修習生1800名を前提にした概算要求をしていることからすれば、1800名弱を司法試験に合格させることは、既に既定路線(悪くいえば出来レース)だった可能性が高いように思う。

 では、なぜ、このように司法試験合格者数約1800名を、突然既定路線にしていたのか。
 司法試験合格者数の政府目標が変更になったわけでもなければ、今年の受験生に突然優秀層が激増したことが理由だとも考えにくい(仮に万一そうであったとしても合格発表前に裁判所に分かるはずがないし、何より何人合格するかは分かるはずがない)。

 そうだとすれば司法試験合格者数を約1,800人にしたその理由は、司法試験制度の変更の影響くらいしか考えられない。
 この点、日経新聞の記事にもあるように、今年の司法試験には試験制度の変更があった。
 それは
 ①今回の司法試験では、法科大学院の最終学年の在学中受験が認められた
 ②学費や時間的な負担軽減を目的に20年度に設けられた、大学3年、法科大学  院2年の計5年で修了できる「法曹コース」出身の受験生が受験した。
 主にこの2点である。

 文科省の法科大学院等特別委員会は、これまでさんざん法科大学院改革に失敗してきたことから、上記の2点の変更に関して、もはや失敗は出来ない、と相当追い詰められていたようだ。

 これまで、文科省・法科大学院側は「プロセスによる教育が大事だ、そのための法科大学院だ」と言い続けながら、法科大学院を修了せずに司法試験を受験させるよう制度変更するなどしており、実質的にはプロセスによる教育の放棄ともいえる手段を自らの生き残りのために実施している。
 また大学入学直後から法曹コースに入れて、大学生活の多くを司法試験に向けての勉強に没頭させることは、司法制度改革審議会意見書が求める「21世紀の司法を担う法曹に必要な資質として、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等の基本的資質に加えて、社会や人間関係に対する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力等が一層求められる」との法曹像からかけ離れた法曹を生み出す危険もあるはずだ。

 何より、当初設置された法科大学院の半数以上既にが潰れており、近年希に見る失敗政策だったことは誰の目にも明らかである。

 しかも、法科大学院等特別委員会の議事録には、「これら制度の変更の成果は長い目で成否を見守って欲しい」という最初っから負け戦を恐怖するかのような発言が多くみられていた。

 つまり文科省・法科大学院側からすれば、どうしても法科大学院在学中受験者の合格者数も法曹コースの合格者数も増やさなければならない強い必要性があった。しかし、そのために司法試験でそれらの者だけを優遇するわけにはいかないから、司法試験合格者数を増やして、法科大学院在学中受験者の司法試験合格者数と、法曹コースの司法試験合格者数を増やす必要があったのだと考えるのが合理的だと私は思う。

 日経新聞の記事には、法務省の担当者の話として
 「新制度が始まったことにより受験者数と合格者数が増加した。こうした傾向が来年以降も続くかどうか注視したい」との内容が記載されている。
 この法務省担当者の話が事実だとすれば、その発言は、文科省・法科大学院が導入した新制度開始が合格者増加の原因であると法務省関係者が認めたとも受け取ることが可能であり、私の考えも決して的外れではないのかもしれない。