朝日新聞の社説と裸の王様

 3月14日の朝日新聞(社説~WEB版)「法科大学院 改革後も残る課題」には、今般閣議決定された法科大学院在学中に司法試験を受験できる制度について触れられている。それだけを解説しているのなら良いのだが、やはり法科大学院制度万歳と予備試験批判が論旨に出てきている。

 まあ平たくいえば、法科大学院制度改革を口実に、法科大学院擁護と予備試験敵視を読者に刷り込もうとする目論見なのだろう。広告を打ってくれる法科大学院側を擁護するのは営利をも目的とするマスコミの立場上仕方がないが、予備試験敵視も繰り返しすぎると度が過ぎて見えてくる。

 まずいっておきたいが、法科大学院が売り物にする「プロセスによる教育」がかつての司法試験制度に比較して、どのような点で実際に優れているのか、誰も明確にしたことはないし、実証に成功したこともないのだ。

 単に法科大学院導入を目指す学者達が、プロセスによる教育が不可欠だ、優れているなどと言っていただけで、本当にそうかどうか誰も知らないのである。
 また、プロセスによる教育に価値があると仮定しても、そのプロセスによる教育により、実力が身につくかどうかが本当は問題だろう。

 以前から何度も言っているが、予備試験は法科大学院修了者と同等の学識、応用能力、法律に関する実務の素養を有するかどうかを判定するものと法律で規定されている(司法試験法5条1項)。つまり、予備試験合格者は司法試験委員から見て、法科大学院修了者と同等の力を身に付けたものだけが合格できるはずだ。

 裏を返せば予備試験合格者は、司法試験委員から見て「法科大学院で勉強したら、これくらい身に付けているよね」という力を持っているだけで合格できるはずであり、そうだとすれば、予備試験合格者と法科大学院修了者は同レベルの実力を持つはずである。したがって、その後の司法試験において予備試験ルートの受験者と法科大学院ルートの受験者との間に合格率に差が生じることはないはずなのだ。

 ところが実際には、予備試験ルートの司法試験合格率76.0%に比較して法科大学院ルートの司法試験合格率は22.1%にすぎない。

 
 この合格率の差は、司法試験委員が想定する法科大学院修了レベルまでの力を、法科大学院で学生に身に付けさせることが十分できていないことを意味すると考えるのが素直だ。

 法科大学院も法務省も、もちろんマスコミも明確に言う勇気がないのだろうから代わりに言ってやるが、要するに、プロセスによる教育が効果を上げていないことは、司法試験の合格率だけ見ても一目瞭然なのである。

 確かに、旧司法試験には受験技術優先ではないかという批判もあった。金太郎飴答案が多いとの批判もあった。では、法科大学院ができて10年以上経過した今はどうなんだ。
 法務省HPに掲載されている司法試験採点実感を見るとすぐ分かる。

 平成30年度の採点実感には次のような指摘がなされている。

(引用開始)

・表現の自由の一点張りで知る自由が出てこないもの,知る自由の憲法上の根拠として憲法第13条のみを援用するものもあった。
・キーワードは覚えていてもその意味内容や趣旨等を正確に理解していない
・憲法の条項の正確な摘示や法律上重要な語句の正確な表記などに心掛けてもらいたい。これらに誤りがあると,理解そのものがあやふやであると受け止められてもやむを得ない。
・基本的な概念の意味を理解していないのではないかとの疑念
・行政法学の基本概念に関する基礎理解が不十分である,又はその理解に問題があると思われる答案があった。
・論理的な構成が明らかでないもの,何のためにその論点を論じているのかを記載せず,論点をそのまま抜き出して,唐突に書き始めるもの,反論の前提となる主張を説明せずに,いきなり反論から書き始める答案など,答案の構成に問題があるものも見られた。
・設問3で親族法・相続法を主たる問題とする設例が出題されているが,上記のとおり,基礎的な知識が全く身に付いていないことがうかがわれる答案も多かった。
・財産法の分野においても,一定程度の基礎的な知識を有していることはうかがわれるとしても,複数の制度にまたがって論理的に論旨を展開することはもとより,自己の有する知識を適切に文章化するほどには当該分野の知識が定着しておらず,各種概念を使いこなして論述することができていない答案が多く見られた。
・条文の適用又は解釈を行っているという意識や代表的な判例の存在を前提にして論ずるという意識を身に付けさせることが重要であろう。
・そもそも訴訟物の理解ができていないなど,基礎的な部分の理解の不足をうかがわせる答案も少なくなかった。なお,条文を引用することが当然であるにもかかわらず,条文の引用をしない答案や,条番号の引用を誤る答案も一定数見られた。
・定型的な論証パターンを書き写しているだけではないかと思われる答案も少なくなかった。
・定型的な論証パターンや漠然とした理解をそのまま書き出したと思われる答案が多かった。
・依然としていわゆる論点主義に陥っており,個別論点に対する解答の効率的な取得を重視しているのではないか
・いわゆる論証パターンをそのまま書き写すことだけに終始しているのではないかと思われるものが多く,中には,本問を論じる上で必要のない論点についてまで論証パターンの一貫として記述されているのではないかと思われるものもあり,論述として,表面的にはそれらしい言葉を用いているものの,論点の正確な理解ができていないのではないかと不安を覚える答案が目に付いた。
・論証パターンを無自覚に書き出したものと思われる
・法原則・法概念の定義や関連する判例の表現を機械的に暗記して記述するのみで,なぜそのような定義や表現を用いるのかを当該法原則・法概念の趣旨に遡って論述することができていない答案
・条文に関する基本的な知識が不足

(引用ここまで)

 法律の基礎的な理解や条文の理解すらできていない受験生が目白押しだ。
 かつてあれだけ大学が批判していた論証パターンも未だ健在のようじゃないか。 法科大学院で2年以上勉強し、厳格な卒業認定を経て司法試験を受験しているはずの受験生達がこの体たらくである。

 これは受験生が悪いのではない。

 これがプロセスによる法科大学院教育の結果なのである。

 朝日新聞が予備試験を批判することも筋違いだ。
 大手事務所が予備試験ルートの合格者を優先して採用したり、検察庁が予備試験合格者の囲い込みを始めたり、裁判官任官者の最多数が予備試験合格者だったりすることからも明らかなように、プロセスによる教育なんざ実務ではな~んの価値も置かれていない。

 実務では、要はどれだけ、合格者に実力があるかだけなのである。

 いくらプロセスによる教育を経ていても、実力不足で弁護過誤を濫発しかねない弁護士と、プロセスによる教育を受けていなくても弁護過誤が極めて少ない弁護士を比較するなら、世間が前者を望むはずがない。また、弁護士の良し悪しは、一般の方には判断できない以上、最低限法曹としてやっていけるだけの実力を有する者にしか資格を与えないなどとして一般の方を保護する必要もある。
 

 私の記憶なので正確ではないかもしれないが、ある昔話では、現在の地位に相応しくない者や馬鹿者には見えない布地で織った着物を献上したという詐欺師の言にひっかかった王様が、裸で行進した際、1人の子供を除いて多くの者は詐欺師の言を信じて王様の着てもいない着物を褒めそやしたという。

 朝日新聞をはじめとするマスコミは、着物が見えないのは自分が馬鹿者であるかもしれず自分が馬鹿者であることを隠したいばかりに目の前の現実に背を向けて王様を褒めそやす行動に出た多くの群衆であるよりも、裸の王様の前で真実を述べた1人の子供であるべきだと、私は思うのだがな~。

結局国には、物言わないってことか?

 私が参加出来なかったが、常議員会での報告を聞く限り、3月1日の日弁連臨時総会で、菊地日弁連会長が、いわゆる谷間世代問題に関して、会員が長年拠出してきた会費から20億円のお金を谷間世代にばらまく議案を可決させ、そのかわり日弁連は谷間世代問題について国に対する給付を求めていかないと述べたようだ。

 結果的に、菊地日弁連会長のやり方は、谷間世代に日弁連会費から20億円ばらまくことと引き替えに、国に対する谷間世代の行動に水を浴びせた(日弁連は、谷間世代のために国に給付を求める行動をとらないことを明らかにした)格好になる。

 結局、菊地執行部のやり方は、他人の(会員の)お金を用いて、谷間世代に目先のお金をばらまき、その給付によって谷間世代の国に対する行動についての火消しを行ったのではないかと思われるが、正確には議事録を見てみないと分からない。

 なお、引き続き国に対して公費を用いた業務拡大を求めていくと述べたようだが、これとて、今まで業務拡大を求めてきた行動となんら変わりはしないので、特に谷間世代に対する対策とはいえないと考えられる。

 さらに、菊地会長は今回の20億円バラマキの他に、更なる谷間世代への施策を考えるとも述べたようだが、ちょっといい加減にしてもらいたい。この件でさらに日弁連のお金を使うのであれば、他の世代も黙っていまい。

 日弁連に備蓄されたお金は、長年、高額の日弁連会費賦課に耐えながらなんとか支払ってきた世代が主に負担したお金と考えてもおかしくはないだろう。

 日弁連会費は、日弁連全員のお金であることをまず考えて欲しい。

 ええカッコするのも勝手だが、他人の(みんなの)お金を湯水のように使わないでもらいたい。

 やるなら、あんたの金でやってくれ。

平成30年度司法試験採点実感の抜粋

 前回、司法試験の合格レベルがた落ち疑惑のブログを書いたが、本当なのかという声も聞かれた。

 詳しくは法務省のHPから、採点実感そのものを読むことも可能であるが、それでは大部なので、私が抜粋(選択科目は除く)したpdfファイルを以下に添付する。

 太字は私がつけたものであるし、科目によっては引用しにくい書き方をしているものや、私の疲労などもあって、抜粋部分が少ない科目もある。

 もちろん、部分的に評価をしているような採点実感もないではなく、私がマイナス面ばかり強調しているのではないかという批判は当然あるだろう。

 しかし、問題は(法科大学院を卒業しているにもかかわらず)箸にも棒にもかからないレベルで司法試験を受けている受験生が多数いることであり、そのうち何割かは受験者が少ない事もあって合格してしまう、という現状だ。

 法科大学院ルートでの受験者が多くを占める司法試験において、未だにパターン化した論証を吐き出すだけの答案が相当数あること、基本的条文や基本的知識すら覚束ない答案が多数あること、要するに、法科大学院にはきちんとした教育能力がなく、法曹の粗製濫造化が進んでいることだけは、ご理解頂けるものと思う。

平成30年度採点実感抜粋.pdf