「疑惑 JAL123便墜落事故」       角田四郎 著

 その事件を、私は、千葉県関宿町(現在野田市)の河川敷にある関宿滑空場で知ることになる。

 1985年8月当時、私は京都大学体育会グライダー部に所属する大学1回生で、関宿滑空場でのグライダー部夏合宿中に、日航ジャンボ機の墜落事故を知った。
 ムッとする熱気の立ちこめる盛夏の河川敷で、班長から指示されて車座に座り、教官から事故の発生について伝えられた。その日の西に傾く夕陽の光が、やけに赤く感じられたような記憶がある。

 本書は、その日航ジャンボ機事故について、運輸省(当時)事故調査委員会の報告である、圧力隔壁破壊原因説の結論に異を唱え、その真相に迫ろうとする本である。
 絶版になっていたそうだが、現在は、Amazonのオンデマンド出版で入手が可能となっている(kindle版もある)。

 若干誤植が多いのが残念であるが、著者の角田さんの熱い想いに貫かれていて一気に読ませる力があり、説得力も相当ある。詳しい内容は、私などが述べるより、本書を読んで角田さんの語りに耳を傾けるべきであろう。

 近時この事件に関して、青山透子さんが多くの本を出されている。私は青山さんの本を多く読んだわけではないが、青山さんの主張も、四半世紀前に出されたこの本に影響を受けているのではないかと感じられる部分が少なからずあるような気がした。

 この事件に少しでも興味を持たれた(持っていた)方には、是非一読されることを、お勧めする。

シベリア上空(写真はブログ本文と関係ありません)

一枚の写真から~103

 最近は円高などもあり、海外に出かけることがなくなっているが、海外旅行は嫌いではない。

 旅行社が主催するパック旅行ではなく、勝手に出かける個人旅行なので、普通なら当然押さえているはずの、名所・旧跡を見落としていることも多くあるように思う。

 もちろん美術館は好きだが、それ以外にも動物園とか、人形劇場とか、墓地とか、一般的な観光客があまり興味を持たないところを見て回ることも多い。

 若い頃は、観光名所なんてものは、歳をとってパック旅行しか行けなくなってからでも良いではないかという思いもあったが、今の京都のオーバーツーリズムを目の当たりにすると、引率して連れて行ってもらう観光名所は、人の群れを見に行くようなものかも知れない、と残念ながら少し億劫に感じてしまう。

 写真は、プラハの人形劇場の出口から歩道方面をみたところ。

 おんなじテントウ虫の帽子を被った子供たちが人形劇を見たあと、帰ろうとしていた。

 みんな、楽しそうにわいわい話していたので、満足していたのだろう。こちらもついニコニコしながら見送った。

 子供たちの楽しそうな姿は、どこで見ても、素晴らしい。

 この子は、男の子と手をつないで、子供たちの一団の一番最後を歩いていた。

 敢えて逆向きに少し斜めに帽子を被ったところに、こんなに小さくてもお洒落に気を配っている様子が窺える。

 この子のさらに後ろに、引率の先生の一人がいたと記憶している。

プラハの人形劇場前にて。

GW休暇

 このGWに、久しぶりに休暇を頂いて、北海道を車で走ってきた。

 名古屋から仙台経由で苫小牧までフェリーで移動。

 北海道内は、旭岳温泉、丸瀬布温泉、知床、十勝岳温泉、白老温泉など、温泉宿ばかりめぐった。

 学生時代、大型バイクで何度か北海道を走りに出かけたことはあり、その頃はユースホステルや、「とほ宿」を中心に宿泊していた事を想い出した。北海道には桃岩荘(礼文島)・岩尾別ユース(知床)・襟裳岬ユース(襟裳岬)と3大キチガ○ユースがあるといわれていた時代だ。今は、この3つの内、桃岩荘しか残っていないようだ。

 若い頃は、温泉なんて見向きもしなかったが、今では温泉にゆっくり浸かり、身体を休めることができるのは、有り難いものだとしみじみ感じる。大体一日に200キロ以上走ったが、4日目くらいには、自動車なのに少しくたびれた気がしたものだ。

 バイクで一日300キロ以上、10日くらい走っても、どうってこと無かった学生時代に比べれば、なかなか自覚できていないが、やはりそれだけ、歳をとってしまったということなのだろう。

 バイクで全身に風を受けながら走り回る爽快さも捨てがたいが、多分、いま、バイクでツーリングに出かければ、爽快さよりも、疲労困憊してしまうリスクの方が高いように感じる。

 オープンカーとはいえ、バイクに比べれば、爽快さと開放感は1/5くらいだろうか。それでも、屋根付きの車に比べれば、外気の温度や鳥の鳴き声など、外界の変化を感じながら走れたのは楽しかった。

大雪山系を望む一本道