やってくれるぜ(世論誘導)、朝日新聞。

 本日の朝日新聞朝刊「争論オピニオン」において、法科大学院擁護派の奥島氏と法科大学院不要派の安念氏の記事が掲載されています(下記のリンク参照)。

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 安念氏の法科大学院批判は、もっともな点が多いのですが、「合格者を増やすと、法曹の平均的な質は低下します。だけどそれで誰が困るんですか(坂野注:自由競争に任せればいい)。(中略)資格ってそういうものでしょう。足しにはなるかもしれないが、保証にはならない。」という主張の下線部分は大いに異論があります。

 確かに一見、安念氏の主張はもっともなように聞こえます。しかし、それはあくまで利用者である国民の皆様からの視点を無視しています。

 例えば、人生に一度か二度の大きな問題を抱えて、弁護士に相談して敗訴した場合に、「あなたが依頼した弁護士は、質の下がった弁護士でした。いや~残念、残念。」、で良いのでしょうか。もちろんお金持ちや大企業は弁護士を選ぶ情報も費用も持っていますから困りません。困るのは一般の国民の方なのです。

 医者に例えれば、話は分かりやすいはずです。仮に医師国家試験の合格率を極端に上げる(若しくは医師の数を激増させる)と、医師の平均的な質は当然低下します。仮にそうすれば、手術どころか診療も、ろくに出来ない医師が免許を持つ時代が来てしまうかもしれません。

 そのような状況になっても、安念氏の主張だと、こうなります。

「だけどそれで誰が困るんですか(自由競争で淘汰されるから良いじゃないか)。資格ってそういうものでしょう。」

 もちろん、皆さん困りますよね。

 弁護士の資格もこれと同じです。一見安念氏の主張がもっともらしく聞こえるのは、弁護士に依頼する場面をイメージしにくいだけであり、逆に、医師は何度も診てもらっていて身近だから、資格のレベルを下げて自由競争にすると困ることがイメージしやすいだけなのです。

 さらに奥島氏の発言は、わたしから見れば、さらに、めちゃくちゃです。あんまりひどい記事なので、質問状を奥島氏に出すことにしました(奥島氏に届いたらこのブログで公開しますし、回答が頂ければそれも公開します)。

 さらにもっとひどいのは、朝日新聞です。法科大学院の存否について、奥島氏と安念氏は意見を述べていますが、法曹人口に関しては見事なまでに、激増させるべきという主張で一致しています。つまり朝日新聞は、一見法科大学院の存否を論じているように見せかけて、結論的には一致して法曹人口の激増路線の念押しをしているようなものです。

 ここまで露骨にやられると、次のように言ってあきれるしかありません。

 やってくれるぜ(世論誘導)、朝日新聞!!

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

現在の京都大学グライダー部

 私は大学時代、京大の体育会グライダー部に所属していた。

 当時は大体一学年8~10人くらいであり、私たちの1年先輩の方だけが5名という陣容だった。

 グライダーの訓練には人手がかかる。グライダーを組み立てるだけでも、胴体を支える人間として最低2名、グライダーの翼を支える人間が最低2名、グライダーの翼を胴体に結合させるピンを入れる人間が1名。最低でも5~6名は必要だったと記憶している。

 先日届いた、京大グライダー部の活動報告紙「洛風」によれば、現在の京大グライダー部の人員は4回生3名、3回生1名、2回生1名、1回生3名の合計8名しかないようだ。人数だけ見ればかなり危機的な状況といえそうだ。

 私の時代と比較して、空の魅力やグライダー自体の魅力が落ちたとは思えないから、学生の意欲が下がっているのが原因なのかもしれない。さらにいえば、不景気の長期化による学生の経済的困窮もきっと一因だろう。

 今になって思うが、大学時代には大学時代にしかできない活動をしておくことは将来的には大きな財産となるように思う。確かに費用の問題も考えられるが、学生時代にしかできない貴重な体験は、お金に換えがたい価値がある。

 しかも、グライダーに乗って空を飛びたいという人間は、結構、根はいい奴が多い。もともと空を飛びたいと考えるのは、かなりのロマンチストでもある。

ただ、グライダーを飛ばすのはみんなの協力が必要だ。皆の協力があって初めてできるスポーツだ。つまり、自分だけ良ければいいという人間では、グライダー部を続けていけない。 

 だから、グライダー部で一緒に過ごした奴は、総合評価しても良い奴が多いように思う。今でも時々、同期の連中と会うが、やはり楽しい。確かに活動費用はある程度かかるが、それとてアルバイトで十分カバーできる範囲だ。

 素晴らしい友人と出会える可能性がある機会だけではなく、人生で唯一かもしれない経験ができる機会があるのだから、是非、京都大学の新入生はチャレンジして頂きたい。

 今後の進入部員が少しでも増えて、京大グライダー部の活動が活発になることを期待したい。

日弁連内の法科大学院維持派の暴走??

 私と司法修習同期のある先生からご指摘頂いたのですが、3月27日に日弁連が出した法曹養成制度に関する緊急提言は、これまでの日弁連旧主流派(前回会長選挙で宇都宮会長に負けたので、便宜上「旧主流派」と言います。)の方々でも、ある意味驚きだった部分があると言うことでした。

 確かに、ある先生から頂いた、宇都宮会長に敗れた山本候補の「敗軍の将、兵を語る」で、旧主流派が担ぎ上げた山本候補は、法科大学院は40校以下が妥当と述べています。

 山本候補の文章が、旧主流派の多数意見を代弁しているとするならば、旧主流派も法科大学院を大幅削減しなければ、法曹養成制度は崩壊すると考えていることが伺われます。

そうなると、今の日弁連の態度を説明しようとすれば、旧主流派、現主流派、関係なしに、法科大学院維持派という弁護士の集団がいて、法科大学院維持の緊急提言を日弁連名義で繰り返し出させている、ということになるかもしれません。

 その中心に位置するのが、日弁連の法曹養成制度検討委員会(だったかな)であり、そこからの提言があれば、何ら批判的に検討することなく日弁連の意見として提出することを可決してしまう、日弁連理事会です。

 おそらく、この双方に、日弁連会員の意見をきちんと反映する方法を取り入れない限り、相変わらず、10年以上前の理想だけを盲信し、現実から目を背け続ける法科大学院維持派の論調は変わらないでしょう。

 いつまで、法曹養成制度検討委員会の暴走を許しておくのでしょうか。法曹人口政策会議のように、理事だけではなく各弁連等から委員を募るなどして、会内の意見を吸い上げる努力をどうしてしないのでしょうか。

 どれだけ制度の問題点を申しあげても、総務省のパブコメであれだけ酷評されようとも、法科大学院盲信派は現実を見ようとしません。

 問題点だらけの、法科大学院制度を放置して損をするのは結局国民の皆様です。優秀で多様な人材が法曹になってくれない(なれない)制度になっているからです。

 それだけではありません。法科大学院に投入される税金だって物凄い額になっています。最終的に3割合格するかどうかも分からない法科大学院生全員の教育に税金を投入しているのですから、合格しなかった7割の方にかけた税金は法曹養成の意味では完全に無駄になってしまいます。

 法科大学院が無駄な教育ではない、役立つ教育だというのであれば、司法試験に合格しなくても法科大学院卒の方の就職はあっという間に決まるはずです。だって素晴らしい教育を受けている方々なんだから、社会が放っておくはずないからです。ところがそんな事実はありません。社会のニーズに応える法律実務家を養成する教育ができていないことの何よりの証明です。

 こんなことなら、旧制度のように司法試験に合格してきた者に充実したプロセスによる教育を施す方が、よほど税金の無駄が省けて効率的です。わざわざ職を辞めて借金をしてまで法科大学院に通う必要もありませんから、多様な経験を持つ優秀な方の受験も増えるでしょう。

 一体いつまで、法科大学院・文科省・日弁連内の法科大学院維持派の暴走は続くのでしょうか。

NHKスペシャル「クジラと生きる」

 私の郷里の和歌山県太地町に、反捕鯨団体が常駐し、漁師達の動きを監視している。彼らが狙うのは、クジラの命を絶つ瞬間であり、それをインターネット上に公開して反捕鯨の動きを高める目的がある。きっかけは、映画「ザ・コーヴ」。

 彼らの言い分は「クジラは知能が高い動物であるから殺すことは許されない」というものだ。

 見てみたが、反捕鯨団体のやり方は異常に、ど汚い。

 漁をしている場面を盗撮するだけでも、相当な汚いやり方ではあるが、それだけじゃない。

 漁師が移動しようとする自動車の前に長時間立ちふさがり、漁師の仕事を妨害する。狙いは漁師が怒り出す姿だ。その一部分だけを切り取ってインターネットに流そうとするのだ。

 一万円札を10枚目の前に突きつけて、

 「これでイルカを一頭逃がしてくれ、ほれ、たくさんあるぞ(金が欲しいんだろ)。 」

 また撮影しながら「どうせ、誇りなんてないんだろう。」等、平気で相手を見下し馬鹿にする言葉を投げつける。

 こっちは仕事でやっている。生きるためにやっている漁だ。国際的にも認められている範囲でしか捕獲していない。何が悪い!

 仕事もしねえで、環境保護ごっこをやっている奴らになんでそこまで言われなきゃならんのだ。

 そもそも国際的に認められている日本の調査捕鯨を暴力を持って阻止しようとしているのは誰なんだ。アメリカで大量に消費されている牛肉だが、牛の屠殺場に、例えば牛は神聖だと考えるインド人が大挙して暴力的行為で妨害した場合、お前らは黙ってみてるのか。自分たちの国でどれだけの動物の命が絶たれているのかよく見てみろ。

 少なくとも自分が悪いことをやっていると理解しているだけ、その自分たちの行為を喜んで公表しようとしていないだけ、海賊の方がまだマシなんじゃないか。暴力によって日本の権利を侵害しておいて、その行為を英雄的行為だと考えているんだから、もはや頭の中に黄色いタンポポが咲き乱れているとしか思えない。

 彼らの奥底には、自分たちの文化(考え)は絶対に正しく、それに沿わない文化(考え)は野蛮だ、という相手を蔑視する見方が潜んでいる。

 そもそも、鯨を大量に捕獲して数を激減させてきたのは他でもない欧米諸国だ。しかも、鯨油だけ搾り取ってあとは捨てていたと聞いている。少なくとも太地の漁師は、鯨を捕ったら骨以外は全て利用してきた。クジラの歯ですら、加工して利用していたのだ。それが命を頂いたせめてもの礼儀だからだ。クジラ塚もつくって命を頂いたクジラに対して感謝し供養もしている。

 それと比較すれば、鯨油だけ搾り取ってあとは捨てちまうやり方は、クジラに対する、命に対する、侮辱だったんじゃないのか。

 サファリと称して、楽しみのためだけに動物を殺戮して回っていたのはどこの誰なんだ。

 相手を責める前に、クジラを含む動物の命を散々無駄にしてきた自分たちの国を、まず反省し懺悔したらどうなんだ。

 そして、どうせ反撃してこないだろうと予測される日本の捕鯨を安易にターゲットにするのではなく、東南アジアやアフリカなどで未だ収まらないといわれる凶悪密猟者による稀少動物の密猟を、それこそ命を張って阻止してみたらどうだ。デフレの日本に常駐するより費用も桁違いに安くつくはずだ。それもやらずに、環境保護だ、動物保護だと言われても、彼らの胡散臭さは消えない。

※怒りのあまり、表現が不穏当になっている部分については、お詫びします。

映画「つみきのいえ」~加藤久仁生監督

 1人の老人が、穏やかに暮らしていた。但し、その世界では、水が次第に満ちてくる。老人は、住んでいる部屋が水に浸かりそうになると、上の階を継ぎ足して、しのいでいる。ある日、老人はお気に入りのパイプを水の中に落としてしまう。そのパイプを拾いに潜水服で潜った老人が見たものは・・・・・。

 世界でも数々の賞を取った作品ですので、今さらという人もおられるでしょう。

 わずか十数分の短編アニメーションですが、込められたメッセージは深く広いものだと思います。

 自分の住んでいる世界は、老いるにつれ否応なく狭くなっていく。しかしその世界の奥底には、静かな想い出の世界が広がっている。その世界は、次第に、極めてゆっくりと色あせるかもしれないが、決して失われるものではなく、ずっとそこに在り続けている。そしてそれらは、人が生きていく上でなくてはならないものなのだ。これまで、老人がその人生で積み上げてきては、水に沈んでしまった積み木の家のように。

 ただ、何らかのきっかけがないと、その世界に分け入ることを人は思いつけないのかもしれない。普段の生活で想い出を忘れてしまっているように。

 しかし、きっかけを見つけることは難しいことではない。どんな些細なことであっても、そこから想いをたぐっていく気持ちさえあれば、誰でもその世界に帰ることは出来る。その世界は、もう戻ることが出来ないが故に美しい。

 けれども、その美しい世界にずっと止まることは許されない。潜水服の空気が次第になくなるように、いずれ現実に戻り、そこで生きて行かなければならないのが、人の世の常なのだ。そのような悲しい定めを人は持ちながらも、これまでの想い出に触れることは、人生を豊かにしてくれるものなのだ。ラストシーンの老人のように。

 他にも様々な思いを心に呼び覚ましてくれる映画だと思います。ナレーションなしのバージョンの方が心に響くように感じられますのでお勧めです。

「弁護士列伝」に掲載して頂きました。

 「弁護士ドットコム」というポータルサイトの企画で、いろいろな弁護士さんにインタビューして弁護士の実像に迫るという、「弁護士列伝」のコーナーがあります。

 今般、弁護士ドットコムさんの方からの申入れを頂戴し、インタビューを受けた上で、その「弁護士列伝」に掲載して頂きました。

 取材担当の下川さん(上智大学の学生さん)がつけてくれたコメントは次の通りです。

<取材法学部生からのコメント>
 イデア綜合法律事務所の坂野真一先生にインタビューをさせて頂きました。お電話でインタビューをさせて頂いたのですが、明るい関西弁で快くインタビューに応じて下さいました。特に印象に残っているのは、少年事件では、少年少女に逃げずにまっすぐ向き合わなければいけない、というお話です。また、弁護士界の動向に関しても、依頼者の方が本当に弁護士の質を見分けることができるのか、という視点はとても勉強になりました。このインタビューを通し、坂野先生は弁護士として日々誠心誠意お仕事に取り組まれているのだろうな、と感じました。最後になりますが、お忙しい中インタビューにご協力下さり、ありがとうございました。

 ちょっと照れくさいのですが、せっかく取材して記事にして下さったことでもありますので、是非、下記のリンクからご覧頂ければ幸いです。

http://blog.livedoor.jp/bengoshiretsuden/archives/51259773.html

「陽だまりの樹」 手塚治虫 ~但し少し脱線あり

(出版社~小学館のコメント)

 動乱の江戸末期、来たるべき近代国家への苦悩と希望を描いた巨編!!時代の流れに翻弄されつつも、自らの使命を全うした武士・伊武谷万次郎と医師・手塚良庵。二人の男の生き様を軸に、近代国家幕開けまでを作者自らのルーツを折り混ぜながら描いた幕末感動ロマン!!

 手塚治虫の漫画の中で、この作品をベスト作品に推す人も相当いらっしゃるのではないでしょうか。

 私は、この作品を受験時代に一緒に勉強していたH君から教わり、合格後に読みました。(H君は司法試験はあきらめたものの、一流企業で立派に頑張っています。)

 ノンポリで遊び人の手塚良庵、極めて生真面目で不器用な伊武谷万次郎。対照的だがなぜかウマが合う2人が、激動の時代を精一杯生きていくというお話ですが、具体的な内容を、私などがご紹介するよりは、とにかく、ご一読頂くのが一番だと思います。

 「陽だまりの樹」とは、この作品中で藤田東湖が当時の江戸幕府を例えて語った台詞の中に出てきます。

 東湖は、江戸幕府は見かけは立派だが、その内部は慣習に囚われた門閥で占められて倒れかけているとし、その例えとして陽だまりの樹を指さします。この状況を打破するのは、若い力の行動力しかないと東湖は万次郎に語ります。

 今の日本も、そして日弁連も、私には全く同じ「陽だまりの樹」のように見えます。

 しかし、少なくとも日弁連に関しては、若い力を結集することは、ほとんど出来ていないように思います。

 せっかく、これではいけない、変えなければならないと、問題点に気付いても、きっとそうひどいことにはなるまい、誰かが変えてくれるに違いないと、誰か他人が変えてくれるのを期待しているだけでは、結局何も変わりません。

 若手が生活に追われ疲弊している状況下では無理もありませんが、どうしてそうなっているのか、これから将来の司法を担う若手弁護士がそれで良いのか、現在の惨状を招いた当時の指導者的立場の方は、十分考える必要があるはずです。

前回の日弁連の法曹人口政策会議では、千葉県の弁護士及川先生が、人口問題と密接に関わる法曹養成制度について、旧態然とした主張・提言を繰り返そうとする日弁連執行部に鋭く迫り、問題の改善を提案されていたのが印象的でした。及川先生は、会議後も宇都宮会長・海渡事務総長らに、必要と思われる施策の提言を直接お願いしており、宇都宮会長もきちんと向き合って聞いて下さいました。

 今問われているのは、執行部など理事者にとっては、理想を実現できず失敗してしまった点について見栄や自己保身を捨てて現実を素直に見る目と、若手の提言を生かそうとする度量があるかどうかであり、若手にとっては、握りつぶされてもあきらめずに行動することなのではないかと感じました。

 「陽だまりの樹」から脱線してしまいましたが、素晴らしい作品であることに違いありません。大部ですが、さすが手塚作品、飽きることなく一気にストーリーが展開します。続きが読みたくてたまらなくなるはずです。

 読もうかどうしようか、迷っておられる方は、すぐにでも読まれることをお勧めします。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

日弁連の意見を操る方法

 昨日も書いた、「法曹養成に関するフォーラム」だが、日弁連はこのフォーラムに向けて、さらに、「法科大学院と司法修習との連携強化のための提言」を行うつもりだ。

 法科大学院を中核とする法曹養成制度については、意味不明な「プロセスによる教育」のマジックワードの下、法科大学院教育が正義であるかのように喧伝されているが、その結果は、新司法試験採点雑感を見れば明らかなとおり、マニュアル思考化、論点主義化、基礎的知識不足など、大いに問題が生じている。経済面から端的に言えば、学生が都会に住め、かつお金持ちの家庭に育った人しか、普通に法科大学院に通えない制度であり、人材確保の点から見ても非常に大きな問題が生じている。

 当然弁護士の中でも、法科大学院制度は失敗だと考えている人は多い。

 しかし、冒頭に書いたように、日弁連は「法科大学院を中核とする法曹養成制度で行くべきだ」と、嫌になるほど繰り返す。多くの弁護士が法科大学院制度は失敗ではないかと考えるなかで、どうして日弁連が、日弁連の意見として、法科大学院擁護の意見ばかり出せるのか。

 3月27日の法曹養成制度に関する緊急提言もそうだったが、日弁連がその内部で組織している法曹養成制度検討会議(だったかな?)が起案し、理事会に提出しそこで可決されれば、日弁連の意見となるようだ。その根拠は、日弁連総会で一度そのように決議したからというものだ。

(ちなみに同じ日に出された、「法曹人口問題に関する緊急提言」は、上記とは全く違う民主的手続きを経て行われた。各弁連代表者、理事も含めさんざん議論しあってまとめた案を、きちんと各単位会に意見照会した上で、提出したものだ。同じ緊急提言名目でも重みは断然違う。)

 つまり、仮の話だが、会員の80%が法科大学院制度を維持すべきではないと考えていても、法曹養成制度検討会議のメンバーさえ法科大学院万歳の委員で固めておけば、理事会は10年以上前の総会決議で決めたことに反対しないだろうから、結局その会議のメンバーの意見がまかり通り、日弁連の意見を自由に操れることになる。 この現状を打破するには、日弁連の委員会に弁護士会内の意見を反映する委員を送り込むことだが、残念ながらそれは会員の自由にはならない。多くの場合イエスマンが選任されて、これまでの意向に逆らわない人(場合によっては、日弁連内で栄達を願うヒラメ弁護士さんかもしれない)がその任に就き、うやうやしく執行部のご意向に沿った活動をしているようなのだ。

 10年もたてば状況も変わる。それなのに、10年前の決議ばかりにすがって、どうすんだ。10年前の決議にすがるのなら、そもそも司法試験合格者の現状維持の主張すら言えないはずじゃないのか。総会決議で司法改革を呑んだということは、給費制もあきらめたことに等しかったはずだ。それなのに、給費制については総会決議の縛りがなく、人口問題や法科大学院など都合の良いときだけ総会決議を持ち出す方法は、もう止めるべきだ。給費制のように現状に即応した対応をどんどんとるべきだ。

 さらにこのような提言は、各単位会に意見を求めるという方法を併せて実行されることもある。姑息なことに、非常に短い期限を設定しておいて各単位会に意見を求めるという方法が好んで行われる。

 各単位会としては日弁連から意見を求められれば、関連委員会や常議員会・総会で検討して意見をまとめなければならない。その手続には非常に時間がかかる。したがって、各単位会としては意見が出せないこともある。そうなれば、委員会の思うつぼだ。「各単位会に意見照会しましたが、反対意見は出ませんでした!」とさも民主的手続きを経たかのように公言できる。

 今回の提言案についても、4月半ばに出され、大阪弁護士会の常議員会に提出されたのは昨日だ。意見を求める期限は5月25日だ。大阪弁護士会が日弁連に意見が出せるはずがない。

 しかも、ひどいことに大阪弁護士会の中では、法科大学院支援の部署にだけその意見照会が回されたそうだ。法曹養成制度は司法修習制度、法曹人口問題にも密接に関連する。しかし、賛成意見しか出さないことが100%確実な委員会にだけ意見を求めるというやり方は、あまりにもあからさまではないか。手続き上のミスだと思うが、中本会長には十分配慮をして頂きたい。

法曹人口政策会議に1年以上出席してみて、日弁連を、少数の人が牛耳っている支配構造がだんだん見えてきた。 相当根深くシロアリが巣くっている状況だ。かなりひどいようにみえる。

 こんな日弁連に誰がした!(小林正啓先生の御著書から拝借。)

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

法曹の養成に関するフォーラム

 法曹の養成に関する制度のあり方について、検討を行うため政府に「法曹の要請に関するフォーラム」が平成23年5月13日に発足しました。

 構成員については、【関係政務】委員以外の有識者が公表されていました。

 座長 佐々木毅   学習院大学法学部教授

     伊藤鉄男   弁護士(元次長検事)

     井上正仁   東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授

     岡田ヒロミ  消費生活専門相談員

     翁 百合   株式会社日本総合研究所理事

     鎌田 薫   早稲田大学総長・法学学術院教授

     久保 潔   元読売新聞東京本社論説副委員長

     田中泰郎   明治大学法科大学院法務研究科教授(元札幌高裁長官)

     南雲弘行   日本労働組合総連合会事務局長

     丸島俊介   弁護士

     宮脇 淳    北海道大学公共政策大学院長

     山口義行   立教大学経済学部教授

 の12名となっております。

 このうち、佐々木毅氏は、法科大学院協会顧問、オリックス・JR東日本・東芝の社外取締役を兼ねておられるようです。

 伊藤鉄男氏は、山梨学院大学法科大学院の客員教授。日本有数の巨大法律事務所である西村あさひ法律事務所に所属されています。

 井上正仁氏は、司法制度改革審議会で強力に法科大学院制度を推進し、法科大学院創設に尽力した方。

 鎌田薫氏は、法科大学院協会副理事長、日本有数の巨大法律事務所である森・濱田松本法律事務所の客員弁護士も勤めています。

 田中康郎氏は、現役の法科大学院教授。

 つまり12人中5名が法科大学院の関係者。さらに、法科大学院と利害を同じくすると考えられる大学関係者の方が、宮脇淳氏と山口義行氏。これを合わせると、ほぼ確実に法科大学院賛成と目される方で有識者の過半数。

 このような人選で、本当に中立公正に、司法修習生の給費制問題(法科大学院は司法修習生の給費制に反対しています。その論調は司法修習生に回す金があれば法科大学院に金を回せといわんばかりの論調だったように記憶しています。)や、法科大学院の機能不全の問題(各所から指摘を受けているのに法科大学院協会理事長はつい最近まで法科大学院に問題はないと断言していたように記憶しています。)をきちんと議論できるのかは、誰が見ても疑問でしょう。

 しかも、議論を公開しない方針であるとは、よく分かりません。責任ある発言ならば公開されてもなんの問題もないでしょう。それを嫌がるとは、どういうことなのでしょうか。

 この有識者のリストを見ただけでも、ある結論を導くために人選がなされた可能性すらありそうです。

 フォーラムでの議論が、法科大学院保護の為になされないか、十分注意してみていく必要があるように思われます。

東電の情報公開対応

 先週末、1号機のメルトダウンをようやく認めたが、ここにいたって、様々な福島原発の情報が東電から出されているようだ。

 問題はいつ頃その情報を把握していたかだと思う。情報を把握しているのであれば速やかに公表するべきだし、分からないのであれば分からないなりに最悪の事態はどのような事態が想定されるのかについて、明らかにすべきだと思う。

 ただ、私たち国民は、すでに、情報の小出しにより次第に、感覚が麻痺しているのかもしれず、もしそうであれば、東電の作戦にまんまとはめられてしまっているといえるのかもしれない。

 カエルを熱湯に入れても暑さで飛び出してくるが、カエルを水に入れて次第に熱していくと、熱で死んでしまうまで飛び出すことなくゆでられてしまうという、話を聞いたことがある。

 確かに、福島原発で水素爆発が起きた頃にメルトダウンの報道がなされていれば、相当問題視され、かなりの騒ぎになっていたはずだ。

 しかし、今では、「ああ、やっぱりメルトダウンしていたのね(危なかったのね)」という思いになっていないだろうか。

 メルトダウンが生じていたときの危険性は、即時発表しようが、後で発表しようが変わらないはずだが、東電の発表先送りにより、少し問題を小さく捉えがちになっていそうである。

 東電・政府の「国民ゆでガエル作戦」にはまっては、危険の本当の大きさを見失う危険があるように思う。