セミの鳴き声に

 先日、酷暑のなか、物好きにも、税理士さんに誘われたゴルフに参加した。

 暑さでぼーっとなりながら、ラウンドし、その後半のスタート前に、ティグラウンドでツクツク法師の鳴き声が聞こえた。

 ツクツク法師が鳴き出すと、もうそろそろ秋が近いなと感じる。

 小中学生の頃の記憶では、高校野球も終わり、夏休みの終わりが凄い勢いで近づいてくる頃にツクツク法師の鳴き声を聞いていた記憶が重なるのだ。

 子供の頃の夏休みときたら、はじまった頃は、このまま休みが終わらないんじゃないかと思うくらい一日が長く感じられたくせに、ツクツク法師が鳴き出す頃には、夏休みは一気に加速していき、まだ手をつけていない自由研究と読書感想文をどうしようかと考えているうちに、あっという間に終ってしまうのが、常だった。

 夏の暑い盛り、ぐったりしてしまいそうな頃は、クマゼミかアブラゼミ、ミンミンゼミが元気だ。特にミンミンゼミは、ミーン・ミーン・・・・・ジーと鳴くのだが、最後のジーと鳴いて泣き止んだ瞬間になぜだか、周囲の暑さが、どっとおしよせてくるように感じられた。小学校のプールから帰り、水浴びしてきたくせに何故か少しほてったように感じられる身体で昼寝をしているときと、ミンミンゼミの鳴き声が私の記憶では結びついている。

 これに比べて、ツクツク法師は、「オーシ」ではじまって「ツクツクホーシ・ツクツクホーシ・・・・・」と続いたあと、「ツクツクイーヨー・ツクツクイーヨー・・・」と変化して最後は「ジジジジ」で終わるように聞こえた。一匹の鳴き声を聞き終わったあと、その他のツクツク法師もじつは鳴いていたのだと気づくことも多かったように思う。

 夏の初めの頃と、終わり頃にヒグラシが鳴いていた記憶がある。ヒグラシだけは、私の記憶では、一夏で2度鳴き声を聞くチャンスがあったように思う。

 なかなか太陽が落ちきらない夏の終わりの夕方に、ツクツク法師とヒグラシの鳴き声が重なってきこえたりすると、夏が終わってしまうのだという思いと同時に、訳の分からない巨大な喪失感のような感覚を、少年の私は、なぜだか、とてつもなく強く感じていたような気もする。

 何が私にそのような感覚を覚えさせたのか未だに分からないが、ツクツク法師やヒグラシの鳴き声を聞くと、ときどき、子供の頃の泣きたくなるような、胸がつまるようなその感覚を、もう一度だけ感じてみたいような気になったりもするのだ。

京大入試のこと

 先日、京都大学在学中に刑法ゼミでお世話になった中森喜彦先生(京大名誉教授)と、中森ゼミ同期生5名で、食事をする機会があった。

 懐かしいメンバーを見ると、学生時代と大して変わっていないような気がする。

 おそらく他人から見れば、ええ歳こいたオッチャンとオバチャンなのだが、若い頃を知っていると脳が勝手にバイアスをかけるのか、余り変わったようには思えないのだ。

 同様の感覚は、高校の同窓会でも感じたので、おそらく正しいのではないかと秘かに思っている。

 食事中には学生時代の話や、現在の話、さらには京大入試の話題もでた。

 Oさんは、入試の試験監督が中森先生であったことを話してくれた。私が合格した年は、数学が異常に難しく、良くできる人でも苦戦したと聞いている。確か、120分で5問出題されていたように思う。

 Oさんは、数学はまあ良くできる方で、通常なら3問は軽く完答できる実力だったそうだが、余りの難しさに、ほとんど書けず、ふと見上げた先に見えた、試験監督の中森先生が「気の毒になあ~」という顔で、Oさんの何も書かれていない答案用紙に視線を投げかけていたことが忘れられないそうだった。

 京大入試のことをもう少し言えば、私は一浪しているが、現役のときも、京都大学法学部を受験した。

 しかし、受験会場は京大ではなかった。

 関西文理学院、つまり予備校だった。

 その当時、京大は、法学部と理学部?が交互に関西文理学院を試験会場として使用していたそうだ。

 しかも現役受験の際には、力いっぱい不合格とされ、門前払いどころか門の前までも行けなかったのか~と、がっくりきたものだった。

 私も数学は人並みだったので、試験終了となったとき、頭が真っ白になった。現役の時は2問半から3問は解けたはずなのに、1年余分に勉強したのに全然解けないなんて。

 1年かけて実力が落ちたのか?

 恥ずかしさにたえて浪人してきた俺の、この1年はなんだったんだと思った。

 捲土重来を期した、一浪受験時だったが、数学で完全にノックアウトされたと思った私は、心の中で泣きながら、しかし、あきらめたらそこで終わりだと、残りの科目に挑んだ記憶がある。

 このように、一浪時の入試では数学の問題はほとんど解けなかったので、私の京大合格は、絶対に得意の国語(予備校の模試で2位をもらった。1位は京大文学部に合格した人で、よくできたと思っても1点差で躱され、どうしても勝てなかった。)と英語で点数を稼げたからだと未だに信じている。

 気持ちが切れなかったのは、浪人して図太くなった効果だったかもしれないし、合格日時は覚えていないが早稲田・慶應にも合格していて2浪の心配がなくなっていたからかもしれない。

 たくさん回り道をしたこともあったが、旧司法試験をもう一度受けろと言われたら、攻略方法は分かるつもりだし、受験時代の体力・集中力・記憶力があるならもっと短期で合格することは出来ると思う。

 しかし、京大にもう一度合格してみろと言われると、どうしても自信が持てないのは、やはり入試の数学でコテンパンにやられた記憶が邪魔をするからかもしれない。

真夜中のドア~Stay With Me

 おそらく有線放送だったのだろう。

 少し垢抜けない、どこかの商店街で、この曲を久しぶりに耳にした。曲を聞き逃したくなくて、私は歩調をゆっくりにし、そして、さびの部分を小さな声で曲に合わせて歌ってみた。

 昔、ラジカセを使って、カセットテープにラジオから録音(エアチェックといっていた)して、何度も聴いた曲だ。確かカセットテープは、TDKのものだった。

 歌っていたのは、「松原みき」さん。

 確かこれがデビュー曲で、彼女が歌ってCMに使われていた「ニートな午後3時」を、ご記憶の方も多いだろう。

 歌が素晴らしく上手で、とても綺麗な方だった。たしか、癌のためわずか44歳でこの世を去った。もう、10年以上も前に新聞に小さく載っていたような記憶がある。

 私はこの曲を聴くと、中学生の冬の夜を思い出す。

 霜焼けにやられた手を、椅子と太ももの間に挟んで温めながら、同じく霜焼けにやられた足を足温器に突っ込んで、ラジオを聞きながら勉強していた私。

 当時、なにか自分でもやれるのではないかという根拠のない自負と、得体の知れない未来へのボンヤリとした不安を、私は漠然と抱いていたように思う。

 何も知らず、意味もなく生意気だった当時の私は、なんでも分かったふりをしたがり、平均寿命まで生きるとしたら、あと60年も生きなければならないのか、などと少しため息をついてみたりしていたはずだ。

 何もかもが変わっていく中で未だに、何かが分かったという気持ちには到底なれそうにない。おそらく私は、このまま生きる意味や真理など何も分からずに、この世を去るのだろう、とも思う。

 しかし、この曲と松原みきさんの記憶は、彼女を知る人の心に、残り続けるのだろう。

 私も、そのように、人の心に残るような行いをなすことができるだろうか。

子供じゃないんだから・・・

 大阪弁護士会では、研修の受講が義務づけられており、確か、年間10単位を取得しないと注意を受けるなど面倒なことになる。

 研修を受講する際には、図書室利用カードをカードリーダーに読ませて入室し、退出時にも同様にカードリーダーで読ませることにより、受講の確認をする。

 ご丁寧なことに、15分以上の遅刻や、終了時刻前の早退は、受講したことにならないと規則で明記されている。

 ちなみに私は税理士登録もしているので税理士会の研修も受講することがあるが、そちらは入室時にカードリーダーで読ませるだけで、退室時のチェックはない。まあ会場に来た以上は、受講しているだろうと、信頼されているのだ。

 要するに、税理士会と比較すれば、弁護士さんは、ちゃんと研修を受講するかについて、大阪弁護士会からは信用されていないのだ。

 ただでさえ、なんだかな~と思っていたところに、先日の常議員会で遅刻を許容する時間を15分から10分に短縮し、なおかつ、途中離席も10分までにするという規則を追加したい、という改正案が提出された。

 説明によると、ある弁護士さんが研修の際に、長時間離席していたことをたまたま事務局に現認されたが、そのセンセイは「依頼者からの至急の電話に対応しており、履修が認められるべきだ」と弁明したのだそうだ。確かに規則には長時間の離席は単位を認めないという定めがないから、明文上は、そのような不届き者を未修にする根拠がないということらしい。

 私から言わせれば、研修よりも依頼者対応を優先して長時間離席し研修の大部分を受講していないのだから、実質的に履修はしておらず、当然履修など認められるはずもないのであり、おそらくそのセンセイが、中抜けをしていたところを発見された後ろめたさから発言したガキの屁理屈としか思えない。

 私が事務局だったら、「研修は受講を前提に単位を認めるのはご存じのはず。どんな理由があっても、大部分の時間を実際に受講していないのだから単位が認められるわけないでしょ。アホなこと言わんと素直に中抜けしてたズルを認めなさいよ」、くらい言ってしまったかもしれない。

 しかし、だからといって、子供のような幼稚な屁理屈を振り回す、ごく僅かな不届き者のために、こんな恥ずかしい規定を設ける必要があるのだろうか。

 私はこのような規定の新設には反対した。だって、余りに幼稚じゃないですか。そんな規定があること自体、恥ずかしいですから。

 まあ、結果的には賛成多数で通っちゃったけど。

 不正をやろうとすれば、中抜けが規制されても可能だ。事務員さんや第三者にカードを持たせて替え玉に使い、最初から最後まで受講させることもできるからだ。大阪弁護士会の会員数は多いため、自分の知り合い以外の出席者のうち誰がホントの弁護士なのか、研修の場所では、実際にはわかりゃしないのである。もちろん、研修中に最初から最後までスマホをいじっている人もいるし、パソコンでメールをせっせと書いている人もいる。

 だから規制しても、はっきり言って意味がないと私は思う。

 最も責められるべきは、自分の中抜けを棚に上げてガキの屁理屈をこねたセンセイだが、それへの弁護士会の対応が、恥ずかしい規定の追加ということでは、実効性もないし、大げさすぎるように思うのだが・・・・。

 それにしても、弁護士があんな屁理屈を言うようでは・・・・、弁護士法2条もさぞかし無念だろうなぁ・・・。

谷間世代を責めているわけではないのです・・・

 谷間世代救済名目での会費減額案に反対する意見のブログを掲載していることから、誤解を受けやすいのだが、私は谷間世代を責めているわけでは決してない。むしろ気の毒に思っている。

 ただ、谷間世代のうち、谷間世代は修習で給付金がなかったのだから、谷間世代の弁護士会費を減額して欲しいと主張している方に対しては、筋違いだし、公平を欠くだろう、と申しあげざるを得ないように思う。

 理由その1は、司法修習時代に給付金が出なかったのは、国家の政策の問題であって、その後始末は国家に求めるべきであり、日弁連・弁護士会に対して会費減額を求めることは筋違いだということ。

 かつて研修医が劣悪な環境に置かれていたことがあった。現在ではその方針が改善されつつあるようだが、改善が間に合わず劣悪な研修医生活を送らざるを得なかった医師が、制度不備など理由に国や勤務先に救済を求めるならともかく、医師会に対し医師会会費を減額するよう求めたとすれば、その要求は筋違いだといわれるだけだろう。正しい例えではないと思うが、それに近い状況ではないかと思う。

 理由その2は、谷間世代の弁護士会費減額を行うということは、それ以外の世代の会費減額がなされないことから、谷間世代以外の負担が相対的に大きくなるということを必然的に意味する。つまり、日弁連・弁護士会に対して全会員の会費が高すぎるので減額して欲しいという要望は筋が通るが、谷間世代だけの会費減額を求めることは、「その他の世代に重い負担を負ってもらう」という前提が当然にくっついていることになる。

 平たくいえば、谷間世代だけの会費減額を主張する人は、他の人の犠牲で自分達を救えといっていることと同義だといわれても仕方がないのではないかと考える。

 理由その3は、大阪弁護士会に限ったことだが、既に若手会員には修習終了から2年間は一般会費を半額免除(おそらく8000円×24ヶ月)している。さらに、私は反対したが、谷間世代救済のためというお題目で、最大10年間84万円もの会費免除を決議している。その上、日弁連会費まで免除するのは、3重の会費免除特典で、厳しい状況でも頑張って会費を支払っている一般会員に比べて、余りにも公平を欠くのではないかと考えるのだ。

 むしろ大阪弁護士会などは、司法修習が2年から1年半に期間短縮された際に、新人弁護士は弁護士会の定める研修を受講し終わらないと法律相談を担当させない、として、1年以上若手に法律相談を割り当てることをしなかった。もちろんそれでも、若手に対する会費減額なんてなかった。現在とは状況が違うとはいえ、この待遇の差は、弁護士会内の亀裂を生じさせかねない可能性がある。

 執行部の先生方や、常議員会に出席される弁護士の先生方は、私を除けば、功成り名を遂げられた立派な先生方ばかりで、苦労している弁護士の存在など余り実感できないのではないだろうか。私の10年以上先輩の弁護士でも、すでに事務員さんを雇えない先生とか、仕事がなくて弁護士をやめる、という先生を何人も知っている。そのうちのお一人は、仕事を取れない弁護士は無能だというのが持論だったが、その先生ですら社外取締役以外に、ほとんど新しいお仕事がこないのだと聞いた。それでも会費滞納を続けるとバッジを飛ばされるので、高い会費を支払っておられるはずだ。

 つまり、将来の弁護士会費負担者はさらに困窮する可能性がある、それどころかその可能性は極めて高いと見るべきだろう。弁護士は激増するのに、裁判所に持ち込まれる事件は増えていないのだから。

 このような状況にあって、安易に谷間世代の会費免除を言い出す執行部は、現実を冷静に分析して将来を見据えた判断する能力を失っているように思う。一体なにやってんだろうね~。

 あれ、谷間世代を責めているわけじゃないことを言いたかったのに、責めるべき相手が、何故か出てきてしまいました・・・・(笑)。

 なんでだろうね~。

大阪弁護士会のLAC負担金に関して

 先日の常議員会で、弁護士費用保険(権利保護保険)に関しての規則改正が審議された。

 現在、大阪弁護士会では、保険会社から弁護士会宛に弁護士の紹介を求めてきた案件(紹介案件)だけでなく、弁護士費用保険が使えると聞いて知り合いの弁護士さんに依頼したような案件(選任済案件)についても、着手金・報酬金・手数料・日当の7%が負担金として課せられている。

 そもそもどうして、自分が働いて得たお金に負担金を課せられてピンハネされなきゃならんのか、理由が分かりにくいのだが、紹介案件については、まあ、ぎりぎり分からないでもない。つまり、弁護士会に依頼が来て弁護士会が紹介するという手間がかかっているから、その手間賃と見れば、理解できないわけじゃない。

 しかし、弁護士選任に全く弁護士会が関わらない選任済案件にも負担金が課せられるのは、理屈に合わないような気がどうもするのだ(同様の問題は管財事件の負担金にも該当するかもしれない)。

 選任済案件で選任されている弁護士さんは人的関係や、その仕事を評価されて依頼されるわけだから、どうして弁護士会に7%もピンハネされなきゃならないのか、その理屈が分からない。

 確かにLAC導入に弁護士会の働きかけが大きかったなどという点があるなら分かるが、それなら、それで、公平に、日本全てのLAC案件に負担金が課せられていなくてはおかしい。

 そう思って、説明委員の先生に聞いてみた。

 坂野:「選任済LAC案件に負担金を課している単位会はどれだけあるのですか?」

 驚くなかれ説明委員の回答は次のようなものだった。

 「かつては他の単位会でも負担金を課しているところもあったとも聞いたことはありますが、日弁連事務局に聞いたところ、現在は、大阪だけのようです。」

 坂野は心の中で驚く

 えっ!なんじゃそりゃ!

 大阪だけが、7%もぼったくられとんのかい!

 日弁連でLAC担当をしている竹岡大阪弁護士会会長が、慌てて補足説明として、「私の記憶では、大阪の他、神奈川・新潟他もう一つあったように思いますが・・・」とフォローにまわったが選任済案件の負担金なのか、紹介案件の負担金なのかは、はっきり区別して説明してくれなかった。

 くわしい説明は次回にすると約束してくれたので、次回の常議員会で、LAC案件に負担金を課している(ぼったくり?)弁護士会はどこなのかが、はっきりするだろう。

 仮に竹岡会長のお話が仮に正しくとも、少なくともLAC選任済案件に負担金を課しているのは、全国52の単位会の中で、極めて少数派であることは明らかになってしまった。

 ぼったくってまんな~、大阪弁護士会さんは・・・・。ほとんどの弁護士会では、LAC弁護士報酬はそのまま弁護士の手にわたるのに、大阪弁護士会さんは、7%もピンハネできるんですな~。

 ほんで、谷間世代に10年間で84万円も会費免除しはるんでっしゃろ。

 問題はそっちよりぼったくりやめて谷間世代を含めた全会員の会費(名目会費ではなく実質負担させる会費)を下げることやおまへんか?

 そうなりゃ公平やし、みんなも納得するし、谷間世代も実質の会費が下がって一息つけるから、(他の世代の犠牲を前提とした)谷間世代だけの会費減額をしてくれとも言わなくなるんと違う?(そのように仰らない谷間世代の方の存在は否定しませんが、日弁連が谷間世代の会費減額のための意見照会要求資料に付してきた若手カンファレンスの発言抜粋には、そのような内容の発言が散見されました。)

 谷間世代救済のための会費減額~!と筋違いの救済策を実行して、執行部がええカッコばっかりしてたら、その他の会員さんから、そっぽむかれるんとちがいまっか・・・・。

 ほんま、しんぱいやわ~。