ブダペスト子供鉄道

ブダペストには何度か観光旅行で行ったことがあるが、私は、必ずと言っていいほど、子供鉄道に乗っている。 

そもそも、私自身鉄道が好きだということもあるが、海外旅行では、自然以外には、動物園・サーカス・人形劇場など、少し変わった施設を好んで見て回るくせがあるからだ。

ブダペスト子供鉄道は、社会主義国家であった頃から、青少年の育成の目的で設置されていたようで、子供鉄道で働ける子供達は選ばれた子供達であったともいわれているようだ。私が訪れた際にも、列車の運転以外はほぼ子供達が行っていた。

子供達からは、内心嬉しそうな、誇らしそうな気持ちを抱いているような感じを受けるのだが、それを顔に出さないように、少しおすまし気味に勤務している様子が微笑ましい。

今年の当事務所の年賀状はこの子供鉄道の最後尾の客車に1人乗って撮影した写真を使った。お客が少ないこともあり最後尾の車両には暖房を入れておらず、私以外誰も乗ってこなかったので、撮影できた写真だった。

残念ながら、今年のお正月のご挨拶のブログ記事も吹っ飛んでしまったので、年賀状の写真も飛んでしまったが、おって、再掲したいと考えている。

ブダペスト子供鉄道(ハンガリー)

ブログ写真

現在のブログの表紙写真はどこの写真だという、質問を受けたのでお答えしておきます。

初夏のブダペストでの写真となります。たしかGWに出かけた際の写真で、おそらく10年以上前の写真のはずなので、写っているお嬢さんは、今ではきっと素敵なレディになっているでしょうね。

しばらくは、この写真を表示していようと思っています。

私は、スギとヒノキの花粉症をもっていますが、GWのヨーロッパでも何かの花粉?が飛んでいたようで、花粉症の症状が出まくって、とても辛い思いをした記憶があります。

とはいえ、他所の国を見てくることはとても楽しい経験であることは間違いないので、新型コロナウイルスがおさまって、また皆様が安心して行き来できる日が早く来ることを、切に祈っております。

変わった相談

 現在、温泉に関する権利の相談を受けたので、大阪弁護士会図書館から温泉権に関する専門書を3冊借りて、調査中です。

 図書館から借りてきた本も新品同様に新しいものなので、おそらく本を借りた先生も僅かなのでしょう。温泉に関する権利についての相談は、私も20年以上弁護士をやってきて初めてですから、相当珍しいのではないかと思います。

 その他、私が相談を受けた中で、変わっているなぁと自分でも思ったものとしては、バンドウイルカの返還請求を退けた件、自称霊能力者に対して、お金を返すよう請求した件などがあります。

 特に後者については、気味悪がって他の弁護士さんが何人か、受任を拒否されたと聞きました。私自身も受任後に何もないところで転んだことが一度あり、ちょっと怖くなったこともありましたが、今のところ無事なので、まあ大丈夫なのでしょうね。

 

 

京都五条壬生川、お好み焼き店「ふくい」閉店

 もう30年近くも前、私が、大学生の頃、友人に初めて連れて行ってもらったのが五条壬生川にあるお好み焼き店「ふくい」だった。

 その当時でもかなり年代物の雰囲気はあり、くすんだ壁の色や、色褪せた「日日是好日」の色紙などに、懐かしさを感じるようなお店だった。

 お好み焼き、焼きそば、と緑色の看板に書いてあったように記憶するが、断然一押しは焼きそばだった。

 基本的には、おばちゃん(おばあちゃん?)が焼いてくれるので、客は手を出す必要はない。まず、ラードを使ってそばと具材を焼くのだが、焼きそばの文字通りで、そばが一部カリカリになるほど焼いてしまう。おそらくその方がソースのシミがいいのだと思うが、初めて見たときは焦がしてしまうのではないかと本気で心配になったことを覚えている。

 その次に大きなステンレスの皿に盛り上げた、キャベツが鉄板の上に大量に投入され、おそらく味の素ではないかと思われる調味料がさっと振りかけられた後、その上に具材とよい具合に焼けたそばが、乗せられる。

 おばちゃんが、無造作ながらも、一度でズバリそばの量に見合った適量をつかみ取った鰹節をかけ、辛めのソース、次に甘めのソースを適量加えて、両サイドからキャベツをうまい具合に焼いていけば、出来上がりだ。良く焼いてくれるおばちゃんは、確か「ヒイラギさん」というお名前だったと思う。お歳こそ召されていたが、とてもかわいらしい方だった。

 清潔感あふれるお店かというと失礼ながらそうではない。しかし、食べ始めればそんなことは、もうどうでもよくなってしまう。

 ソースの甘みとキャベツの生き生きとした歯ごたえがたまらない。味(量も)で勝負のお店なのだ。大盛にすればかなりの量にもなるので、腹ペコの男子大学生二人でもお好み焼き1人前、焼きそば大盛2人前にすると、やっつけるのは相当大変だった記憶がある。京都で学生生活を送った方で、「ふくい」の焼きそばにお世話になった方も相当数いるはずだ。

 大学卒業後はしばらく間が空いてしまっていたが、3~4年ほど前から、懐かしくなって何度も通うようになっていた。

 最近では、お好み焼きの他にも、タレが美味いことに気づいて鉄板焼き(キャベツと具材焼き)もお気に入りになり、特に、ここ1~2年はそこそこ通ったほうだと思う。

 確か昔は、深夜3時ころまで営業していたように思うが、いつの頃か夜11時閉店に変わり、週末の夜食には、少し不便にはなっていた。また焼きそばを焼いてくれるのもおばちゃんではなく、中国人留学生?と思われる人が増えていた時期もあった。おそらくインターネット等で紹介されたのだと思うが、外国人の客の姿もだんだん増えつつあった。

 インターネットでの京都新聞ニュースによると、コロナウイルスの影響もあって、昨日閉店したそうである。

 勝手なもので、もうあの焼きそばを食べられないのかと思うと、なぜだか無性に食べたくなる。

そんな食べたい気持ちでさえ、いまは、寂しいものである。

オンライン演習雑感

 関西も緊急事態宣言が解除されたが、私が非常勤講師を務めている関西学院大学では、まだ学生の登校が許されていないようだ。

 文科省が、オンライン授業をするにしても、授業終了後速やかに、①「設問解答、添削指導、質疑応答等による十分な指導」を行うとともに、②「学生の意見の交換の機会」を確保する必要があるとの告示を出したため、大学側も苦慮しているようだ。

ちなみに、Zoom等が使用できないなどオンライン通信環境が整っていない学生がいることも想定されるが、それについては、最低限のチャンネルを確保して別途の対応を配慮してくれという、きわめて抽象的な指針しか出されていない。

 幸い関西学院大学には、ネットワーク環境が比較的整っている部分もあったため、私は、事前に学生にアンケートを取ったところ、回答者は全員可能だとの解答であったため、今回初めて、オンライン授業(演習)をやってみた。

 一応無料アカウントからは、1対多数のオンライン会議は40分が限度と記載されていたことと、初めての試みであることから、最初は40分に限って行うことにした。

 結果は、やれないことはないが、相当厳しいのも事実だ。

 私は、学生の理解を助けるために、板書したり、図解するなど、黒板を多用することが多い。私の場合、板書は、学生さんが理解できない点について理解を助けるために行うものであるため、一見分かりにくそうでも学生さんが理解していれば板書は不要だし、簡単そうでも学生さんが引っ掛かっている点があれば、板書でさらにかみ砕いて説明することもある。このようにどの項目を板書して説明するかは学生さんとのやり取りで決まるともいえるので、板書をパワーポイントなどで事前に準備することは不可能である。

 もちろん法律に関する問題を扱っているので、裁判などの事例を説明する必要も出てくるだろうが、どのような事案についての裁判例なのかについて、文字だけの説明を読むよりも間違いなく図示したほうが、理解がしやすい。司法試験の短答式問題を解くときでも、論文答案を作る時でも、登場人物の法的関係を図示してわかりやすくするのは常套手段である。

 また、学生がきちんとレジュメの該当部分を見ているのかについても、確認がとりにくい。

 何より、学生の反応が読み取りにくいのが困る。

 演習なので、学生の反応を見ながらヒントを出したりして誘導することもあるのだが、学生の反応が読めないとどこまで誘導すればいいのか判然としないのである。

 また、私の演習では、六法をバンバン引かせるのだが、学生がどれくらい六法を引くのに手間取っているのかも分かりにくい。

 1度の経験で何が分かるといわれるかもしれないが、現に大学受験予備校がサテライト授業として展開しているような、大教室講義型(一方通行型)の授業のほうが、オンラインではやりやすいのではないかと感じた。

 あとで大学のメールアドレスからアカウントを作成すれば、zoomを無制限で使える可能性があると学生に教えてもらったので、来週からは、一コマ分きっちり時間を取って、学生さんに単位を付与しても大学や文科省に文句をつけられないようにしていきたいと思っている。

 やはりいくら通信手段が発達しても、面と向かってのやり取りにはまだまだ敵わないのだろうと感じた一日だった。

NHKスペシャル「クジラと生きる」

 私の郷里の和歌山県太地町に、反捕鯨団体が常駐し、漁師達の動きを監視している。彼らが狙うのは、クジラの命を絶つ瞬間であり、それをインターネット上に公開して反捕鯨の動きを高める目的がある。きっかけは、映画「ザ・コーヴ」。

 彼らの言い分は「クジラは知能が高い動物であるから殺すことは許されない」というものだ。

 見てみたが、反捕鯨団体のやり方は異常に、ど汚い。

 漁をしている場面を盗撮するだけでも、相当な汚いやり方ではあるが、それだけじゃない。

 漁師が移動しようとする自動車の前に長時間立ちふさがり、漁師の仕事を妨害する。狙いは漁師が怒り出す姿だ。その一部分だけを切り取ってインターネットに流そうとするのだ。

 一万円札を10枚目の前に突きつけて、

 「これでイルカを一頭逃がしてくれ、ほれ、たくさんあるぞ(金が欲しいんだろ)。 」

 また撮影しながら「どうせ、誇りなんてないんだろう。」等、平気で相手を見下し馬鹿にする言葉を投げつける。

 こっちは仕事でやっている。生きるためにやっている漁だ。国際的にも認められている範囲でしか捕獲していない。何が悪い!

 仕事もしねえで、環境保護ごっこをやっている奴らになんでそこまで言われなきゃならんのだ。

 そもそも国際的に認められている日本の調査捕鯨を暴力を持って阻止しようとしているのは誰なんだ。アメリカで大量に消費されている牛肉だが、牛の屠殺場に、例えば牛は神聖だと考えるインド人が大挙して暴力的行為で妨害した場合、お前らは黙ってみてるのか。自分たちの国でどれだけの動物の命が絶たれているのかよく見てみろ。

 少なくとも自分が悪いことをやっていると理解しているだけ、その自分たちの行為を喜んで公表しようとしていないだけ、海賊の方がまだマシなんじゃないか。暴力によって日本の権利を侵害しておいて、その行為を英雄的行為だと考えているんだから、もはや頭の中に黄色いタンポポが咲き乱れているとしか思えない。

 彼らの奥底には、自分たちの文化(考え)は絶対に正しく、それに沿わない文化(考え)は野蛮だ、という相手を蔑視する見方が潜んでいる。

 そもそも、鯨を大量に捕獲して数を激減させてきたのは他でもない欧米諸国だ。しかも、鯨油だけ搾り取ってあとは捨てていたと聞いている。少なくとも太地の漁師は、鯨を捕ったら骨以外は全て利用してきた。クジラの歯ですら、加工して利用していたのだ。それが命を頂いたせめてもの礼儀だからだ。クジラ塚もつくって命を頂いたクジラに対して感謝し供養もしている。

 それと比較すれば、鯨油だけ搾り取ってあとは捨てちまうやり方は、クジラに対する、命に対する、侮辱だったんじゃないのか。

 サファリと称して、楽しみのためだけに動物を殺戮して回っていたのはどこの誰なんだ。

 相手を責める前に、クジラを含む動物の命を散々無駄にしてきた自分たちの国を、まず反省し懺悔したらどうなんだ。

 そして、どうせ反撃してこないだろうと予測される日本の捕鯨を安易にターゲットにするのではなく、東南アジアやアフリカなどで未だ収まらないといわれる凶悪密猟者による稀少動物の密猟を、それこそ命を張って阻止してみたらどうだ。デフレの日本に常駐するより費用も桁違いに安くつくはずだ。それもやらずに、環境保護だ、動物保護だと言われても、彼らの胡散臭さは消えない。

※怒りのあまり、表現が不穏当になっている部分については、お詫びします。

追悼

F・K 様

前略

 お手紙拝見致しました。

 確か、以前の私のブログで、ヨーロッパの街灯の話を書いたときにEメールを頂いて以来だと思います。

 ご主人様のこと、心よりお悔やみ申しあげます。

 プラハのあのお店でお会いした際には、お二人とも本当にお元気で、また仲良くされておられましたね。毎年のように長期間の訪欧をなさることをお聞きして、羨ましいご夫婦でいらっしゃると感じておりました。
 もう一度お会いできれば、人生の先輩でいらっしゃるK・K様に、きっといろいろ教えて頂けるはずだったのに、と思うと残念でなりません。

 いつもそうですが、人は過ぎ去って取り返しがつかなくならないと気がつかないことが余りにも多い、不便な生き物だと感じます。

 先日、「千年女優」というアニメーション映画を見ました。そこでは、引退した女優が主人公なのですが、ある人から「一番大切なものを開ける」鍵を預かり、その鍵をいつか返そうと願いつつ暮らしていくというストーリーを中心にしていました。映画の最後の方で、主人公は、その「一番大切なもの」とは、「自分のその人への想い出」であったということに気付きます。

 ある人への想い出を一番大切なものにして生きるということは、おそらく、私達、不便な生き物である人間がいつも感じてしまう、取り返しのつかないことへの後悔に、わずかながらでも対抗するために、神様がくれた手段の一つではないかと思います。

 私も、プラハの片隅の本当に小さなアンティックショップでお会いした際の、K・K様・F・K様の本当にお幸せそうな姿を一つの想い出として大事にさせて頂こうと思っております。

 いろいろ大変でいらっしゃるでしょうが、お手伝いできることがございましたら、ご連絡下さいませ。
 

ps K・K様が生前私のブログを読んで下さり、「熱血弁護士で男らしくて、いい青年だ」と誉めてくださったそうですが、私は、もう青年というより十分中年の真ん中くらいにさしかかっております。この点だけは、K・K様に訂正して頂けますようお伝えしておいて頂ければ助かります。

                                                                  草々

電信柱

 私が小さい頃、私の育った町では、電信柱はまだ木製が多かった。

 黄緑色に塗られた木製の電信柱、腐食防止のためかコールタールで真っ黒に塗られた木製の電信柱などが、小学校への通学路の脇に、いつも静かに佇んでいたように思う。電信柱に登るための小さな取って?もちゃんと付いていて、小学生でも少しばかりは登れた記憶がある。当時はむしろコンクリート製の電信柱が目新しく、登るための小さな取ってのようなものが収納式であったりして、それを引っ張ったり、戻したりして遊んだこともあった。缶蹴りのときは、その影に隠れて鬼に近寄ろうとして、手に汚れがついたりしたものだ。

 そのうち、木製の電信柱は見なくなったし、いつの頃からか、電信柱が何でできているのかについても全く注意を払わなくなった。

 しかし、 ときおり、ずっと等間隔に、どこまでも並んでいる電信柱を見たときや、誰もいないような広い平原に電信柱だけが立っている風景などを目にすると、何故だか気持ちが少しゆらめくことがある。

 むろん、電信柱がない方が風景としては良いのに、と思うことも多くあるが、気持ちが少し揺らめくときに限って言えば、電信柱が、たとえ誰にも注目されていなくても、黙って、自分の仕事をただ一心に、頑張っているように見えるのだ。

 そう思うのは、ひょっとしたら小さな頃に読んだ童話が原因かもしれない。

 そのうち、その童話についてもお話しさせて頂くときが来るかもしれないね。