琴きき橋

 平家物語に小督について、書かれた段がある。

 高倉天皇の寵愛を一身に受けた小督であったが、高倉天皇の中宮が平清盛の娘である徳子であったため、清盛の怒りを買い、小督は、嵯峨へ身を隠すことになる。

 高倉天皇はひどく悲しみ、源仲国に馬を与え、密かに小督を探させる。しかし、嵯峨野あたりにいるらしいこと、片折戸をした家にいるらしいこと、の僅かこれだけの手がかりしかない。仲国は、どうやって探すんだと自問しながら嵯峨野近辺を探す。

 折しも中秋の名月のころであった(と思う)。琴も名手でもあった小督は、きっと、この月に誘われて琴を弾いているに違いないと信じて、仲国は琴の音が聞こえないかと耳を澄ませつつ、馬を走らせる。そして仲国は、ようやく、琴の音を耳にするのである。

 その場面の平家物語は、私の記憶によればこう書かれていたと思う。

 「峯の嵐か松風か、尋ぬる人の琴の音か、覚束なくは思えども、駒を早めていくほどに・・・・・・」

 仲国は、宮中で小督と一緒に笛を奏したことがあり、聞き間違うことはなかった。そして、ついに小督を発見することになる。

 高校時代の私は、中秋の名月が白く輝く夜に仲国が馬を走らせている情景、探しあぐねていた女性の手がかりを見つけた仲国の不安と興奮、二人を巡り合わせたものが琴の音というあまりに儚き糸であったことなどが、この一節に凝縮されているように思えて、何度も読み返したものである。

 その琴の音を、仲国が聞きつけた場所が、琴きき橋である、とされている。

 場所は、京都嵐山、有名な渡月橋のたもとにある。先だっての連休に、琴きき橋跡に行ってみた。非常に多くの観光客が嵐山を訪れており、土産物などを物色していたが、琴きき橋跡の石碑に注意を払う人は見当たらなかった。

 単なる石碑であるから、当たり前かもしれない。

 しかし、そのようにひっそりと佇んでいる方が、その後の小督の運命にも合うようで、私には何となく好ましく思えたのだった。

イルカ漁映画「The cove」 アメリカで話題~日経新聞の記事から

 和歌山県太地町のイルカ漁を取り上げた米ドキュメンタリー映画「ザ・コープ(入り江)」が米国で話題になっている。多数のイルカがモリで突き刺され、血の海が映し出されるラストシーンが観客に衝撃を与えており、米国内の映画祭で賞も受けている(後略)(日経新聞2009.8.26第38面記事より引用)。

 ちょっと本題からはずれるが、こういう小話を聞いたことがある。

 ある日本の温泉地で、世界的な女性問題の会合が開かれた。世界中の女性が集まり、様々な議論がなされた。会合も終わり、各国の女性達が温泉旅館の大浴場(女風呂)で入浴していたときに、誰かが悪戯で男風呂と女風呂の表示を入れ替えた。そのため、数人の男性客が間違えて女風呂に立ち入ってしまった。
 女性の悲鳴が大浴場中に響き渡り、女性達は男性に見られないように、一斉に小さなタオルで身体を隠した。多くの国の女性は下を隠し、ある国の女性は胸を隠した。しかしその2カ所以外を隠す女性もいた。ある国の女性が「こんなところ絶対に男性に見せられない」といって小さなタオルで必死で隠したのは、顔だった・・・・。

 この小話から分かるように、それぞれの国には、それぞれ異なる文化がある。そして、その文化の善し悪しについては、少なくとも反人道的であったり、他国に迷惑をかけるような内容の文化でない限り尊重されるべきであって、文化が異なるというだけで他国から野蛮だとか残酷だとか非難されるいわれはないように思う。

 話を映画に戻すが、この映画は、立入禁止の入り江に隠しカメラを設置して撮影したと記事にあることからわかるが、おそらく盗撮の映画である。日本では公開されていないし、私も見ていないので内容は分からないが、観客が衝撃を受けているという記事からすると、おそらく、残酷・野蛮(そして、ひょっとすると残酷な行為をを隠す日本人)というイメージを与える映画に作られているのだろう(間違っていたらスミマセン)。

 しかし本当に(イルカを含む)捕鯨は残酷で野蛮なのだろうか。

 翻って考えると、人間は他の生き物を食べなければ生きていけない。つまり人間が生きていくということは、動物であれ植物であれ、他の生き物の命を必然的に奪う営みでもある。この行為を反人道的とは言えないだろう。アメリカ人が好んで食べるといわれる牛肉だって、生きた牛を屠殺して得たものであるはずだ。海の上で多くの牛を屠殺すれば当然血の海になろう。それがどうして牛の命を奪うことなら野蛮ではなくて、クジラ・イルカの命を奪うことが野蛮だと言われなければならないのか。いずれの行為も、人間が生きていくために他の生物の命を奪うという点では等価値である。

 昔、欧米の大金持ちがアフリカで行っていたサファリ(猛獣狩り)などは、生活のためや、食べるために猛獣を殺すのではなく、剥製にして自慢したり、猛獣を殺すスリルを味わうという残酷な楽しみのために、他の生物の命を奪っていたはずだ。そっちの行為の方がよっぽど野蛮である。ちなみに、18世紀には北アメリカ全土で50億羽も生息していたと推測され世界で最も数の多い鳥であった、リョコウバト(アメリカリョコウバト)を食用以外に飼料用やスポーツの一環として乱獲し、1914年に絶滅させたのはアメリカである。また、太平洋・大西洋でクジラが激減し危機に瀕したのは、17~19世紀の欧米の鯨油目的の乱獲が大きく影響しているはずだ。

 少なくとも太地町のイルカ・クジラ漁は、食用にするため、住民の生活のための漁であって、剥製にする目的や、殺すスリルを味わうための漁では断じてない。しかも資源保護のために水産庁が定めた枠内での捕獲である。捉えたクジラ・イルカも一片も無駄にしないよう慎重に解体し、利用する。それが、命を頂いたせめてもの礼儀だからだ。太地町には、クジラの供養碑もある。太地町のホームページには、クジラの供養碑について次のように説明されている。

(以下太地町のHPより引用)
 人間が幸せに生きていくために大事なことの1つは、自分に生き甲斐のある職業を持つことです。しかし、どんな仕事にしても働くことの満足感や喜びがある反面、そのきびしさや悩みも伴います。私達の先人の多くは、鯨に挑むことを誇りとして生き甲斐と糧を求め、長い間生計を営んできました。しかし、仕事の宿命というべきか、捕鯨に関わる人達は避けて通れない心の痛みや悲しみに直面せざるを得ませんでした。
 それは「いのち」を持つ鯨をしとめるということでした。
 どんなに仕事や生活のためとはいえ、つい今しがたまで恰も大洋を楽しむかのように泳いでいたその鯨を追いつめ、射止めてしまうのです。鯨との闘いの末、懸命にもがき廻ったその鯨がぐったりとその巨体を横たえた時、海の男達は「やったぞ。」と勝利者の叫びをあげながらも、その歓喜はまた「なんと申し訳のないことをしてしまった、許してくれ。」という深い詫びと悲しみに変わるのでした。そして、ひたすら異口同音に「南無阿弥陀仏、、、、」と唱え、鯨に向って手を合せるのでした。
 それが海の男達の精一杯の気持ちでありました。
 このことは、陸に揚げられた鯨を処理する人達にも全く同じことでした。
 熊野灘を一望する梶取崎園地の一角には我が国の捕鯨発祥の地として「鯨魂の永く鎮まりますよう」という願いを込めたくじら供養碑が建立されていて、毎年4月29日にはここで捕鯨OBが主催する「くじら供養祭」が行われます。
(引用ここまで)

 果たして、この映画「ザ・コープ」は、日本の沿岸捕鯨の文化、漁業に携わる人たちの生活や心境、クジラ・イルカ(イルカはクジラの一種である~大きさで区別されている)の供養、昔の欧米のクジラ乱獲の歴史、などについて、きちんと触れているのだろうか。もし触れていないのであれば、ドキュメンタリー映画など、とんでもない話で、偏向映画というそしりを免れまい。

 もしこの映画「ザ・コープ」が日本で公開され、万一上記の点に触れられていない偏向映画だったら、映画館を出るときには、「うまそうやったな。あ~イルカが食べたい。」と言ってやろうかと思っている。

冗談で言っていたら・・・・・

 衆議院選挙の公示がなされ、夏の選挙戦が戦われている。

 日本国民一人あたりの借金額は、(生まれたばかりの赤ん坊を含めて)700万円弱になっているそうだ。超高齢化社会で、かつ、出生率の低下も止まらない。私はあまり歴史は得意ではないが、人口が減少しながらなお繁栄していった国は、有史以来ほとんど無いのではなかろうか。人口減少問題だけではなく、今の若者の世代は、このままでは、現行世代が積み上げた借金の責任も負わされることになる。

 今の日本が、極めて憂慮すべき事態になっていることは誰もが認めるところだろう。

 うちの事務所のパートナー弁護士で、食事の際の談笑中に、日本は、どうしてこんな借金まみれになって、しかも、子供に対する支援が薄い国になったのだろうという話になった。

 何となく頷ける意見としては、政治家は選挙に当選しなければならないから、票を得るために選挙権のある人間を優遇してきたからではないか、そのツケが回って来たのではないか、という意見があった。確かに、選挙の時に福祉を語る場合、最近まで高齢者の福祉が中心だったようにも思う。

 高齢者は選挙権を持ち、子供は選挙権を持たない。 どちらを喜ばせれば票が集まるかは明らかだ。

 そうだとしたら、子供にも選挙権を与えて親が行使したら、候補者も子供のことを考えるだろうから、これまでの問題点が改善されるのではないかという意見もあった。確かにそれは良い案だな、と冗談で言っていたところ、実は冗談ではなく学者さんもそのような意見を言っているらしいことが、分かった。

 本日(8月20日)の日経新聞、25面「経済教室」の欄に、一橋大学の青木玲子教授が書かれた論文によると、子供にも選挙権を与えて親が行使する方法については、既に北大の金子勇教授、阪大の大竹文雄教授らが提唱しており、海外では1986年にハンガリー生まれのアメリカの人口学者、ピーター・デーメニが提案しているそうである。

 確かに、デーメニの方法は、青木教授も認めるように相当ラジカルな方法である。しかし、将来の世代に現行世代の借金のツケを残さないのであればともかく、そうでない現状を見る限り、借金を押しつけられる側の世代にも(親を通しての間接的な意見になるが)意見を述べるチャンスを与えるべきことは、当然のようにも思われる。

 自分の当選よりも、この国のことを真剣に考えて実行してくれる候補者に、投票することが出来ればベストなんだけれどね・・・・・。

昨晩

 昨晩の月は、特に満月でもないし、三日月でも、半月でもない、取り立てて名前の付かないような月でしたが、妙に冴え冴えした月でした。

 おそらく、道路がぬれていたので、雨によって空気中の塵が少なくなって、月の光が澄んで見えたのでしょう。秋の月を思わせるような月でした。

 まだ立秋を過ぎて僅かしか経っておらず、まだまだ日中も夜も猛暑が続くのですが、着実に季節は秋へと移りつつあるようです。鴨川に架かった橋を渡っているときに、鴨川を流れる水の音に乗って、まるで、月の光に誘われたかのような一匹のコオロギの鳴き声が遠くから聞こえてきました。

 日中は暑い日が続く季節であっても、静かな明け方近くの夜空にオリオン座を見つけることができるように、夜空は、誰にも気付かれないうちに、季節を少しだけ、密かに先取りしているように感じられるときが、私には何故か時々あるようです。

 帰省などで忙しいお盆の時期ですが、時には夜空を見上げてみるのも良いかもしれませんね。

昔話~高校の想い出(道上先生のこと:その2)

 当時の高校普通科で習う数学は、数Ⅰ・数ⅡB・数Ⅲとなっていた。大学受験で試験科目として課されるのは、共通一次は数Ⅰのみ、数学を課す文系の大学は数Ⅰ・数ⅡBまで、理系の大学は数Ⅰ~数Ⅲまでが、範囲とされていたように思う。そして、高校1年生は数1を学ぶことになっていた。

 私の記憶がはっきりしないのだが、道上先生は多分、高3の1学期くらいまでに数ⅡBと数Ⅲの教科書を終わらせて、あとは問題集を解いてみせてくれたように思う。

 私は、物理は好きだったが数学は今ひとつで、特に数Ⅲで習った、極限の概念がよく分からなかった。無限に増えていくのに、ある一定の数値を超えないことがある、ということが理解できなかったのだ。

 単純に考えれば、とにかく増え続けるのだから、いずれある数値に到達し、到達すればその数値を超えるはずだと思えたのだ。コップに水を注いでいくと、どんなに僅かずつ注いでもいずれ一杯になり、溢れなければおかしい(蒸発は考えない)。そのように考えると、どんなに水を注いでも溢れないという状況があるとはどうしても思えなかった。

 ずいぶん道上先生にも質問し、道上先生も丁寧に教えてくれたが、そのときは納得できなかった。
 

今なら分かる。

 例えとして適切かどうか分からないが、板にくっついたカマボコがあり、どんな薄さにも切れる特殊な包丁があるとする。その包丁で、最初はカマボコの半分、次はカマボコの半分の半分・・・・と無限に切っていけば、それこそカマボコの切れ端は無限の数になり、切れ端の数は永遠に増え続けることができる。しかし、その無限の切れ端を集めてくっつけていけば、限りなく元のカマボコの大きさに近づくものの、元のカマボコの大きさを超えることは決してない。

 どうしてその頃、この簡単な発想の転換ができなかったのかと不思議に思うのだが(ひょっとすると道上先生もカマボコのような例で説明してくれたのかもしれないが、どうしてもコップのイメージから私が抜けられなかったのかもしれない。)、このような劣等生でも(一浪はしたが)なんとか、大学に滑り込む際に、数学が致命傷にならない程度にまでは、道上先生に引き上げていただいたような気がする。

 もっとも、私が合格した年の京大の数学入試問題は、異常に難しく、数学が抜群にできる生徒でないと、大変だったという噂もあった。

 そもそも、数学の入試問題は、難しすぎると文系なのに数学抜群の変わった奴か、私のようなおっちょこちょいの受験生が得をする。数学抜群の受験生は、数学だけで圧倒的な得点差を広げることができるので、他の科目で失敗しても数学の得点でカバーできる。また、私のような数学のおっちょこちょいは、大抵の受験生が数学で失敗するので、数学で得点できなくても他の科目でカバーすれば合格できる可能性が出てくるのである。

 逆転の発想をすれば、自分の不得意科目だけに、受験生のレベルを超えた難問を出す傾向のある大学を受験対象として選択することも、一つの受験対策といえるかもしれない。

NHKドラマ「気骨の判決」

 太平洋戦争中の昭和17年、第21回衆議院議員選挙が行われた。いわゆる翼賛選挙と後に言われるようになるこの選挙で、鹿児島2区で落選した候補者から、衆議院議員選挙の無効を求める訴訟が提起された。

 大審院第3民事部の裁判長であった吉田久は、鹿児島へ出向いて、大人数の出張尋問を行い、その結果、徐々に組織的な選挙妨害があったことが明らかになっていく。

 それと同時に、様々な圧力や妨害が吉田に向けられはじめる。ついに、この事件を主に担当し、無効とすべきではないかと主張していた判事までが転勤させられてしまう。

 時局におもねるのは司法の役目ではないが、時局を混乱させることも司法の役目ではないはずだ。裁判官達の合議は紛糾する。果たして吉田の部は、いかなる判決を下すことになるのだろうか・・・・・・・。

 戦時中の選挙を対象とする、大審院の審理という重いテーマであるため、敬遠される方も多いかもしれませんが、決してわかりにくいドラマではありません。

 加古隆さんの重厚な音楽もあって、非常に見応えのあるドラマとなっていました。ちなみに、加古隆さんは、(私の勝手な思い込みかもしれませんが)人間の越えられない業を直視しながらも、その業を越えられない人間に対する愛情を内に秘めたような音楽を作られるので、お気に入りの作曲家・演奏家のひとりです。

 私としては、もう少し裁判官同士の合議を見たかったようにも思うのですが、それは自分の専門分野として興味があるというだけですから、わがままと言うべきなのでしょう。

 見逃された方は、再放送があれば是非ごらん頂ければと思います。

 ただ、私の聞き違いかもしれませんが、判決主文で、「訴訟費用は被告人の負担とする。」と述べていたように思います。

 被告人は、刑事裁判で起訴された者に対して使う言葉であり、本件のような訴訟では、「被告」とすべきでしょう。私の聞き間違いでなければ「被告人」は間違っているので訂正された方が良いと思います。

 マスコミは、刑事裁判の被告人を「被告」とよぶ事がほとんどです。「被告」は民事裁判で訴えを提起された方のことを言いますので、全くの誤用です。早く訂正して頂きたいのですが、マスコミの方々は被告人のことを「被告」と呼び続けています。慣例かもしれませんが、明らかな誤用が分かっていながら訂正しない理由が分かりません。

 なぜなんでしょうね。

昔話~高校の想い出(道上先生のこと:その1)

 実際のところ、男ばかりのむさ苦しいクラスで、担任の道上先生が、いちばん大変な思いをされていたのかもしれないと、今になって思う。

 道上先生は数学担当で、授業は教科書で基本をさっと説明され教科書の問題を解いた後、数研出版社の問題集をひたすら解いてみせるというものだったと記憶している。つまり、予習をしていかなければ、黒板を書き写すだけになってしまうという方式の授業だった。

 よく、百獣の王ライオンは、自分の子供を千尋の谷に突き落とすという、という例えが語られるが、道上先生方式は、谷底から一気に駆け上がって見せて、「ついてこい。ついて来れなきゃ、好きにしてろ。」というものだった。当時、ミスDJリクエストパレードやオールナイトニッポンなどの深夜ラジオも聞きながらのんびりしていた私は、あっという間に置いて行かれることになった。

 そうなってしまうと、自力で勉強しなくては、授業が全く理解できない領域になってしまうので、最後は数学を自分で勉強しなければならなくなった。実は、道上先生方式授業は、やる気を出させることにおいて、相当な意味があったのかもしれない。

 無論、他にもついて行けない奴は出ていたし、某君(特に名を秘す)のように、いつ見ても違う数学の参考書・問題集を買い込んで眺めている奴もいた。彼の問題集は、大抵、最初の因数分解の章あたりで止まっており、また新たな問題集も因数分解の章で見捨てられる運命にあった。

 一方、道上先生は、 やる気のある生徒にはとことん付き合って下さる先生だった。やる気のある生徒には毎日プリントを作成して与え、解答を見てやっていた。道上先生ご自身も、毎朝数学の大学入試問題を何題か解いてから、高校に出勤されていたそうだ。

 先日、道上先生にお会いする機会があり、お話をお伺いしたのだが、今でも毎朝何題か、大学入試問題を解いておられるそうだ。現在は、数学の塾のようなものを開いておられるようだが、見た目と声がもう少し優しければ(先生スミマセン!!)、最高レベルの予備校の講師だって十分務めることができる実力派の先生だろうと思う。

 私の田舎の高校生は、やる気さえあるならば、道上先生の塾を利用しない手はない、と私は思っている。

 実際に私も、一度は、やる気になって先生のプリントを頂くこともやっては見たが、あっという間にプリントが雪だるまのように溜まってしまい、あっさりギブアップしてしまった。私と同学年の生徒で、道上先生のプリント1000本ノック?をほぼ完全にやり遂げた超人的な女の子がいたらしいが、当然のように国立大学に現役合格していったと記憶している。

(続く)

昔話~高校の想い出(クラス分け)

 私の通っていた、和歌山県立新宮高等学校の普通科は男女比率はほぼ同じであったが、1年生の時は特にコースわけを行うこともなくクラス分けをして授業をし、高2からは、生徒の希望を基本に、通称文系・文理系・理数系の3系統に別れて授業を行うことになっていた。

 私の通っていた高校でも、世の中でいわれている傾向通り、女性は理数系は苦手な人が多かったらしく、文系>文理系>理数系の順で、女子生徒の比率が高く、大学進学率は理数系>文理系>文系という傾向にあった。

 何せ、色気づき始めた高1~高2生である。どのコースに進むかの希望を出すときに、どうもあの子が○○系を希望しているようだとかいう噂が立ったりする。私もご多分にもれず、そんな単純な理由で、文理系にするか理数系にするか悩んだものだ。

 私は結局、理数系を選択した。

 クラス分けにより理数系は2年10組の一クラスとされるとの発表があった。

 私は、初めて理数系に分類された2年10組の教室に入った瞬間の景色を、いまだに忘れることができない。

 そこには、男子生徒しかいなかった。誰一人として女子生徒はいなかったのだ。

  しかも集まった連中は、基本的に理系志望だから、純情可憐な文学的要素などもってのほかで、理系っぽい何となくダークな雰囲気が充満しているのだ。

 男女比率が同じ共学の高校で、何故か男子クラス!知ってりゃ絶対文理コースにしたはずだ。

 しかも、2年間はクラス替えがない。

 思春期の最も中心的な2年間を、男の園で暮らさなければならないのだ!

 終わった・・・・・・・。

 私の高校生活は完全に終わった・・・・・・・・と思った。

 この悲惨な状況は、体験したことがある人にしか分からないだろう。

 体育祭のフォークダンスの練習は、半分が女性の役割をしなければならない。そんなフォークダンス、頼まれたって嫌だろう。

 修学旅行で、学校側が気を利かせて催してくれたキャンプファイアーを囲んでの懇談会でも、周囲は男ば~っかり。

 男同士で踊ろうったって、気味が悪いだけで踊る気が湧くはずもない。男同士で語ろうったって、たいした人生経験もない思春期真っ最中の当時は面白くもなんともない。

 竹内まりやの曲で、「毎日がスペシャル」という曲が、TVで流れていたことがあったが、その当時の私にとってみれば、理数科教室での毎日は、大げさにいえば「♪~毎日がモノクロ」という感じだった。 

 しかも担任は、柔道5段?くらいだった道上徹先生。生意気盛りの高校生がささやかな反抗を考えても、柔道5段が立ちふさがるのだ。

 そのうち、女性に気を遣わなくても済むというメリットもあるし、良い奴もいるんだということが分かってくるが、まあ、当初は落ち込んだものだった。

(続く) 

高速道路で

 私は結構ドライブが好きなので、仕事で遠隔地の警察署などに接見に行かなければならないときなど、高速道路をよく利用することがあります。

 先日、新名神の追い越し車線を気持ちよく走っていたところ、前を走っているボルボの運転席から何かが飛んできました。一瞬何のことか分からなかったのですが、小さな白いものが飛んできて、私の自動車のボンネットに当たりました。高速走行中に小さな虫が当たったような音がしたので、大したことはないのは分かりました。しかし、一体なんだろうと思っていたところ、こんどは、同じボルボの助手席の方からもう一度同じようなものが飛んできました。

 今度は、路上で跳ねて私の運転する車のフロントグラスに当たり、そのまま運転席側の窓に沿って飛んでいったので、何が飛んできたのか分かりました。

 小さい物体の正体は、タバコでした。

 あまりのことに、私は唖然とし、次に怒りがこみ上げてきました。おそらく、火も消さずに窓の外に放り投げたタバコでしょう。もし私が、窓を開けて運転していたのであれば、そのタバコは運転席側の窓沿いに飛んでいったことから、窓から車内に飛び込んできてもおかしくないはずです。

 万一火のついたタバコが、私の車の後部座席に飛び込み、私が気付かなければ、車両火災になっていてもおかしくありません。タバコの火を消したつもりでも、完全に消えていなければ同じ危険が後続車に生じます。
 しかも、タバコを捨てた方の車種はボルボです。安全性に相当配慮されて作られたことで有名な自動車メーカーの車に乗っている方ですから、おそらく家族の安全には相当配慮されているはずです。しかし、運転席だけではなく助手席からもタバコが路上に投げ捨てられたことから考えれば、おそらく、自分たちさえ安全であれば良いという発想のご家族ではないかと思ってしまいました。

 これだけではなく、最近タバコの灰を窓から捨てる方、吸い殻を平気で投げ捨てる方を、昔よりよく見かけるような気がします。確かにタバコの灰や吸い殻を車外に捨てれば車内は綺麗なままだし、灰皿の掃除も不要でしょう。しかし、自分の都合で、誰かに迷惑をかけても構わないという発想は、社会全体を汚していくように思えてなりません。

 公の場で他人に迷惑をかけることは恥ずかしいことだという、ごく当たり前のことが次第に忘れ去られつつあるような、残念な思いがしました。

被疑者国選

☆ボランティア募集!

・日時は(都合はお聞きしますが)平日昼間など、当方で指定します。
・熱心にやっていただける方は20時間以上も可能。
・場所の指定を受けた方は、何回通われても8キロ以内は交通費支給無し。
・ボランティアに必要な道具もご自身でご準備頂きます(若干の補助あり)。
※なお、参加1時間あたり7000円程度を支払って頂きます。

 このようなボランティア募集があったとします。
 どう思われますか?

 ふざけんな。誰が金払ってまでボランティアせなあかんねん。

 ボランティアの時間まで指定されたら仕事に差し支える。

 場所をそっちで指定するなら交通費くらい出してよ。

 必要な道具の準備の負担をどうしてしなければならないの。

 自由な時間にできて初めてボランティアじゃないの?

というのが普通の人の反応だと思います。

 だから、上記の条件であれば、誰もボランティアに参加するはずはありませんよね。何らかの事情があって仕方なく参加するとしても参加する時間が長くなればなるだけ損するので、できるだけ短時間ですまそうとするはずです。

 しかしこれが、(給料を頂いている勤務弁護士さんには当てはまりませんが)私のような経営者弁護士から見た国選弁護の実態です。今年から被疑者国選制度が拡大されてはいますが、このような劣悪な条件は殆ど改善されていません。この状況で、経営者弁護士が国選弁護から手を引こうと考えても無理はありません。

 詳しくは、私のブログ2008年2月3日、3月5日、3月6日、3月25日をご覧頂ければお分かりになるかと思います。私は修習生時代、税金で育てて頂いたという気持ちがあるので国選弁護を続けてきましたが、そろそろ考え直す必要があると思いはじめています。せめて赤字にならないようにして頂ければ、もう少し頑張れるのでしょうが。

 やればやるだけ赤字になる仕事を善意だけで続けることは、限界があります。

 被疑者国選が拡大されたが引き受ける弁護士が足りないという報道が一部にあったようですが、どこの世界に行っても上記のような条件のボランティアなど誰も引受けてはくれません。こんな劣悪な条件で引受け手を捜す方が間違っているのです。マスコミの方は、そこまで踏み込んで書いて下さいね。

 ではこれから、被疑者国選の被疑者に面会(接見)に行かなければなりませんので・・・・。