弁護士の潜在的需要とは??

 現在の、弁護士激増路線維持派の方が良く仰るのは、「法的な解決を欲している人がまだまだいるので、潜在的需要はいくらでもある!それを顕在化すればいいのだ。」という決まり文句です。しかし、弁護士の潜在的需要候補としていつも真っ先にあげられる中小企業の弁護士需要は、司法改革前からいわれていますが、一向に顕在化していません。そもそも需要があるなら、新人弁護士が就職難に陥るはずがありません。

 それにも関わらず、日弁連執行部の考えは「潜在的需要がある」というもののようです。

 しかし、(前にブログに書いたように思いますが)次のような需要論は正しいでしょうか。

① バス停にたくさん人が待っているのだから、タクシーの潜在的需要はある。だからタクシーをもっと増やすべきだ。

② 国民の知る権利に奉仕する日刊新聞が、一部1円なら買う人がいるので、日刊新聞の潜在的需要はある。だから、国民の知る権利に奉仕するために印刷部数を増やすべきだ(一部1円に値下げするべきだ)。

 ①も②も明らかに誤りでしょう。

 確かに、バスに乗りながら本当はタクシーに乗りたいと考える人もいるでしょう。しかし、現実にタクシーを利用しない人をタクシーの潜在的需要とはいいません。なぜなら、タクシーがバス料金並み(若しくは相当程度低額)にならない限り、バスの利用者はタクシーを使わないからです。そして、過当競争といわれながらもタクシーがバス料金並みの料金設定にできないのは、そのような料金設定にするとタクシー会社・ドライバーとも食べていけないからです。タクシードライバーに食えなくてもバス料金並みにしろとは誰もいわないでしょう。タクシー運転手も職業です。職業は、生活の糧を得る手段でもあるからです。

 もちろん、②の一部1円でなら買うという人も日刊新聞の潜在的需要とは言えません。そんな料金で新聞を発行していたら発行する部数が増えるだけ赤字になります。明らかに赤字の仕事を、国民の知る権利に奉仕するからといって、勝手に押しつけられても困るだけです。新聞社は一等地に立派なビルを建てているくらい儲かっているのだから、それくらい良いだろうといわれても、明白に赤字事業なのですから、無理なものは無理でしょう。

 ところが、こんな当たり前のことが、弁護士と言う仕事に関しては当たり前として議論されないのです。

 アンケートに依れば法的な援助を望んでいる人が沢山いそうだ、学者から見て法的解決が必要と気付いていない人も多くいそうだ。だから、潜在的需要がある。その潜在的需要を満たすためには、弁護士の激増が必要である(激増させても大丈夫だ)、というのが弁護士激増賛成論者の一つの主張です。

 一見正しそうなそのお話の中には、弁護士を利用するにもコストがかかる(弁護士も職業であり、その仕事でご飯を食べる必要がある)という点が全く欠落しています。

 例えて言うなら、こう言えるかも知れません。

 非常に大量の貴金属や稀少元素が広い海には溶け込んでいます。その海に連れて行って、「さあ、ここに大量の金が眠っている。どう取り出せばいいか分からんし、実際に金を取り出そうとすると大幅な赤字になるだろう。しかし、とにかく金は確実に海水に溶け込んでいる(潜在的需要はある)。よかったな、君の未来は安泰だ。」と言っているようなものです。

 海水に大量の金が溶け込んでいることは子供でも知っています。しかし(技術的には可能だと言われているのに)海水から金を取り出そうとしないのは、コスト的に合わないからでしょう。

 弁護士激増路線を基本的に維持される方は、コストを無視した安易で非現実的な潜在的需要論を根拠として振り回さないでもらいたい。

(追記)

 私が言いたいのは、社会的弱者の方に対する法的サービスの要望を無視しろということではなく、一方では弁護士を激増させて生存競争を激化させておきながら、コスト的に合わない仕事を強要して弁護士に犠牲を強いることが間違っているということです。社会的弱者の方に対する法的サービスに関しては、諸外国のように国民全体の了解の下、税金を投入するなどして対応すべき問題です。ちなみに、民事法律扶助予算について、国民一人あたりの支出額は、イギリス3257円、ドイツ746円、フランス516円、アメリカ309円と比較して、日本はわずか40円です(日弁連新聞による)。

温度差

昨日の日経新聞に、公認会計士試験が、新試験に移行後5年目にして、見直しを迫られているという記事が載っていた。

 公認会計士5万人を目指して合格者を急増させたものの、受け入れ体勢が調っておらず、就職難が生じているからだそうだ。「前の試験の方がまだ良かった」と述べる、ベテラン会計士もいるそうだ。

 公認会計士は

 2000年に 16656人

 現在では  28539人

 に増加している。

 弁護士は

 2000年に17126人

 現在では28831人となっている。

 実は、弁護士の就職難もかなり深刻で、新司法試験に合格し、司法修習を終え、2回試験に合格して、いつでも弁護士登録できる状態にいながら、就職できずに1年間を就職浪人した人も、出始めている。司法修習を終了すればなれる資格が得られるのに、裁判官にも検察官にもならず、弁護士登録しない人も急増中だ。

 この問題で、弁護士と公認会計士に共通するのは、きちんとした需要予測も立てずに、闇雲に合格者を増加させた点であろう。就職難では優秀な人材は集まらないので、業界全体のレベルダウンにつながる。また、需要もないのに人数を増やして競争を激化させれば、現実には、アメリカで問題視されているように、職業倫理を重視し真の依頼者のためを考える専門家ではなく、儲けることに長けた専門家が生き残りがちだ。いずれも、最終的には国民のためにはならないだろう。

 一方、この問題で弁護士と公認会計士とで違うのは、公認会計士試験の方は直ちに見直し作業に入っているのに対し、新司法試験見直しは極めて動きが鈍いことだ。もう一点は、新司法試験の見直しと違い、公認会計士試験の見直しについて、マスコミが殆ど攻撃していないことだ。

 いずれの試験でも合格者を増加し多様な人材を専門家にしようとした点では同じであって、そうであれば、マスコミは公認会計士試験の見直しについても、新司法試験の合格者増見直しが提言されたときのように、大手新聞社全社が社説で攻撃しても良さそうなものだ。

 特に経済問題を中心に報道する日経新聞としては、是非批判すべきだろう。もともと増員が経済界の要望だったのだろうし、日経新聞も新聞の性質上、それを後押ししてきたはずだ。それにも関わらず、日経新聞が公認会計士試験見直しについて批判しないのは、公認会計士の濫造が決して経済界のためにならないことを(専門分野であるが故に)分かっているからではないのだろうか。

 新司法試験と公認会計士試験の見直し論議に関するマスコミ論調は、あまりにも温度差がありすぎる。

法科大学院と奨学金~その2

 (法科大学院と奨学金~その1からの続き)

 そうでなくても、現在過払い金訴訟を除けば、民事訴訟は減少の一途ですし、倒産処理案件も横ばいです。企業も不況のためか、なかなか弁護士を採用しません。法律問題は当初の予測(近いうちに欧米並みに法律問題が多発する社会になるという予測)よりも大幅に下回っているのです。国民にさほど必要とされていないかも知れない法曹を育てるために法科大学院に手厚い給付を行うのは、果たして正しいのかとすら思えます。

 簡単に言えば、旧司法試験+司法修習という制度は、誰もが受験できる(丙案を除けば)公平な司法試験に頑張って合格した人を、お金をかけて一人前の法曹になるよう、司法修習を受けさせてきたようなものでした。試験に合格するまでの実力は、自分で身につけてもらい、その実力を身につけた人を育てる方式です。

 例えとして適切かどうか分かりませんが、誰もが公平に参加できる田んぼに籾をまいて、自力で育った稲の内、上位数%の育ちの良い稲だけを司法試験で選別して残し、その稲に十分な肥料と水(費用と時間)を与えて、実がなるまで育てる(司法修習)ような方式でしょう。

 ところが法科大学院方式は、入学時点でのある程度の選別こそありますが、田んぼに籾をまいて、育つかどうか分からない時点から肥料と水(費用と時間)を与えて育て、そのうち約30%の育ちの良い稲を新司法試験で選別し、さらに肥料と水を与えて育てる(司法修習)方式です。新司法試験受験時点で、せっかく育てたものの、水準に達しなかった70~80%の稲は(法務博士としての知識は認められるかも知れませんが、社会がそれを評価しないのであれば)無駄になる危険性があります。また、そうなれば、水準に達しなかった稲に与えた水と肥料は馬鹿になりません(さらに、実ろうと頑張った稲にも相当の負担~法科大学院費用と時間~がかかっています)。

 このようなことを書くと、それでは、プロセス重視の教育という趣旨に反するのではないかとの、反論が法科大学院を支持する方からありそうです。しかし、プロセス重視の教育とはどんなもので、どれだけ有用なのか明らかになっているのでしょうか。なんとなく、プロセスによる教育が良いと思いこんでいるだけではないのでしょうか。司法試験予備校の弊害を指摘してプロセスによる教育充実した教育を目指したのが ロースクール制度だっのでしょう。しかし、ロースクール制度が長期間運用されているアメリカでも、司法試験予備校は存在するそうです。

 私は、プロセス重視の教育がどんなものか分からなかったため、大阪での日弁連会長候補公聴会で、ある候補者に聞いてみました。お答えは、勉強と併行して法律相談などの実地体験を積ませることなどを、プロセス重視の教育の例として説明を受けました。通常の講義による教育に比べて費用も時間もかかるようです。

 でも、実際の法律相談なんて、私達旧司法試験合格者も司法修習時代にやっています。弁護修習時代にそれこそ本当に事件に直面している依頼者の方に対し、指導弁護士と一緒に必死で解決を考えることを私達もやってきました。これまでの制度でも、旧司法試験合格後、法曹になる前の段階で十分プロセス重視の教育は行われてきていたのです。

  プロセスによる教育が必要と仮定して、①ほぼ確実に法曹になる力を身につけた人間を選抜してその人材にプロセス重視の教育を与えるのが私達の時代の旧司法試験制度、②とりあえず結果が出るかどうかを考慮せずプロセスによる教育を与えてそこから選別しようとするのが、現在の法科大学院制度である、とも言えるかも知れません。

 プロセスによる教育に時間も費用もかかることを考えれば、いずれの方が無駄が多いかは、明白です。

 誰かの援助か、返済不要の奨学金を得ない限り、受験生に奨学金という名の借金を負わせる現行制度が、本当に多様な人材を、一定の水準を保って法曹界に供給するに相応しいものなのか、私には分かりません。

 確かに、法科大学院側の先生は功成り名を遂げた学者の方が多く、その発言に重みがあることも事実です。しかし、これまでの教育とプロセス重視の教育が違うものであるならば、いくらエライ学者さんでも、法科大学院での教育については、まだ始まったばかりの素人です。

 既に猫専用のドアを自宅に取り付けていたにもかかわらず、子猫が生まれた際に、アインシュタインは、子猫用のドアを作るように指示したという笑い話があります。この話にもあるように、エライ学者さんでも間違うことはあります。絶対と言うことはありません。

 法科大学院側の言い分ばかりを(報道したり)聞くのではなく、きちんと冷静に何が一番国民のために必要なのか、という視点で考え直す必要があるのではないでしょうか。

法科大学院と奨学金~その1

 かつて、法科大学院制度を導入する際に、高額な学費を支払えるお金持ちしか弁護士・裁判官・検察官になれなくなってしまうのではないか、という危惧があったと聞きます。

 これに対し、法科大学院制度を推進する方々は、奨学金制度を充実させるから大丈夫だと、仰っていたように記憶しています。

 果たして、本当に大丈夫なのでしょうか。奨学金は確かに返済しなくて良いものもありますが、多くは返済義務があるものです。また日本学生支援機構の奨学金は、無利子の奨学金もありますが、当然有利子(固定利率ですと年利約1.4~1.8%)のものもあります。

 つまり、親の援助のない人は、借金して法科大学院に通ってね、というのが学生の金銭面から見た法科大学院制度です。当然裕福な親御さんばかりではないので、法科大学院を卒業した時点で、奨学金という名の借金を背負った卒業生が多数出ます。その卒業生が、新司法試験に合格すれば、司法修習生となり弁護士・裁判官・検察官への道を歩き始めます。

 新司法試験に合格できなければ、法科大学院を卒業した法務博士の称号と借金だけが残ります。一方、新司法試験に合格したからといって奨学金の返済が免除になるわけではないので、借金を背負って司法修習生活を1年間送ることになります。

 奨学金という名の借金をどれだけ背負って、司法修習生になっているかについて、日弁連はアンケート調査を行っていますが、公開はされていません。私は、その内容を見せて頂いたのですが、結構ショッキングなデータが載っていました。

 さらに、2010年11月採用の司法修習生からは、司法修習中の給与もなくなりますので、司法修習をしている1年間は誰かの援助か借金をして生活しなければなりません。司法修習生には修習専念義務があり、アルバイトすらできないからです。

 法科大学院で借金をし、さらに司法修習で借金をする。おそらく、相当多額の借金(人によっては1000万円を超えると思われます。)を抱えて弁護士になる人が、今後多く見られるようになるでしょう。そのような弁護士達に、社会正義や人権のために仕事をしろ、といっても無理です。誰だって自分の生活がまず大事だからです。家族がいればなおさら借金の返済を優先的に考えるはずです。

 弁護士の仕事には、他人のお金を扱う仕事も当然入ります。その場合に(制度変更の犠牲になった)弁護士が、儲け第一主義に走っても、責めることはできないように思います。働いて、まず借金を返さなければならないからです。

 借金返済に必死にならざるをえない弁護士が巷にあふれかえることは、本当に国民の皆様のためになるとは私には思えません。私は少なくとも、司法修習中は給与を与えるべきではないかと思います。

 この点、厳しい国家財政の中で、司法修習生に給与などとても出せないという御意見があるかも知れません。しかし、法科大学院に対して手厚い給付をしているのであれば、その給付を回せば足るのではないでしょうか。

(続く) 

日弁連法曹人口問題検討会を傍聴しました。

 日弁連が、昨年法曹人口に関する緊急提言を行ってから、日弁連内部で法曹人口(主として弁護士人口と思われますが) に関する検討がなされていると聞いていました。

 私は、大阪弁護士会の常議員会で、その進行と内容について何度か質問させていただいたことがあるのですが、畑会長もお忙しいためか、大阪弁護士会の常議員会での質問では、なかなかその検討の様子が分かりません。

 そこで、やむを得ず、どう検討会の大阪弁護士会から委員として参加しておられる小谷寛子先生に、せめて傍聴できないのかとお願いし、傍聴の申し込みをのきっかけを作っていただきました。

 傍聴の条件は、おおむね、委員会内で賛否をとって許可するかどうか決める(多分許可はされる)、配付資料は見せるが、回収する(つまり資料はくれない)、会議内で討論された内容については秘密を守る、当然交通費は自己負担、というものでした。

 本日、会議を傍聴させていただきましたが、委員の先生方が、極めて真剣に且つ熱心に討論されているので、素晴らしいと思いました。とはいえ、私の考えと違う先生もいらっしゃるようでしたので、正直言って、傍聴者として発言権が認められないのが残念でした。

 真剣な議論がなされていること以外に、討論内容に触れない範囲で、私の印象を述べると次のようなものでした。

① 法曹人口問題は、若手にとってこそ重要なのに、若手の委員の先生の比率が少ないように思われる。

② 配付資料は、法曹人口を真剣に考える弁護士全てに参考になるものが含まれているので、会員限定でも良いので公表した方が良いように思われる。

③ 何より決めようとしている内容が(諮問に対する答申ではありますが)、弁護士全体にとって影響しかねない内容なので、できれば広く議論する機会があった方が良いように思われる。

④ 合格者の質に配慮しながら2010年に司法試験合格者3000名を目指すという、あくまで努力目標を定めた閣議決定を、努力目標ではなく3000名が閣議決定であると解釈して議論している印象がある。

⑤ 法曹人口5万人に達してから、その後をどうするか(増員方向か、維持方向か、減員方向か)を考えようとしているような印象を受ける。(私の記憶では、法曹人口5万人という閣議決定はないはずですが・・・。)

⑥ せっかく答申を出しても、もし今回の日弁連会長選挙で執行部の方針が変更された場合は、答申自体の意味が減殺される危険性を孕んだものとして、認識されているような印象を受けたこと。

 自腹を切って、東京まで傍聴に行くのは、仕事にも財布にも結構応えるので、もう傍聴できないかもしれないのですが、委員会においては委員の構成と、日弁連執行部の構成が、いかに重要なものであるかということは少しは理解できました。

 今回傍聴の機会を作って下さった小谷寛子先生、傍聴を許可して下さった委員の先生方、貴重な体験を本当に有難うございました。

 それにしても・・・・・、政治的な問題は難しいものですね。

ショック・・・・・。

 日弁連会長選挙の公示があり、マスコミでも、主流派弁護士vs著名弁護士と報道されているようだ。

 両候補の政策については、「市民のための司法と日弁連をつくる会」の政策要綱、「新時代の司法と日弁連を担う会」の政策要綱を見れば明らかだ。

 ざっと見たところ、概ね似たような政策要綱を発表しているが、①法曹人口問題、②予備試験の問題、③隣接士業の問題については、多少温度差があるように思う。

 先ほどから、上記3点について、比較して論じた文書を書いていたのだが、③の結論までほぼ書いたところで、パソコンが急にフリーズして全ての文章が完全に飛んでしまった。

 あ~、もう書き直せん。

(もし気力が回復したら、近いうちに、再度挑戦するかもしれません。)

ショック・・・・・・。

さらに就職難情報!?

 日弁連メールマガジンが届きました。

 そこには、ひまわり求人求職ナビという、職を求める弁護士・司法修習生が登録してマッチングさせるサイトの情報が載っています。

 ◆求人情報
法律事務所   95件
企業・団体   18件
官公庁    7件

◆求職情報
修習生   723名
弁護士  10名

単純に計算すれば、募集120件に対し、応募733人か、う~む相当ひどい状況だな、と思っていたら、すぐ後に訂正のメールマガジンが日弁連から届きました。

(以下そのメールマガジンから引用)

本日12/1(火)配信メール「弁護士白書2009年版を発行しました!」
(JFBA通信 No.49(通算No.136))にて一部表記に誤りがありました。

下記の通り訂正致します。

メール再配信となりましたことを深くお詫び致します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━#
  5.ひまわり求人求職ナビ登録数

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「ひまわり求人求職ナビ」の登録数(12月1日現在)

◆求職情報
修習生   1152名
弁護士  17名

日本弁護士連合会 広報室

(メールマガジンからの引用終わり)

ちなみに、昨年12月15日時点でのひまわり求人・求職ナビに登録されていた方は、約270名でした。登録している人が全て求人中なのか分かりませんが、わずか1年でこの有様では、就職戦線は既に崩壊しているように見えます。

 一方、本日開催された常議員会で、畑大阪弁護士会会長に、日弁連の法曹人口に関する委員会の動きをお伺いしたのですが、日弁連は5万人目標は堅持する方向で考えているらしいことが分かりました。 現在の弁護士数は約27000人です。

 この現実を、日弁連執行部及び、増員推進派の方は、どうお考えなのでしょうか。

 責任をとって下さるのでしょうね?

エキサイティング!~法曹人口部会

 本日、司法改革推進本部の法曹人口部会がありました。

 若手の意見も取り入れるということで、会長からの特別委職で、私以外に若手の委員が18名入ったはずですが、若手はあっという間に出てこなくなって、今では実際に会議に出てこられているの方は4~5名くらいではないでしょうか。

 弁護団会議が長引いたため、少し遅れて行ったのですが、行った甲斐がありました。所要で参加されていた何人かの先生が帰られた後ではありましたが、最後の20分くらいに、人口増容認派の先生と、反対派の先生(その他の先生もいらっしゃったかもしれませんが)で大激論になったのです。

 ・これだけの就職難があるのにどうしてこれ以上弁護士増員が必要なのか、

 ・弁護士にとってペイするニーズとペイしないニーズが存在し、その両方がニーズではないか、

 ・確かに弁護士はペイしないニーズも人権救済の観点から受任してきた場合もあるが、それは、自分の生活は維持できる収入があったからではないか、 今後は自分の生活すらも維持できない可能性があるのではないか、

 ・食えないかもしれないというだけの理由で人口減を言っているのではないか、

 ・ニーズがないのに増やす必要はどこにあるのか、

 ・質の低下の問題に加えて、優秀な人材がこのままでは法曹界に来ないのではないか、そうなった場合に弁護士制度、司法への信頼はどうなるのか、

 ・政治的判断の結果ではないのか、

 ・状況が変わったのだから、増員もそれに合わせて、減らすべきではないのか、日弁連執行部はそういっていたではないか、

 ・ロースクール生をどう救済するのか、

 などなど、さまざまな意見が飛び交い、非常にエキサイティングでした。たぶん、傍聴していれば物凄く面白かったのではないでしょうか。

 私も、そんなに増員が必要だとおっしゃるなら、先生自身がイソ弁並みの給料にして、新人を雇ってあげればいいじゃないですか、等と 若干失礼に当たるかもしれない意見まで言わせて頂きました。

 容認派には、(大阪弁護士会会長クラスと言っていいくらいの)重鎮の先生もいらっしゃいましたが、若手からの辛辣な意見に対しても、賛成・反対は別にして、聞き流さずに耳を傾けようとはしてくれました。重鎮の先生だからといって、私のような若輩が意見を言っても頭ごなしに否定したりするのではなく、話を一応きちんと聞いて下さいます。

 (現実についての認識の程度に差はありますが、)少なくともこういう点は、先輩の先生方は立派だなと、いつも思います。

 若手も重鎮も同じ土俵に立って弁護士の未来について討論が心おきなく出来る、そういう自由闊達な空気がもっと弁護士会内部に広まってくれれば、弁護士会の動きも違ってくるのかもしれませんね。

東京三会の就職説明会

 現行63期、新63期の修習生に対して、10月中旬に、東京三会(東弁・一弁・ニ弁)が主宰した、二日にわたる就職説明会があったそうです。

 39の法律事務所と、14の企業がブースを設けて、就職に関する説明をしたそうです。これだけ聞くと、なんだ就職難といっていながら結構募集あるんじゃないの、と思われる方もいるかもしれません。

 しかし就職を希望して、説明会に参加した司法修習生の数は・・・・・・

 950名!

 日弁連の執行部の皆さん、本当に弁護士の需要ってあるの?

 あるとしたらどこにあるの?

 あなた方が幻を見ているのか、私の目が曇っているのか分かりませんが、この就職説明会の現状を見れば、子供でも分かりそうな気がするのですが・・・・・。

11月2日付け日経新聞~法務インサイド

 11月2日付、日経新聞朝刊の「法務インサイド」には、「司法試験通っても就職難」との見出しの記事が掲載されていた。

 私の記憶では、大手新聞社が、法科大学院導入前には、弁護士を含む法曹の不足、特に経済界が多数の法曹の輩出を希望しているという趣旨の記事をいやというほど書いていたことを覚えている。特に、日経新聞と朝日新聞はその傾向が強かったように思う。

 その日経新聞が、法曹の増加に伴う就職難を報じているのだから、大分様変わりしてきたな、というのが私の第一印象である。

 しかし、 私は思うのだ。

 本当に経済界が法曹、特に弁護士を雇用したくてたまらなかったのであれば、現在の新人弁護士の就職難は何なのか。「新人弁護士の就職難=弁護士の需要がないということ」ではないのか。しかし、マスコミはこの点について、明確な経済界の態度の豹変を報道してくれない。

 弁護士になる人の数は平成5年くらいまでは、毎年350人くらいだったが、現在では、毎年2000人を超えている。経済界の思惑通りになったのかもしれないが、弁護士が異常な激増状態にあることは、言うまでもないだろう。

 それだけの弁護士需要が本当に経済界、そして日本の社会にあったのだろうか。もし経済界に需要があるというのなら、従前より1年間あたりで増加させた2000-350=1650名ほどの新人弁護士が、毎年、企業に就職できているのだろうか。おそらくそんなことは決してあるまい。

 つまり、弁護士増員が必要だという主張の前提は、既に崩れ去っているというべきだろう。

 例えていえば、人口2000人くらいの小さな町で、ひょんなことから鉄道の駅ができるという話が持ち上がり、将来の人口増を当て込んで駅予定地の近くに、パン屋を開いて、3000人の町の需要に合わせたパンを焼けるように設備(法科大学院)をつくった。ところが、その駅の計画はいつの間にか白紙に戻ってしまったというようなものだ。

 この場合、パン屋は、せっかく設備(法科大学院)があるからといって、3000人の需要に応じたパンを焼き続けるかという問題だ。

 日弁連執行部がパン屋なら、3000人の需要を満たすパンを焼き続けるかもしれない。日弁連執行部のお得意の台詞は、「潜在的需要がある」というものだからだ。

 しかし、「潜在的需要」は現実には存在していない需要だから潜在的というのである。

 本当に需要があるならば、企業も法律事務所も新人弁護士が欲しくてたまらないはずであり、新人弁護士の就職難など決して生じるはずがない。

 先のパン屋の例で、駅の計画はなくなったとしても、なんの具体的見込みもなく、いずれ町の人口が増えるかもしれないと思って、頑張って、3000人の需要を満たすだけのパンをどれだけ焼き続けることができるだろうか。また、そのような状況でパンを焼き続けることが正しい選択といえるのだろうか。見込みが間違っていた(若しくは状況が変わった)のであれば、それに応じて対応していくのが、日弁連のあるべき姿なのではないだろうか。

 どうしてこんな簡単なことが、日弁連執行部に理解できないのか、理解していても行動に移せないのか、本当にわからない。

 誰か教えて下さい。

ps 大阪の有志の先生方とで、「司法アクセス制度の整備と合格者数の適正化を求める趣意書」のファクシミリを10月30日に、全国の弁護士の方にお送りしています。中立な立場で、もちろん、日弁連会長選挙とは全く関係がありません。多数の賛同者の方が集まれば、現日弁連会長、及び次期選挙の日弁連会長候補と目される方々に、多くの弁護士の考えはこうである、配慮せよ、と申し入れる活動を考えています。是非ご協力下さいますよう、お願いいたします。