一枚の写真から~86

レイキャビク市内にある、ハトルグリムス教会。

アイスランド最大の教会で、高さ73mだったと思う。

私がアイスランドに旅行した2007年当時、おそらくアイスランド一高い建物だったはずだ。

レイキャビクの大晦日の夜は、ほとんどの家庭で花火を打ち上げるため、街を歩いていても火薬の煙の匂いが立ちこめていた。当時は、金融立国方針のせいで、かなりバブルだったようで、街中で販売されている花火も相当大がかりな物(日本では扱うのに資格や許可が必要だと思われそうなほど大きな花火)が、普通に売られていたし、多くの人が買っていた。

ホテルの部屋で、インスタントの年越し蕎麦を食べ、花火の音を聞きながらウインタースポーツ(スキーのアルペン種目)のTV番組を見ていたが、部屋の中まで、花火の匂いが入ってくるほどだった。

今も、大晦日の夜には花火で祝う習慣は続いているようだ。

一見の価値ありなので、機会があれば、是非大晦日のレイキャビクを訪問されることをお勧めする。

一枚の写真から~85

アイスランドはレイキャビク市の海岸沿いの遊歩道を歩いている際に撮影。

よくよくみると、対岸の山裾に建物が見え、その小ささから山の大きさと、撮影場所から対岸までの距離が相当離れていることが良く分かる。

日本では、空気中の粒子の乱反射などで遠くの山々は蒼く煙ってしまうが、空気中の粒子が少ないアイスランドでは、遠くまでくっきりと、よく見える。

バスに乗っていた際にも、対向車に気付いても、すれ違うまで、予想よりかなりの時間がかかり、思ったより遠くにいたんだなと実感することが何度もあった。

大気の透明度が違うのだ。

一枚の写真から~84

アイスランド・シンクベトリル国立公園

地殻が生まれ出てきている大西洋中央海嶺が地上に現れた箇所であり、片側がユーラシアプレート、もう一方が北米プレートとなる。

年間数センチずつ広がっているそうで、アイスランドの島自体も年間数センチずつ広がっていることになる。

小学生の頃、夢中になって読んだ、ジュール・ベルヌの地底探検(地底旅行)では、確か、アイスランドの火山口が地球の中心への入口であるとの暗号文が物語の発端だった記憶がある。

地下のマントル対流から地殻が生まれ出ている場所であるなら、地球の中心とも繋がっていてもおかしくはないのだが、ベルヌの時代は、まだウェゲナーの大陸移動説が支配的になる前のはずなので、ベルヌの発想には何らかの直感が働いていたのかもしれない。

私は、なんとなく感傷的になって、手袋を外し、両側の壁を素手で撫でてみたが、何れもとても冷たい岩の壁だった。

一枚の写真から~83

アイスランド、ゲイシール地熱地帯にある間欠泉の噴出の瞬間。大体、15~20m程吹き上がっただろうか。

ところがこの間欠泉、ゴボゴボ音を立てて噴出しそうな雰囲気を何度も出しながらも、実際にはなかなか噴出してくれず、ずいぶん待たされた記憶がある。

私がゴールデンサークルのツアーに参加した際には、この間欠泉が見えるレストランで昼食を取った。

ウエイトレスさんのうちの1人が、目も覚めるような美人で、日本にきたら一躍スーパーアイドルになれそうな程だった。

レストランの主人らしき人が、「スゴイ間欠泉だろう、世界一なんだ」と自慢していた。

イエローストーン国立公園のごつい間欠泉のことも知っていたが、気を悪くさせるのも嫌なので「そうだ、そうだ、スゴイ、スゴイ、」と答えて握手した記憶がある。

一枚の写真から~82

アイスランド南部のグトルフォスの滝。

高台にのぼって撮影したが、左下の人影からその大きさが分かる。

首都レイキャビクから、ゴールデンサークルという名称で、グトルフォスの滝、ゲイシール(地熱地帯と間欠泉)、シンくべトリル国立公園(地殻が生まれ出ている箇所が地上に現れている)の3箇所を回るバスツアーが出ている。

ほぼ一日仕事のツアーだが、人気がある。

一枚の写真から~81

2006年末~2007年初頭にかけて訪問したレイキャビク(アイスランド)のハトルグリムス教会(多分)

年末に、この教会の中でクラシックのコンサートが開催されたが、並んだもののチケットが買えず、断念した残念な想い出がある。

当時のアイスランドは金融立国を目指しており、バブルのような状態だった(後に金融立国方針は失敗し、デフォルトを起こしたはずである。)。

簡単な朝食が日本円で3000円ほどした覚えがある。

荒井秘書官更迭に思う

 【荒井勝喜・前総理大臣秘書官は、3日夜、オフレコを前提にした記者団の取材に同性婚をめぐって「見るのも嫌だ」などと発言し、その後、不適切だったとして撤回し、謝罪しました。
 しかし、岸田総理大臣は、多様性を認め合う包摂的な社会を目指す政権の方針とは相いれず、言語道断の発言だとして4日、荒井氏を更迭し、後任を決定しました。】
(NHK NEWS WEB より引用2023年2月5日 5時57分)

 これはあくまで、上記記事を見ただけでの、(弁護士としてではなく)私個人としてのボンヤリとした感想だが、やりすぎなのではないかと考えている。

 今回の荒井秘書官の発言は、オフレコを前提にしたものだと報道されている。オフレコという言葉の意味にも幅があるようだが、一般的には、非公式の発言であり記録や公表しないことを条件に発言することを意味することが多い。
 つまり、オフレコ前提での今回の荒井秘書官の発言は、公式の発言でもないし、記録・公表されないことが前提で、敢えて本音を問われた際の、素直な内心の吐露であったと見るべきだと、私は思う。

 近時LGBTについて、様々言われているが、確かに、性的マイノリティであることを理由に差別をすることは、もちろんすべきではないことは分かる。

 しかし、今回の荒井秘書官の発言は、性的マイノリティの方の存在に個人的に違和感を感じていることを、オフレコで表明したもの、つまり「オフレコの条件で申し上げますが、私の内心はこういう思いなのです」、という発言だと私は受け取った。

 私の上記の推測が正しかったと仮定して感想を続けるが、この荒井秘書官の発言を根拠に(岸田首相によると「言語道断の発言」とのこと)、彼を更迭することが正当化されるなら、荒井秘書官が性的マイノリティの方に対して違和感を持つ自由すら許さない、いわば内心(思想?)の強制に繋がる危険があるのではないかと思われる。

 この点、性的マイノリティの方に違和感を持つことすら、許すべきでないと主張する方もいるかもしれない。
 しかし、憲法24条に婚姻は「両性の合意」のみに基づいて成立すると規定されているように、憲法自体が、婚姻は男性と女性の合意を前提としている。
 同性婚に関する大阪地方裁判所令和4年6月20日判決も、「憲法24条の文理や制定経緯等に照らすと、同条1項における「婚姻」は、異性間の婚姻のみを指し、同性間の婚姻を含むものではないと認めるのが相当である。」と判断している。

 このように、婚姻は男性と女性という異性間でなされるということが常識であった社会が、有史以来長らく続いてきたのだ。

 そうだとすれば、現時点で、性的マイノリティについて、違和感を持つ人がいても何ら不自然ではない。

 もちろん、その違和感を、現実の差別につなげてはならない。

 しかし、社会の構成員に要求できるのはそこまでであって、人の内心は自由であるべきである。
 ある事柄について、違和感を持つことすら許されない社会は、どこかおかしいのではないか。

 おそらく、野党は首相の秘書官任命責任を追及するだろうが、私は荒井秘書官の今回の発言は、オフレコ前提での発言である上、彼が現実的に上記発言に沿って性的マイノリティの方に何らかの差別的扱いをしたわけではないことから、なんら責任を問うべきではないと考える。

 むしろ、オフレコだからといって荒井秘書官の本音を引きだしておきながら、その発言をリークして問題化させた記者団にこそ、発言者と取材者との間の信頼関係を引き裂いた、大きな問題と責任があるように私は思う(発覚の経緯の詳細は不明ですが、記者団の参加者がリークしたと考えるのが合理的なので、記者団の問題と考えています)。

 岸田首相も、荒井秘書官を更迭する前に、当該発言は、あくまで職務上の見解ではなくオフレコでの個人の見解に過ぎず、性的マイノリティの方に何ら差別的取扱をしたわけでも、現実の不都合を与えたわけでもないということを示して、秘書官を守るべきだったのではないか。

 部下を守らず、切り捨てておいて、なにがボスだ。

 野党も、首相の任命責任追及とかで大いに盛り上がっているようだが、他に、もっとやるべきことがあるんじゃないのか。

真冬のダッハウ強制収容所(写真と本文は関係ありません)

吉田神社 節分祭 (「鈴鹿さん」のご祈祷)

 京都の吉田神社は、私の母校である京都大学のすぐ近く、吉田山にある。

 私は、あまり真面目な学生ではなかったので、天気が良すぎるという理由で授業をサボって吉田神社境内を散策したり、クラスメイト(法学部でも第2外国語等の選択によりクラス分けがあった。)から答えの出そうもない悩みを聞かされながら、吉田山に登ったりもしたものだ。

 基本的に無神論者である私だが、知人から数え年42歳の厄年の際に祈祷は受けておいたほうが良いと言われて出かけてから、吉田神社での節分祭には、都合のつく限りほぼ毎年出かけるようにしている。今年も昨日(2月2日)に参拝してきたところである。

 もちろん、参道に並ぶ多くの夜店をぶらぶら見ることも楽しいのだが、一番のお目当ては、普段は立ち入ることができない大元宮内院本殿(おそらく)での厄除けのご祈祷を受けることである。

 吉田神社の大元宮の御神徳は、以下のとおり。
「吉田神道の教義により宇宙軸を現す大元宮は、始まりの神(虚無大元尊神)を中心に祀り、そこから生まれ来る八百万の神々を祀る事で、全国の神々を祀る社として、様々な御神徳をお授け下さいます。」(吉田神社HPより引用)

 全国の神々を祀る社で、ご祈祷を受けるのであれば、全国どこに行っても守られるはずである。

 さらに、最近は、おそらくご祈祷の担当を何人かで分担されており、おそらくシフトを組んでおられると考えられるため、ご迷惑をおかけしてしまうのだが、可能であれば、祈祷をして下さる方を、「鈴鹿さん」にお願いすることにしている

 他のご祈祷担当の方には申し訳ないが、鈴鹿さんのご祈祷は、私個人としては一等優れているように感じるからだ。

 大元宮の内院本殿で行われるご祈祷だが、周囲には多くの参拝者がいるため、本殿の中にも外の参拝者の話し声がざわざわと聞こえてきて、途絶えることがない。特に大元宮には、各地方の神様が祀られているため、自分の出身地の神様を探してお参りする人が多く、結構騒々しいといっても良いくらいである。

 しかし、鈴鹿さんが祝詞をあげはじめると、実際には途絶えることがない周囲のざわめきが、さーっと引いていき、私には聞こえなくなるように感じるのだ。
 うまくたとえることができないのが残念だが、鈴鹿さんの祝詞がはじまると、まるで、現世の雑音や世俗の様々な出来事を遮断する、神様の清浄な領域が鈴鹿さんを中心にして現れ、本殿を満たし清めていくようにも感じられる。
 そして、その清浄な領域で響く鈴鹿さんのお声は、どこまでも、よどみなく清んでいるのである。
 鈴鹿さんの優雅で品のある所作を拝見しながら、ご祈祷して頂いている間、本殿に満たされた清浄な空間を全身で感じ、世俗の垢を本当に落として頂いた気分に、私はなれるのであ

 一緒に鈴鹿さんの祝詞を聞いた人によれば、「【朗々】って言葉は知っていたけど、鈴鹿さんのお声で、その言葉の意味を人生で初めて実際に体験することができた。」という感想だった。

 この特別な感覚を、感じたいがために、私は毎年吉田神社の節分祭に通ってしまうのかもしれない。

 吉田神社の節分祭は、本日(2月3日)が当日祭であり、明日が後日祭である。私は基本的には無神論者であるが、もし可能であれば、特別な神域を感じることが出来るかもしれないので、大元宮でご祈祷を受けてみることをお薦めしたい。

吉田神社で頂いたお札

高級車に乗る人は、バスに近寄らないことをお勧めします。

 いつもお世話になっている市バス等ですが、バスから事故(例えば追突)を受けた際の賠償については、あまりご存じないと思います。

 そんなのバス会社の保険から全額賠償してもらうのが当たり前じゃないの、とお考えのあなた、必ずしもそうではないのです。

 もちろん、市バスも公道を走る自動車ですから、自賠責保険に加入していなければなりません。
 ただし、自賠責は、対人に限定されており、補償額も3000万円(死亡時)、120万円(傷害時)、75~4000万円(後遺障害時)が限度であって、それ以上の損害があっても、これ以上のお金は自賠責保険からは支払ってもらえません。
 また、物損については、自賠責は全く関係がないので、追突されて車が壊れても、車の修理代については自賠責保険からは1円も支払ってくれません。

 自動車事故の損害は、自賠責が支払ってくれる範囲でおさまらない場合も多いので、そこをカバーするものとして任意保険があることは皆様もご存じのとおりです。
ところが、任意保険は、保険でカバーする範囲が広ければ広いほど、保険料も高くなります。例えば、対人補償5000万円の保険よりも、対人補償無制限の保険の方が保険料は高くなります。

 では、バス会社も、任意保険に加入しているのでしょうか。

 実は、平成17年4月28日に出された、国土交通省告示第503号により、地方公共団体が経営する場合を除き、旅客自動車運送事業者は、対人8000万円以上(一般貸切旅客自動車運送事業者は無制限)、対物200万円以上の補償がある任意保険に加入することとされています。

 ただ、任意保険の補償金額を、対物も無制限とすると任意保険の掛金が馬鹿高くなってしまうので、バス会社も経営上の観点から、補償金額を高額に設定しない場合が多いと思われます。

 以上から、例えば1000万円の高級車に乗っていてバスに追突され、車が壊れた場合、バス会社の任意保険でカバーされるのは、おそらく、200~300万円までの場合が多く、その金額を超える分については、バス会社に対し直接支払うよう交渉しなくてはならない可能性が高いということです。
 
 追突されたのはこっちなのに、いざ請求をしてみたところ、バス会社から、経営が苦しくて払えないと言われる可能性もゼロではありません。
 その場合には、訴訟を起こして判決を得て、強制執行をしないと自動車の修理代も得られません。訴訟の費用や時間も馬鹿になりませんし、強制執行をしてもバス会社に本当に財産がなければお金は取れません。実質、泣き寝入りに近い形になるおそれ
もあるのです。

 以上から、高級車に乗っておられる方には、バスを見たら、物損200万円くらいの任意保険しかかかっていない大型車だ、とお考えになって、あまり近寄らないことをお勧めします。

おそらくバイキングの船をモチーフとした作品(レイキャビク~アイスランド)

※写真は記事とは関係がありません。

諏訪敦個展「眼窩裏の火事」(府中市美術館)~その6


 第3章「わたしたちはふたたびであう」

 第3章の展示は再び明るい展示室でのものだ。

 大野一男立像は、確か諏訪市美術館の個展でも観たような記憶がある(間違っていたらスミマセン)。ずいぶん前の記憶なのではっきりしないが、11年前に観たときの印象よりも、とにかく凄味が増していた。

 うまく表現できないのがもどかしいが、より死に近づきつつある肉体を保持しながら、彼の存在自体が不死へと肉薄しているような感覚があり、私には、凄味としか言いようがないのである。

 既に故人であるはずの、大野一男が11年の時を経て、更に凄味を増してくるのである。一体、この絵に何が起きているのか、探ることすら怖い気がする。

 三菱地所アルティアムでの個展でも展示されていた、「山本美香」も私の好きな作品の一つだ。亡くなられた後に作成された作品であり、「わたしたちはふたたびであう」というモチーフにも合致する作品なのだろう。

 同様に亡くなられた後に作成され諏訪市美術館で展示されていた「恵里子」もこのモチーフに合う作品のはずだが今回は展示されていない。おそらくご家族が作品と恵里子さんへの思いを大事にされておられるからではないだろうか。
 今回の個展で初めて諏訪先生を知った方々のためにも、「恵里子」の作成にまつわるNHK番組「日曜美術館 記憶に辿り着く絵画 亡き人を描く画家」(2011)について、再放送を期待したいところだ。

 Mimesisは、画集「眼窩裏の火事」(図録を兼ねてだと思われるが、府中市美術館売店で先行販売されていた。一般販売は1月23日から。)の表紙に配置されている作品であり、大きな意味を持つ作品なのだろう。大野一男の舞踏をコピーして作品として表現している川口隆夫に取材をして描かれた作品であること等が、画集「眼窩裏の火事」には記載されているので、参考になると思われる。

 気付くと、会場は相当混雑してきていた。おそらく、15時から開催される諏訪先生と山田五郎さんとのトークショーに参加する人たちも到着してきたからだろう。
 

 私は、個展会場を出て、画集「眼窩裏の火事」と絵葉書(「HARBIN 1945 AUTUMN」と「日本人は樹を植えた」)を購入した後、美術館内のカフェで一休みした。いつものことだが、諏訪先生の作品をたくさん観ると、充実感を覚える反面、なぜかどっと疲れてしまうのである。


 一息ついて、カフェを出たところ、ちょうど、トーク会場に向かおうとしていた諏訪先生とすれ違った。私は、感謝の気持ちを込めて頭を下げて挨拶させて頂き、諏訪先生もこちらを認識して下さったようだった。これもタイミングがぴったりで、もう一口水を飲んでからカフェを出たらすれ違うことは叶わなかったはずである。僥倖に僥倖が重なった感じであり、今年はきっと、良いことがありそうな気がしてきた。
 諏訪先生と一緒にトークショウをすることになっていた、山田五郎さんともすれ違った。TVで見た印象よりも、小柄な方だな・・・と感じた。

 
 帰りは、なぜか駅まで歩きたかった。


 今回の個展を思い出しながら、近くの東府中駅まで歩き、そこから東京方面に向かい、私は京都への帰路についた。

(この項終わり)

(諏訪敦作品集「眼窩裏の火事」美術出版社 4800円(税別)~一般販売は1月23日から)