弁護士の就職難

 本日の朝日新聞に、「弁護士の就職難が深刻」という記事が出ていました。就職できた人でもこれまでの勤務弁護士の初任給に比べて低い給料しか頂けないという人も多いと思います。

 法曹関係者には、ある程度予想されていたとはいえ、やはり司法改革が何のビジョンも持たずに行われてきていることがこの事実だけで明らかになっています。

 これまでマスコミは経済界の言い分を鵜呑みにして、「弁護士が足りない、もっと増員させなければならない」と言い続けてきました。日経新聞を10年ほど前から読んでおられる方であれば、日経新聞がさんざん司法の問題として、人員不足を取り上げていたことを覚えておられるでしょうし、他の一般紙を読まれていた方も、弁護士は足りないものだという先入観を植え付けられていると思います。

 しかし、ほんとうに弁護士が足りないのであれば、どうして、これから弁護士になろうとする人たちが就職難に直面するのでしょう。経済界は、自ら弁護士が必要であると主張しながら、リストラによる人員削減方向へと舵を切り、自らをスリム化していきました。その流れの中で、弁護士を雇用していく企業はさほど増加しませんでした。経営ををスリム化していくのですから、常時弁護士を雇用することを避けるのは企業としても自然な流れです。しかし、経済界は弁護士不足の主張を続け、司法改革を迫りました。おそらく、その根底には、弁護士を増加させ競争させれば自然に弁護士費用が安くなるのではないかという、思惑があったように感じられます。さらに、その状況に便乗したのが大学です。

 経済界が、弁護士の大幅増員のためには、法科大学院を導入するくらい思い切った改革が必要だと提言したところ、大学側は、法科大学院でなければ優秀な法律家を育成できないと言わんばかりに、法科大学院構想を推進し、計画もなく法科大学院を多数認可しまくったあげく、基礎的な知識すら不足している、新司法試験合格者を多数輩出する結果となっています(司法試験管理委員会のヒアリング参照)。

 更に信じがたいことに、法科大学院側は、法科大学院への志願者が減少していることを、合格者を増加させないから志願者が増加しないためだと主張しているようです(司法試験管理委員会のヒアリング参照)。

 果たして、そうでしょうか。従来、認可された少数精鋭の法科大学院できちんと法律を学ばせ、卒業資格を厳格に認定した上で、新司法試験を行い、相当程度の合格率で合格させようとしていたのが、法科大学院構想だったはずです。

 ところが、法科大学院を無計画に多数認可したあげく、卒業認定もきちんと行わず卒業させ、新司法試験を行ったせいで、基礎的な知識すら不十分な司法試験合格者を多数産み出しているのです(卒業認定が厳格に行われていれば、司法研修所教官が「基礎的知識不足の修習生が多い」と嘆くはずがありません)。卒業認定をきちんと行えば、新司法試験の合格率もさほど低くはならないはずです。法科大学院の無計画な多数認可と、厳格な卒業認定を行わなかったという2点が主な理由で、法科大学院構想当初予定の合格率より新司法試験の合格率は大幅に下がることになりました。 その結果、貴重な時間とお金を投じても法律家になれるかどうか分からなくなったため、志願者が激減したのだと思います。

そもそも、法科大学院にはこれまでの司法修習の前期修習終了程度までの力をつけさせることが目的でしたが、司法試験を受けたこともなく、司法修習に行ったことのない教師が法科大学院に多数存在するため、どのレベルまで教育すればいいかも分からずにいるのではないでしょうか。

 また、翻って考えるに、法律家になる魅力というのは、法律を用いて当事者の問題を解決してあげられるという側面の他、これまでは、法律家になれれば、生活の心配をあまりしなくてすむという点も大きかったのではないかと思われます。

 ところが、今後、弁護士を目指す人の生活面はどうなるのか。

 まず、高いお金を支払って法科大学院に進学する必要があります。

 次に法科大学院に進学しても、きちんとした実力をつけてもらえるかは、未知数です。卒業できるかどうかのリスクもあります。

 なんとか卒業しても新司法試験に合格しなければなりません。

 新司法試験に合格しても苦難の道はそれでは終わりません。

 司法修習生の給与が2010年からは支給されなくなり、貸与制になります。また司法修習生はアルバイトが出来ませんので結果的に借金して修習生活を送らねばなりません。

 そして、借金で修習生活を送っても、2回試験(司法修習生考試)に合格しなければ法律家の資格はもらえません。

 仮に2回試験に合格しても、弁護士が余っているのですから、就職が出来ない可能性があります。運良く就職できても、弁護士余りなのですから新人弁護士の給与は、たいして期待できません。更に次から次へと新たな弁護士が激増してくるので、育ててもらう前に使い捨てられるかもしれません。

 弁護士会によって異なりますが、弁護士登録するだけで50~100万程度かかりますし、登録後も弁護士会費が毎月4~5万円かかります。

 こうなってくると、もはやお金持ちしか弁護士になれないし、弁護士としてやっていけないのではないかという疑問すら出てきます。また、法科大学院・司法修習・弁護士登録などの費用を借り入れなければならないとすると、相当額の借金を背負って弁護士生活をスタートしなければならなくなる可能性が大です。そのように借金まみれでスタートする弁護士が、現実問題として社会正義の実現のために奔走できるでしょうか。私は(将来的に経済面で安定すればともかく、そうでない限り)無理だと思います。

 以上の点から、法律家には次第に魅力がなくなっているのだと思います。法科大学院の先生方は合格率さえ高めれば志願者は増加するかのように考えているようですが、全く現実を見ていないと思います。法科大学院を無計画に認可しまくったあげく、卒業認定も満足に出来なかったため新司法試験の合格率が下がった点、 法律家の本来の需要を見誤って経済界の言うままに司法改革を推進した点は、少なくとも完全な失敗だと私は思います。

 このままでは、有望な人材が法律家を目指さなくなり、力量不足の法律家が増加する結果、司法への国民の信頼は、更に失われる危険があります。失われてからでは遅いのです。早急に改革を行う必要があると思います。

1000敗の重み

 私は将棋はヘボですが、棋戦の観戦記事は好きで結構、読んでいます。プロの将棋の内容は理解できないのですが、天才中の天才といわれる棋士達の、対戦している際の息づかい、駆け引き、人物像などが非常に興味深く思われるからです。

 プロ野球観戦が趣味として認められるのであれば、プロ棋戦(将棋のプロである棋士の勝負)観戦記事を読むのが私の趣味の一つとも言えるかもしれません。

 ところで、先日、加藤一二三(かとうひふみ)九段が史上初めて公式戦通算1000敗を記録したという記事を見ました。

 1000回も負けたのだから、弱い棋士ではないかと一般の方は思われるかもしれませんが、全く違います。まず将棋の対局公式戦は、トーナメント形式で上位者を絞り、最終的に優勝者を決定することが多く、必然的に強い棋士ほど、たくさん公式戦を戦うことになります。

 甲子園に出ても1回戦で負けたチームは、1回しか試合が出来ません。しかし、勝ち残れば2回戦、3回戦と試合の数が増えていきます。これと同じ理屈で、1000回負ける程たくさんの公式戦をこなしたということは、超一流の実力者でなければ不可能なことなのです。

 また、将棋の世界では、棋士は対局に負けたと悟ったとき、自ら負けたと認め、相手に対して頭を下げなければなりません(「投了」と言います)。これほどの大天才棋士が、天才同士の戦いにおいて、1000回自らの負けを悟り、相手に頭を下げ、またそこから立ち上がって勝負の世界で戦い続けてきたという重みは、計り知れないものがあると思います。

 ただ、加藤九段の名誉のために申し添えますが、加藤九段は1261回、他の将棋の天才達に頭を下げさせてきております(1261勝をあげています)。 現在も順位戦B2組で勝ち越しており、今後も、将棋界の重鎮として、更にご活躍されることでしょう。

2回試験お疲れ様でした。

 60期司法修習生の皆様、2回試験お疲れ様でした。 不安でしょうが、教わったとおりのことが大体できていれば、さほど心配することはないと思います。合格発表は郵送による方法になったとも聞いたのですが、ちょっと定かではありません。郵送だとプライバシーは保護されますが、万一の場合、友人から何の配慮もなく話しかけられてしまうことも考えられ、今までの方法とどちらがよいかは、分かりませんね。いずれにせよ、答案を提出した時点で修習生の出来ることは終わっています。過度に心配せず、残された期間を有意義に過ごされることを祈っております。

 なお、この間、新60期の修習生と話したところ、「2回試験の合格基準が上がる」とか「少なくとも数百人落とすことが決まっているようだ」などというデマが飛んでいると言うことですが、司法修習終了のための要件として位置づけられ、「実務法曹として、その職務の遂行に必要な能力を有しているかを問う」という司法修習生考試の性格からすれば、何人落とすかを先に決定しているはずもなく、おそらくは、合格基準を可能な限り下げない姿勢を司法修習生考試委員会が見せていそうだという程度の意味なのでしょう。

 ただ、2006年新司法試験の民事系論文問題において、債権譲渡の第3者対抗要件の問題と、債務者への対抗要件の問題を受験生の約3分の2が間違えていたそうです(法務省HP新司法試験考査委員へのヒアリング参照)。私の受験時代でしたら、そのような基本的知識に関する間違いを論文試験で書いた瞬間に、その年の合格はなくなっていたでしょう(いわゆる「さよなら答案」)。また、現在の2回試験でも、上記のような誤りを書けばその科目で落第点がつく可能性は大です。

 新60期を担当された研修所教官からも、実体法の理解が不足しているとの意見が多く寄せられていることから考えると、上位の方はともかく、相当数の新60期の修習生の方は、基本的知識を補充しながら修習生活を送っておられなければ、2回試験は大変だということになるかもしれません。今からでもまだ時間はありますので、不安な方、知識不足を指摘されたことのある方は、基礎的知識の再チェックをそろそろ始めておかれることをお勧めします。 実務においても知識の有無が勝負に直結する場合もあり、決してその勉強は無駄にはなりません。

「ときには星の下で眠る」 片岡義男著

 信州のある秋、よく世話になっていたバイク屋の親父さんの葬儀に高校時代の仲間が集まる。それぞれが、普段の生活では思い出すことのない高校時代の様々な想い出を胸に抱いている。決して止まることがない時間の流れを感じ、次第に色を失い透明になっていく想い出を引き留めるかのように旧交を温め、そしてまた普段の生活へと戻っていく。

 私は、大学時代はバイク乗りでした。京都の免許試験場で、何度も挑戦してようやく中型2輪免許を限定解除し(自慢じゃありませんが、限定解除試験は司法試験より当時は難関と言われていました。)、中古ではありましたがスズキのGSX-1100S(通称刀イレブン)を手に入れ、北海道から九州までユースホステルを利用しながら良くツーリングに出たものです。

 その頃、片岡義男の小説が角川文庫からたくさん出ていました。お読みになればお分かりだと思いますが、この小説も淡々と物語が始まり淡々と進行し、淡々と終わる、いつもの片岡ワールドです。読むにもそう時間はかかりません。ただ、随所にほんとうにバイクに乗ってツーリングをしたことのある人でないと分からない経験が織り込まれていて、頷かされる箇所もあります。

 バイクを売却することになった際、ほとんどの片岡義男の小説は処分してしまいましたが、この本は処分しませんでした。処分するには何かが引っかかったようです。「想い出」という、将来においては、宝物でありながら処分に困る場合もある、やっかいな財産と、登場人物達が上手につきあっているように思えたのかも知れません。

 寝る前に、安楽椅子にでも座って気楽に読むには、とても良い本だと思います。 

角川文庫 絶版(古本屋で探してみて下さい。)

くじら座のミラ

 先日の新聞報道によると、寿命を迎えつつあるくじら座の変光星ミラが、彗星のように大きな尾を引いていることがNASAの銀河進化探査衛星の写真から分かったそうです。

 NASAによれば、ミラの放出する炭素や酸素などの物質が尾のように見えているもので、これらの物質によって新たな恒星や惑星が形成される可能性があるとのことです。NASAは「寿命を迎えようとしているミラは新たな恒星や惑星を生むために種をまいているようだ」と説明しているようです。

  私は、共通一次試験(年齢がばれますね)で、物理と地学を選択していたので、高校地学の知識として、変光星として有名なミラの名前は知っていましたが、実際に望遠鏡などで見たことはありません。しかし、もしNASAの説明通り、死にゆく星が新たな星の一部を産み出しているのであれば、とてつもなく広大な宇宙の命のつながりを垣間見ることができたという意味で、非常に貴重な報道ではないかと思うのです。

 といっても、ミラは350光年ほど彼方にあるので、今地球で捉えることができるのは、350年程前のミラの姿に過ぎません。現在のミラがどうなっているのかは、まさに神のみぞ知るといったところでしょう。

 ときには、のんびりと星でも眺めてみたいものですね。

「白い恋人」事件と内部告発

 北海道銘菓「白い恋人」が、賞味期限の改ざんをしていた事件が大きく報道されています。私も好きなお菓子だっただけに残念です。

 新聞報道によりますと、製造販売会社の石屋製菓の社長了承の元、賞味期限の改ざんが行われ、会社ホームページ宛に今年6月下旬には賞味期限改ざんについての通報メールが、7月には大腸菌群顕出についての通報メールが届いていたが、担当の統括部長が握りつぶしてしまったようです。その後、保健所宛に匿名の内部告発があり、保健所の立入り調査が行われ、事態が発覚したようです。

 会社法や金融商品取引法が、会社に対して内部統制システムの整備を要求しているにもかかわらず、今回の事件は起きてしまいました。それは何故でしょうか。

 まず、本件の賞味期限の改ざんについては、経営トップの社長も了承していたと新聞で報道されておりますので、もしその報道が事実であれば、経営のトップが故意に不正行為に関与したことになります。内部統制システムといっても、経営者の命令を正確に実行するシステムの一環ですし、経営者によって設置されるものですから、経営者自身が内部統制システムを無視しようとすれば、無視することは可能なのです。

 これと同じく、経営者が故意に不正に関与して問題になった事件としては、三菱自動車リコール隠し事件、西武鉄道株事件、カネボウ粉飾決算事件、東横イン不正改造事件などが記憶に新しいところでしょう。

 しかし、本来内部統制システムは、会社業務適正のために必要なシステムですから、経営者であっても簡単に乗り越えられるような内容では不十分というべきです。企業内に経営者にストップをかけられる力を持ち、しかもそのための情報収まで可能とする組織が必要でしょう。また、会社全体として様々な監視システムが作成されていれば、簡単にシステムをかいくぐることは難しくなると思います。

 この点、非常に惜しまれるのが、おそらく内部者と思われる方が会社のホームページ宛に不祥事を伝えていたにもかかわらず、担当の統括部長が握りつぶしてしまった点です。もし、握りつぶさずに自ら不祥事を公表して消費者に謝罪し、製品の回収を行っていれば、今回ほど会社の信用を害することはなかったはずです。

 おそらく、会社のホームページ宛に通報した方も、まず会社で適切な対応を取ることを求めていたのでしょう。ところが会社が何の手だてもうたないので、しびれを切らして保健所に匿名で告発することになったものと思われます。このように内部通報が功を奏さず、内部告発になった場合、一度は会社に情報がもたらされているのですからそれを無視したということで、更に会社には大きなダメージが与えられてしまいます。

 この点から、分かることは、内部統制システムの一環として会社内部に通報窓口を設置する必要があるのは当然ですが、それとは別系統で内部の情報を通報する窓口を設置する必要性です。仮に、内部通報窓口を独立して設置していれば、その窓口から社長乃至取締役・監査役・顧問弁護士などに直接情報が伝達されることは可能でした。

 このような内部通報窓口を独立して設置する会社は次第に増加しているようです。ただし、通報窓口を専門に行う会社は、守秘義務の点や、対応すべき法的意見を出せない点で、不十分かも知れません。また顧問弁護士では、通報者がどうせ会社の味方の弁護士だろうと思って通報を躊躇する場合も考えられます。当事務所では、従来から内部統制について研究・セミナー開催等を行い、そのような要望に応えたスキームを用意しております。ご興味をお持ちの方はお気軽にお問い合わせ下さい。

告訴と被害届

 大学の法学部生でも、知らないことが多いのが、告訴と被害届の違いです。確かにどちらも捜査機関に自分が犯罪の被害にあったことを申告する点で同じなので、混同しやすいという面はあります。

 刑事訴訟法の基本書を見てみると、次のように説明されています(田宮裕著 「刑事訴訟法」有斐閣)。

 告訴:犯罪の被害者その他一定の者が、捜査機関に対して、犯罪事実を申告しその訴追を求める意思表示である。

 被害届:犯罪(による被害)事実を申告するだけで、告訴とは訴追を求める意思表示を欠くという違いがある。

 要するに、犯人の訴追を求める意思表示が含まれているかどうかの違いなのです。ただし、告訴には告訴がなければ起訴できない親告罪を起訴できるようにする効果や、刑訴法260条以下の効果が認められており、被害届とは異なります。しかし、どちらも捜査の端緒つまり捜査のきっかけになることは変わりません。

 ところが、警察に出かけてみても、被害届は割合簡単に受理してもらえますが、告訴となるとなかなかそうも行きません。それは何故でしょうか。

 告訴(告発も含む)を受理した場合、警察は特に速やかに捜査する義務があります(犯罪捜査規範67条)。さらに、司法警察員は告訴告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑事訴訟法242条)。

 簡単に言えば、告訴を受理すると捜査しなければならなくなるし、書類などを検察官に送付しなければならなくなるので、警察にかかる負担が非常に大きくなるということです。この点、被害届は被害があったということを申告するだけなので、犯人がどこかで別の犯罪を犯して逮捕された際の余罪追及や、盗まれたバイクが見つかった場合の通知などには効果があるかも知れませんが、警察としては捜査する義務が特に生じないのです。ただでさえ、忙しい警察が負担が大きくなる告訴の受理を嫌がるのも無理はないところでしょう。

 ただ、注意しなければならないのは、告訴も被害届も虚偽告訴罪(刑法172条)の適用があるということです。「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役の処する。」とされていますので、警察に捜査の義務が生じないからいいだろうと思って他人に処分を受けさせたいと考え、安易に嘘の被害届を出すと、自分が有罪にされてしまうかも知れませんので、お気をつけ下さい。

マイケル・ケンナ(写真家)

 イデア綜合法律事務所は、パートナー弁護士がそれぞれ執務室をもっており、自室の内装、家具は全て各弁護士の自由に任されています。それぞれの弁護士の個性がうかがえて、面白いですよ。

 さて、私が執務室の入り口付近に、飾ってあるのが、マイケル・ケンナの写真集です。

 正確には、MICHAEL KENNA   A TWENTY YEAR RETOROSPECTIVE という題名の写真集です。今はもうなくなってしまったトレヴィルという会社が発行し、リブロポートが発売していました。私のもっているものは、1994年11月20日初版発行のもので、当時の定価は5150円(本体5000円)でした。まだ司法試験受験生だった当時、かなり無理して手に入れたような気がします。

 もう10年以上も前の写真集なので、外側は日焼けもしてきておりますが、中の写真は素晴らしいものばかりです。まるで魔法を用いて音のない世界を作り出したかのようなモノトーンの写真が並び、決して沈黙しているわけではないのに、何故かしら静謐な世界に浸っていくと、次第に深い清浄な世界へと導かれ、魂が浄化されていくかのような錯覚さえ覚えます。

 あまりに素晴らしいので、一生に一枚だけでもいいから、この人のような写真を撮ってみたいと思ってしまいます。

 私のもっている写真集は絶版のようですが、RETOROSPECTIVE2 や、HOKKAIDOという写真集が発売されているようなので、興味をお持ちの方は是非一度ご覧下さい。また、私の部屋に来られた際に、ご希望があれば見て頂いてかまいません。

 写真がこんなに素晴らしいものであることを、1人でも多くのかたに知って頂けたら嬉しく思います。

検察官に必要なもの

 朝日新聞の京都版には、法曹関係者が寄稿する「法廷メモランダム」というコーナーがあります。

 一昨日の「法廷メモランダム」に、私が司法研修所で教わった検察教官である、新倉英樹京都地検総務部長が寄稿されていましたので、ご紹介します。

 今でもお会いすると、研修所の時の癖で「新倉教官」とお呼びしてしまうのですが、豪快かつ非常に楽しい方です。昨日のブログで書いたとおり、2回試験直前の心構えを語って下さった教官でもあります。無論、うちのクラスの全員合格は、新倉教官のほか、刑事弁護教官の佐藤教官、民事弁護教官の今出川・小林教官、民事裁判の平林教官、刑事裁判の出田教官らの厳しく、温かいご指導の賜物でもあったのですが、新倉教官の2回試験前の励まし(?)は、強烈に覚えております。

 さて、法廷メモランダムで、新倉教官は、検事にとって必要なものは、気力、体力、胆力、そして素朴な正義感、と書いておられます。特に素朴な正義感については、その重要性を強調しておられます。私が研修所を出てからもう7年近く経ちますが、この点について、教官は全く変わっておられません。おそらく、検事にとってほんとうに必要なものだからでしょう。

 最近は総務部長という重職で、裁判員制度に関して忙しく仕事をされておられるようですが、個人的には、捜査の現場でこそ実力・個性とも発揮できる方のような気がします。先日教官が京都に赴任された際に、クラスの大阪・京都在住の弁護士がほとんど集まってお話することができました。また、そのような機会がもてれば嬉しいと思っております。

60期司法修習生 2回試験

 以前このブログでも書きましたが、司法試験に合格後、司法修習を経て、最後に司法研修所を卒業して法曹資格を手にするための試練が2回試験(修習生考試)です。

 昨年度の59期でかなり大量の合格留保者が発生したため、現在試験を間近に控えている60期修習生の方々は、かなりの緊張感で勉強をされていることと思います。聞くところによると来週より60期の2回試験が行われるということですが、きちんと修習をされてきた方であれば、特に問題はないと思います。法曹としての最低限度を満たしているかを検査するだけで、合格レベルを特に上げるわけでもないようですから、あくまで一定レベルを示せばいいのであって、99点を取っても100点を取る人が多ければ落とされる競争試験ではありません。

 私の場合、クラス担当の検察教官の「どんなに低空でも良いからとにかく飛んでいろ。しがみつけ。落ちさえしなければいい。変に高く舞い上がろうとするな。どうせたいした力はないんだから。」という励まし(指導?)を信じ、変に高く舞い上がろうとしないよう心がけました。

 また、あとで聞いたのですが、基本的には復習を十分やっておけば足りるそうです。実務修習では修習内容にばらつきがあるので、不公平にならないよう、2回試験ではこれまで一度出した内容(若しくはその類題や組合わせ問題)から出すことが多いとのことでした。

 私のクラスでは、検察教官の教えの成果がでたのか、幸い合格留保者が0で、打ち上げも非常に楽しい ものになりました。

 60期の皆さんのご健闘を祈ります。