PROGRESS~瀬戸優 ペン画集

私が、彫刻家の瀬戸優さんを支援していることは以前ブログに書いたと思う。

現時点で当事務所入り口には、瀬戸さんの彫刻作品が3点とペン画1点が展示されている。

水源-紀州犬

水源-紀州犬2

polaris-コウテイペンギン

の彫刻作品三点と、

ペン画のホッキョクグマである。

この度、瀬戸優さんがペン画集を発売した。

PROGRESS (瀬戸優 ペン画集 Collection of drawings by Yu Seto) | 瀬戸 優, 小山幸彦 |本 | 通販 | Amazon

3月末頃に予約し、本日届いた。

瀬戸さんの作品の魅力は、やはり彫刻なのだという私の意見は変わらないが、それでも、このペン画に描かれた動物たちの生き生きとした表情は、多くのファンを魅了するだろうと思われる。特にオオカミや、フクロウの描写は何度見ても素晴らしい。

私が以前購入させて頂いた、ホッキョクグマ(2017)のペン画や、クロッキー3点もこの画集に含まれていて、なんだかとても得した気分になっている。(事務所にお出での際はお申し出頂ければお見せします・・・・笑)

なお、このPROGRESSには、瀬戸さんの彫刻制作に関する記述も含まれているし、彫刻の写真も載せられているので、お得感は高いと思う。

是非、手に取って頂いて、見て頂きたい画集である。

離婚事件を手がけて感じる男女差~2

<記憶の違い~女性は細かいことを良く覚えることが出来る>

 これもかなり顕著な傾向と言って良いと思うが、女性は非常に細かい点まで詳細に覚えていることが多い。


 従って、陳述書などを作成する場合において、迫真性・具体性に富んだ内容のものを作成することが可能な場合が多い。迫真性・具体性に富んだ陳述書は、細かい事象を積み重ねて夫婦関係の崩壊を立証しようとする場合などには、大きな武器になる可能性が高い。

 但し、女性の記憶は、非常に詳細できめ細かいものなのだが、論理的に時系列的に整理されているかというと必ずしもそうではないことも多い。細部まできちんと記憶されているものの、ものごとの前後関係が明確でなかったりする場合もある。

 一方、男性の記憶の特徴は、ざっくり言えば、大まかな流れは把握しているが、細かい点においては欠落している、というものである。

 出来事の位置づけは流れに沿って矛盾なく整理できるが、その具体的内容については明確に思い出せない場合が多い。大体、こういうことがあったから、こんな感じのことがあって・・・・というような感じで、物事が生じた流れや顛末は分かるのだが、具体的な内容についてはボヤッとしか思い出せない人が多い。

 陳述書や証言などについては、もちろん刑事事件の調書のように具体性・迫真性がある方が信用される場合が多い。
 例えば、痴漢の被害者が、
 単に「大体○○駅から○○駅の間で触られたと思います。」と述べた場合と、
 「○○駅を出てから1分後くらいに、サングラスにマスクをした40代くらいの男性が電車の後方から近寄ってきて私に触れるくらいの場所に立ちました。なんだか息が荒くてハアハアしていたようだったので、私は嫌だなぁと思って、場所を少しドアの近くに変え、男性を見ないように外を向いて立ったのです。ところがその男性は・・・・」と具体的に真に迫った内容で記載された方が、この被害者の記憶がはっきりしている、本当のことを言っている可能性が高い、と考えてもらいやすいだろう。

 そういう点からは、女性型の記憶の方が戦いやすい面もある。

 しかし、男性型の記憶からは事象の流れの矛盾や、順序の不整合を指摘するという戦い方もあるので、必ずしもどちらが一方的に有利という決まった関係があるわけではないようにも思う。

(続く)

離婚事件を手がけて感じる男女差~1

 かつて、上記の内容でブログ記事を書いたことがあるのだが、ブログが消失してしまい、その記事は失われてしまったので、再度アップしておこうと思う。

 ただ、以前書いた記事が失われているため、以前の記載内容と若干異なる内容になるかもしれないし、あくまで私が感じた印象に過ぎないので、現実には違う場合もあるかもしれないが、そこはご了解頂きたい。

<女性は我慢づよい>

 離婚事件を扱っていて感じたことの一つとして、女性はとても我慢強いということがある。おそらく男性ならば到底我慢できないような状況でも、我慢できてしまうような強さを女性は持っていることが多い。私から見ても、こんなのとても我慢できないだろうなと思う状況でも我慢してきた女性は相当多い。

 しかし、男性としては、女性の我慢強さは弾力性とイコールではないことを、覚えておく必要がある。

 つまり、女性は我慢できるところまで我慢するが、我慢の限界を超えて切れた場合、もう2度と元に戻らない傾向が極めて強いのだ。

 我慢の限界を超えた女性からすれば、もう当該男性は人生の邪魔者でしかない場合が殆どである。

 ・夫の呼吸した空気が地球上に漂っていると思っただけで気分が悪い。

 ・できれば、今すぐこの世から消えてもらいたい。

 等と、我慢の限界を超えた女性からは、ちょっと男性陣からすれば驚くような内容の発言すら出てくる場合も希ではないし、殆どの場合それが我慢の限界を超えた女性の本心のようなのだ。

 女性側が離婚を求めて立ち上がった時点で、男性側としては、よほどのことがない限り、ほぼ元の鞘に収まる可能性はない、と考えた方がよいくらいだとすら思われる。

 一方、男性は、女性ほど我慢強くはないものの、離婚希望の弾力性は男性側の方が強い場合が多いように感じられる。だから男性から離婚を求めていても、その離婚希望を撤回する場合は、女性に比べれば多いように思われる。ただし、その時点で交際している女性などのように強力に妻との離婚を求める理由となる原因が存在しない場合に限定した話となるのだが。

 男性は比較的ノンビリしているというか呑気というか、女性側から完全に喉元に刃を突きつけられている状況におかれていても、「そうはいっても楽しい時間も一緒に過ごしたこともあったのだし」「悪いことばかり主張されているが、そうでないことも多かったはずだ」・・・等と現実離れしたノンビリした発想を持っていたりする場合もある。

 「そのような楽しい時間があったことをも考慮に入れたうえで、それでも、奥さんは結婚生活に耐えられないとしてあなたに離婚を求めているのです」、と何度説明しても、自らの体験を根拠に、「相手の弁護士が報酬を得るために離婚させようとしているのではないか」などと主張して納得できない夫もいたりする。

(続く)

 

一枚の写真から~6

ノルウェーの北極圏内にあるポーラーズーにて撮影。

私には、海外旅行で動物園に行きたがる癖がある。

ポーラーズーは確かノルウェーのトロムソから自動車で2時間くらいのところだったと思うが、人が育てたオオカミと、じかに遊べるという、犬派の私には垂涎の動物園である。

私が訪れたときは、「今日の、オオカミとのふれあいは、お客が少ないからやらねー」とのことで、とても残念だった。

とはいえ、金網越しではあるが、丘の上から、あたりをじっと睥睨していたボス的なオオカミは、写真のとおり実に格好良かった。

一枚の写真から~5

ストックホルム郊外の宿に宿泊し、早朝散歩のときに撮影。

上下が反転しているのではないかと思われるかもしれないが、これで上下は正しい。

つまり、湖面に映った対岸の景色を被写体にしたのでこうなっている。

実際には湖面に映った景色に印象派の絵画っぽい感じが出ていて、興味深かったのだが、そのときの私の受けた印象まで切り取れているかと問われると、微妙なところか。

中秋の早朝でひんやりしていたが、湖畔の道では、ジョギングをする人、犬の散歩をしている人等が、かなり多かった記憶がある。

一枚の写真から~4

2004年9月、ボーツェン(ボルツァーノ)のホテルグレイフでの朝食時の写真。

写真を見るまで忘れていたが、103号室に泊まっていたようだ。

駅からも近く、清潔なホテルで朝食はビュッフェ形式でかなり豪華だった記憶がある。

以前NHKの特集で放映されたアイスマンが保存されている町のはずだが、当時の私は、そのことを知らず見学できていない。

散策するにはとても良い町だった記憶がある。

増補改訂版が出ます!

 私は、日本循環器学会の顧問弁護士をされている、東京の石上晴康先生を中心に設立された「全国医療問題研究会」に参加しています。

 お医者様の、日常的に生じうる法律問題や、保険医の指導・監査問題等を研究する団体なのですが、新型コロナウイルスが蔓延し始めてからは、Zoomを使った会議しかできておらず、ちょっと残念なところがありました。

 しかし、この度、その研究会で出版されていた「先生大変です!! お医者さんの法律問題処方箋」が、増補改訂版となって新登場ということになりました。

 私も執筆者に参加しておりますし、原稿の校正には当事務所事務員の山口さんに、相当頑張ってもらったもので、私としても思い入れのある本となっております。

  

 もし、書店で見かけられましたら、手に取ってみてくださいね。

任意開示証拠

 某刑事事件で、検察官から任意開示の証拠を受け取ったのだけれど、特殊なブルーレイに100GBの容量で入っているようで、事務所のサーバにアップしようとしたら警告が出てしまい、できなかった。

 変わったソフトで開くようで、現在、第10世代のインテルi7、1.8ギガのCPUの入ったノートパソコンで開こうとしているのだが、2時間経ってもまだ開ける様子がない。

 仮に開けたとしても、100ギガバイトの資料・・・・って、ちょっと気が遠くなりそうだ。

 果たしてどうなることやら。

ミュンヘン郊外、ダッハウ駅(近くにダッハウ強制収容所跡がある)

一枚の写真から~3

20年以上も前、確かベネチア大学構内で撮影したものと記憶している。

よくよくみると、ちょっと面白く不思議な写真になっている。

犬の影絵?がなかなか良い感じだったので、戌年(いぬどし)だった2018年の年賀状に使用した。

今年の大学での講義について

 私は、関西学院大学・大学院で非常勤講師を務めているが、昨年度は新型コロナウイルスのため、春学期の法学部の演習はzoomを利用してオンラインで行うしかなかった。

 オンラインでの演習は、わざわざ大学まで行かなくても良いという点でかなり時間的・肉体的には楽なのだが、演習を主催する講師としては、隔靴掻痒の感がどうしても否めなかった。
 いくら映像と音声で繋がっているとはいえ、実際の学生さんの反応がじかに伝わらないので、私の受ける印象が正しいのかどうか確信が持ちにくいのだ。

 今年は、対面授業を基本とするという連絡が大学からきており、4月8日から授業が開始されていたのだが、最近の新型コロナウイルスの流行状況に鑑み、「オンライン授業を基本に変更する」との連絡が、大学側から4月10日土曜日に通知がきてしまった。

 学生の健康についても配慮しなければならない大学側としてはやむを得ない判断だと思うが、学生さんとしては通常のキャンパスライフが送れないということで気の毒に感じる。

 ただし、大学の授業基本方針についても、少人数の演習で三密が回避できる状況であれば、対面授業も可能とする例外が認められるらしいので、私としては、大学に通う面倒が増えてしまうが、学生さんからの特段の要請がない限り、対面授業を大学側に希望している。
 

 小人数の演習であり三密回避ができること、演習は講師とのやり取りによって理解を深めていくものであり対面授業の方が演習の効果が高まると考えられること、解説の際に板書を多用することから板書をすぐに見られる対面授業の方が学生さんの理解には有利であること等の理由だ。

 しかし、仮に私の演習が対面授業で実施できた場合であっても、ほかの授業が殆どオンライン授業になっていたら、大学は閑散として異様な雰囲気の状況になっているのかもしれない。

 果たしてどうなるか・・・・。

ブダペストのトラムの中で