日弁連新聞

今日、日弁連新聞が届いた。
新聞といいながら基本的には月刊だ。日弁連でこんなことをやっているという報告が多く、一般の弁護士さんからすれば「ふ~ん、俺にはあんまり関係ないな」で終わることも多いのではないだろうか。

だが、今回は、1面下部にちょっと見逃せない記事が出ている。
「シンポジウム 司法試験と予備試験のこれから」という記事だ。

記事を読むと、正直がっくりだ。

あれだけ問題点を指摘され、法曹養成制度権等顧問会議でも、あれだけアンケート結果でのだめ出しや、最高裁・検察庁の意見を代弁していると思われる顧問から(上品に)非難を受けていながら、日弁連は何故か法科大学院制度は素晴らしいものと信じ切っているらしく、法科大学院制度と心中するつもりらしい。

パネリストに法科大学院関連の教授だけを呼んでくる時点でもう終わっている。賛否両論の論客をパネリストとして招待してやった方が、シンポジウムとして面白いし、お互いためになるだろうに。言っちゃ悪いが、予備試験を欠席裁判にかけたのと変わらないのでは、と思ってしまう。

兵庫県弁護士会は2011年2月に、弁護士大増員をテーマにシンポジウムをやろうとしたところ、平等に賛成派、反対派にパネリストになって頂けるよう声をかけていた。ところが、増員賛成派のエライ先生方の都合が軒並み急に悪くなったそうで、やむなく増員に賛成できない方が多数を占めるパネリスト構成になったことはある。しかし、一応平等に招待はしていたように思うぞ。

それはさておき、日弁連新聞の論調も、かなり法科大学院寄りに偏向している。

京大の土井教授は予備試験について「『法曹への最短ルートとなっており、すでに当初の目的とかけ離れた制度と化している』と厳しく批判した。」と記事にはある。わざわざ「厳しく」と書いているところからも、日弁連新聞の偏向ぶりが分かるではないか。

しかし、先日のブログにも記載したとおり、日本の名だたる大手事務所が予備試験合格者を、司法試験合格前から優遇して囲い込もうと奔走している。

この現実を、土井教授・日弁連はどう考えるのだろうか。

http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2014/01/24.html

法科大学院が当初の目的通り、素晴らしいプロセスによる教育とやらで、質・量とも豊かな法曹を生み出しているのなら大手事務所が予備試験合格者に群がるはずがないではないか。

法科大学院こそが「実務界から全く評価されておらず、すでに当初の目的とかけ離れた制度と化している」と厳しく批判されても仕方がないように思うんだけど。

エライ大学教授の先生方は、遠くを見通しておられるつもりなのかもしれないけど(それだって正しいかどうか誰にも分からない)、足下は見えてないのよね、多分。

ちょいと検索

先日、ある人から「予備試験合格者・募集」で検索すると面白いですよとの示唆を受けたので、早速ヤフーで検索してみた。

なるほど、確かに面白い。大手が競って予備試験合格者の囲い込みをしようとしているようだ。

少なくともヤフーでの検索上位10位までに、次のような法律事務所が予備試験合格者に特別扱いを提供している様子が出ている。

弁護士法人大江橋法律事務所    :予備試験合格者に特別な説明会開催
森・濱田松本法律事務所      :予備試験合格者に特別な説明会開催
長島・大野・常松法律事務所    :予備試験合格者に特別な1Day研修
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業:予備試験合格者に特別な説明会開催

法科大学院が主張するように、プロセスによる教育とやらが法曹に必須のものであるならば、大手法律事務所がどうしてプロセスによる教育を経て厳格な卒業認定を受けたはずの法科大学院卒業者(プロセスによる教育を受けたお墨付きがある者)ではなく、予備試験合格者(まだ司法試験に合格もしていない者)を特別扱いしてまで囲い込もうとするのだろうか。

どの事務所だって優秀な若い法曹を求めているはずだから、そのための特別扱いなのだろう。そこから考えれば考え方は、少なくとも2つあるように思う。
一つは、法科大学院が大事だと主張し続けているプロセスによる教育は法曹にとって必要だが、法科大学院がプロセスによる教育をきちんと実施できていないため、仕方なく、少しでも地頭の良いと思われる予備試験合格者を採用したいという考え。
もう一つは、そもそも法科大学院が大事だと主張し続けているプロセスによる教育など、法曹としての優秀さに関しては全くもって無用・無関係であり、それよりも地頭の良さが法曹としての優秀さにつながるという考え。

他にもあるかもしれないが、ここで気付くことがある。
どちらの考えをとっても、これらの大手法律事務所の採用態度から推測すれば、法曹養成において法科大学院が必要・不可欠であるという答えにならない、ということだ。

上記の法律事務所が、日本の中心的な法律事務所として評価されていることはご存じの通りである。つまり、日本の大手法律事務所は、法科大学院教育に大した価値を見出していないように見える。

政府の援助を受けた製造元が、いくら素晴らしい製品だと言い張っても、市場で評価されないのであれば、その製造元は社会に役立たない存在と言われても仕方がない。そのような製造元に税金が投入され続けているとすれば、その製造元は税金泥棒といわれても仕方がないだろう。
法科大学院は、このような大手事務所の動向をどう見ているのだろうか。

政府は、まともな人選をして欲しいよね。

大阪弁護士会の委員会で、某法科大学院教授のお話を伺うことができた。ちなみに○○先生は凄腕の実務家教授であり、私も○○先生の授業であれば今でも聞いてみたいと思っている。

詳しい内容はお話しできない部分もあるが、現状や今後の見通しについて、○○先生は、次のように語っておられた。

・優秀な学生が確保さえできれば、法科大学院の合格率は上げられる。ただ、優秀な人材がもはや法曹界を目指さなくなりつつある。
・純粋未修者はほとんどいない。法学部卒でありながら実力がなくて未修から入学してくる者がほとんど。
・司法試験合格率上位のビッグ5ないし6は今後も優秀な人材を集めることができるので安泰だろう。
・ビッグ5ないし6以外の法科大学院は歴史や面子から法科大学院を残すところもあるだろうがどうなるか分からない。
・ただし、ビッグ5ないし6が安泰である以上、制度は変わらないのではないか。

確かに、政府の委員会で委員や顧問に就任する有識者の多くは、ビッグ5ないし6の教授の方が多いように見受けられる。その方々にとって自校が安泰なら他でどんな弊害が出ていても、全体として失敗の制度であったとしても、それは一部の問題であるなどと主張して、法科大学院制度を維持する方向で議論するだろう。合格率の高い法科大学院を維持することは少子高齢化の日本社会で、相対的に自らの大学の存在感を増し、今後の大学経営の安定にもつながりうるからだ。不景気の嵐が吹き荒れる中で自分の勤める会社を好き好んで窮地に陥れる社員はいまい。だから現在の委員選定では必然的に議論が歪められている可能性が高い。
政府の委員を選定する際にもう少し、公正な人事をして最大の利害関係人(ビッグ5~6の教授)を相当程度排除する、現実を見て法科大学院を募集停止にした大学院の教授を委員に入れる等の方策を取って頂ければ、少しはまともな議論になるように思うのだが。

なにも、有名大学の教授だけが有識者ってわけでもないでしょうに。

最高裁判所は、法科大学院、法務省に対して怒っている??

法曹養成制度改革顧問会議の第3回議事録が公開されている。

その中で、吉戒顧問の発言で気になる部分があった。

吉戒顧問は、現在は弁護士であるが元東京高裁長官であり、裁判所内部での出世として考えれば、ほぼ頂点まで上り詰めた方である。当然、最高裁判所にも太いパイプをお持ちだろうし、顧問会議のメンバーから見て最高裁の意向を反映させるために選出された方であることはほぼ間違いないだろう。

顧問会議の中で、司法試験に合格しても、実務修習を受けるだけの実力がない者がいるという話が出た後で、導入修習が必要だろう、どれくらいの期間が必要かとの議論に入っている際に、吉戒顧問から次のような発言が出ている。

これは私たちが受けた制度ですけれども、旧制度のときには司法試験という点の選抜を経て、いわば教科書的な知識しかない司法修習生に2年という長い期間をかけて実務教育をしたわけなのです。ですから、司法修習の最初におきまして、実務の基礎教育として前期修習をする必要がありました。

しかし、新しい法曹養成制度の下では、2年から3年の法科大学院の教育、司法試験、1年間の司法修習というプロセスとしての法曹養成になったわけなのです。それで、法科大学院では法理論教育を中心としながら実務教育の導入部分をも併せて実施することとし、実務との関係を強く意識した教育を行うべきであるとされたのです。そして、法科大学院において充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価や修了認定が行われることを前提として、新司法試験は法科大学院の教育内容を踏まえたものとするとされたわけであります。

つまり、法科大学院で実務基礎教育が行われて、それが司法試験で試されて、法律実務の基礎的知識があるという前提で司法修習が開始されることになったわけです。したがいまして、従来の座学を行う前期修習は廃止されて、司法修習生はそれぞれの実務修習庁において、そこで直ちに生の事件、生の当事者に接する実務修習を開始するというのが司法修習の制度設計であったはずなのです。

それが今般、こういう事態になったのは、やはり一部の司法修習生を見ますと、私もそう感じますけれども、修習の当初におきまして、例えば、民事でいいますと、要件事実とか、あるいは立証責任とか、訴訟物についての理解が欠けている者がいることは事実なのです。そういう知識・能力の不足があるのは、ある意味で一部の法科大学院で本来の実務教育が行われていないということではないかなと思います。率直にいえば、問題は一部の法科大学院の教育でありまして、そのツケを実務修習に持ち込んでいるのではないかなと思います。本来の対処の仕方としては、先ほど申し上げましたけれども、法科大学院の実務基礎教育の充実を図るべきであると思います。

おそらく最高裁の意向を受けている、吉戒顧問がここまでいうのだから、最高裁はきちんとした教育と卒業生の質の担保ができていない法科大学院、そして能力不足の受験生を合格させている司法試験、の双方に対して、相当怒っていると見ていいのではないだろうか。

法科大学院は、「理論と実務の架橋を行います。双方向授業でプロセスによる教育を行います。また、実務基礎教育をきちんと施します。厳格な修了認定もします。」と約束したのに、できていないじゃないか。

司法試験は「裁判官、検察官または弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とした国家試験」(司法試験法1条)であるはずなのに、合格してきた者に司法修習を受けるための知識・能力すら不足がある者が存在するとはどういうことなんだ。

吉戒顧問そして最高裁は、本当はそのように言いたいのかもしれない。

法曹養成制度改革顧問会議第2回議事録から~その4

(だいぶ遅くなってしまいましたが続きです。)

日弁連の司法修習に関するアンケートの解説は鈴木事務次長からである。

・司法研修所による統一的な導入的修習がなくなり、弁護実務修習開始時に修習生に弁護実務修習を行う上で支障となるほどに不足している知識・能力があると思ったことがあるかという問いをしております。この点については、弁護士会の方で「思ったことがある」が31会、個別指導担当弁護士では「思ったことがある」は34%、逆に「思ったことがない」は48%と、弁護士会と担当弁護士との間に少し認識の違いが出てきております。

続きまして、問4、先の問いで「思ったことがある」と回答した場合のみ、支障となるほどに不足しているのはどのような知識・能力なのかという質問をしております。弁護士会では、「実務科目についての基本的知識・理解」「当事者法曹としての視点・姿勢の理解」「法曹三者の立場の違いに基づく視点・姿勢の理解」、それから「書面表現能力」といったところが割合的には高くなっているように見受けられます。また、個別指導弁護士を見ると、「書面表現能力」が不足していると回答している人が多くなってございます。

(坂野のコメント)

実務家として必要な知識と司法修習を受けるために必要は知識を比較すればおそらく後者の方がレベルは低いと思います。実際に手術をするために必要な知識と手術を学ぶために必要な知識との比較を考えれば明らかだと思います。

しかし、その低い方のレベルにすら私の受け持った司法修習生は達していなかったと考える弁護士が、3人に1人以上いたということです。

特に書面表現能力の低さは、答案練習の不足との因果関係は否定できないでしょう。思ったこと考えたことを文章に表現することは意外に難しいものです。文科省は法科大学院の予備校化を避けるためという理由で、答案練習に否定的ですが、我が国の民法学の巨人、我妻栄先生が、答案練習の効用を民法案内のはしがきで述べています。答案練習を否定する法科大学院や文科省は、まず、我妻先生を超えてから、答案練習の効用を否定しろ!と言いたくなりますね。

・法科大学院で教育できない知識・能力があると思うかという問を個別指導担当弁護士にしております。64%の681人から、教育できない知識・能力があると思うと返ってきております。

その中身はどのようなものかということに関して、11番でございますが、「法曹三者の立場の違いに基づく視点・姿勢の理解」「社会人としてのマナー」「事実調査に関する基礎的知識・理解」「当事者法曹としての視点・姿勢の理解」「事実認定に関する基礎的知識・理解」といったものが、それぞれほとんど同じような人数で挙がってきてございます。

(坂野のコメント)

アンケートで指摘されている、要素はいずれも法曹実務家に必須ものであると思われますが、法科大学院では教育できない知識・能力であろうと司法修習生を担当した弁護士のうち3人に2人が感じているようです。あんまり法科大学院って理論と実務の架橋に関しては、意味がないようにも思えるんですけど、私の気のせいでしょうか。

・弁護実務修習終了時において、司法修習生に必要な知識・能力を修得させられたと思いますかという問に対して、指導担当弁護士は、「思う」が32%、「思わない」が31%、「分からない」が37%と、ほとんど3分の1ずつということになってございます。

(坂野のコメント)

簡単にいえば、自分の教えた司法修習生は実務家になっても大丈夫だ、と断言できる指導担当弁護士は、3人に1人未満であるということです。こいつは弁護士にしたらまずいんじゃないのという人材が3人に2人の割合でいるのに、現在の2回試験はザルですから、そのまま2回試験に合格して、弁護士として社会にどんどん出て行っているということになりそうです。

医師に例えてみるならば、指導する医師から見て、こいつは医師となるだけの力はないなと思う医師免許保持者が、3人に2人医師として社会に出て行く状況なのです。つまり藪医者率67%以上!怖くてお医者さんに行けませんね。

でも、弁護士ならそれと同じでいいのでしょうか。そんな社会を国民の皆様が本当に望んだのでしょうか?私にはよく分かりません。

法曹養成制度改革顧問会議第2回議事録から~その3

検察修習に関するアンケートは法務省刑事局の総務課長の説明である。

・検察実務修習開始時において、検察実務修習を行う上で支障となるほどに不足している知識・能力があるかという質問に対して、結局のところ、51庁全てが「思う」という回答になっておりまして、その中身を棒グラフにあらわしてありますけれども、特徴的でありますのは、上から7つ目「事実調査に関する基礎的知識・理解」といったところは、赤で示してあります「大部分」としている庁が多く、また「半分程度」の修習生が欠いているのだと言っている庁が23庁にも上るということで、そういう意味では、非常に多いと言える部分かと思います。あるいは上から4番目の「検察官の捜査・公判活動や検察事務に関する基礎知識」についても同様に、「大部分」の修習生が欠いているとする庁の数や、「半分程度」の修習生がそれを欠いている、不足しているとする回答をしている庁の数が多いということが見てとれます。

(坂野のコメント)

司法修習生が、検察実務修習開始時に実務修習を行う上で支障になるほど知識・能力が不足しているかという問です。全国の全ての検察庁で、司法修習生の知識・能力不足を指摘しているという点は重大です。しかも、ただの知識不足ではありません。司法修習を行う上で支障になるほど不足しているというのですから、恐ろしい。この指摘からも、司法試験のレベルを落として、多くの受験生を合格させていることは容易に想像がつきます。

また、事実調査に関する基礎的知識・理解や、検察官の捜査・公判活動や検察事務に関する基礎知識などの不足が指摘されていますが、論点主義だと批判された予備校教育ならいざ知らず、実務家教官も招いて理論と実務の架橋を行っているはずの法科大学院卒業生がこんな問題を起こしているとは一体どういうことなのでしょうか。

・検察実務修習の開始に当たっては、全ての庁が導入教育というものをまず実施しておりまして、その期間は「1週間未満」とするところもあれば、「2週間以上3週間未満」とする庁もある

どうしてこういうかリキュラムを実施しているかということを書いてもらった部分について紹介しますと、事実認定に関する基本的な検討方法や、実務修習開始時に必要な知識等を修得していない者が多いため、こういった理由でカリキュラムを設けているのだということになっております。

(坂野のコメント)

要するに、法科大学院を卒業し司法試験に合格しても、実務修習を受けるだけの知識がない者が多いので、やむを得ずそこを教えてからでないと実務修習に耐えられないということなのでしょう。質・量ともに豊かな法曹を目指し設立されたはずの法科大学院はどうしたのでしょうか。本当にきちんとした教育と卒業認定がなされているのであれば、何故このような惨状が生じているのでしょうか。

・現在実施している導入教育により、不足している知識・能力を補うことができていると思うかというと、「思わない」とする庁が大多数

(坂野のコメント)

検察庁の涙ぐましい努力にもかかわらず、司法修習生は司法修習を受けるために必要な知識や能力が不足したまま、実務修習に突入しているということが明らかになっています。それではどんなに素晴らしい修習を施しても、意味がありません。因数分解すら覚束ない者に、微積分をどんなに丁寧に教えても理解できるはずがありません。法科大学院の卒業認定と司法試験がザルになっている可能性をを疑わざるを得ません。

・実務修習開始前に、一定期間、司法研修所による統一的な導入教育を行う必要があると思うかという問いを立てております。これについては、全ての庁が「思う」と答えております。

・一定期間、司法研修所による統一的な導入教育を実施して、実務における手続の流れとか、事実認定に関する基本知識等についての教育を行う必要があるのだと考えている庁が見られる

(坂野のコメント)

これは、もう検察庁からの悲鳴といっても良いのではないでしょうか。せめて実務修習に耐えられるだけの知識と能力を身に付けてから実務修習に来て欲しいということでしょう。私の記憶では、確か、旧制度における前期修習に代わる教育まで法科大学院がやる、やれると、法科大学院側は豪語していたはずですが、結局この体たらく。誰が責任を取ってくれるんでしょうか。

・青い部分の31庁は修習生全てに公判修習を実施しているという答えでありますが、その余の部分は、全ての修習生には実施できていないというグループでありまして、8庁につきましては捜査実務修習をある程度終えた者のみ、5庁では希望者のみ、3庁については全く実施していないという状況になっております。実施していない理由を見ていきますと、結局のところ、公判実務修習に割く時間がないのだということになっております。

・円グラフは、選択型修習期間の期間について、適当と思うかどうかに関するグラフでありまして、期間について適当だと「思わない」という庁が46庁、90%以上に上っておりまして、では、どのくらいの期間が適当なのかについて、円グラフで表しているわけであります。これについては、今の2か月よりは短くていいのではないかと、こういう意見になっているということでございます。その理由を見ますと、ここが少し注目する必要があると思っているのですけれども、選択型修習の2か月を全て選択型修習に当てている修習生は少数と思われるため、これはそうなのですが、その下でありますけれども、プログラムの多くは、本来全ての修習生が知識等を得ておくべき内容であって、全修習生を対象とした方が有意義だという意見が出ております。

(坂野のコメント)

司法修習期間を短くした弊害が出ているようです。本来全ての修習生が知識などを得ておくべき内容であるにもかかわらず、選択型修習として一部しか学べないならば、司法修習は片手落ちといわれても仕方がないかもしれません。

・検察庁で提供している修習の意義について、必ずしも意義があると思われないというのが43庁に上っている

・現在の検察実務修習により、必要な技法・思考方法を修得させられていると思うかという問いであります。「思わない」と回答した場合には、技法・思考方法を修得させるためには、どの程度の実務修習期間が追加で必要になると思うかという問でありまして、その結論といいますか、回答結果は、修得させられていると「思わない」というのが48庁、94.1%に上っていて、それらを修得させるために必要と考えている期間としては、「1週間未満」が5庁、「1~2週間程度」が12庁となっている。一方、「1か月以上」としているところも19庁に上っているということでございます。

その理由を見てまいりますと、導入教育に時間を取られてしまって十分な時間がないとか、公判実務を指導することができていないといったことが理由として挙げられております。

(坂野のコメント)

おそらく、検察庁としても修習を担当している以上、今の司法修習期間でも、きちんと修習生に実務家として必要な技法・思考方法を習得させているといいたいはずです。しかし、現実には94.1%の検察庁で、それはできていないと述べているのです。これはとても恐ろしいことではないでしょうか。こんなことなら、実務修習に耐えられるだけの知識と能力を身に付けさせることができない法科大学院に莫大な税金を投入するより、きちんと司法試験を実施して、合格してきた者にしっかりと費用を時間をかけて立派な法曹に育てる方がよほど経済的でしょう。

・最後に、7ページから8ページは、修習生の状況に関するアンケート結果であります。これをどう見るかはなかなか難しいのでありますけれども、7ページの下ですと、旧修習と比べて、修習生の資質や能力に大きな差があると思う、半数の庁がそう言っているということが出ております。

(坂野のコメント)

当たり前といえば当たり前ですが、だめ押し的なアンケート結果です。毎年2000人も合格させる一方、法科大学院志願者は激減の一途です。合格者が多いまま、志願者が少なくなれば全体としてレベルダウンすることは当然です(何度も申しあげていますが個々の司法修習生に優秀な方がいらっしゃることは否定しません。あくまで全体としての話です。)。

問題は、受験生や司法修習生にあるのではありません。むしろ、レベルダウンが明らかなのに司法試験合格者を絞らないこと、法科大学院が安易な卒業認定を改めきれていないことにあるようにも思います。

国のため、国民の皆様のための司法制度改革を目指すならば、国民のニーズに応える優秀な法曹を生み出すべきです。そして、優秀な法曹であることを前提に、裁判・弁護士等を、使いやすいように制度を作っていくべきなのです。司法制度改革は法科大学院維持のためのものであってはならないはずです。

(続く)

法曹養成制度改革顧問会議第2回議事録~その2

法曹養成制度改革顧問会議第2回議事録には、興味深いデータが出ている。

残念ながらそのデータの公開はされていないのだが、最高裁、法務省刑事局、日弁連から、現在の司法修習に関するアンケート結果が出ており、それぞれが内容を報告しているのだ。

まず、裁判修習を担当する最高裁からは次のような報告が出ている。

・各庁に対して、分野別実務修習の開始時において、修習生に修習を円滑に行う上で支障となるほど不足している知識・能力はあるか、あるとすれば、それはどのようなものかということを尋ねております。これによりますと、そこまでの不足はないと指摘をしているところが多いわけではございますけれども、しかし、項目によっては、一部の修習生にそうした不足があるといった回答が多いものも見受けられるところ

・裁判教官からは、4回に分けて行われる分野別実務修習のうち、第1クール、あるいは第2クールで教官が行う導入起案の段階では、クラス70人のうち3~4名程度は基本的知識におぼつかない者がいるといった実感も聞かれました

(坂野のコメント)

→単なる知識・能力不足ではありません。司法修習を円滑に行うことができないほどの重度の知識不足、能力不足の問題です。司法修習は最高裁の管轄ですから、修習がうまく機能していないと自ら言い出すことは、極めて困難な立場に最高裁はあるはずですが、それでも問題点を認めざるを得ない面があるということでしょう。

・修習終了時点において、修習生に対して、その時点において必要な知識・能力を修得させられたかという質問がございます。これは、3ページ目と7ページ目の一番下の黒ポツでございます。ここでは、

大体7割ないし8割程度の庁が、この能力を修得させられたという形で回答しております。

(坂野のコメント)

→肯定面からいえば、7~8割の裁判所が、司法修習生に必要な能力を身に付けることが出来たということですが、裏を返せば、2~3割の裁判所は司法修習生に必要な能力を身に付けさせることができずに裁判修習を終了させている場合があることになります。

・刑事裁判でございますけれども、ここのグラフを御覧になっていただければと思います。刑事裁判修習においては、起案件数の少ない者がいることも否定できないところでございます。

・分野別実務修習の実を上げるためには、修習生が実務修習に円滑に入ることができるように指導する必要があり、従前から修習開始前後に導入的教育、例えば、事前課題を検討させたり、開始後の導入起案と公表、あるいはDVDでの教材の視聴などによって、法科大学院で学んだ教育と司法修習における実地の修習との架橋を図っていたところではあるわけでございます。

(坂野のコメント)

→実務と理論の架橋は、法科大学院で行われているものと思っていましたが、ここでは、法科大学院教育と司法修習を架橋しなければならない実態が明らかになっているようです。法科大学院と連携すると言ったって、法科大学院が5~6校ならいざ知らず、乱立しすぎで教育レベルもバラバラな法科大学院と、連携することは事実上不可能でしょう。

・裁判実務修習開始時に実務修習を円滑に行う上で著しく不足している知識・能力の有無や程度を尋ねた質問において、民事裁判でいえば、民事実体法の知識、要件事実の考え方、事実認定の基礎的知識・理解、あるいは刑事裁判では、刑事訴訟手続の基本的知識、事実認定の基礎的知識・理解などのように、一部の修習生に不足があるといった回答が比較的多かった項目も見られるところでございます。

(坂野のコメント)

→「民事裁判でいえば、民事実体法の知識、要件事実の考え方、事実認定の基礎的知識・理解、あるいは刑事裁判では、刑事訴訟手続の基本的知識、事実認定の基礎的知識・理解など」とありますが、要するに民事裁判、刑事裁判に関する全ての面における基礎的な知識・能力に問題が生じつつあるということのようです。

(続く)

法曹養成制度改革顧問会議第2回議事録から~その1

法曹養成制度改革顧問会議の第2回議事録を読んでみた。

前回の会議で、有田顧問から次のような質問があった。

○有田顧問

平成22年の司法試験合格者は3,000名にするという目標が立てられたということで、そのときに法曹人口はどうあるべきだったのか、どういう予測をされたのか。そのときの予測のファクターになったものは一体何なのかということも、当時の関係の資料がもしございましたら、それが今とどうかい離しているのかということも合わせて勉強したいと思いますので、その辺のところをできればお願いしたいと思います。

この質問に、今回、法曹養成制度改革推進室の松本副室長が次の通り答えている。

さらに、前回、司法制度改革の当時、司法試験の年間合格者数3,000人という目標を立てるに際して、どのような予測に基づいていたのかという御質問がございました。

この点につきまして、司法制度改革審議会におきます議論を遡ってみましたところ、当時の諸外国、諸外国というのはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツでございますが、当時の諸外国の弁護士1人当たりの人口を比較しました上で、日本の法曹人口をこれらの諸外国、英米独仏の中で最も少ないフランス並みにするとすれば、5~6万人に増やさなければいけないということから、それを前提として、増やすペースをどのようにするのかという点につきまして、平成30年頃には5万人程度に達するという数値として、年間3,000人という目標になったと考えております。もっとも、そのような議論の際に、どのような分野でどのくらい需要が拡大するから、この5万人が必要なのだといった根拠となるような具体的な数字、あるいはその根拠というものは、我々がチェックした限りでは見当たりませんでした。

(分かってはいたが改めて明示されたとおり)法曹の増加が必要と言いながらも、本当に必要なのか、必要ならどの程度の増加が必要なのかなど、重要な点については、具体的な検討は一切されなかったのだ。

強いていうなら諸外国との(しかも、司法書士・税理士・不動産鑑定士等の隣接士業の存在を無視した)比較のみ。

言っちゃあ悪いが、雰囲気と思い込みだけで決めたんだろといわれても文句の言えない状態だろう。だって、具体的な根拠がどこにもないんだから。

そんな安易な議論で三権の一つである司法権を大いに弱体化させる危険性のある人材の枯渇を招く事態を招来したんだから、当時の司法制度改革審議会の委員は、昔なら、「腹を召しませ」といわれてもしょうがないんじゃないか。

(続く)

東京新聞の社説

東京新聞が予備試験に関する社説を掲載した。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013110102000145.html

要するに予備試験が抜け道になっているので、法科大学院が空洞化するから、けしからん、という論調だ。

予備試験に関する問題点については既に以前のブログにも書いた。

http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2012/09/26.html

繰り返しになるが、予備試験は法律により、法科大学院卒業者と同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する基礎的素養を有するかどうかを判定することを目的とする試験であると明記されている(司法試験法第5条1項)。

つまり国が、本来の法科大学院卒業生ならこのレベルの実力はあるだろうと考えた水準に達している受験生を合格させるのが予備試験だ。

だから、法科大学院卒業者が、国の想定している法科大学院卒業レベルに(全体として)達しているのであれば、予備試験合格者と法科大学院卒業者の司法試験合格率は、大きな差が出るはずがないのである。

ところが今年の司法試験では、予備試験合格者の合格率は70%台であるのに対し、法科大学院卒業者の合格率は20%台にとどまった。この結果を素直に見るならば、法科大学院卒業者のレベルは、(個々に優秀な方がいらっしゃることは私も否定しないが、全体として見れば)予備試験合格者のレベルに遠く及ばない。つまり、国が想定している本来あるべき法科大学院卒業者のレベルに、現在の法科大学院卒業者のレベルは全体として見れば全く届いていないという状況なのだ。

だから、事態を直視するならば、予備試験を非難する前に、法科大学院の卒業者のレベルが(全体としていえば)低すぎることがまず問題にならなければおかしい。

これまで、学生に多くのお金と時間をかけさせて、法科大学院が喧伝してきた素晴らしいプロセスによる教育を受けてきたはずの法科大学院卒業生が、国が想定する法科大学院卒業生のレベル(=予備試験合格者のレベル)よりも、全体として見れば、断然劣るレベルの実力しか身に付けていないことが問題の核心であるはずだ。

身近なたとえにしてみよう。

自動車運転免許を、免許試験場で実技試験を受けて一発取得した人と、自動車教習所経由で取得した人を比較して、教習所経由でお金と時間をかけて免許を取った人の方が事故率が3倍も高かったとしたらどうだろう。

免許試験場の一発試験に対して、エリートの抜け道だから悪いと非難する前に、自動車教習所の存在意義をまず誰もが疑うのではないだろうか。

かつて、法科大学院を卒業すれば7~8割程度合格できる制度を目指すと謳われたことがあったはずだが、現実には少なくとも現在まで、法科大学院制度ではその目標は達成できていない。

だが、予備試験経由者の司法試験合格率が7割を超えているということは、国が本来想定している法科大学院卒業者レベルまで法科大学院が卒業生に実力を身に付けさせていれば(若しくは厳格に卒業認定をしていれば)、受験者全員が予備試験合格者と同じレベルということになるので、7割程度の司法試験合格率になってもおかしくはないのかもしれない(ここでは司法試験を純粋に資格試験として考える。)。

仮にそうだとすると、結局は法科大学院が学生に実力をつけさせることができなかったか、実力を身に付けきっていない学生を安易に卒業させてきたことが、司法試験における法科大学院卒業生の司法試験の合格率を下げている元凶ではないかということは、容易に想像できる事態である。ところが、法科大学院関係者からは、司法試験合格率が低すぎるのが問題なので、もっと合格者を増やせとの要望がなされていた。言っちゃあ悪いが、きちんと学生に実力を身に付けさせることも、きちんと卒業認定も、全然できていないあんた達に言われる筋合いないよね。

社説は、さらに一発勝負の点による選抜は弊害があると主張するようにも読める。

では問おう。

どのような弊害があるのだ。

これまで日本を支えてきた方々の多くは大学入試、資格試験などで一発試験による実力チェックを受けてきた。東京新聞だって、入社試験をするだろう。入社試験の際にマスコミ向けの専門学校等で実際のマスコミ従事者によるプロセスによる教育?を受けてきた者だけに受験を限定しているだろうか。おそらくは、東京新聞でしっかりやっていけるだけの実力があれば採用するのではないか。一発勝負が弊害だと社説で主張するのなら、東京新聞はプロセス重視で物凄い入社試験をやっているんだろう。

そもそも、プロセスによる教育が必要だというのなら、旧司法試験だって、合格者には二年間司法修習を行ってプロセスによる教育を行ってきた。そのプロセスによる教育を受けるだけの実力があるかを旧司法試験でチェックしてきただけなのだ。論点主義だと批判されたこともあるようだが、そのような傾向が仮にあったとしても司法修習中に十分是正できていると、一流の実務家達で構成される司法研修所教官達が述べていたのだ。

マスコミからすれば、法科大学院は広告収入のお得意様だから、阿るんだろうけど、そろそろ、真実を伝えようとしないと、引っ込みがつかなくなるんじゃないの?

法曹養成制度改革顧問会議第一回議事録~6

納谷顧問(座長)

・皆さん、お手元にペーパーを御用意して、それぞれの組織からある程度意見の集約を受けながら発言されているところもあると思いますが、この顧問会議は飽くまで検討会議で決まったことを推進するためのものであります。検討がまだ残っているところはいろんな機関でそれぞれ検討しなければならないわけですし、出てくる結果を受けて更に決めていかなければならないことはあることは確かですが、全てのことをここで検討することで逆戻りすることはできないと私は思います。

(坂野のコメント)

法科大学院批判が思ったより多かったせいか、検討会議では法科大学院制度を維持することが前提であることを再確認しようとしているようです。納谷顧問のお立場(前明治大学学長)からすれば、法科大学院維持が前提の検討ですよと釘を刺したくなる気持ちも分かります。しかし、法科大学院制度が誰の目から見ても優れた制度ならその制度への批判が痛烈になるはずがありません。わざわざ釘を刺さなければならないのは、それだけ法科大学院への批判が痛いところを突いているからだろうと思われます。

・プロセスとしての法曹養成。この観点をもう一度思い出していただきたいということと、プロセスとしての法曹養成は法科大学院だけの問題ではありません。司法試験、司法修習、実務修習といいますか、その終わった後も。それぞれの分野に入った後の修習のことも全部踏まえて、どういう具合に法曹を養成するかということが大切ではないか。この原点を忘れないで議論していく必要があるのではないか。常に、この原点に戻っていく必要があるのではないか。

もう一つは、法曹養成の在り方については「点」という司法試験の結果だけで我々は苦労してきたことですので、こういうことで逆戻りはできないと、すべきではないと思っています。

(坂野のコメント)

法科大学院側が何時も振り回す、「プロセスとしての法曹養成」がまた出てきました。しょっちゅう「プロセスとしての法曹養成」という言葉は出てきますが、何を意味するのか、どういうメリットがあるのか、現実にどのような成果を上げているのか、未だに、国民の皆様に対し、納得できるようにきちんと説明できた方はいないように思います。納谷顧問には、是非ともそのあたりを誤魔化さずに、具体的にその実態とメリット、成果を示してもらいたいものです。

それも示すことができずに、「プロセスによる法曹養成が必要」と連呼しても、法曹養成制度において、法科大学院制度を中心とする必要性についての説得力はありません。単に法曹養成制度に大学を参加させてくれると言ったじゃないか、それを守ってくれなければ大学側としたら困るんだ、といっているのと変わらないのではないでしょうか。

また、仮に、従来の「点による選抜」がダメであって、その反面、プロセスによる法曹養成が素晴らしいものであり、本当に成果を上げているのであれば、有田顧問が現場で感じた、自分の頭で考えて決断することに欠けている若手法曹が目立つはずがないと思うのですけれど。