弁護士数の増加と増加率

 先日、私の所属している大阪弁護士会の委員会で、ある委員の先生が作成された資料を頂いた。そこには興味深いデータが掲載されていたので、いくつかご紹介したいと思う。

 まず弁護士の増加数である。
 平成16年12月31日時点での弁護士数は21174名。
 平成26年4月1日時点での弁護士数は35109名。
 9年と4ヶ月で13935名(165.8%)増えている。
 裁判所データブックによると、平成2年の弁護士総数が14173名なので、平成2年から弁護士数は、ほぼ2.5倍に増えたと言える。

 次にどこの弁護士が増加したかについてである。
 平成16年からの弁護士増加率を算出したデータによると、ここ9年4ヶ月の増加率上位は次の都道府県となる。
 ① 青森  地裁管内  268.2%
 ② 松江  地裁管内  246.4%
 ③ 大津  地裁管内  245.6%
 ④ 鳥取  地裁管内  242.9%
 ⑤ 水戸  地裁管内  234.9%
 ⑥ 佐賀  地裁管内  215.9%
 ⑦ 福井  地裁管内  215.2%
 ⑧ 長崎  地裁管内  212.2%
 ⑨ 千葉  地裁管内  210.3%
 ⑩ 旭川  地裁管内  209.1%
 ⑪ 津   地裁管内  207.2%
 ⑫ 鹿児島 地裁管内  205.6%
 ⑬ 宮崎  地裁管内  205.0%
 ⑭ さいたま地裁管内  204.2%
 ⑮ 釧路  地裁管内  200.0%

 逆に増加率が,全国平均(165.8%)以下の都道府県は次の通り。
 ① 那覇  地裁管内  134.2%
 ② 大阪  地裁管内  142.6%
 ③ 秋田  地裁管内  150.0%
 ④ 高知  地裁管内  158.2%
 ⑤ 東京  地裁管内  158.6%
 ⑥ 奈良  地裁管内  163.5%
 ⑦ 山形  地裁管内  163.6%
 ⑧ 函館  地裁管内  165.5%

次回から、地裁ワ号事件新受件数の推移についてご報告する予定。

裁判官任官者数

 公式に、最高裁はまだ発表していないかもしれないが、今年の裁判官任官者数は、101名になるようだ。

 そのうち、予備試験合格者は12名いるとの情報がある。

 もし上記の情報が正しいとすれば、裁判官任官者数のうち11.88%が予備試験ルートの司法修習生から任官されているということになろう。

 翻って、今年の任官者は平成25年の司法試験合格者である。平成25年度司法試験合格者数は2049名、そのうち予備試験ルートの合格者は、120名である。予備試験ルート組の比率は5.8%である。

 法科大学院終了者と予備試験合格者が全く同一の資質を持っているのであれば、司法試験合格者中の予備試験ルート組と、裁判官任官者数中の予備試験ルート組の比率は、同一と言わなくてもかなり近い数字でないとおかしいはずだ。

 特に法科大学院が言うように、法曹としての必須の能力を法科大学院のプロセスによる教育で身に付けなければならないのなら、そして法科大学院の言う法曹としての必須の能力が本当に正しいのなら、現実とは逆に法科大学院終了者の比率が高くなっていなければならないはずだ。

 なぜなら、法科大学院の主張によれば、「法曹としての必須の能力を身に付けるプロセスによる教育」を経ていないのが予備試験合格者になるはずだからだ。

しかし現実は全く逆である。

 近時は特に裁判官は優秀な修習生が採用されることが多いという傾向・経験則?からは、予備試験組が法科大学院組より優秀であるし、裁判官という実務家としての適格性も高いということであり、最高裁も同じように考えているということになるだろう。

 これは、法科大学院が常々言っている、「プロセスによる教育を通して身に付けなければならない法曹としての必須の能力」とやらが、最高裁から見れば全く裁判官の実務に関係のない能力であると判断されているのだといっても言い過ぎではないだろう。

 それなのに法科大学院は、予備試験を制限するよう提言している。

 理由はプロセスによる教育が歪められるからだそうだ。しかし、そもそも実務の現場から見て、役に立っていると評価されていないプロセスによる教育(最高裁から評価されているのなら法科大学院卒業者の方が裁判官に高い率で任命されていて不思議ではない)なら、むしろ存在しない方が有益だ。

 時間もお金も税金も掛けて,実務から評価されない教育を施して誰が得をするのか。法科大学院で教鞭をとる人間(間接的には自分の子供に後を継がせたい弁護士)だけではないか。

 確かに法律に詳しい教員であることは間違いないだろうが、そもそも法科大学院の教員には、司法試験に合格したこともない教員、実務を経験していない教員も多い。よく考えなくったって、それ自体がおかしいだろう。

 いくら自動車の構造や交通法規に詳しいからといって、どこの自動車学校に自動車免許を持たず、実際に公道を運転したことがない状況で運転を教える教官が存在するのだろうか。

 そんなとんでもない自動車学校を卒業して免許を取得した人の事故率が高く、免許試験場で一発試験で合格して免許を取得した人の事故率が低い場合に、どちらのルートを優先すべきかは小学生にだって分かろうというものだ。

 有識者と言われる大学教授らで構成される中教審・法科大学院協会は、こんなこともわからず(わかっていても無視して)予備試験制限を主張する。

 これ以上現実から目を背けることは、本当に辞めて頂きたい。私はトップクラスの法科大学院は評価しているが、少なくとも全体的に見ればこの制度は失敗だ。

 法科大学院は、正直に、「私達はきちんと教育できると思っていましたが、できませんでした。今までできると申しあげて、税金を投入して頂いてスミマセン。」と謝るべきなんじゃないだろうか。

検察官任官者に思う。

司法修習を終えた新任検事74人が22日、東京・霞が関の法務省で、上川陽子法相から辞令を受け取った。全体の39%の29人が女性だったそうだ。
 法務省人事課によると、新任検事の年齢は23~33歳、平均26.8歳だったそうだ。出身法科大学院は、慶應12、早稲田9、中央・東大各7、京大6の順らしい。予備試験の合格者は、昨年より2人増の4人だったとのことだ。

 報道が正しいとすれば、新任検事の実数は昨年の82人より8名減少したことになる。
 私が注目するのは、予備試験ルートの合格者が任検者に含まれている点だ。

 そもそも法科大学院側は、法曹としての必須の能力をプロセスによる教育で身に付けさせる必要があると主張してきた。その反面、法科大学院卒業者の司法試験受験制限の理由として、法科大学院のプロセスで身につくものは5年で失われるから5年で3回の受験制限をしても良いと説明してきた。この、ほぼ完全に矛盾する説明を法科大学院擁護派の学者が真面目に主張したこと自体、噴飯ものだが実務はもっと冷ややかだ。

 以前のブログにも書いたが、大手法律事務所はこぞって予備試験合格者を優遇する就職説明会を開いていた。
http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2014/01/24.html

 最近は、弁護士会からの圧力か、あまり目立たないようになってはいるが、大きな声では言えないが予備試験組を採用したいというニーズは、今でもあちらこちらで聞かされる。

 そして、法務省も法科大学院を経由しない予備試験ルートで司法試験に合格した司法修習生を法曹適格者として検事に任命しているのだ。裁判官にも予備試験ルートの司法修習生が採用されていたのなら、最高裁も予備試験ルートの司法修習生を法曹適格者として認定していることになるだろう(これは現段階では未確認。)。

 これは即ち、現場サイド(少なくとも大手法律事務所、法務省)から見れば、法曹適格者として必須の資質は、何も法科大学院でプロセスを経た教育を受けなくても身に付けることができるということである。法科大学院のお金と時間のかかる教育を受けなくても法曹適格者としての必須の資質が身につくのであれば、なにも、時間と費用を掛けてしかも税金まで大量に投入して法科大学院を維持する必要などないではないか。

 お金と時間と税金を掛けて、素晴らしい製品を生み出していると、ある企業がいくら必死に主張しても、その製品が実務に受け入れられないばかりか、お金も時間も税金もかからずに同じ製品が生み出せるとするならば、その企業は無用の長物であるどころか、むしろ税金を食いつぶすだけ有害な存在である。

 少なくとも撤退する法科大学院は、投入して頂いた税金を国民の皆様にお返しするくらいの気持ちでいて欲しいものである。撤退しない法科大学院は、せめて予備試験組の司法試験合格率に近い合格率を出せるよう、必死にやって頂きたいものである。

法曹養成制度改革顧問会議はなにやってんの?~その2

 法曹養成制度改革顧問会議が、一部の顧問を除いて、なぜか法科大学院の太鼓持ちのような会議を続けていることは、先日のブログでも記載したが、さらに、追加して法科大学院卒業者の弁護士さんからのヒアリングを行う予定と聞いた。

 しかも日弁連が協力して行うのだそうだ。

 もう一度いう。

 改善するなら問題点を徹底的に追及する必要があるのだ。問題が生じている部分を取り上げ、なぜその問題が生じているのか、どうすればその問題を解決できるのか、について真剣に検討して初めて改善への道が開けるはずである。

 あるうなぎ屋さんが、不味い蒲焼きしか出せない場合、不味い蒲焼きになってしまう原因を徹底追及して、その原因を改めない限り、永遠に不味いうなぎ屋さんから抜けだせない。いくら美味い鰻の蒲焼きを作るという理念があって、その理念が正しくとも、理念は実現できて初めて意味がある。たとえどんなに正しくとも実現出来ない理念など、お客にとってなんの意味もないのである。
 そのうなぎ屋さんが、ごく希に運良く非常に良い質の鰻に巡り逢い、たまたま不味くない蒲焼きができたとする。そして、そのたまたまできた不味くない蒲焼きの味を、わしの理念通りだと、自画自賛することに終始していたとする。このうなぎ屋さんは、その後、美味しい蒲焼きを焼けるようになるだろうか。おそらく普通に営業する限り、無理だ。将来にわたって不味い蒲焼きを焼き続けることになるだろう。

 問題点から目を背け、全く改善しようとしていないのだから当然である。

 以上の例からも、わかるように、法科大学院制度の問題点を探るなら、厳格な認定を受けて法科大学院を卒業しながら司法試験に合格できなかった方々、法科大学院から実力を身に付けてもらったとは到底感じられない方々からヒアリングを行い、原因を追及して、その原因を改めるしかないはずだ。

 法曹養成制度改革顧問会議・日弁連は、そんな簡単なこともやらないで、いつまで、法科大学院制度の問題点から目を背け続けるのだろうか。

法曹養成制度改革顧問会議はなにやってんの?

 法曹養成制度改革顧問会議の第11回議事録が公開されている。
 今回の目玉は、法科大学院を卒業して活躍している弁護士からのヒアリングだ。法科大学院卒業して弁護士になられ、実務界で活躍されているお二方が、法科大学院の素晴らしさを語っておられる。

 私から見れば、法科大学院制度維持のための完全な茶番としか思えない。

 もちろん私は、今回ヒアリングの対象とされたお二方は極めて優秀な素晴らしい方であると思うし、お二方が法科大学院を評価していること自体を否定する意図は全くない。
 しかし、法曹志願者の激減の大きな要因が現行の法科大学院制度にあることは明らかである以上、法科大学院制度自体の問題点を検討し改革しなければならないのが、法曹養成制度改革顧問会議の役割のはずだ。
 そうだとすれば、法科大学院の問題点を明らかにすべく、厳格な卒業認定をパスして法科大学院を卒業していながら、司法試験に合格できなかった方々をヒアリングの対象とすべきはずだろう。

 例えば、ある工場で一定の割合で不良品が出てしまう場合、不良品が出てしまう原因を徹底的に調査し改善するのが、当たり前だし、あるべき姿のはずだ。その工場で生産された優良品だけを再度検査して、やはり優良な製品を生み出しているからこの工場は素晴らしいという結論を出すのは、どう考えたっておかしいだろう。

 さらに言えば、私の出身高校は私が在籍していた当時、私が共通一次試験で選択した地学の授業はなかったし、日本史などは江戸中期で終わってしまう授業だった。私は予備校の夏季講座を利用して独学で地学・日本史を勉強し、満点こそ逃したが幸いにもほぼ満点に近い得点を両科目で得ることができた。
 この場合、私の共通一次の成績だけをみて、私の高校が地学と日本史の立派な講義をしていたと判断してよいものだろうか。むしろ学校の授業を信じ、必死に学校の授業の予習復習をしていながらも大学に合格できなかった生徒の話を聞き、学校の問題点を探らなければならないのではないだろうか。

 こんな当たり前のことが、私よりも遥かに頭の良いはずの有識者の方々にわからないはずがない。そうだとすれば、今回のヒアリングも意図的にやっていると考えるしかないだろう。

 だから私は茶番ではないのかと思うのだ。

 そんな茶番に税金が投入されているのだとすれば、ふつう、国民の皆様は怒るだろう。
 法曹養成制度改革顧問会議では、これに加えて、税金を投入して法科大学院の魅力を広報する方法を考えているようだが、ここまでくると、もう、一体何をやっているのか私にはさっぱりわからない。

 誰か教えて下さい。

ショッキングなデータ

 今日の大阪弁護士会の司法改革・法曹養成に関する委員会で、弁護士の某先生が裁判所の公表されているデータから作成されたショッキングな資料を頂いた。

 いわゆる過払いバブルといわれた時代が過ぎ、事件が減ったと良く言われるがその実態を示す資料だった。

 弁護士の仕事は訴訟以外にも確かにあるが、民事通常事件(いわゆる(ワ)号事件)がどれだけの件数、各地の地方裁判所に提訴されているかということは、弁護士の仕事の増減を示す一つの指標であるところは疑いがないだろう。

 さて頂いた資料では、過払いバブルの影響もあって、235508件と全国で近時、最も(ワ)号事件が多かった平成21年度(ワ)号事件を100として、平成25年度の(ワ)号事件を指数化したデータも入っていた。

 つまり、平成25年度(ワ)号事件の指数が50ということは、平成21年度に比べて、平成25年度の(ワ)号事件の数が半分になっているということだ。
 マスコミだって弁護士不足を未だに言っているし、わずか4~5年で事件数が半減することを示す50のようなべらぼうな指数が出るはずがないと思われる方もいるだろう。

 しかし現実はあなたの想像を超える。

 指数のワースト10を以下に挙げる。

 1.青森地裁管内 26.8
 2.秋田地裁管内 30.1
 3.盛岡地裁管内 33.0
 4.福島地裁管内 34.9
 5.宮崎地裁管内 37.4
 6.佐賀地裁管内 37.9
 6.旭川地裁管内 37.9
 8.函館地裁管内 38.1
 9.松江地裁管内 38.4
 10.長崎地裁管内 40.1
(全国指数)    62.6

 どうみても、弁護士の仕事は大幅に減少しているということが看て取れる。この指数を見れば、弁護士の仕事が増加していると強弁することは日弁連会長だって無理だろう。

 一方、平成21年度の当該地域の弁護士数を100とした場合の、平成26年3月末時点での上記地域の弁護士数の指数もあった。
 上記の地域で見てみると次の通りだ。

 1.青森地裁管内 161.1
 2.秋田地裁管内 123.8
 3.盛岡地裁管内 135.6
 4.福島地裁管内 145.1
 5.宮崎地裁管内 143.0
 6.佐賀地裁管内 151.6
 6.旭川地裁管内 154.5
 8.函館地裁管内 141.2
 9.松江地裁管内 154.3
 10.長崎地裁管内 141.2
 (全国指数)   130.0

 つまり、青森でいうならば、平成21年から平成25年まで(ワ)号事件訴訟の新受件数はほぼ1/4になったが、弁護士数は、1.6倍に増えているということだ。100→26に減った仕事を、100→160に増加した弁護士で分け合うということだ。
 全国的に見ても、100→62.6に減った仕事を、100→130に増加した弁護士で分け合うと言うことだ。

 弁護士不足、潜在的需要はある、と言い張ってきた一部の司法改革信奉者は、この数字を見てもなおその論を変えないのだろうか。もしそうだとすれば、現実に目をふさいでいるとしか思えないのだが。

法科大学院は、もはや末期的か?

「法科大学院 理念倒れ~予備試験の人気過熱、志願者数が逆転」という見出しの記事が2014/6/17付の日本経済新聞 朝刊に掲載されました。

(記事引用開始)

 法科大学院に行かずに司法試験に挑戦できる「予備試験」の人気が過熱している。今春の志願者は法科大学院を初めて逆転。「近道」を求める学生の勢いは止まらず、法科大学院教育が中核になるはずだった司法制度改革の理念は風前のともしびだ。 「制度自体が壊れる恐れがある」「切迫した状況だ」。6月12日、政府の「法曹養成制度改革顧問会議」の会合で、予備試験人気の高まりを問題視する発言が相次いだ。東大や京大など主要法科大学院6校は連名で「教育の場そのものが失われかねない」とする緊急提言を出した。  中央大法科大学院の大貫裕之教授は「現状が放置されるなら撤退も辞さない」と語気を強める。

(以下省略)

 あの法科大学院万歳の記事ばかりだった日経新聞が、ようやくまともな記事を書いてくれたのか、それとも日経新聞ですらまともな記事を書かざるを得ないところまで現実が進行してしまったのか、微妙なところです。

 法科大学院側は、制度自体壊れるおそれがある、等と主張しているようですが、大手法律事務所が法科大学院卒業者ではなく予備試験合格者を競って囲い込もうとしている現状から見て、法科大学院教育が実務では大して意味がないと評価されていることはもはや明らかです。

 また、おかしなことに、法科大学院教育効果は5年も経てば無くなるそうで、それが法科大学院卒業者であっても司法試験を5年間しか受験できない理由の一つとされていたと思います。

 学生に多額の費用を負担させながら、実務で大して評価されず、しかも5年程度で効果がなくなる「プロセスによる教育」。こんな「プロセスによる教育」が素晴らしいと学者もマスコミも叫び続けて、法科大学院は今日まで存続を続け、国民は多額の税金を投入してきました。もちろんそれで成果が上がればいいのですが、予備試験ルートの受験生が法科大学院卒業の受験生を司法試験の合格率では圧倒しています。法科大学院の司法試験合格率は予備試験ルートの受験生の合格率を、最優秀の法科大学院でさえ上回れていないのです。

 そこまでして、学生に多額の負担をさせ、実務で大して評価されず、5年で成果の消えちゃう教育(「プロセスによる教育」)をする法科大学院制度を維持するのは一体誰のためなのでしょうか。

 中央大法科大学院の大貫裕之教授は「現状が放置されるなら撤退も辞さない」と述べたそうですが、撤退して頂ければ国民の税金が無駄にならないので大いに結構だと思います。

 それよりも大学側にとって脅威なのは大貫教授が「現状が放置されるなら成仏も辞さない」と言い出すことでしょう。こういわれたら中央大学は、何としても中央大法科大学院を早期撤退させるよう動くのではないでしょうか(成仏理論については法学教室2006年4月号巻頭言ご参照)。

 撤退の発言がもはやブラフにならないことくらいは、お分かりでしょうから、ひょっとすれば、大貫教授は、法科大学院維持を叫ぶ振りをしながら、撤退のためのエクスキューズを今から準備しているのかもしれません。

経済同友会の提言

経済同友会が、法曹育成に関する提言を出していることを、最近知った。

 経済同友会は、2013年6月25日にも法曹制度の在り方に対する提言を出していて、その内容がとても偏ったものであること、その3ヶ月前に経済同友会から出された「集団的消費者被害回復に係る訴訟制度に関する意見」と矛盾する内容であることなどについては、すでに当ブログでも指摘したところだ。

(興味のある方は、ご参照下さい)

http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2013/06/26.html

http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2013/07/11.html

http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2013/08/15.html

 さて今度の経済同友会の提言は、法曹の需要はまだまだあるとぶち上げた上で、法科大学院中心の制度維持と予備試験廃止などを主張しているようだ。

 このブログでも何度も指摘してきたが、法科大学院が売り物にするプロセスによる教育がそもそも何なのか明確ではないし、プロセスによる教育がどれだけ理念的に優れていても実際の効果を上げられないのなら無用の長物であって、時間と税金の無駄使いに他ならない。プロセスによる教育が少人数双方向の充実した教育であるというならば、そのような教育は、旧司法試験時代の司法研修所でも十分行われてきていたのであって、何も法科大学院の専売特許ではない。また、司法試験の採点雑感に関する意見を読むと、年々受験生のレベルダウンが指摘されていることはすぐに分かる。ついには法科大学院での教育がきちんと行われ、学生に力が身についているかを確認するための共通到達度確認試験まで必要と指摘されている程、法科大学院の教育(一部の優れた法科大学院の存在は否定しないが、制度全体としての教育)は信用できないことが明らかになっている。 

 少なくともこれだけの事実だけから見ても、経済同友会は、現実から目を背け(そうでなくても現実をきちんと把握することなく)何らかの意図に沿って提言していることは明らかだ。

 また、この提言を作成した委員の1人である、増田健一弁護士がパートナーを務めるアンダーソン・毛利・友常法律事務所では、明らかに予備試験合格者を優遇した採用活動を行っている。(具体的には、予備試験に合格しただけで司法試験を受験してもいない予備試験合格者を対象に、食事付・懇親会付の事務所見学会を開催している。)。

 つまり増田健一弁護士が、本当に法科大学院教育が法曹教育に必須であると考えているならば、法科大学院卒の司法修習生のみを採用する態度を示すだろうし、少なくとも予備試験合格者を優遇する事務所見学会を開催することはおかしい。 

 とはいえアンダーソン・毛利・友常法律事務所は大事務所なので増田弁護士の意見が、他のパートナーに押し切られたという場合も考えられるだろう。仮にそうだとしても、アンダーソン・毛利・友常法律事務所では、少なくとも過半数のパートナーが、法科大学院教育は法曹にとって必須のものではなく、それよりも地頭の優れた人材を確保したいと考えていることの現れではないか。 日本を代表する大事務所の少なくとも過半数のパートナーが、法科大学院教育の無意味さを明らかにしているといっても過言ではなかろう。  

 なお、前のブログ記事の繰り返しになるが、「集団的消費者被害回復に係る訴訟制度に関する意見」のなかで経済同友会は次のように述べていた。

  「日本は、自助・共助、それに基づく私的自治によって紛争を解決してきたからこそ、先進国中においても画期的に訴訟の少ない社会になっていると考えられる。安倍首相は、自助と共助が日本の伝統であり、今後も重視すべき価値観である旨指摘しており、この面からも安倍政権の目指す方向性と本制度(集団的消費者被害回復に係る訴訟制度)の導入が整合的かどうか検討すべきである。」

   つまり経済同友会は、自分達が訴えられる可能性が高まる制度が検討されているときは、「日本の訴訟を避ける伝統にしたがって私的自治による解決を優先すべきで、訴訟は少ない方が良い。訴訟など司法の場での解決は避ける方向性があるべき姿」と述べているようだ。

 前のブログ記事の最後に書いた記載を再度繰り返す。

経済界が戦後の日本を引っ張ってきた面があることは私も否定しない。しかし、今の経済同友会は、長期的な国民生活への展望を欠いた、あまりにも近視眼的且つ場当たり的な意見に終始しているのではないか、との危惧を拭いきれない。

(中略)

経済界のリーダー達の、懸命なご判断を期待するものである。

「司法を考える会」に参加して来ました~その2

(続き)

和田先生は、他にも様々な疑問を提示しておられた。
例えば次のような疑問点である。

「司法試験の合格者が多いほど、法曹志願者が減るということに、法科大学院側はなぜ気がつかないのか。」

 マスコミや法科大学院側そして、日弁連の法科大学院制度維持派は、未だに「法科大学院志願者が減少しているのは司法試験合格率が低いからであり、司法試験合格者を増やせば志願者は増える」、とトンチンカンな主張を繰り返す場合がある。
 エライ学者さんが、「法曹志願者減少の原因は、司法試験合格率が低いからだ!」といえば、一見正しそうに聞こえるような気もするが、実は、完全な誤りである。

 まず、現在の司法試験は、従来の司法試験(合格率2%程度)に比べて、試験の合格率で見れば10~15倍も合格しやすくなっている。昔の司法試験に比べれば合格率は圧倒的に高くなっているのだ。それにも関わらず法曹志願者は激減している。また、従来の司法試験では、合格率は低かったが丙案導入時の受け控え時期を除き、受験者はほぼ一貫して漸増傾向にあった。つまり昔は、司法試験の合格率が殺人的に低くても、志願者は増えていたのだ。少なくともこの二つの事実だけからでも合格率低迷原因説は誤りだ。

 また冷静に考えてみれば、合格者を増やせば増やすだけ、弁護士の希少価値はなくなる。ここ10年間でほぼ2倍に弁護士が増えたということは、弁護士の希少価値はわずか10年で50%も目減りしたことになる。当然弁護士資格の魅力は薄れていく。
 それでも新人弁護士さんが引く手あまたであり、法律事務所が争って高給で雇ってくれるのであれば、志願者が減少するはずがない。法科大学院に時間と費用をかけなければならないリスクを負ってでも、得られるリターンは大きいものが期待できるからだ。しかし現状はどうか。一括登録時に登録できない新人弁護士の割合は、570人(28%)であり、そこから約2ヶ月経過した今年2月4日時点でもまだ243人が未登録であるという報告がある。つまり、新人弁護士となる資格を持つ人のうち約8人に1人は未だに就職出来ていないのだ。そのような資格を誰が好き好んで多大な時間と費用をかけて取得しようと思うだろうか。

 言い方は良くないが、現在、宅建資格だけでご飯を食べられるかと言えばかなり難しいだろう。また宅建資格を取得したからといって直ちに資格だけを武器に就職出来ると思う人も少ないだろう。仮にそのような宅建資格を取得するのに3年以上の歳月と500万円以上の費用が必要となるように制度が変更されたら、どんなに合格率を上げても、例えば宅建試験の合格率が100%であっても、誰だって取得をあきらめるだろう。リターンに比べてリスクが高すぎるからだ。志願者が減少してあったり前である。それと同じことが司法試験で起きているだけなのだ。

 だから法曹志願者を増やし、優秀な人材を確保しようとするならば、今とは逆に法曹資格を取った場合のリターンを増やすしかないように私は思う。

 このような提案をすると、お前は法曹だからそう言っているだけだろう、法曹資格だけが特別ではない、競争しろ、甘えるなというお叱りの言葉も出るかもしれない。
 しかし、大企業や権力に人権を踏みにじられた場合に、泣き寝入りしないのであれば、最後の拠り所は司法であるはずだ。その最後の拠り所に優秀な人材は不要、適当な裁判で良いじゃないかと、何の不安もなく断言できる方はどれだけいるだろうか。

 また競争しろと言う方も、どんな藪医者でも竹の子医者でも良いから医師増やすべきだ。競争で淘汰されて良い医者が残るはずだからそれでいいだろうとは言わないはずだ。身体をこわしたときの拠り所は医師(宗教の場合もあるかもしれないが)しかいないし、その医者に優秀な人材は不要とは言えないだろう。また、競争淘汰の過程で幾多の助かる命が失われるかもしれないからだ。

 優秀な人材を得ようとすれば、名誉かお金か権力を与える、即ちリターンを増やすしか方法はないだろう。大きなリターンを与えることにより優秀な人材を確保することは、スポーツ選手でもヘッドハンティングでもおなじみの行為であり、何らおかしなものではない。

 こんなに簡単なことなのに、未だに法科大学院側は司法試験合格者を増やして合格率を上げるべきだと主張する。和田先生は、確か、自分の勤め先の法科大学院の合格者を増やすという願望が強すぎるせいもあるではないかと分析されていたが、かなり控えめなお言葉ではないかと感じた。

(続く)

「司法を考える会」に参加して来ました~その1

先日、これからの司法と法曹のあり方を考える弁護士の会(略称「司法を考える会」)の設立の集いに参加して来た。

記念講演として
1 元法曹養成制度検討会議委員の和田吉弘先生
2 立教大学教授の角紀代恵先生
3 ジャーナリストの河野真樹さん
による講演が行われた。

まず、和田先生の講演だが、法曹養成制度検討会議(以下「検討会議」という。)の内輪話も含まれていて極めて興味深く感じた。

和田先生の、極めて真っ当な御意見は、法曹養成制度検討会議の取りまとめにあまり反映されていない結果になっている。民主主義下では、正しい主張が必ずしも支持を得られない場合もあるが、ここまで問題が大きく且つ明確化してきているにも拘わらず、何故もっと現状をきちんと把握・認識して対応しないのかは、いつもながら疑問に思われる。

なお、和田先生の法曹養成制度検討会議で主張された御意見は、「法曹養成制度の問題点と解決策-私の意見」と題して花伝社から出版(1000円+税)されているので、興味ある方は是非ご参照されたい。

さて、和田先生のご講演内容によれば、法曹養成制度検討会議の前身である、法曹養成制度に関するフォーラムから多くの委員が横滑りで入ってきた理由について、和田先生が質問すると、当局は、「1年で結論を出すという点を重視したからだ」と説明したという。
確かに、法曹養成制度について検討するには、ある程度の知識や現状把握が不可欠であり、早期に結論を出そうとすれば、すでにこの問題に関してある程度把握されている方を優先すること自体は、おかしなことではなさそうだ。
しかし、法曹養成制度検討会議のとりまとめは、ほとんどの論点について先送りするだけの内容になってしまっている。せっかく1年で結論を出すために多くの委員を横滑りで入れたのに、結果を見れば、結論先送り(消極的な現状維持肯定と言って良い)の内容しか出せていない。
これまで、抜本的改革を何らできずに、理念は正しいなどと言い張って法科大学院維持を金科玉条として会議を続けてきた方々が、中心メンバーにたくさんいるのだから、ある程度この結論自体予測できていた方も多いのではないだろうか。

ただ、法曹養成制度の改革は待ったなしなど、一方では勇ましいかけ声をかけながらスタートしたものの法曹養成検討会議は、結果から見れば、結論先送り、時間稼ぎのために看板を掛け替えただけだったのではないかと言われても仕方がないように思う。本気で当局が法曹養成制度改革を実行しようと思っていたのであれば、おそらく、今までのフォーラムの委員は外すべきだったし、外されていて当然だった。これまで現状維持しかできず、大した改善策も打ち出せなかった委員達だからだ。
ところが、当局は、フォーラムから多くの委員を横滑りさせた。そして結果的に結論先送りが実現された。これは、当局の意図が実現されたような気がしてならない。

でも、よく考えて見ると、我が国において、有識者の意見を聞くと言って有識者会議を開きながら、公平な人選がなされた例は少ないようにも思う。少なくとも人選する側の意図通りの発言をする委員が多く選ばれ、一応、形の上では公平な議論がなされているかのように仮装される。これは日弁連の委員会においても同じような気がする。

(続く)