司法特別演習A~本日演習終了

 本日、関西学院大学法学部で春学期に私が担当した、司法特別演習Aが最終日を迎えた。

 14コマの演習を、登録者20名で無事終えることができた。

 残念だったのは、演習参加者が多すぎて例年のように懇親会などによる、演習生同士の交流を深めていくことができなかったことだ。演習の感想を聞いても、問題演習のレベルはよかったが、学生間の交流があまりできなかったことが残念だったと、指摘する学生もいた。それでも私の教え子であることは変わりがないので、法曹を目指していたり、私生活で困ったときには、これまでの教え子たちと同様、いつでも力になるつもりでいる。

 ただ、人数の問題で懇親会ができなかったとしても、集団でのディベートを取り入れる、複数人で班を作って報告させるなど、もう少し学生同士の接点を増やしてあげる工夫をしてあげればよかった、と思うが、これは次回への課題だろう。

 演習終了後に、数人の学生が私のブログに空から撮影した写真があるが、どうやって撮っているのかと質問を受けた。普通に海外旅行の際に飛行機の窓から撮影したものが殆どだが、遊覧飛行のセスナ・ヘリコプターからの写真も時々あるはずだ。

 ブログとは、不思議なもので、誰かに見てもらうつもりで書いているにもかかわらず、見てますよ、といわれると妙に嬉しく照れくさいものだ。

 あとは、学生から提出されたレポートを読んで成績をつける作業が残っている。多分、学生の面影を思い出しながらの作業となることだろう。

題名の付け方

 毎日新聞の「ニュース争論」で、宇都宮日弁連会長と連合の元会長高木氏が、毎日新聞の論説委員伊藤正志氏・伊藤一郎氏を立会人として、対談している。

 題して、「法曹人口はなぜ増えない」。

 題名からして、ちから一杯、誤導モードである。

 内容も、最初の問いかけ自体、司法試験の合格者数が当初目標とされていた3000名に届いていないではないかという、マスコミのこれまでの論調から一歩も外に出るものではない。その質問には、司法制度改革審議会の答申でも「質を維持しつつ」という前提があることを無視しているし、さらにその前提として法的需要の増大、法的紛争の増加、国民意識の変化などが見込まれていたことをも無視している。

 立会人が行う最初の質問は、法的需要は劇的に増大しているし、法的紛争も増加しているし、国民の意識が変わって訴訟社会になりつつあるし、さらに法科大学院は法曹を目指す志願者に溢れ、厳格な卒業認定もなされ、なんの問題もなく優秀な卒業生を輩出し続けているという前提でかろうじて成り立つ質問だ。現実は、過払い金返還訴訟を除けば、訴訟は大幅に減少している。国民が訴訟社会を望んでいるとの世論調査もない。法科大学院については、問題大ありであることは既にこのブログでも指摘しているとおりである。

 また、司法試験合格者3000名はあくまで努力目標に過ぎず、確定した目標ではないし、そもそも、実働法曹数をフランス並みの5万人にするために儲けられた努力目標だ。現時点で司法試験合格者を1000名に減らしたとしても、法曹人口は増え続けるので、根拠もなく目指していたフランス並みの法曹人口5万人はほぼ達成できるのだ。

 さらにいえば、隣接士業を含めて比較をした場合、日本の法律家人口は既にフランスを大きく上回っている(弁護士白書2009年版によれば、フランスは国民1275人に1人、日本は国民773人に1人、ドイツは国民547人に1人)。

 論争の内容は、法曹人口といいながら、実質は弁護士人口の問題に終始している。題名だけから見るとあれだけ司法改革といいながら弁護士人口は増えていないのかと、普通の人なら思うだろう。

 では本当に弁護士人口は増えていないのか。

 弁護士人口は、1980年には、11441名、司法改革がいわれはじめた1990年に13800名、その後2000年には17126名、2010年には28810名まで増加している。

 増加人数で見ると

 1980年→1990年  2359名増員

 1990年→2000年  3326名増員

 2000年→2010年 11684名増員

 ここ10年だけ見ても1.7倍にまで増加しているのだ。

 すなわち、法曹三者(弁護士・裁判官・検察官)のうち、人数だけでなく比率からいっても、司法改革路線に則って、最も増員したのは弁護士である。法曹人口が増えないというのであれば、一番増加している弁護士よりも、なかなか増加しない裁判官・検察官について論じるのがスジであるはずだ。

 しかし、マスコミはどういうわけか、弁護士増員問題ばかり採り上げる。毎日新聞も例外ではないようだ。

さらに、立会人は、弁護士の収入は高いと非難するようだが、欧米のリーガルコストはそれこそ、日本の何倍、何十倍である。国際社会で戦われている企業の方はご存じだろうが、おそらく、世界的に見て日本の弁護士費用は極めてリーズナブルな方に入るはずだ。

 例えば、以前にブログにも書いたが、2007年度売上1位の巨大ローファームであるクリフォード・チャンスは、弁護士数2654名で、売上高およそ22億1000万ドル、当時のドル円レートである1ドル=91円換算で、2002億9100万円である。つまり、クリフォード・チャンスというローファーム一つに、2000億円ものリーガルコストの支払がなされているのだ。

 これに対し、平成21年度の日本司法支援センターの資料を見ると、民事法律扶助事業経費として支出予定の予算額は、わずか139億8400万円である。弁護士数2654名のクリフォード・チャンスの売上の約15.75分の1の予算しか、日本の全国民のための法律扶助予算は、つけられていないのだ。単純に計算しても、国民1人あたりに換算して、イギリスの約40分の1しか民事法律扶助の費用が出ていないのだ。

 この貧弱な法律扶助制度を充実させずに、何が司法改革だと私はいいたい。

 このような事実も知らないで(若しくは無視して)、勝手なイメージで弁護士の収入は高いとして議論をさせようとするのが立会人なのだから、宇都宮会長もさぞかし困ったのではないだろうか。立会人である以上、誤った方向に導く質問をするのはフェアではないだろう。

 だんだんエスカレートしてしまいそうなので、このあたりにしておくが、きちんと事実を報道するべき新聞社が、フェアでないのでは、国民はいったい何の情報を信じればいいのか分からなくなる。権力や利権に負けず事実を報道する、万一誤りがあれば訂正して正しい情報を国民の皆様に伝える、というマスコミの矜持を取り戻してもらいたい。

法科大学院志願者減

 法科大学院志願者の減少が止まらない。

 法科大学院志願者は、大学入試センターが行っていた「法科大学院適性試験」か、日弁連法務研究財団が行っていた「法科大学院統一適性試験」を受験しなければならないから、その志願者数を見ればおおよその見当は付く。

 大学入試センターが行ってきた適性試験の志願者は、平成15年から平成22年までの8年間に次のように推移した。

 39,350→24,036→19,859→18,450→15,937→13,138→10,282→8,650

 なんと、8年間で、ほぼ5分の1、冗談のような減少ぶりである。

 日弁連法務研究財団の適性試験の方は、大学入試センターほどの落ち込みはないにしても、平成15年に20,043名いた志願者が、平成22年には7,819名に減少している。こちらは6割減で、当初志願者数の4割程度になっている。

 明らかに異常な減少だろうと思われる。志願者数が少なければ優秀な人材を確保することが困難になることは、誰の目にも明らかだろう。少なくとも、この8年間のデータを見る限り、優秀な人材を継続的に確保するという意味において、法科大学院は失敗したと言っても良いのではないだろうか。

 法科大学院には、当初、多様な人材を法曹界へと導く意義があると強調されたこともあるが、学部別の統計がある大学入試センター主宰の適性試験で見てみると、平成15年には42.57%あった、法学部以外の出身の志願者が、年々減少を続け平成22年度では、ついに26.36%にまで落ち込んだ。

 もはや、法科大学院制度には、多用な人材を法曹界に導く意義すら失われつつある。先日引用した、第151回国会の法務委員会での質疑で、この惨状を暗示するかのような、次のような委員の発言があった。

○中村(哲)委員 

 先生(坂野注・ここでの「先生」は佐藤幸治教授を指す。ちなみに中村委員は京大法学部出身で、佐藤教授の講義も受講していたそうだ。)、だからこそ、枝野さんが申しましたように、教育のあり方、鍛え方というのが予備校が今すぐれているということは認識しないといけないと思うのです。
 私は、先生の講義を聞いて大学の講義を中心に勉強しましたけれども、結局司法試験に受かりませんでした。そうじゃなくて、大学の授業に一年生から出なくて、予備校に行った人が受かっていっています。そういうふうなことを真摯に考えていただかないと、若者は本当に、大学の先生の言葉を信じて勉強した人はばかを見ます。
 その点だけ確認させていただきまして、時間がなくなりましたので、私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。

(引用終わり)

 果たして、大学の先生の言葉(もちろん当時の日弁連執行部の責任もある)を信じて作られた法科大学院制度が本当に正しかったのだろうか?

 大学の先生の言葉を信じて勉強した法科大学院生たちは、馬鹿を見ることはなかったのだろうか?

 そして、誰がその責任を取るのでしょうか?

司法修習生給費制存続についての市民集会

  最近各弁護士会で、続々と決議されている事項があります。

 「司法修習生の給費制の存続を求める決議」です。

 これまで、司法試験に合格し、司法修習生になった者は司法修習期間中、アルバイトなど一切禁止で司法修習に専念しなければなりませんでした。もちろん、そうなれば生活費すら困りますから、一定額の給与が国から支給されていました。

 少なくとも私は、税金で育てて頂いたという思いを強く持ちつつ、修習を行い、弁護士になりました。国選の刑事弁護事件や当番弁護、少年扶助事件など、全くペイしないボランティア的な仕事も、弁護士の職務として少なくとも100件以上は、こなしてきましたが、その支えになったのは、税金で育てて頂いたという思いが大きかったように思います。

 もちろん、国選事件はペイしないからと全くやらない弁護士もいますが、司法修習中に国(納税者の方)から、給費を頂いたことを感謝しつつ、弁護士業を行っている弁護士も相当数いるはずです。

 そもそも、どうして検察官・裁判官はともかく、弁護士を国費で育てる必要があったのかということですが、私が思うに、次のような背景があったのではないでしょうか。

 国家といえども、間違いを犯すことがあります。冤罪事件や薬害などがその典型です。その場合、裁判所で国家を相手に、国民が個人で戦わなければならない場面があり得ます。

 その際に、国家の過ちなど(大企業の行き過ぎた営利追求も含みます)から、国民の権利を擁護できるのは、裁判官・検察官と対等に戦えるだけの知識能力を身につけた法律家である弁護士しかいない、つまり裁判官や検察官と同等の知識・能力を身につけた在野の法律家を育てることにより、国民の方々の権利の守り手としようという狙いがあったように思うのです。

 だからこそ、司法修習に専念して、国民の方々の権利の良き守り手になれるよう、国家が司法修習生に給費制を実行してきたのではないでしょうか。また、給費制の廃止は、法科大学院の学費を借金で賄ってきた学生に、司法修習中の生活費の分をにつき、さらに借金を強要する制度でもあります。こうなってくると、お金持ちしか、裁判官・検察官・弁護士になれなくなるのではないでしょうか。

 確かに日弁連のこれまでの対応は、給費制廃止が決まった後は、沈黙していたようにも思われ、廃止直前になって、急に問題化させているようにも見えるかもしれません。

(この点に関して冷静な見方をされている、弁護士小林正啓先生~「こんな日弁連に誰がした」の著者でもいらっしゃいます~の御意見もあります。下記のリンクをご参照下さい。)

http://hanamizukilaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-53e8.html

 しかし、国民の権利の守り手として位置づけられてきた弁護士が、司法改革による法科大学院制度導入による多額の出費に加え、さらに司法修習中に多額の出費を余儀なくされ、借金まみれで弁護士として第一歩を踏み出したとき、果たして国民の権利の守り手としての理想を追えるのでしょうか。

 司法修習生の給費制存続に関する市民集会が、大阪弁護士会で近々行われます。

 6月14日、18:00~ 場所:大阪弁護士会館2階

 広報活動が追いついていないかもしれませんが、もし、お時間がありましたら多数の方の、参加をお願い致します。

マスコミの良心

 週刊東洋経済先週号の「編集部から」という、編集後記の欄に、記者の方が次のように書かれている。

今回紙面を割いたロースクールについて、小誌では一度大特集を組んだことがあります。

開校直前の2003年、「本当に強いロースクール」と銘打ち、「あなたも弁護士になれる」がキャッチでした。

実は当時から、現在の「惨状」を見通したかのような冷静な見方も一部にはありました。

ですが、大勢は「改革を止めるな」「バスに乗り遅れるな」の大合唱の中、熱に浮かれるように開設に走ったのが実相でした。

結果、多くのロースクールの経営が火の車なのは自業自得ですが、犠牲者はそれを信じて多額の借金を背負った学生です。

熱に浮かれた特集にかかわった1人として、自戒を込めて記します。

(引用ここまで)

 おそらく私のところまで取材に来られた、記者の方だろうと思う。非常に真面目かつ真剣に取材をされていたように記憶している。だから、本当に大変なことが起きていることを実感されているし、書かれた内容もおそらく本心に近いのだろう。

 自ら携わり、一度記事にした自紙の特集について、「熱に浮かれた特集」であったと認めることは、極めて勇気の要る行動だと思う。しかし、その反面、過ちは過ちとして認めようとする、報道に携わるプロとしての良心・矜持も見出せる行動であるはずだ。

 翻って、大新聞と呼ばれる日刊紙の論説委員はどうだろうか。現実を冷静に見ず、熱に浮かされ、法科大学院さえできれば全てうまく行くかのような論調だったはずだ。

 その論説委員の方々は、今の現実を見て、どう思っておられるのだろうか。現実には目を背けつつ、自紙の社説などについて、未だに熱に浮かされつつ誤りはない、と言い張るのだろうか。それとも法科大学院や文科省に責任をなすりつつ次第に論調をすり替えていくのだろうか。ひょっとしたら、東洋経済の記者の方のように、自らの報道が熱に浮かされたものだったと冷静に見つめ直し、明言するのだろうか。

 東洋経済の記者の方のこの記事を見て、マスコミの良心というべき心が、少なくともまだ現場の記者の方々からは失われていないのではないか、という、かすかな期待を、私は感じた。

週間東洋経済「弁護士超活用法」~その2

 週間東洋経済5月22日号に、法科大学院協会の青山善充理事長のインタビューが載っている。

 題名は「名誉ある撤退を真剣に考えるべきだ」ということで、法科大学院の問題点を下記の通り、3つほど取り上げている。

 ①ロースクールの数が多すぎる。

 ②ロースクール修了生の職域開拓が不十分である 。

 ③ロースクール志願者の急減。

 これまで、法科大学院協会や中教審は、法科大学院は素晴らしいと繰り返すばかりで、ちっとも現実を見ていなかったが、ようやく薄目を開けて見たくないものを見始めたという感じがする。また、マスコミも法科大学院導入時には、「法科大学院さえ導入すれば全てうまく行く」と言わんばかりの論調ばかりだったが、ようやく少しずつ変わりつつあるようだ。

 ①については設立当初から問題点は指摘されていたが、法科大学院側や文科省は問題ないとして押し切ったように記憶している。制度に問題ないならどうして、いまになって問題が出てきたんだ。そして、問題が出てきた今、誰が責任をとってくれるんだろうか。結局責任のなすりあいになるのだろうか。それとも、若干の定数削減と統廃合でお茶を濁すのか、見ものである。

 ②について、「法的需要はいくらでもある」と、法科大学院側はいつも言っていたことに矛盾しないのだろうか。法的需要があるなら、そして法科大学院で素晴らしい教育を受けて実力を身につけた修了生なら、いくらリーマンショックがあったとしても、企業でも地方公共団体でも引っ張りだこでなければおかしいだろう。

 法科大学院によれば、法科大学院修了認定を厳格に行って本当に実力を身につけた学生しか卒業させていないはずだから、本来、法科大学院修了は実力のお墨付きになっていなければおかしい。しかし現実には、そうなっていないということは、法科大学院教育(その結果)に社会が価値を見出せていないということになりはしないか。

 そもそも、法科大学院修了者の職域を「開拓」しなければならない、ということ自体、法科大学院協会の法的需要に関する見通しが根本的に誤っていた、少なくとも法的需要の見通しに関しては、文科省の役人と学者さんは、ずぶの素人だった(そしてずぶの素人に国民は舵取りを任せてしまった)ことの裏返しだろう。

 ③については、当たり前である。

 ロースクール進学と法曹が将来の進路として魅力を失いつつあるからだ。

 「ロースクールを出ても新司法試験に合格できない可能性も高い、教育にかかる費用が高い、弁護士になっても就職できないかもしれないというようにリスクが大きすぎるためだろう(青山氏のインタビュー記事から引用)」。

 ただし、青山理事長は、新司法試験の合格者を増やせば、この問題は解消すると、お考えのようだ。

 さて青山理事長の見通しは正しいだろうか?

 おそらく子供でも分かると思うが、青山氏の見通しは明らかに誤っていると思われる。まず第一に、新司法試験の合格者を増やしても、教育にかかる費用が高いことは解消されない。第二に、法的需要が爆発的に喚起されない限り、弁護士になっても就職できないかもしれないという状況は解消されない。更に言えば、新司法試験の合格者を増やして弁護士の数を今のペース(ここ10年間で弁護士数は約1.7倍になっている。)で増やせばなおさら、弁護士の就職難は加速すると思われるからだ。3つの原因のうちより重要な2つの問題を放置したまま、この問題が解決するはずがないだろう。

 更に付言すれば、合格者を増やすことで志願者が増えるというのが青山氏の考えであるが、その主張は裏を返せば、合格者が増えないこと(合格率が低いこと)が志願者が減る理由だ、という主張になるだろう。元東大法学部教授が言うのだから何となく正しいような気もしないではない。しかし権威に目を曇らせずに事実を見据えれば、おかしな点に気付くだろう。

 つまり、もし青山氏の主張が正しければ、合格率が低いと志願者が減るということになる。そうだとすれば、合格率2%前後だった、旧司法試験は、98%落ちる試験だから、志願者がどんどん減っていかなければおかしい。ところが、旧司法試験は受験生は年々増加の一途であり、逆に我こそはと実力を自負する強者が挑戦する試験だったのである(丙案導入時の受け控えを除く)。

 この事実だけから見ても、青山氏の主張が誤っていることは明白だ。志願者の増減は、合格者の数の問題ではない。合格した後に就く職業に、魅力があるかどうかが志願者の数の増減に結びつくのだ。

 おそらく、元東大教授の青山理事長が、そこまで理屈の分からない方とは思いたくないので、おそらく立場上そう言わざるを得ないのだろうが、立場上建前論を振りかざして法科大学院擁護に終始し、この国の司法を支える人材登用する道を崩壊させたとすればそれは、本末転倒だろう。

 司法を優秀な人材が目指さなくなってしまう前に、早く本当の問題に目を向けて頂きたいと私は切に願っている。

週間東洋経済「弁護士超活用法」~その1

 2010.5.22号の週間東洋経済の特集は、「弁護士超活用法」だ。

 弁護士人口問題にも関連する内容であるし、若干取材に協力したこともあって、編集部から一部頂いた。現在まだ目を通している段階だが、その中で、「愛知大学法科大学院」が新司法試験合格率が私立大学中№1であるとの記事が目に留まった。

 そこでは、高合格率の理由について、決め手とは言いかねるが、1期生が「僕らは、新司法試験を個人戦ではなく、団体戦で戦った」と語ったように、学生が自主ゼミを開講し討論し合うこと、先輩後輩で気軽に質問し合って疑問を解消していることが、思考重視型の新司法試験にマッチしているのではないか、との研究科長のコメントがあった。

 しかし、旧司法試験合格者からみても、勉強会を組んでお互いに議論しながら悩み、考え、切磋琢磨することは、合格への近道だった。○○会という勉強会は、参加者のうち7割が合格したそうだ、などと半分伝説化している勉強会もあったように思う。暗記重視の旧司法試験と揶揄されるが、暗記だけでは絶対に合格しない試験であったことは、受験をしたことのある人なら誰しも知っているだろう。

 以前書いたが、私も勉強会「ニワ子でドン」に入れてもらって、極めて優秀な受験生仲間と議論したり、間違いを直してもらったりした。また、京大答練という自主的な答案練習会にも参加して、チューターに教えを請い、自らの過ちを是正したりしたものだ。ちなみに「ニワ子でドン」は、参加者の多くが最終合格したので、ひょっとしたら、京大の後輩の間では伝説化していたかもしれない。

 このように、ロースクールで新司法試験に対して効果があるかもしれない勉強法は、旧司法試験でも行っていた受験生が相当数いて、現実に有効であったという事実(少なくとも私の体験)がある。

 したがって、愛知大学法科大学院の学生がとっている戦い方は、新旧問わず司法試験には有効かもしれないと言うことだ。

 今年の新司法試験は終わってしまったが、来年受験する受験生には是非参考にしてもらいたい。ただし、チューター若しくは、参加者の半数以上に実力がないと、勉強会自体が迷走しかねないので、その点にはご注意を。

司法特別演習A

 ここ3年ほど、司法特別演習Bとして、関西学院大学法学部の秋学期にペットに関する法律問題についての演習を行ってきました。少人数ながらアットホームな雰囲気で、やれていたと思います。

 しかし、今年は、秋学期に関西学院大学大学院法学研究科での講義を担当することになりましたので、ペットに関する法律問題については、司法特別演習Aとして、春学期に行うことにしました。

 当初5名→7名→12名だった登録者も今年は一気に20名になり、アットホームな雰囲気でやることも、ちょっと難しい状況になりました。

 私は、学生時代の友人は宝物であると考えておりますので、せっかく少人数の演習に集まって頂いたのですから、この演習をきっかけに友人を作って下さいといつも学生さんにお願いしています。そのお手伝いとして、あおぞら演習、校外授業、懇親会などもやって来ましたが、さすがに20名となると困難ですね。

 残念ながら、今年の学生さんには、友達作りは、ご自身で頑張って頂くほかなさそうです。

 生徒さんが増えることは嬉しい反面、じっくりお付き合いできなくなる寂しさもあるようです。

社説氏は司法改革をご存じか?

 日弁連次期会長に宇都宮健児弁護士が選出されたことに関し、3月12日付朝刊で、新聞大手全国紙が一斉に社説で弁護士人口の増加ペースを緩める宇都宮次期会長の公約について批判を展開した。

 その多くが、新司法試験合格者3000人について、日弁連はOKしたではないか、ということに触れたものだった。あまりに何度も大手新聞各紙が、そのように書くので、一般の国民の方は、そんなものかと洗脳されているかも知れないが、もともと、日弁連は新司法試験合格者年間3000人を無条件に約束したわけではない。

 「こんな日弁連に誰がした」の著者である、弁護士小林正啓先生の指摘で知ったのだが、江田五月議員のブログにも明確に書かれている。

  http://www.eda-jp.com/etc/nk/000904.html

 (上記ブログより引用)

 日弁連は、法曹一元制度(弁護士経験者が裁判官・検察官になる、というシステム)の採用、法律扶助制度の大巾な拡充、裁判官・検察官の大巾な増員、などと抱き合わせにしてOKサインを出していたのですが、このへんのところは(案の定)適当にすっぽかされて、「年間3000人」と「法科大学院」だけが一人歩きをする内容になりました。

 (引用ここまで)

本来の司法改革は、裁判所改革を提唱したことからはじまった。それが途中でねじ曲げられたのだ。本当に、国民のための司法改革を旗印に据えたいのであれば、大手新聞各紙は、本来の司法改革の趣旨に立ち返るべきはずだ。つまり、既に相当程度実現してしまった弁護士人口拡大について騒ぎ立てるのではなく、全くといって良いほど進展していない、法曹一元制度(これは無理かも知れない)・法律扶助制度の大幅拡充(これは必要だし、可能)・裁判官、検察官の大幅増員(これも必要だし、可能)が実現されていないことを指摘すべきはずだ。

 また、法化社会が進展するはずだという目論見が大いに誤ったものであった点や、会社が弁護士を雇用するはずだという目論見が全く誤ったものであったこと(大手各新聞社がどれほどの弁護士をインハウスとして雇用しているか聞いてみたいものだ)、あれほど鳴り物入りで導入された法科大学院制度(大手新聞各紙は現実に法科大学院が導入される前から法科大学院制度さえ導入すればうまく行くかのような記事を連発していたように思う)が、実際には十全に機能しなかった事実を明確に示すべきではないのか。

 まあ、大手新聞社にとって、法科大学院は全国広告を打ってくれる貴重なお客様だから、面と向かって批判しにくいのだろうが、それで怯んでいるようでは、国民の真の知る権利を実現しようとするマスコミの名折れではないのだろうか。

 また、本当に過疎地で弁護士に依頼したくてもできない人が多数いて、その解決をすべきだと本当に大手新聞社が思うのなら、先日も書いたが、口先だけで他人にやらせようとするのではなく、弁護士会に多額の寄付をしてくれればいいし、そうでなくても弁護士会と協力して、大々的な広告を新聞社の負担で出してもらいたい。きっと弁護士会は協力して、過疎地住民の法律問題に対応してくれるはずだ。それと同時に、いかに日弁連や各弁護士会が、弁護士各自から徴収したお金を使って、どれだけ人権に資する活動を行っているのか勉強してもらいたい。

 それが嫌でも、インハウスで弁護士を雇用して、過疎地の住民を救えば良いではないか。あれだけ都会の一等地に立派な社屋を構えているのだから、できるだろう。会社の社会的な評価も必ず上がるだろう。先日の日経新聞に掲載されていた初任給でみると、大手新聞社の初任給は他の会社よりずいぶん良かったように記憶している。もし、社説氏のように、「弁護士は割の良くない仕事もやれ」といいながら、自らは余裕がないというのであれば、それは言い訳になりはしないか。

 事実を確認することもせず、単なる思い込みをもとに、弁護士を批判していれば良い、という安直な社説で会社からお金を頂けるとは、私から見ればずいぶん羨ましい。

日本経済新聞の社説にひとこと

 昨日、明日の朝刊が楽しみだと、記載したが日経新聞が社説で取り上げた。

 題して「内向きの日弁連では困る」。

 http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20100310ASDK1000610032010.html

 一読して突っ込み処満載だが、弁護士バッシングを意図していることは、ほぼ間違いないように思う。

 まず、司法制度改革はどこから出発したかというと裁判所改革の必要性からだった。当然、司法制度改革を論じるのであれば、相当程度実現してしまった弁護士人口増よりも、大して進まない裁判官増員の現状を問題とすべきである。しかし、題材が日弁連会長選挙とはいえ、敢えて、弁護士人口にのみ論点を絞っていることからしても、社説氏の意図は透けて見えるような気がする。

 法科大学院制度についての問題点が、現在噴出しつつあるのに、未だに法科大学院制度については批判せずに、新人弁護士が大量に生み出されるため、大阪や東京のように弁護士にとって割の良い仕事が少ない地方が、大きく影響を受けたからだろうと決めつけて論じている。

 さて、社説氏はいかなる根拠に基づいて大阪や東京の弁護士が割りの良い仕事ばかりにありついていると考えておられるのだろうか?全くの思い込みだけで書かれたとは思いたくないので、弁護士の平均年収などの資料をお持ちなのかも知れない。しかし、仮にそうだとしても、都会では突出して儲ける弁護士も少数いるため、平均の数値が上がるだけだろう。上場会社をピックアップしてCEOの平均年収を計算するときに、日産のゴーン氏を入れるかどうかで、相当数値は変動するはずだ。ゴーン氏を含めたごく一部のCEOの平均年収が高額だから、上場会社のCEOは儲けすぎだと日経新聞社説氏が書いたらそれこそ赤っ恥だろう。

 事実、私は、司法研修所を卒業してから大阪で就職したが、その頃から、儲けるなら地方の方が絶対に良い、と言われ続けていた。都会では既に大きな事務所による寡占化が進んでおり、割りの良い仕事は若手には殆ど回ってこないのだ。弁護士に対して、きちんと取材してみればすぐ分かることだとは思うのだが・・・・。

 また、前もブログに書いたが、いくら弁護士需要があると日経新聞が主張しても、2000人の弁護士が毎年誕生するということは、物凄いことなのだ。

 島根・鳥取の各弁護士会の弁護士数はほぼ50人強だが、この人数で、両弁護士会は、ほぼ県内の弁護士需要を満たしている(特に両弁護士会に対し、弁護士が不足して困っているという苦情が来たという話は少なくとも私は聞いていない)。

 つまり、簡単に言えば、2000人の弁護士が毎年誕生させるだけの弁護士需要があるということは、今現在、島根県または鳥取県の弁護士会所属の弁護士全員が、毎年必死に解決している事件数の40年分に相当する事件数が、全国で毎年・毎年増加していかなければならないということだ。

 日本人が急に、費用をかけてもいいから訴訟大好き!になれば話は別かも知れないが、そんなに事件数が増加するはずがないだろう。実際に過払い金訴訟を除けば、訴訟も相当減少しているし、弁護士会の法律相談件数も横ばいか漸減傾向である。このような現状を見てなお、弁護士需要が大量にあるというのであれば、日経社説氏には目から落とさなければならない鱗が相当たまっていると言うべきだろう。

 しかし、日経社説氏は、さらに言う。

「(前略)弁護士が地域にいない司法過疎の問題や、お金がない人の民事訴訟や刑事弁護を引き受ける弁護士が少ない問題などを解消してからでなければ、弁護士の増員反対の訴えは、国民の目には、高い収入を失いたくない特権的職業集団のエゴとしか映らないだろう。(後略)」

 ならば、私はこう言いたい。

  「日本経済新聞を紙ベースで朝から毎日読みたい人が読めない離島問題や、お金がなくても日経新聞を読みたい人の問題などを解消してからでないと、新聞再販売価格維持制度の主張は、国民の目には高い収益を失いたくない特権的なマスコミのエゴとしか映らないだろう。」

 仮にこの問題を措くとしても、社説氏がなんの根拠もなくここまで書くとは思えないから、日経新聞には、司法過疎問題で弁護士に依頼したくても依頼できない方の苦情や、お金がなくて民事訴訟や刑事訴訟を受けてもらえない人が殺到しているのだろう。日経新聞は、その社会的責任から、敢えて弁護士会に苦言を呈しているのかも知れない。

 つまり日経新聞は司法過疎問題や、お金がない人の民事訴訟や刑事訴訟について、憂慮しているわけだ。その解決をするべきだと考えているわけだ。

 だったら、司法過疎解消のため、お金のない人が訴訟を提起したり弁護を受けるために、使途を限定して、日弁連に多額の寄付をしてくれればいい。それができないとしても、日経新聞の1ページを無償で日弁連や各弁護士会の広告用に毎日提供してくれれば良い。その広告スペースを使って、困っている人にどこへ相談すればいいか伝えられるし、お金がない人には法テラスを紹介することも可能だろう。そうでないとしても、日経新聞に届いているであろう、「弁護士に相談したくてもできない」という方々に了解を得て連絡先をまとめて、そこの弁護士会に伝えてあげるだけでも大分違うだろう。

 日経新聞の社会的責任も果たせるし、日経新聞の英断に誰もが拍手するだろう。

 途で倒れている人を見かけて、誰か助けてやれ、と言うのは簡単だ。本当にその人を助けてやりたいと思っているのであれば、自分から動くべきなんじゃないのかな?