題名の付け方

 毎日新聞の「ニュース争論」で、宇都宮日弁連会長と連合の元会長高木氏が、毎日新聞の論説委員伊藤正志氏・伊藤一郎氏を立会人として、対談している。

 題して、「法曹人口はなぜ増えない」。

 題名からして、ちから一杯、誤導モードである。

 内容も、最初の問いかけ自体、司法試験の合格者数が当初目標とされていた3000名に届いていないではないかという、マスコミのこれまでの論調から一歩も外に出るものではない。その質問には、司法制度改革審議会の答申でも「質を維持しつつ」という前提があることを無視しているし、さらにその前提として法的需要の増大、法的紛争の増加、国民意識の変化などが見込まれていたことをも無視している。

 立会人が行う最初の質問は、法的需要は劇的に増大しているし、法的紛争も増加しているし、国民の意識が変わって訴訟社会になりつつあるし、さらに法科大学院は法曹を目指す志願者に溢れ、厳格な卒業認定もなされ、なんの問題もなく優秀な卒業生を輩出し続けているという前提でかろうじて成り立つ質問だ。現実は、過払い金返還訴訟を除けば、訴訟は大幅に減少している。国民が訴訟社会を望んでいるとの世論調査もない。法科大学院については、問題大ありであることは既にこのブログでも指摘しているとおりである。

 また、司法試験合格者3000名はあくまで努力目標に過ぎず、確定した目標ではないし、そもそも、実働法曹数をフランス並みの5万人にするために儲けられた努力目標だ。現時点で司法試験合格者を1000名に減らしたとしても、法曹人口は増え続けるので、根拠もなく目指していたフランス並みの法曹人口5万人はほぼ達成できるのだ。

 さらにいえば、隣接士業を含めて比較をした場合、日本の法律家人口は既にフランスを大きく上回っている(弁護士白書2009年版によれば、フランスは国民1275人に1人、日本は国民773人に1人、ドイツは国民547人に1人)。

 論争の内容は、法曹人口といいながら、実質は弁護士人口の問題に終始している。題名だけから見るとあれだけ司法改革といいながら弁護士人口は増えていないのかと、普通の人なら思うだろう。

 では本当に弁護士人口は増えていないのか。

 弁護士人口は、1980年には、11441名、司法改革がいわれはじめた1990年に13800名、その後2000年には17126名、2010年には28810名まで増加している。

 増加人数で見ると

 1980年→1990年  2359名増員

 1990年→2000年  3326名増員

 2000年→2010年 11684名増員

 ここ10年だけ見ても1.7倍にまで増加しているのだ。

 すなわち、法曹三者(弁護士・裁判官・検察官)のうち、人数だけでなく比率からいっても、司法改革路線に則って、最も増員したのは弁護士である。法曹人口が増えないというのであれば、一番増加している弁護士よりも、なかなか増加しない裁判官・検察官について論じるのがスジであるはずだ。

 しかし、マスコミはどういうわけか、弁護士増員問題ばかり採り上げる。毎日新聞も例外ではないようだ。

さらに、立会人は、弁護士の収入は高いと非難するようだが、欧米のリーガルコストはそれこそ、日本の何倍、何十倍である。国際社会で戦われている企業の方はご存じだろうが、おそらく、世界的に見て日本の弁護士費用は極めてリーズナブルな方に入るはずだ。

 例えば、以前にブログにも書いたが、2007年度売上1位の巨大ローファームであるクリフォード・チャンスは、弁護士数2654名で、売上高およそ22億1000万ドル、当時のドル円レートである1ドル=91円換算で、2002億9100万円である。つまり、クリフォード・チャンスというローファーム一つに、2000億円ものリーガルコストの支払がなされているのだ。

 これに対し、平成21年度の日本司法支援センターの資料を見ると、民事法律扶助事業経費として支出予定の予算額は、わずか139億8400万円である。弁護士数2654名のクリフォード・チャンスの売上の約15.75分の1の予算しか、日本の全国民のための法律扶助予算は、つけられていないのだ。単純に計算しても、国民1人あたりに換算して、イギリスの約40分の1しか民事法律扶助の費用が出ていないのだ。

 この貧弱な法律扶助制度を充実させずに、何が司法改革だと私はいいたい。

 このような事実も知らないで(若しくは無視して)、勝手なイメージで弁護士の収入は高いとして議論をさせようとするのが立会人なのだから、宇都宮会長もさぞかし困ったのではないだろうか。立会人である以上、誤った方向に導く質問をするのはフェアではないだろう。

 だんだんエスカレートしてしまいそうなので、このあたりにしておくが、きちんと事実を報道するべき新聞社が、フェアでないのでは、国民はいったい何の情報を信じればいいのか分からなくなる。権力や利権に負けず事実を報道する、万一誤りがあれば訂正して正しい情報を国民の皆様に伝える、というマスコミの矜持を取り戻してもらいたい。

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