「馬鹿野郎、なんで寄ってくるんやっ!冗談じゃねーぞ!!」
クラクションを鳴らしまくりながら、S弁護士は心の中で叫んでいた。
決して相手を威嚇するためではない。自分の身を守るための行動だった。
場所は、未明の中央自動車道上り線。恵那峡SAを出た後、しばらく走った緩やかな左カーブ。長野市で行われる全国証券問題研究会の第42回大会に参加するために、先週金曜日の未明、京都から長野に向かって高速道路を走っていたときの出来事だった。
ご存じの通り、法律の規定により大型トラックには90㎞のスピードリミッターが装着されている。当然だが、自家用車のスピードは大型トラックより速いため、通行量の少ない深夜の高速道路では、現実的には大型トラックを何台も追い抜くことになる。
ただし、大型トラックが何台も連なっているときは追い抜くときに注意が必要だ。こちらが追い越しをかけるのと同時に、先行するトラックを後続のトラックが追い越そうとして高速道路の車線がふさがれてしまう場合もあるからだ。
だが今回は、単独走行のトラックだ。別のトラックを追い越そうとして追い越し車線に入ってくる心配はない。
そこまで確認して、追い越しをかけたときだった。トラックがウインカーも出さずに追い越し車線にゆっくりとはみ出してきた。危ないな、と思いつつS弁護士はパッシングをし、クラクションを一度鳴らした。
しかし、トラックのはみ出しは止まらない。そのままどんどん追い越し車線にはみ出してくる。
いかん、こいつは、何も見ていない。
スピードを落とそうにも、既にトラックの車体の真ん中くらいまでこっちの車は進んでいる。
さらに、トラックは、はみ出してくる。S弁護士にもようやく(といっても僅かな時間の出来事だが)事態が理解できた。はみ出して来ているのではない。トラックは直進しているのだ。緩い左カーブを直進しているのだ。その結果、追い越し車線にはみ出してきているのだ。
間違いない、こいつは居眠り運転だ!!
頼む!気付いてくれ!!、気付かんか、このボケ!!
S弁護士は、半分神に祈りつつ、半分はトラックのドライバーを罵りながら、クラクションを鳴らし続ける。と同時に、僅かに隙間のある前方に向かってアクセルをさらに踏み込む。V6、3.7Lエンジンがフル加速を開始する。しかしギアはトップだ。加速は歯がゆいほどゆっくりに感じられる。どうした、333馬力!もっと加速してくれ!必死に何かに祈る。確かにブレーキを踏んで減速する手段も考えられた。しかし、それだと、仮にトラックとの衝突が避けられても、トラックがこのまま中央分離帯に激突し、横転でもした際のこちらのダメージが怖すぎる。迷っている暇はなかったのだ。
しかし、トラックのはみ出しは止まらない。
中央分離帯には、あまりに接近しすぎたドライバーに注意を促すために、その上を走ると車体に振動が伝わってくる白線が引かれている。既にその白線の上を走っている振動が、S弁護士の握るハンドルに伝わっている。しかし、トラックとの衝突を避けるためには、致し方ない。その危険な白線を超えて、S弁護士は自分の自動車を中央分離帯にさらに寄せる。
中央分離帯のガードレールが大きく迫り、その付近の荒れた路面のため、ハンドルが取られそうになる。
左側からは大きなトラックの車体が迫る。
あかんか・・・・
S弁護士は本気でそう思った。
そこで、トラックの接近が止まってくれた。トラックが不安定に揺れながら、走行車線に戻っていく。
おそらく、鳴らし続けたクラクションにより居眠りから目覚めたトラックのドライバーが、慌てて走行車線に戻ったのだろう。
間一髪とは、よく用いられる言葉だが、なかなか身を持って体験できることではない。
助かった・・・・・。
おそらく5秒も経たないくらいの短時間の出来事だったはずだ。
安堵の思いと同時に、ぞくっと寒気が背筋を走った。時速100キロ以上での事故がただですむはずがないではないか。
多分、S弁護士が追い抜きをかけていなかったら、そしてクラクションを鳴らし続けなかったら、このトラックの運転手は居眠り運転のまま中央分離帯に激突していただろう。言い換えれば、えらい怖い思いをしたが、全くの偶然により、ヒト1人を結果的に救ったことにもなるだろう。
S弁護士は、そのように考えてトラック運転手への怒りを、誤魔化しながら、本当の怖さは後から来るものなんだな、と考えていた。