法曹養成制度改革顧問会議第一回議事録~5

吉戒顧問

・今、改めて法曹養成制度について考えてみますと、やはりほかの顧問もおっしゃいましたように、法曹人口の問題に思いをいたさなければいけないだろうと思っております。この検討体制で行うべきことは閣僚会議の決定で決まっておりますが、これを見ますと、法曹人口につきましては、必要な調査を行って、その結果を公表することになっているわけでございます。先ほど来から説明がございますように、法曹人口については司法試験の合格者数について、平成22年度までに3,000人程度を目指すという目標があったわけでございますが、結果的に見ますと、需要と供給のミスマッチが生じております。私としては、この目標は少し多すぎたものと考えております。いろんな要素を考えながら、段階的に増加することが適当だったのではないかという思いがあります。いずれにいたしましても、法曹人口について考えるに当たりましては、やはりしっかりとした実証的なバックデータとなるような調査を是非していただきたいと思います。その観点から、推進室にはどこまでそれが可能かよく検討してもらいたいと思います。

(坂野のコメント)

さすが元東京高裁長官というべきでしょうか。先の司法審の法曹人口激増策が、きちんとした実証的データに基づかず、諸外国と比較して法曹人口が少なすぎるとか、せめてフランス並みにとか、制度の違いや他士業の存在も無視して、感覚だけで突っ走った反省を踏まえて、実証的データとなる調査をした上できちんと検討すべきだと提言されています。欲を言うなら、裁判所からもっと早く、的確に、問題点を指摘して頂いておれば、このように手遅れに近い状態になる前に歯止めをかけられたかもしれませんが。

・法科大学院教育につきまして既に様々な課題が指摘されておりますが、期待されたような成果が上がっていないのは現実でございます。司法制度改革の理念は幅広い視野を持った多様な人材の輩出だったと思いますけれども、その象徴ともいえる未修者の合格率が低過ぎます。その原因は何か。そして、その改善策はあるのだろうかと思います。文部科学省も様々な政策を実施するとされておりますが、是非効果的な政策を打てるように推進室と連携しながら工夫を重ねていただきたいと思います。

(坂野のコメント)

法科大学院が全体としての制度としてみれば、期待はずれであったことは、もはや誰の目から見ても明らかなのでしょう。未修者の合格率が低すぎるのは、簡単にいえば、あまりに法曹を目指すために必要なリスクが高すぎ、且つそのリスクに見合ったリターンが期待できなくなってきたことから優秀な人材(志願者)を集めることができておらず、また法科大学院の教育能力が一部法科大学院を除いて、欠けているからでしょう。

仮に、自動車のエンジンについて十分研究してきた学者が、これまで私は自動車について十分研究してきたから大丈夫だと言い張っても、運転免許も持たず(司法試験合格経験もなく)、公道で自動車を運転したことが一度もないならば(実務経験もないならば)、素人に運転技術の基礎(理論と実務の架橋)を教えることは無理でしょう。

ところが、法科大学院は、それをやれると言い張り、今もその考えは変わっていないようなのです。

法曹養成制度改革顧問会議第一回議事録~4

山根顧問

・法曹養成制度についてですけれども、最近も新聞報道等でも多く取り上げておりまして、とても社会の関心の高い問題だと実感しています。この顧問会議の開催に先立ちまして、法曹養成制度改革推進室の担当の方から検討の論点についても説明を受けまして、自分なりに現状の問題点について、今、感じているところがいろいろございますが、例えば一つ、法科大学院のことでは、修了者の司法試験最終合格率というのが低迷する一方で、先ほどからも説明がありましたけれども、予備試験合格者の合格率が約7割にも上ると聞いています。法科大学院の創設は多様な人材が法曹を目指すことができる、そのようになるということが期待されておりましたけれども、現状を鑑みますと、このままでは優秀な人材が法科大学院を敬遠するようになってしまうのではないかと懸念しております。

(坂野のコメント)

主婦連合会会長の山根顧問の発言です。

ご自身が、法律の素人だ、と述べておられることからも、山根顧問が一般の国民の皆様の感覚に近い見方をされている可能性が高いと推測できるかもしれません。

その山根顧問が、法科大学院の問題を最初に取り上げたのは、一般の国民の皆様から見ても、法科大学院制度は問題は大きな問題を抱えているということが看て取れる可能性が高い、ということなのでしょう。先日述べた法学部の人気凋落からも分かるとおり、優秀な人材であればあるだけ人生の先を見通して進路を選択しようとしますから、リスクが高くリターンが不明確な法曹界、法科大学院を敬遠する傾向はすでに出ていると思われます。

優秀な人材を得ようとすれば、当然その優秀な才能に見合ったリターンを用意する必要があります。企業のヘッドハンティングでも、大したリターンも準備せずに成功するはずがありません。そのリターンが、お金なのか、名誉なのか、権力なのかは分かりませんが、そのいずれも与えずに優秀な人材を集めようとしても無理な話です。

・また、法テラスについても興味がございます。創立当初は大変期待も話題も大きくてということがございましたけれども、現状としてはまだまだ知名度が低い、市民に十分活用されているとは言えないと思っています。是非法テラスが市民にとって身近な存在で、何かあったら駆け込めるというような場になるために、多くの法曹の方がこの分野でも活躍を広げていただければと思っています。

(坂野のコメント)

法テラスの利用拡大を図るなら、まず、法テラスの償還制を廃止すること、そして弁護士報酬の基準を上げることです。法テラスに相談に出かけても、相談は無料かもしれませんが、弁護士さんに依頼しようとすれば、基本的には弁護士費用の立て替えしかしてもらえず、結局、後で返さなくてはならないのですから、その利用を躊躇してしまうことはあきらかです。

また、法テラス案件の弁護士報酬は、基本的に経営者弁護士にとっては、赤字です。そうなれば、法テラスを利用してどんどん解決しようというインセンティブを弁護士に求めるのは難しいことになります。

このようなことを述べるとすぐに、「ふざけるな、弁護士は法テラスに協力しろ、金のことを考えずに人を救え、仕事しろ。まだ弁護士過疎地もあるだろう。」とマスコミはいいたがる傾向にあります。弁護士になれば国が金のなる木をプレゼントしてくれて、弁護士の生活が完全に守られているのであれば、そのようにいわれても仕方ないかもしれません。しかし、弁護士も一民間事業者です。弁護士だって職業です。その仕事で生活をし、家族を養わなければなりません。ですから、採算度外視の活動を弁護士に要求することは、基本的には誤っているのです。

医師会だって、過疎地への医師派遣は財源を確保してから、と述べています。お医者さんだって生活できないのであれば誰も過疎地に行きません。当たり前のことです。どうしてこの当たり前のことが弁護士に関しては無視され続けているのか、私には不思議でなりません。

法曹養成制度改革顧問会議第一回議事録から~3

(宮﨑顧問)

・さて、私は顧問会議あるいは推進室の最大の課題は、言うまでもなく、多くの若者が法学部、法科大学院から離れている現状をどうして改善するか、どのような施策を速やかにとることが必要かという点にあるのだろうと考えています。

あらゆる領域で志の高い優秀な法曹が活躍するということが社会の要請でもありますし、国家の政策としても司法の人的基盤の充実は極めて重要だと考えています。今、現状は、その基盤が揺らぎつつあるというのが私の最大の危機意識であります。

(坂野のコメント)

東洋経済誌に掲載されていた表によれば、2002年(10年前のデータ)と比較して、東大文一の志願者は▲46.0%、京大法では▲36.6%、早慶上智も▲41.2%~▲52.0%と法学部人気は著しく落ちています。

志願者が少ないということは、即ち、優秀な人材が集まらないということです。優秀な人材が集まらないということは、その分野は間違いなく衰退すると予測できます。国家の三権の一翼を担う司法が、衰退する危機ということなのでしょう。

また、事後的救済社会を目指すと誰かが言っていたようにも思いますが、いざ裁判というときに、優秀でない裁判官、検察官、弁護士しかいないとなれば、どうやって事後的救済社会が実現出来るというのでしょうか。ただでさえ国家予算の0.3%~0.4%しか与えられず、さらに人材も枯渇するとなれば、お金も人材もない中で、どうやって、充実した司法、事後的救済社会が実現出来るというのでしょうか。

このような事態は、当然予測できたはずでした。司法制度改革審議会が審議していた当時のアンケート調査によっても需要の拡大が見込めないことははっきり出ていたからです。だから、そのような状況下で従来の司法試験合格者の4倍に合格者を増加させれば、法曹がだぶつくことは子供でも分かったはずです。それにも関わらず、司法審で需要が見込めると宣って、改悪を進めここまで事態を悪化させたお馬鹿さん方には、きっちり責任を取ってもらう必要があるでしょう。

・なぜ若者が法曹を目指さないのか。

私は第一に、受かっても活躍できる場が少ない、就職もままならない、こういうことがあります。

第二に、それなのに修習修了までお金と時間がかかり過ぎる。

第三に、法科大学院が乱立し、卒業しても司法試験に受からない。

こういう三つの要因がある。

そして、これらの要因をできるだけ速やかに取り除くということが必要だと考えています。

(坂野のコメント)

宮﨑顧問の分析はおそらく正しいと思われます。誰だって、活躍できる場が少なくたとえ取得しても就職もままならない資格を、多大な費用と時間をかけて取得しようとは思いません。

ちょっと観点を変えてみれば、法科大学院制度を中核とする新制度(合格者の大幅増、修習生の給費制廃止を含む)に変更することによってこの3つの要因が生み出されたということになります。だとすれば、仮に旧制度にもどすならば、合格すれば活躍できるし就職もおそらく大丈夫、修習終了まで法科大学院や修習期間中の貸与制による経済的負担を負う必要がない、司法試験に合格しさえすれば良く乱立しその教育レベルもばらつきのある法科大学院に通う必要がない、ということになりますから全て解決、ということになりそうなのですが、、、。

・施策の一つは、先ほどからも出ておりますように、司法試験合格者数の削減ではないかと考えております。現在のひずみの最大の要因は、司法試験を通って研修所を修了しても就職すらできず、オンザジョブトレーニングの機会すら与えられないという点にあると思います。

平成25年7月の関係閣僚会議で3,000人の閣議決定は現実的ではないとした上で、法曹人口については、ニーズの内容や制度的な整備状況を踏まえて調査を行うというようにされています。調査を行うことは必要でありますし、慎重な調査が行われるべきだと思いますが、一方、その調査結果を待って、更にそれから検討するということでは、現在、危機的状況にある法曹離れが進行していく。その間、法科大学院や養成制度の危機的状況は深刻化するだけだと思っています。

私は、危機的状況にある法曹離れを一刻でも早く食いとめるためには、まずもって合格者数を大幅に減少させるため、顧問会議で緊急の提言や協議が行われるべきではないかと考えておるところであります。顧問の皆さんの御理解が得られれば幸いだと考えております。

(坂野のコメント)

公認会計士試験は、司法試験と同様に、自由競争させるべきだ等の理由も後押しして規制緩和の波を受けたあげく、合格者を一時3000人~4000人に増やしましたが(但し3000人以上の合格者は、わずか3年のみ)、就職難ということもありすぐに方針を転換し、2012年では合格者数を1350人程度まで減少させています。

マスコミは、司法試験の合格者減少の話しをすると、すぐ既得権だの何だのと騒ぎ立てますが、公認会計士試験の合格者減少について、正面切って批判を加えているマスコミを少なくとも私は知りません。誰だって、魅力のない資格を目指そうとはしませんから、増やしすぎて魅力を失ったのであれば、合格者を減少させて資格の魅力を取り戻すことは自然な方針です。マスコミも本当は、それを知っているから公認会計士試験の合格者を1/3まで減少(約7割弱の減少)させても特に批判をしないのではないでしょうか。

だとすると、現在2000人程度の合格者を3/4程度に減少(約2.5割の減少)させるべきだとの日弁連の主張に、躍起になってマスコミが牙を剥くのは、マスコミが馬鹿なのか、司法試験合格者減少に関して何らかの利害関係がマスコミにあるからとしか考えようがありません。

・さらに、有為な人材を集めるという意味では、先ほど述べた2番目の課題、お金と時間の問題も克服しなければならないと思っています。飛び級制度などの負担軽減とともに、司法修習生の経済的支援の問題は避けて通れないと考えています。日弁連は給費制の復活を求めていますが、私も元会長として、経済的負担を考えて法曹への道を諦めざるを得なかった多くの方々の現状などに心を痛めています。この点についてもきちっと議論をしていかなければならないと思っています。

ほかにも問題は多々ありますが、法科大学院制度については、現在、中央教育審議会で議論されていますが、乱立している法科大学院の数の絞り込み、教育内容の質、適正配置などプロセスとしての法曹養成の中核としてふさわしいものとするための改革に大いに関心があるところです。文部科学省からも、中央教育審議会における議論をその都度御報告いただき、ここでも議論をさせていただきたいと考えています。

(坂野のコメント)

元日弁連会長として心を痛めているのなら、もっとご自身が会長のときに日弁連を動かして下されば良かったのにと思うのは私だけではないはずです。ただ、非常に頭の良い宮﨑先生のことですから、(わたしから見れば手遅れの感はありますが)じっくりと機会を待っていたとの解釈も可能でしょう。

ただ、ここでも法科大学院制度維持が前提のようです。先ほども述べたように、法科大学院制度が、司法に有為の人材を招くことの桎梏になっていることは明らかだと思われますが、どうしてそこまで法科大学院制度に拘らなければならないのか私には理解できません。確かに一度日弁連として法科大学院制度に賛成したのかもしれませんが、その時点での判断が間違いであれば直ちに過ちを認めて正しい道を選び直すことが最も必要なことなのではないでしょうか。

飛び級制度にも言及されていますが、飛び級制度はプロセスによる教育に反する制度ではないのでしょうか。

・法曹として社会で幅広く活躍できるようにするためには、司法修習の充実も必要です。実務修習の修習開始時における導入修習は必須と考えているところであります。また、取りまとめで指摘されているように、司法修習生は何ができるのか、何をすべきかを明らかにして、司法修習生の地位を明確にしていく、この点についても議論をさせていただければと思っております。

(坂野のコメント)

この点については異存はありません。しかし、今になってこのようなことを言い出さなければならないということは、理論と実務を架橋するという理想を掲げてスタートした法科大学院制度は少なくとも、理想通りには行かなかったということの証ではないかと思うのですが。

法曹養成制度改革顧問会議第一回議事録から~2

有田顧問

・若い法曹の人たちを見てみますと、非常に素直でいいのですけれども、また、迅速に資料集めだとか判例集めは十分できるのですけれども、では、あなたはどういうことでこの案件を処理したいと思うのかと聞きますと、なかなか自分の頭で考えて決断するということが欠けているような面が多々あるように感じております。

(坂野のコメント)

弁護士を社会生活上の医師として位置づけ、質・量ともに豊かな法曹を生み出そうとしてさんざん制度をいじった結果、有田顧問によれば、自分の頭で考えて決断することが欠ける面が多々見られる法曹が増えてきた、という実感を述べられています。

有田顧問は検察官として、つい最近まで36年間現場で働いてこられた上での実感だそうです。司法研修所教官などの法曹養成制度に関与されたことはないそうで、それだけに、現場のストレートな感想を述べておられることと思われます。

資料や判例は集めることはできる、でも自分で考えて決断できない、もし有田顧問の実感通りであるならば、今の法曹養成制度は相当大きな過ちを犯している可能性があるのではないでしょうか。

・私自身は、現場で仕事をしてきたこともございまして、机の上の議論ではない、生身の人間を相手にするのが法律家の仕事である。実は、人間、悩みを持ったりいろんな問題がある人を丸ごと包み込んで話を聞き出し、その解決策を考えていくというのが法曹の在り方だろうと思っております。そういう意味で、そういった法曹を排出するためのシステムはどうあるべきなのかということでも議論に加わっていきたいと思っております。

(坂野のコメント)

有田顧問の実感からすると、机上の議論を重視し、生身の人間を相手にするものだという自覚が欠けている法曹が排出されているということになりそうです。そもそも司法制度改革審議会意見書には次のようにあったはずです。

(司法審意見書より引用)

高度の専門的な法的知識を有することはもとより、幅広い教養と豊かな人間性を基礎に十分な職業倫理を身に付け、社会の様々な分野において厚い層をなして活躍する法曹を獲得する。

(中略)

法曹養成制度については、21世紀の司法を担うにふさわしい質の法曹を確保するため、司法試験という「点」による選抜ではなく、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を整備することとし、その中核として、法曹養成に特化した大学院(以下、「法科大学院」と言う。)を設ける。

(引用ここまで)

お金と時間をたんまりと受験生・志願者にかけさせて、プロセスによる教育を行ってきたのですから、もしそのプロセスによる教育とやらが素晴らしく且つ効果を上げているのであれば、当然、近頃の若い法曹にも高度な専門的法的知識、幅広い強要、豊かな人間性と十分な職業倫理が身についているはずでしょうから、このような有田顧問のお話は、でてこないように思うのです。

一体プロセスによる教育とはなんであり、どのような効果が上がっているのか、きちんと検証する必要は当然あるように思われます。

・今、話をいろいろお聞きしてみますと、阿部顧問のおっしゃった点に賛同する部分は多々でございます。ただ、一つ付け加えるとするならば、この問題の大きなもの、あるいは要になるであろうと思うのは、やはり法曹人口のあるべき姿ではないかという点を付け加えたいところでございます。

(坂野のコメント)

需要を顧みない法曹人口激増政策に問題があるとのご指摘だと思われます。マスコミや一部の学者さんが、自由競争させればいい、と何とかの一つ覚えのように繰り返していますが、前から申しあげているとおり、法曹の分野に関しては自由競争が成立しにくい状況があるのです。その理由は、簡単にいえば、ユーザーが弁護士の能力について判断することが困難であるということです。弁護士が提出した準備書面の善し悪しを一見して理解できる方はそうおられません。司法試験に合格した司法修習生でも怪しいところです。ですからユーザーが提供されるサービスの善し悪しを判断できて、良いサービスを選択可能である、という自由競争の前提が崩れているのです。さらにいえば、全く同じ状況で同じ事件を別の弁護士に依頼することもできませんから、比較検討も困難なのです。

そうなれば、一般国民の方の判断基準は、良い仕事をするかどうかではなく、大手であるとか、人当たりが良かったとか、値段が安そうだとか、法的サービスの質と違う点になる可能性が高いはずです。

自由競争論者は、法的サービスに関して、自由な競争が成り立つ条件がそろっているか再度確認してから述べるべきでしょう。

(続く)

法曹養成制度改革顧問会議第一回議事録について~1

法曹養成制度改革顧問会議の第一回議事録が公開されています。

http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/hoso_kaikaku/dai1/gijiroku.pdf

ちなみに、顧問の面々は次の通りです。

座長納谷廣美大学基準協会会長・前明治大学学長

阿部泰久一般社団法人日本経済団体連合会経済基盤本部長

有田知德弁護士・元福岡高等検察庁検事長

宮﨑誠弁護士・元日本弁護士連合会会長

山根香織主婦連合会会長

吉戒修一弁護士・前東京高等裁判所長官

議事録の詳しい内容は、PDFファイルのリンクを見て頂くとして、そこそこ面白い発言も出ているので、抜粋してみたいと思います。

※一部の抜粋なので、文脈を含めた正しい内容は公開されている議事録を、必ずご確認下さい。

阿部委員

・よく誤解されるのですけれども、法曹人口3,000人ということに対して、少なくとも経団連から何か物を申していることはございません。経済界からは、例えば経済同友会さんあるいは経営法友会さんから法曹人口を増やせという提言があったかと思いますが、経団連から法曹人口を増やせということは一度も言っておりません。裁判官の数を増やせということは言っておりますけれども、法曹人口の具体的な数字はコミットしたことはございません。ただ、平成14年に司法制度改革推進計画が閣議決定されましたときには法曹人口の拡大の記載を含めた一体のものとして経団連は支持しておりますので、そういう意味ではコミットはしているかなと思います。

(坂野のコメント)

ちょっと私も誤解していました。マスコミがこぞって経済界も法曹人口増大を望んでいると報道していた記憶があるのですが、何と経団連は裁判官の増員を望んでいたが、法曹人口全体の増員までは言っていなかったということでしょうか。司法制度改革推進計画に賛成しているので、結果的には法曹人口全体の増加にも賛成したことにはなるのでしょうが。

ちなみに、経団連と経済同友会の違いですが、

経団連は、「使命は、総合経済団体として、企業と企業を支える個人や地域の活力を引き出し、我が国経済の自律的な発展と国民生活の向上に寄与することにあります。このために、経済界が直面する内外の広範な重要課題について、経済界の意見を取りまとめ、着実かつ迅速な実現を働きかけています。」(経団連HPより。)、と述べているようです。

経済同友会は、「企業経営者が個人として参加し、自由社会における経済社会の牽引役であるという自覚と連帯の下に、一企業や特定業種の利害を超えた幅広い先見的な視野から、変転きわまりない国内外の経済社会の諸問題について考え、議論していくところが、経済同友会最大の特色です」(経済同友会HPより。)、と言っています。

以上からすると、経団連は経済界の意見として裁判官増員は述べたけど、法曹人口増大までは望んでいなかった?、経済同友会は企業経営者個人の集まりとしては法曹人口増大を望んでいた、ということになるのでしょうか。

・そういう意味では、司法試験合格者の数の問題はもちろんでありますが、やはり法科大学院の在り方をここで思い切って考え直さねばならないと思っております。実は私、当初、法科大学院ができましたときの議論にも参加しておりましたが、こんなに法科大学院を設立して大丈夫かという話は当初からありました。ただ、文部科学省としては、基準を満たしたものは認可しなければいけないので、あとは自然淘汰を待つという考え方だったと思いますが、自然淘汰では済まなくなっているかなと思っております。

(坂野のコメント)

さすがに経団連の代表として出席されているだけあって、問題点は法科大学院の在り方であるとずばり指摘されています。私が疑問に思うのは、当初から設立数を含めて問題があるのではないかと指摘されていた法科大学院制度を何故拙速に強行したのかという点です。殆ど海外の状況も調査せず、見切り発車的に法科大学院制度導入に動いた点は、大いに反省の余地はあるでしょう。

でも、どなたがこの混乱を招いた責任を取るのでしょうか?

・(司法修習に関して)一つは、今、司法修習については最高裁に非常に御尽力いただいているわけでありますが、そもそも法曹の入り口の司法修習でございますので、最高裁だけに責任を負わせるのはいかがなものかと。法曹界全体、即ち検察、弁護士会も含めまして取り組むべき課題ではないでしょうか。二つ目は、今の司法修習のままでは、修習後いきなり実務につくことは無理があるのではないかと思っております。当初、法科大学院の中で、実務的な議論、講義も行う前提で司法修習ではなるべく短期間で必要最小限なものという仕組みだったと思いますが、これだけ合格者数のばらつきがある中で、修習生をいきなり実務の現場に行かせても、教育が十分できるのか疑問もあります。

(坂野のコメント)

阿部委員は、法律関係の著書も多く、金融審議会専門委員も務められています。相当程度法曹界にお詳しい方と考えてもいいのではないかと思われます。その阿部委員が、今の司法修習のままでは、司法修習後、いきなり実務に就くのは無理があると指摘している点は重要だと思います。これも、法科大学院が実務的な内容もきちんと教育するといっていた部分が反故にされている結果、生じている事態とも考えられ、安易に自らの教育能力を買いかぶっていた法科大学院推進派大学教授の方々の甘い考えが招いた事態ともいいうるかもしれません。佐藤幸治氏は大学でも予備校のような授業をやろうと思えばやれるのだ、と豪語していたように記憶していますが、結果は(制度全体として見れば)それすらもできなかった、惨敗だった、といったところでしょう。

(続きます)

面白いぞ経済同友会の意見~その3

経済同友会の意見書は、企業側の採用を拡大させるための方策についても提言している。

経済同友会は、法曹有資格者の組織内弁護士への出願意向が低いとし、その解決策として、①組織内弁護士の働き方やニーズの理解が十分ではないから法科大学院で認知させるべき、②ビジネススクールと連携して共通科目を導入してビジネス感覚を養うべき、と提言する。

組織内弁護士の活躍は最近かなり報道されているし、昨今の、弁護士の法律事務所への就職難からすれば、組織内弁護士の求人があれば相当数の応募が殺到していると思われるので、①の提言は、現段階では、かなり的外れになっている可能性は高いと思う。

それでも敢えて①の提言をしているということになれば、経済同友会が求める優秀な法曹有資格者が組織内弁護士の応募者に少ないということなのだろうか?

いやいや、経済同友会は、「司法試験はあくまで入り口・通過点に過ぎず、法曹としての能力は合格後の実務経験で磨けばいい」と言っているのだし、(入学要件と卒業要件を厳格にすることを前提とする主張ではあるが、)法科大学院のプロセスによる教育を高く評価して、「司法試験は明らかに能力や資質の劣る者だけを不合格にして、原則として合格させればいい」とも言っている(同意見書p3)。つまり、経済同友会の意見は、法曹有資格者の実力(能力)は合格後に実際の社会で身に付ければいいし、法科大学院でプロセスによる教育を受けて卒業している以上、よっぽどの不適格者以外は、そのまま司法試験に合格させても良いだけの実力は持っていると判断して良いという主張のようだ。

そして、法科大学院側に言わせれば、適正な入学試験倍率を維持しているし厳格な卒業認定をしているということだから、(法科大学院の言い分を鵜呑みにすれば、)すでに、経済同友会が求める厳格な入学要件と卒業要件はクリアーされていることになる。

そうだとすると、法科大学院を卒業して、司法試験にも合格した人達について、少なくとも経済同友会に所属する会社は、入社試験段階にいたって、突然、この入社希望者はリーガルマインドに欠けるとか、優秀でないとか、言わないだろうし、ましてや不合格になんかするはずがないだろう。

経済同友会の意見を敷衍していけば、経済同友会に所属している会社が法曹有資格者の求人を出し、仮にその求人に応じた法曹有資格者が1人だけの場合、その会社はほぼ確実にその1人の応募者を雇用してくれることにならなければおかしいことになりそうだ。

しかし、そんなことがあり得ないことは、誰にでも分かる。

②の意見に関しては、そもそも司法改革の理念にそぐわないおそれがある。

司法制度改革審議会意見書には、法曹の役割、法曹に求められる資質について次のように記載されている。

『国民が自律的存在として、多様な社会生活関係を積極的に形成・維持し発展させていくためには、司法の運営に直接携わるプロフェッションとしての法曹がいわば「国民の社会生活上の医師」として、各人の置かれた具体的な生活状況ないしニーズに即した法的サービスを提供することが必要である。』

『(法曹に求められる)質的側面については、21世紀の司法を担う法曹に必要な資質として、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等の基本的資質に加えて、社会や人間関係に対する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力等が一層求められる』

このように、司法制度改革では、あくまで国民各人のための「社会生活上の医師」としての法曹が想定されている。人権感覚や語学力等は必要と想定されているが、「法曹にビジネス感覚が必要だ」とは明記されていなかったように思う。

少し話はそれるが、誰でも分かるように、人権感覚とビジネス感覚はときにぶつかり合うものだ。言っちゃあ悪いが、(やっていることは今までの弁護士とほとんど変わらないにもかかわらず、○○専門と大々的に営業を行って)今までの通常の弁護士費用と比較すると法外と言えるほど高額な弁護士費用をふんだくろうとする法律事務所も実は存在する(私の経験でも、実際に高額の費用を求められてそんな費用を準備できないということで相談に来られた方がいた)。そして、そのような法律事務所の売り上げがどんどん上がっているのであれば、そのやり方はビジネス感覚としては正しいと言えなくもないのだ。実際にそのような噂を聞く事務所の所長弁護士が経済誌に取り上げられたり、弁護士マーケティング本で成功者として取り上げられている可能性すらある。

経済同友会の意見は、さらに、③法科大学院を卒業したとはいえ実力未知数の従業員に高額の給与を支払うことはためらわれるので、教育期間を短くして司法修習も廃止すべき、④弁護士会費は企業内弁護士に関して減免を求める、⑤組織内弁護士にとっては公益活動義務を全うすることは困難なので柔軟な対応を求める(結局は公益活動免除の意図と思われる)等の主張を含む。

③については法科大学院のプロセスによる教育を評価していたはずなのに、給与を払う場面になれば急にその教育効果への評価は怪しくなる有様だし、④・⑤については、弁護士自治や弁護士法1条1項に規定されている弁護士の使命「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」の内容に抵触しかねない、徹頭徹尾自分勝手な御意見である。

経済界が戦後の日本を引っ張ってきた面があることは私も否定しない。しかし、今の経済同友会は、長期的な国民生活への展望を欠いた、あまりにも近視眼的且つ場当たり的な意見に終始しているのではないか、との危惧を拭いきれない。

2013年3月25日に、経済同友会から発表されている「集団的消費者被害回復に係る訴訟制度に関する意見」と並べて読むとその危惧がより強く感じられる。

経済界のリーダー達の、懸命なご判断を期待するものである。

面白いぞ!経済同友会の意見~2

経済同友会の「法曹養成制度の在り方に関する意見書」は、今後の法曹人口の在り方について、次のように述べる。

「法曹人口の拡大を通じた市場原理が働く環境の整備によって、高い質を備えた法曹を確保することが可能となり、もって身近で頼りがいのある利用しやすい司法制度が実現する。」

私は上記の理屈に以前から何度も反論はしているが、依然として上記の理屈はマスコミでも散々言われてきているし、そう言われると何となくそうかなという気がする方も多いかもしれない。司法制度改革審議会では、法曹を社会生活上の医師として位置づける話があったと思うから、その法曹に関する位置づけが正しいとすれば、上記経済同友会の主張は、医師に対しても同様にあてはまることになるように思う。

すなわち、「医師人口の拡大を通じた市場原理が働く環境の整備によって高い質を備えた医師を確保することが可能となり、もって身近で頼りがいのある利用しやすい医療制度が実現する。」つまり、医師免許をじゃんじゃん与えて、競争させれば、藪医者は淘汰されるだろうから質の高い医師が残るはずだ、という御主張が、医師・医療制度について経済同友会の意見として素直なものということになりそうである。

経済同友会の意見が仮に上記のようなものであるとした場合、果たして、経済同友会の意見通りにすることが、国民の幸せにつながるのだろうか(イメージの湧きやすい医師の例を用いて考えてみる)。

なるほど、経済同友会のエライさん方は情報もお金も持っているからどんなに医師免許保持者が増えても、良いお医者さんを選べるだろう。

だが、一般の方はどうだろう。医師の技量の善し悪しは、普通の人にはあまり分からない。仮に医師の技量が淘汰されるほど悪いものであるならば、その医師が藪医者であるとの評判が立って淘汰される(患者が来なくなって医師を辞める)までの間に、どれだけの人が犠牲にならなければならないのだろうか。そのように競争の結果が出るまでの過程で犠牲になる人について、経済同友会は全く配慮を示していない。

また、その医師が仮に藪医者であったとしても営業が非常に上手であった(集客力が高い)場合には、多くの患者を犠牲にしても集客力の高さから医師の仕事で十分食っていけるから当然医師を辞めることはなく淘汰されることもない。

市場原理に基づく競争の結果、淘汰されるか否かは、如何に収益を上げることができるかにかかっている問題だからだ。

弁護士の場合は、医師よりもさらに善し悪しの見極めは困難だ。まず、病気になって医師にかかることは、一生のうち何度もあるだろう。しかし法的問題を抱えて弁護士に相談するような場合は、一生のうちで、そう何度もあるものではない。

また、弁護士の作成した書面について質の高いものか、そうでないものかについて、大学法学部学生レベルの素人では、まず分からない。なにやら難しいことが書いてあって、最高裁判例が引用されているから何となく立派なことを言ってくれているような気がするくらいのものだろう。

さらに言えば、ある状況の下でX弁護士に処理してもらった事件を全く同じ状況でY弁護士にやり直してもらうことはできない。つまり同じ事件の処理を別の弁護士に依頼して比較検討することもできないということだ。

市場原理による競争が成り立つためには、最低でもそのサービス・商品の提供を受ける側の者が、サービス・商品の良し悪しをきちんと判断できる必要がある。その判断が難しく、検証もできないのであれば、そもそも競争の前提を欠くため、(質の良いものだけが選ばれるという)公正な競争は成り立たない。

例えば、極端な例で恐縮だが、A国ではダイヤモンドの表示は人造、天然を問わず「ダイヤモンド」と表記するよう定められていたと仮定する。そこへ、天然ダイヤと人造ダイヤの区別がつかない人が、「天然ダイヤモンド」を買おうとしてやってきて、一番繁盛していそうな店(営業力があり、市場競争で優位に立っている店)でダイヤモンドを買ったとしても、天然ダイヤモンドを買えるとは限らない。その店の繁盛は、きちんと天然ダイヤだけを扱っているからではなく、あくまで宣伝が上手いから繁盛しているだけかもしれないし、なにより買おうとする人に天然か人造かを判断できる能力が欠けているからだ。

しかし、きちんとA国が検査を実施し、天然ダイヤモンドであると判断されたダイヤのみ「天然ダイヤモンド」という表記が許されているのであれば話は別だ。もちろん天然ダイヤモンドの中にも優劣はあるが、少なくとも人造ダイヤモンドをつかまされる可能性だけは極めて低くなる。

上記の例からも分かるが、医療・法律事務のように極めて専門的で一般の方々がサービスの善し悪しをきちんと判断できない分野は、市場原理に基づく競争を行っても望ましい淘汰が可能な分野ではないのだ。

その一般の方々の健康や権利を守ることを最大の目的とするのであれば、資格を濫発してその後の競争による淘汰を行うことは現実的ではなく、きちんとした医療、法律事務が行える専門家をきちんと認定し、治療や法律事務の最低限度は必ずできるだけの知識能力を有する者にしか、専門資格を与えるべきではないのである。医師や弁護士が扱う分野は、その人の人生に大きく関わる健康や社会生活上の問題である。せっかく国家が認定した資格を信頼して依頼したのに、「その医師・弁護士はハズレでした、残念ですなぁ、まあそのうちその医師・弁護士は淘汰されるはずですわ。」で済まされるわけにはいかない分野なのである。したがって、医師や弁護士の資格を厳格に認定することは、参入障壁などではもちろんなく、一般の国民の皆様に不利益を与えないために当然必要なことなのである。

以上から、経済同友会の、法曹人口の拡大による競争により高い質の法曹が確保することが可能になる、という意見は、市場原理が適用可能な場面かそうでない場面かを全く考えていない、極めてお気楽な御意見という他はない。

(続く)

面白いぞ!経済同友会の意見。

2013年6月25日に、経済同友会が法曹制度の在り方に関する意見書を出している。

http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2013/130625a.html

この意見書は、最初に、日米の法曹養成制度の違いを指摘して、その差を整理しないまま法科大学院制度を導入したため、問題が生じていると指摘しているようだ。この点については、確かに経済同友会のいうとおりの面もあり、大学側が闇雲に法科大学院制度導入に突進した問題点をついているように思う。

次に法曹ではなく法曹有資格者の問題としてリーガルバックグラウンドを持った人材を多数育成して、そこから優れたビジネスパーソンを輩出することが重要であり、狭義の法曹(裁判官、検察官、弁護士)は、法曹有資格者の一部がなっていく姿を目指すべきとする。そしてアメリカの例を引き、アメリカでは民間機関・産業界に18.1%の弁護士が就職していると指摘した上で、「アメリカ同様に裁判実務家や狭義の法曹以外の新たな分野へと法曹有資格者が進出し、社会の隅々に法の支配の精神を行き渡らせるとともに、日本の企業と経済の競争力を強化していくことが望まれる。」と述べている。

おっとこれは、経済同友会は米国型の訴訟社会でも良いといっているのか。

「社会の隅々まで法の精神を行き渡らせる」ということは、司法制度改革審議会意見書にも「法の支配の理念に基づき、すべての当事者を対等の地位に置き、公平な第三者が適正かつ透明な手続により公正な法的ルール・原理に基づいて判断を示す司法部門が、政治部門と並んで、「公共性の空間」を支える柱とならなければならない。」と書かれていたことからも、当然司法による解決を目指そうということなんだろうし、「アメリカ同様に」と述べているのだから、米国並みのリーガルフィーを日本国内で負担する覚悟があると見て良いのかな。これなら日本の司法も生き返るかも、、、、と考えて、他の経済同友会の提言を少し見てみると、

「集団的消費者被害回復に係る訴訟制度に関する意見」というものが2013年3月25日に出されていた。

http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2012/130325a.html

何のことはない、アメリカのクラスアクションに比べて濫訴のおそれが低いとされる、日本の集団訴訟制度(法案)に、経済同友会は正面切って反対しているのである。おいおい、経済同友会は、「法の支配を社会の隅々まで」ということを望んでいたんではないのですか?と突っ込みを入れつつこの意見書を読んでいると、さらに面白い記述が出てきた。

上記意見書の6頁にはこうある。

「日本は、自助・共助、それに基づく私的自治によって紛争を解決してきたからこそ、先進国中においても画期的に訴訟の少ない社会になっていると考えられる。安倍首相は、自助と共助が日本の伝統であり、今後も重視すべき価値観である旨指摘しており、この面からも安倍政権の目指す方向性と本制度(集団的消費者被害回復に係る訴訟制度)の導入が整合的かどうか検討すべきである。」

あの~、自助・共助に基づく私的自治の解決(司法に頼らない、訴訟以外の解決)が望ましいのなら、法曹を増やして司法による解決を目指す(「法の支配の精神を社会の隅々まで及ぼす」)こととは、完全に矛盾するように思えるんですけど・・・・・。

経済同友会の「法曹制度の在り方に関する意見書」にはもう少し面白い記事もあるが、それについては次回の予定。

王様は裸だと喝破する本

法曹養成制度検討会議が、パブコメを経て6月6日にとりまとめ案をネットで公表している。

先日、法曹人口問題全国会議のシンポジウムで、法曹養成制度検討会議の委員でもある、和田吉弘弁護士のご報告を聞く機会に恵まれた。

公表されている議事録からもお分かりの通り、法曹養成制度検討会議は多くの委員が法科大学院関係者・擁護者であり、現実に起きている問題点から目を背け、法科大学院維持の結論ありきで議論を進める中、和田委員は、法曹養成制度検討会議の中で現実を踏まえた的確な御意見を主張されていた唯一の存在と言っても過言ではない。

このように書くと、どうせ、弁護士だから弁護士の既得権擁護の発言だろうと仰る御仁もおられるだろう。

しかし、和田委員の経歴をご覧頂きたい。

和田委員は、東大法学部卒業後、東大大学院修士課程在籍中に司法試験に合格され、同大学院博士課程を単位取得退学されたのちに、司法修習生を経て、明治学院大学法学部で教鞭をとり、その後東京地方裁判所で裁判官を経験されたのちに青山学院大学大学院法務研究科(法科大学院)教授を務められた方だ。

実務も法学研究も法科大学院の内部も熟知されている方なのだ。

その和田委員が、意見書を第12回の法曹養成制度検討会議に提出されているが、この意見書の全てをHPに掲載することはできなかったそうだ。

上記意見書の主要部分をまとめた書籍が、今度発売される。

緊急提言「法曹養成制度の問題点と解決策」(花伝社1000円:税別)

である。

シンポジウム会場で先行販売(?)されていたので早速買い求め、帰りの新幹線の中で読んだが、現実を踏まえた的確な問題点の指摘と、その解決策、そして法科大学院の驚くべき内実にも触れられていて、コンパクトながら極めて読み応えのある本だった。

そして改めて思った。当たり前のことを当たり前として認めることが、どうして法曹養成制度検討会議では困難なのか。そして法曹養成制度検討会議のメンバーとして、もっとも現場を知る法曹三者のメンバーがほぼ排除されており、法科大学院関係者・導入賛成者が多数を占めているのは、何故なのか。

そりゃぁ、自分の作った制度が失敗だったなんて誰も認めたがらないぞ。特にプライドのお高い学者の先生だったらなおさらだ。そんな委員ばかり集めて、「有識者の意見です!」と言い張っても、利害関係人による一方的な意見に偏ることくらい誰だって分かるだろうに。

しかも、学者の委員は、実務の現実を知らないことがほとんどだ。現実を知らない人に制度を作らせても、良い制度ができる可能性はまずない。

数々の問題点が発覚しながら、未だに理念は正しいと言い張って、司法の将来を良きものにするという目標ではなく、法科大学院維持だけを目標に全力で取り組んでいる法科大学院擁護派の委員たちは、この和田委員の意見に対して、理念正しい・・・程度の抽象的反論はできるかもしれないが、おそらく具体的且つ説得力のある反論はできないだろう。

例えて言えば、愚か者には見えない服を着ていると信じて行進する裸の王様に対して、堂々と「王様は裸だ!」と喝破した本といっても良いのではないか。

この和田委員の意見を読んでも、態度を変えず、「この服は愚か者には見えないのだ」と言い張って、裸のまま行進を続けている法曹養成制度検討会議のメンバーの意識の偏り具合が、よく分かるはずだ。

法曹養成に興味ある方々には、是非ご一読をお勧めする次第である。

100点満点で13点でも適正あり?!

かつて法科大学院導入当時、法科大学院側は、きちんと適性試験と入試を行って、質の高い入学者を確保し、質の高い効果的な教育を実施し、厳格な成績評価・修了認定による終了者の質の確保を行う、と約束したように記憶している。

ところが、文科省の法科大学院特別委員会第51回議事録を読んでみて驚いた。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/012/gijiroku/1331297.htm

法科大学院によっては、適性試験の成績が下位15%に含まれる受験者も合格させ、入学させているという。
確かに、適性試験と司法試験成績の相関関係に疑問を投げかける見解もあるようだが、適性試験自体が問うているのは、基礎的な判断力、思考力、分析力、表現力のはずだ。

適性試験の成績が下位15%というレベルは、上記議事録によると15問中2問正解すればほぼ達するレベルのようだ。つまり、分かりやすく100点満点で換算すれば(2÷15×100=13.33333・・なので、)13点の成績しか取れなくても、適正に問題なしと判断しているということだ(日弁連法務研究財団が公表した資料にある実際の得点分布とは異なるが、永田委員が何度もそう説明しているらしいので、ここでは永田委員の発言を正しいと考える)。

それでも合格させるというのは、よほど試験で図れない分野における人の才能(しかも法的素養)を見抜く力がその法科大学院にあるか、あるいは、ある程度の学生を入学させないと大学側の経営戦略上・文科省の補助金政策との関係上で支障が生じるかのいずれかだろう。

常識的にいって、前者はまずあり得ない。そのような才能を見抜く能力が法科大学院側にあるとすれば、当然素晴らしい素養を備えた学生をたくさん採用できるはずだし、法科大学院が言うところの素晴らしい教育を施せば、その結果、当該法科大学院は驚異的な司法試験合格率をたたき出せるはずで、予備試験合格者ごときに合格率で圧倒されるはずがないからである。

合格率トップ5くらいの法科大学院では、ある程度理念に沿った教育とその結果が出せているのかもしれないが、全体としての法科大学院制度は既に死んでいるといわれてもしょうがない。

直近合格者(H24年度)がいない法科大学院が74校中19校もあるようでは、法科大学院卒業を司法試験受験の資格とする意味などもう無いではないか。