某国での問題

以下の文章を読んで、某国のとるべき手段を述べなさい。

 某国の話である。

 これまで某国では、国家にとって極めて重大な製品Hについて、検査合格率2~3%という厳しい検査を行い検査に通過した高品質の製品Sを民間から買い上げ、さらに国家がその製品に費用をかけて製品Hとして完成させ必要に応じて国内司法部門で使用していた。

 ところが、これまで、その製品Sを作ることに失敗してきたD社が、子会社LS社を設立して猛然と売り込みにやってきた。

 LS社のうたい文句はこうだ。

「LS社は厳しく品質管理をしますから、お金はかかるかもしれませんが、今まで以上に絶対良い品質の製品Sを納入します。うちの工場でも品質保証できないところはきちんと淘汰します。製品Sから製品Hまでの過程についても半分ほど進めておきます。ですから製品Sの製作はうちに任せて下さい。」

 このようにLS社は言うし、D社の社員である学者達は自分の利権から、また、なんにも知らないマスコミも面白がってそれを後押ししたので、某国司法部門にとって極めて大事な製品Hの元になる製品Sについて、某国では税金を投じてLS社に製作を任せてみることになった。某国としては、本当にLS社の言うとおり高品質な製品Sが作れるのなら、某国司法部門の需要に応じる形であれば、製品Sのうち7割程度は検査に合格させても良いかなと考えていた。

 ところが、受注が決まったとたんLS社は製作工場をバカみたいに多数設立し、某国司法部門が必要とする製品H以上の製品Sを製作する体制を整え、大量生産に乗り出した。その結果、某国の投入する税金も高額に上ることになった。

 さて、製品Sが出来上がったというので、某国がいつも通りの基準でLS社の製作した製品Sを検査してみたところ、高品質の製品Sを作ると言っていたはずなのに、実際には検査レベルを限界まで落としても2~3割程度しか合格品はなく、今まで以上に質の悪い製品Sも多く含まれていた。また工場にも優劣が明らかにあるにもかかわらず不良品ばかり作る工場についても一向に淘汰する気配がないし、製品Sから製品Hまでの過程も半分ほど進めておくと言いながら、全く実現していない。

 某国が、LS社に対して、おかしいじゃないかと文句を言って改善を求めたところ、現在対応を協議中ですとか、各工場で製作する製品Sの数を若干減らして対応するから大丈夫というばかりで、らちがあかない。

 LS社の各地の工場にも問い合わせしてみたところ、製作担当者の話しだが、「実際に国に対して出荷できる出来る水準をクリアーしているといってもよい製品Sは、ひいき目に見て、うちで作る製品Sのうち良くできた方から3分の1くらいまでです。しかし、お金をかけて作っているので、出荷時検査で不良品と分かっていてもLS社の経営戦略上、水準以下の製品Sをはねることが出来ないのです。」との答えが返ってきた。確かに某国は、LS社に全ての製品Sの製作を依頼しているため、検査に合格しない製品Sに対する製作代金まで一部負担している。

 何度も改善を求められ、挙げ句の果てには、不良品を多く製作しているくせに逆ギレしたLS社は、自ら約束を反故にしたことは棚に上げ、

「検査でうちの製品Sを多くを合格させないと国際競争で負けるぞ、それでいいのか。当初の予定通り検査では7割ほど合格させるのがスジじゃないのか。検査での合格率を上げないとLS社としても良い材料が手に入らなくなるぞ、それでもいいのか。それよりも、今までの検査が厳しすぎるのが問題だ。うちの商品に合わせた検査に変えるべきだ。製品Sから製品Hまでの過程を半分ほど進めておくといった覚えはない。」と開き直ってきた。

 某国はどう対応するべきであろうか。
 

日弁連新聞のコラムに思う。

日弁連新聞8月号のコラム「ひまわり」に、法科大学院志願者、さらには法学部志願者の減少が書かれていた。

 コラム氏は、経済的・時間的にも法律家になるために負担があることが一因としながら、法律家・弁護士に夢を持つ人が減っているということではないかと指摘している。

 実際に、法曹三者(裁判官・検察官・弁護士)を志願する人は、大きく減少している。法科大学院を受験するために必要な適性試験の受験者数は、試験が2回行われ、重複受験するものが多いので、数字上は13000人ほどの志願者となるが、日弁連法務研究財団の発表によると、実際の人数で7211名しかいない。

 ちなみに、昨年度の弁護士一括登録時に登録できなかった(就職先が見つからないし、いきなり独立も出来なかったと考えられる)司法修習生は200名以上。

 就職難はさらに激化しており、アンケートから推測すると、今年の一括登録時には500名程度の未登録者数がでるのではないかと危惧する方もいる。

 この現状なら志願者が、激減して当然だ。むしろ激減しない方がおかしい。

 今の制度では、多額の学費と長期間の拘束を余儀なくされながら、きちんと教育の成果を上げられない法科大学院を嫌でも卒業しなくてはならないし、仮に卒業できても新司法試験に3回以内に合格する必要がある。新司法試験に合格できても、給費制が廃止されれば、自費で1年間の修習生活を送る必要がある。必死に頑張って司法修習を自費(若しくは借金)で終えたとしても、2回試験で約7%は落とされるし、2回試験に合格しても2000人中裁判官・検察官になる200人を除いた1800人中、500人以上の就職先がないかもしれないのだ。

 誰が好き好んで、高い学費・費用と長い時間を費やして、こんな危険な道を歩こうというのだ。

ちょっと現実を見ることができなくなっている、法科大学院制度擁護の大学教授は、新司法試験の合格率が高くなれば志願者は増えると言い張るが、違うだろう。旧司法試験の合格率は、新司法試験の10分の1以下だったが志願者は毎年増加傾向にあった。

 そもそも法科大学院教育を受けてきた、新司法試験の受験者の(全体としての)実力低下は、このブログでも何度か紹介したが、目を覆わんばかりの惨状であって、これ以上無理して合格者を増やせば国民の皆様に迷惑がかかるだろう。

 自分たちが、きちんと教育できないことを棚に上げて、新司法試験のせいにするなんて、教育者が聞いてあきれる。法科大学院擁護の大学教授がいうように、法科大学院できちんと教育しているのであれば、また、社会のニーズがあるのなら、新司法試験に合格しなくても法科大学院卒業生は、社会で引っ張りだこのはずだ。

 新司法試験の合格率を批判する前に、どれだけの求人が、法科大学院卒業者で新司法試験に合格できなかった方に殺到しているのか、法科大学院側は、明らかにする必要があるのではないか。それもできずに、立派な教育をしていると言い張っても、なんの説得力もない。

 ※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

法曹養成フォーラム第3回議事録から~その2

(前回の続きです)

 今回は、ロースクール擁護派の伊藤委員(山梨学院大学法科大学院客員教授)の発言を見てみます。

「(自分は検事を辞め、弁護士登録し、法科大学院客員教授になっていることを述べたあと)私はずっと前からこの問題を考えるときに,所詮この給費制・貸与制というのは司法試験に合格した人の話ではないかと。だから,余り感動を覚えないんです。特に地方の法科大学院などへ行っていますと,受かるか受からないか分からない。当初の合格者の数も当てにならない。しかも合格率も予想していた数字とは全然違うということで,とにかく受かりたいから来たと。だから,受かった先にお金をもらえるか,もらえないかということについては,学生はほとんど関心がない。それよりは,とにかく約束どおり数字をきちんと保障してくれて受かるような体制をつくってくれというのが彼らの一番の声ではないかと私の周りの人たちは言っております。つまり,受かって給費してもらえるか貸与してもらえるかという人よりはるかに多くの人たちが法科大学院に入りながら,恐らく三振でアウトになって外れていってしまう。その人たちのかかったものをどうやって補償してやるのかということのほうが私にとっては心配だなと。ですから,言いかえれば,言葉は悪いですが,もしそういう受かった人にくれてやるようなお金があるのなら,法科大学院で勉強し,司法試験に合格し,かつ就職する,そういう法曹養成教育全体に対して何らかの支援を考えるべきではないかと考えます。」(下線は坂野が注記)

 あ~あ、またもや、法科大学院にとりすがった方の、利権擁護発言としか思えないなあ。

 どうして合格率が当初の目標まで届かないかというと、あっちこっちの大学がバスに乗り遅れるなとばかりに教育体制も整っていない状況であっても法科大学院を乱立させ、それを維持しようと意地を張っていることと、厳格な卒業認定が出来ていないからです。

 バカみたいに法科大学院の乱立を認可した文科省などは、確か、競争させて法科大学院を淘汰すればいいと言っていたように記憶していますが(法科大学院協会だったかな)、私の記憶が確かだとして、どれだけ淘汰されてますかね。募集停止はまだまだ、姫路獨協くらいじゃないですか。

 乱立させておきながら、約束した淘汰をしないから、ロースクール生が溢れ、合格率が下がるんです。小学生でも分かる理屈でしょ。

 そればかりではありませんよ。先日、大阪弁護士会法曹人口・養成検討部会では、山梨学院大学より遥かに偏差値の高い関西有力大学ロースクール2校の実務家講師においで頂いて、 実情をお聞きしました。その先生方に、本音のところ、卒業させて実務家にしても良いとお考えのロースクール生はどれくらいいるのかお聞きしました。

 詳しくは言えませんが、お二人平均で、上位4分の1くらいなら、とのお話でした。

 ただし、お金を頂いて教育しているのだから諸般の事情から、厳格に卒業認定してダメな人を落とすことは出来ないのが現状だとのことです。実務家教員は学者教員と違って、実際に司法試験に合格して合格者のレベルを知っているから分かるんです。司法試験に合格していない学者教員は合格レベルなんてさっぱり分かっていないはずですよ。

 仮にお二人の平均をとっても、上位4分の1ですから、少なくとも関西有力法科大学院と同じレベルのロースクールは、厳格な卒業認定をするなら、本来成績上位4分の1以下の方を卒業させてはならんというのがスジです。

 おそらく伊藤委員の法科大学院なら、卒業認定できるのは、それ以下の数になるはずです。

 これが国民に約束したロースクールの厳格な卒業認定ではないのでしょうか。そしてこの厳格な卒業認定をやれば、合格率は相当上がりますよ。だって受験者が4分の1になるんだから。

 ロースクールの淘汰や、厳格な卒業認定という国民への約束も守らずに、ロースクール卒業生の当初予測された合格率だけ守ってくれって、なにわがまま言ってるんですか。子供じゃないでしょ。有識者でしょ。

 さらに言えば、ロースクール乱立状態になった時点で、当初の予測された合格率が実現不可能であることくらい、高校生でも分かります。自分の一生をかけた法科大学院進学時に、それが分からなかったと仰るのであれば、法曹になる以前に、状況把握する一般的な能力が欠けてしまっているといわれてもしょうがありません。

 三振アウトの人が多く生じてその方々を救済する必要があるというのであれば、法科大学院が責任を持って売り込めばいいじゃないですか。法科大学院関係者や法的ニーズを研究する社会学者の中には、まだまだ法的ニーズはあると仰ってる方がたくさんいらっしゃいますよ。少なくとも厳格な卒業認定(すなわち学生の品質保証)をして、卒業させているのだろうし、法科大学院の目標でもある幅広い教養や豊かな人間性も身についているのだろうから、本来社会では、ニーズもあって品質保証された人材がいれば、当然引っ張りだこの状況にあるはずではありませんか。もし売り込めないなら、ニーズがあるという主張が嘘であるか、法科大学院の厳格な卒業認定が嘘であるか、いずれかでしょう。

 どうしても、就職できないなら、ご自分の大学でお雇いになったらいかがですか。法的素養も自分の大学が保証しているわけだし、まさか厳格な卒業認定していながら能力不足とは言わんでしょう。

 残念ながら、伊藤委員のこの発言部分は、私には、法曹養成がどうなろうと構わんので、ロースクールの尻ぬぐいを税金でして下さいというお願いにしか読めません。

疲れてきましたが、もう少し続けます。

「それからもう一つは,先ほどの井上先生のお話にもありましたけれども,この問題は結局同じことを議論しているのです,昔の話と。ですから,国が一回決めたことはきちんとやってみるということが必要だと思うのです。法曹に対する信頼あるいはいろいろなものに対する信頼というのは,約束したことをきちんと守るというところに一番あるのではないかと思うわけです。若い優秀な人たちが法律家の世界へ来なくなっているという話が前回も出ていましたけれども,その大きな理由は,我々があるいは国が約束したことを守っていないからではないか,そういうところに問題があるのではないかと。」

 あのね、一度決めても間違っているならやらない方がマシなんです。過ちを改むるに憚ることなかれ。過ちを改めざるこれを過ちという。は古今の名言。まさか知らないとは言わせませんよ。給費制を貸与制に変更するにしても、法科大学院制度を含む法曹養成制度が上手くいっていることが前提だったのではないですか?

 それに優秀な人材を集めるためには、約束を守ることではなくって、お金をかけるか、権力を与えるか、名誉を与えるか、くらいしかないと思いますよ。それ以外にあるなら是非教えて下さいな。約束を守るだけでヘッドハンティングが出来ますか?もちろん法務博士なんて名誉でもなんでもない。どの弁護士も肩書きに入れていないと思いますよ。誰も格好悪くて使えない博士号でしょ。

 都合の悪いところを無視して、自分の主張だけ言いつのるのなら、中学生だって出来る。伊藤委員にも、もっと大人の議論を期待したい。

「それから三つ目は,弁護士会はいろいろおっしゃいまして,その弁護士会の皆さんのお気持ちも分からないわけではないのですけれども,私が感じたのは,今回の調査でも回答率が13.4%と言っていますね。つまり,自分たちは余り関心がないのではないか。とにかく,弁護士会全体の問題として,弁護士全体の問題として,そんなことはあまり考えていないのではないかと感じざるを得ないなと。」

 この点に関しては、正しい指摘かもしれません。これは、おそらく、弁護士会がこれまで一般会員の意見を無視して派閥の力学で、これまでの日弁連の意向を決定してきた経緯が大きく影響しているようにも思えます。

 しかし、よくよく考えてみて欲しいのです。

 今、弁護士として活動している人間にとっては、極論すれば給費制は自分の問題とは全く関係ないのです。あくまでこれから法曹を目指そうとする方について、給費制を論じているのですから。

 伊藤委員に即していえば、伊藤委員が法科大学院を退官されたあと、その法科大学院教員の待遇がどうなろうと伊藤委員は普通関知しないでしょう。

 そこを敢えて、弁護士が忙しい中、13.4%も回答を寄せたということは、どのような意味があるのか、今一度考えてみて欲しいのです。

 まさかその意味も分からずに、伊藤委員が有識者を名乗ることはされないだろうと思うから。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

法曹養成フォーラム第3回議事録から

 法曹養成フォーラムの第3回議事録が先週末に公開された。

 http://www.moj.go.jp/housei/shihouhousei/housei01_00056.html

 私は例によって、法科大学院維持派の委員に注目しているが、今回も井上委員と伊藤委員、鎌田委員が吠えている。

井上委員

「(貸与制は自分も関与し一生懸命考えた良い制度だと自画自賛し、給費制維持の主張は不可解と論じた上で)

 もう一つ,志願者減の話を川上オブザーバーはされたのですが,御発言の中でいみじくも言っておられたように,志願者が減っている最大の原因は,司法試験合格者の数が低迷というか伸び悩んでおり,合格率が下がっているということにある。社会人については特にリスクが高いわけで,そこに主因があるのに,日弁連では,他方で,合格者数を更に削減すべきだということをおっしゃっており,言っておられることが矛盾しているとしか思えません。また,法科大学院から司法試験,司法修習を経て法曹資格を得るまでに全体として5年間という長期間を要するという御指摘も,それはそのとおりなのですけれども,制度改革以前の状況を考えてみますと,大学在学中から司法試験に挑戦して受かるとしても,30歳前後になってようやく受かる。しかも,合格率は3%くらいでしかありませんでしたので,多くの人はそれでも受からなかった。その何年もの間どうやって受験勉強をしていたのかというと,多くの人は予備校に行っており,その費用だけでも当時の額で数十万円から100万円を超えるという状態で,これ以外に生活費等が当然かかっていた。例外的な人はいましたけれど,多くの人はそれくらいの状況におかれていたのです。それに比べて今の制度の方が,もちろん万全とは言えないですけれども,相当に整備され改善されていると私などは思っています。実際に学生たちと話して,なぜ法科大学院を選ぶ人が減ってきているのかと聞くと,司法試験に受かった後の給費制・貸与制の問題ではなく,それより前のほうのハイコスト・ハイリスクにあるという答えが返ってきます。ロースクールにお金が掛かるのに,司法試験に受かるかどうか分からない。こういった状況がコストに比べて非常にハイリスクだということなのです。ですから,そこのところをどうやって手当てしていくかということが,むしろ肝要なのではないかと私は考えます。」(下線は坂野が追加)

 あ~あ。どうしてこう学者の先生って、ご自身の見込み違いを認めることが出来ないんでしょうか。エライ先生ほどそうなのかなぁ。

 未だに、井上委員は、法科大学院志願者減少の原因を、新司法試験合格率の低迷に求めている。

 まず、司法試験は、法律で、「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。」(司法試験法1条1項)と決まっている。つまり、どんなに法科大学院がいい教育を仮にしていたとしても上記の学識と応用能力がなければ、どれだけ井上委員が法科大学院擁護を述べても合格させることは出来ないのだ。

 当たり前だ。法曹になるために必要な学識と応用能力が認められないんだから。

 そればかりか、実際の採点委員の意見によると、こんなレベルで実務家登用試験に合格させて良いのか不安に思う。という趣旨の意見もあるくらいだ。

 法的三段論法すら出来ていない答案が多いとは、法科大学院教育の崩壊を示す指摘でもある(平成21年度新司法試験採点雑感に関する意見参照)。フォーラムの有識者委員には、せっかくその資料をお送りしたのに、無視されたのかなぁ。それともエライ先生には、新司法試験考査委員の意見など、捨て置けという、おつもりなんだろうか。

 現実を見ない点では、もっと問題があるように思うんだけれど。

 何度も指摘しているが、井上委員が指摘している旧司法試験は、合格率が2~3%だったが、志願者は年々増加していた。合格率が志願者の数を決めるのであれば、当然旧司法試験の志願者は減少していなければならないんじゃないのだろうか。こんなかんたんな質問に、エライ学者さんは答えてくれない。奥島氏もそうだった。

 旧司法試験についても、合格者の平均年齢は30歳にはなっていなかったはずだ。

 平成元年からの司法試験合格者平均年齢は、私の資料によると以下のとおり。

 平成元年  28.91歳

 平成2年   28.65歳

 平成3年  28.63歳

 平成4年  28.22歳

 平成5年  28.29歳

 平成6年  27.95歳

 平成7年  27.74歳

 平成8年  26.35歳(但し、この年以降若手優遇枠~いわゆる丙案~あり)

 平成9年  26.26歳

 平成10年 26.96歳

 平成11年 26.82歳

 平成12年 26.55歳

 平成13年 27.42歳

 平成14年 27.52歳

 平成15年 28.15歳

 平成16年 28.95歳

 平成17年 29.03歳

 平成18年 29.33歳(旧試験)    28.87歳(新試験)

 平成19年 29.9歳(旧試験)     29.20歳(新試験)

 平成20年 29.8歳(旧試験)     28.98歳(新試験)

 平成21年 29.5歳(旧試験)     28.84歳(新試験)

 平成22年 28.8歳(旧試験)     29.07歳(新試験)

 なんのことはない。新制度になっても、30歳前後になってようやく合格することには変わりがないのだ。

 しかも新制度だと、法科大学院を卒業しなければ受験すら出来ない制度であるため、法科大学院通学~卒業のための費用がどっかとのしかかる。仕事も辞めなければ法科大学院にはまず通えない。5年間で三回失敗すれば受験資格さえ失われ、かけてきた費用は丸損だ。

 旧制度だと、仕事をしながら何度でも受験できた。つまり職業を持っている人は仕事を辞めて法科大学院に通う必要がないので、受験しやすかった。優秀な人間は長時間の回り道(法科大学院)を通らずに済んだ。当然法科大学院に支払う高額な費用も不要だった。自分の仕事と収入の範囲内で、司法試験に時間と費用をかけて実力を身につけチャレンジすることが出来たのだ。

 さて、どちらがより公平で、開かれた制度であり、どちらがよりリスクの大きい制度であり、どちらがより多くの多様な人材が法曹界を目指すことが出来たのかは、おつむの偏ったエライ先生方以外は、もうお分かりのはずだ。

 いみじくも井上委員本人が、言っているではないか。

「実際に学生たちと話して,なぜ法科大学院を選ぶ人が減ってきているのかと聞くと,司法試験に受かった後の給費制・貸与制の問題ではなく,それより前のほうのハイコスト・ハイリスクにあるという答えが返ってきます。ロースクールにお金が掛かるのに,司法試験に受かるかどうか分からない。こういった状況がコストに比べて非常にハイリスクだということなのです。」

坂野注(井上委員は無視していますが、坂野としては、新人弁護士の就職難・低収入化など、リスクとコストに見合ったリターンが見込めなくなってきた面も相当強いとは思います。)

 それなら話は簡単だ。ロースクール制度を止めればいいじゃないか。

 都合の悪いところを無視して、自分の主張だけ言いつのるのなら、中学生だって出来る。井上委員には、もっと大人の議論を期待したい。

(余力があれば続けますね)。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

法曹養成フォーラムでの日弁連委員の発言に思う~その2

(続き)

6の新たな法曹養成制度の現状で、川上委員は、法曹志望者、非法学部出身者・社会人割合の大幅減少の原因は、次の3点だと指摘する。

ア 司法試験の合格率が伸び悩んでいること(高リスク)

イ 法曹養成課程に経済的負担が伴うこと(高コスト)

ウ 法曹需要の現状(低リターン)~就職難

 一見確かに、もっともらしい理由に見えるかもしれない。しかし、旧司法試験は合格率2~3%であったが、志願者は増加の一途であった(若手優遇策を採用した際の受け控え時期を除く)。

 つまり、旧司法試験の志願者増加の傾向を考えると、合格率に関するリスクは実は大きな理由にならない。5年内に3回の受験で合格しなければ受験資格を失うリスクの方が大きいはずだ。これも法科大学院とセットで導入されたものである。法科大学院制度を導入せずに、何回でも挑戦できる制度にしておけば、仕事を辞めてまで法科大学院に通わずに済むし、仕事をしながらでも実力を貯えて合格することも可能だった。リスクは大幅に軽減できたともいえる。

 次に高コスト問題だが、どんなに優秀な学生であっても大学卒業後法科大学院で学費・生活費が必要になるのであればコストはかかることになるので、無駄な回り道をさせている法科大学院は優秀な法曹志願者にむりやり高コストを強いていることになる。

 また、法律の勉強に限って教わらなければ絶対に身につかないというものではないから、自習して実力をつけるタイプの人間にも高コストを強いていることになる。もちろん一般の法曹志願者に対しても、新司法試験は法科大学院を卒業しなければ受験すらさせてもらえないから、無理にコストを掛けるよう法科大学院制度が作られているといえる。

 したがって、高コスト問題は、理由になる。川上委員は法科大学院と司法修習のコストを指摘するが、これまでは司法修習生の給与制があったため、高コスト問題といっても、実際は法科大学院に必要とされるコストの問題だったのだ。

 最後にローリターンが最も大きな問題だと私は考える。どこの世界でもそうだろうが、優秀な人材を集めるためには、費用をかけるか、権力を与えるか、名誉を与えるかなど、とにかく何らかのリターンが必要であり、これは異論がないところだと思われる(優秀な人材をヘッドハンティングする場合、当然高額な報酬や高いポストが準備される)。これは法曹志願者だからといって例外ではないだろう。法曹志願者だけが霞を食って生きていけるのならともかく、法曹志願者だって人間だ。生活がある。生活を維持する売上が上げられる見込みが薄いのなら志願者は減って当然なのだ。

 普通99%ダメとは、ほぼ不可能を意味するところ、旧司法試験が98%落ちる試験でありながら、志願者を増やし続けていたのは、法曹資格に相当なリターンが見込まれた~法曹という仕事に経済的意味においても魅力があった、ということと無関係ではないはずだ。

 ところが、存在しない法的ニーズを存在すると断言して、弁護士人口を激増させた結果、新人弁護士の就職難が生じ、一括登録時に於いて10%以上が就職出来ない事態が生じ、今年はさらに就職状況は悪化すると見込まれている。

 優秀な人材ほど、視野が広く将来のことをきちんと考える割合が高いはずだから、リターンが見込めない業界(すなわち未来が見込めない業界)に、わざわざ飛び込もうとする人材は少なくなるはずだ。お医者さんのように健康保険制度が整備され、保険診療だけでも十分生活が可能なリターンが得られるならともかく、そのような制度が一切ない弁護士に、ボランティア的な国選弁護や民事法律扶助事件を押しつけて解決しろと迫るのは、力一杯筋違いだ。ボランティアを強いるなら、生活出来るだけの収入を確保させてからやらせるべきものだ。どんなボランティア対しても、自分や家族が飢えているのに、他人のために食物を差し出すよう求めることは出来ないはずだからだ。

 弁護士の報酬はお布施だといった中坊公平さんも、大阪弁護士会内でのお話では、まず自宅を建て、恒産を3億円貯め、生活の不安を払拭してから社会のために働け、と仰っていたと聞いたことがある。

 知らない間に、中坊さんの言葉から、「自宅を建て、恒産を3億円貯め、」という部分が抜け落ち、弁護士は社会のために働け、という部分だけが一人歩きしていったのだ。そりゃぁ、中坊さんは、京都の旅館の持ち主だったはずだから、それで良いのかもしれないが、普通の弁護士には、3億円なんて貯められないぞ。

 自由競争させれば自然と優秀な弁護士が残るはずだという意見もあるが、そういう意見を言う人にはこう言いたい。

 貴方は依頼した弁護士の方針の善し悪し、書面の善し悪し、証拠選別の善し悪し、主張の組み立て方、訴訟の進行させ具合の善し悪し等が、全て分かるのですか。 仮に貴方は分かっても、一般の方も同じように弁護士の善し悪しが分かりますか。

 何度も言うが、自由競争させるためには、競争の対象の善し悪しが判断でき、よりよきものを選び直せる状況がないと競争自体が成立しない。弁護士の仕事は一般の国民の方には仕事の内容の善し悪しは極めて分かりにくいし、一度依頼して解決してもらったものを再度別の弁護士に依頼してもう一度解決してもらうことも出来ない。つまり、自由競争が成立しない分野に該当するのだ。確かに、大企業やお金持ちは困らない。情報も費用も潤沢にあるから、良い弁護士に頼めるだろう。しかし困るのは、一般の国民の方だ。大企業に人権を侵害されて一生に一度の訴訟をする際に、依頼した弁護士がハズレであっても(ハズレの可能性が相当あっても)いいのだろうか。答えは当然ノーのはずだと私は思う。

 そうだとすれば、その分野に関わる専門家の質を国家が厳重に管理し、相当程度の品質を維持する必要がある。国民の人権に関わる分野であればなおさらだ。自由競争すればいいなどと無責任なことを言わないでもらいたい。お医者さんで考えればすぐ分かるだろう。医学部を出た人間全てに医師免許を与え、自由競争で良いお医者が残るから、それで良いといえるのだろうか。医師を無限定に増加させ、生活のためにお金を稼ぐことばかり考える医師が増えたら、本当に国民の健康は守れるのだろうか。

だいぶお話が脱線したが、川上委員の発言は、ピントがずれているように思われてならない。

(続く・・・かも)

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

法曹養成フォーラムでの日弁連委員の発言要旨に思う~1

  法曹養成に関するフォーラムで、日弁連の法曹養成検討会議委員として川上明彦氏の発言要旨が、公開されている。

 日弁連法曹養成検討会議は、日弁連法曹人口政策会議が各地の委員を集結し散々議論してまとめた緊急提言(「法曹人口政策に関する緊急提言」)を出した際に、同じ日(2011.3.27)に、法科大学院制度を堅持する内容の「法曹養成制度の改善に関する緊急提言」を出させた委員会である。いわば、日弁連内で法科大学院制度維持を堅持し続けている勢力の砦であると表現しても良いかもしれない。

 そればかりか、法曹養成検討会議は、法曹人口政策会議の委員が、参加や傍聴を希望し、一度は宇都宮会長が傍聴を了解しながら、結局その約束は反故にされ傍聴すらさせないことになった会議であり、一般会員にはその会議の中での議論内容すら明らかにされないほぼ完全なブラックボックスとなっている。

 その法曹養成検討会議が、法曹養成フォーラムの日弁連をバックアップするチームになっているだけでもかなり偏向しているような気はするが、上記の法曹養成フォーラムにおける発言要旨も、法科大学院寄りの姿勢が明らかである。

 「4 貸与制導入の背景」においては、「閣議決定による2010年年間3000名の合格者の大量増加に対応し・・・」と要旨で述べておられるようだが、閣議決定は何度もこのブログで言ってきたように、年間3000人合格を決定などしていない。

閣議決定を引用すると、

「今後の法的需要の増大をも考え併せると、法曹人口の大幅な増加が急務となっているということを踏まえ、司法試験の合格者の増加に直ちに着手することとし、後記の法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、平成22年ころには司法試験の合格者数を年間3,000人程度とすることを目指す。」

 このように、閣議決定は「目指す」という努力目標を設定しただけであり、しかも、「法科大学院を含む法曹養成制度の整備状況等を見定めながら」とあるのだから、法科大学院が機能不全に陥っているのなら、それだけの増員目標すら前提を欠くのだ。

 そこでの法科大学院は、「司法を担う法曹に必要な資質として、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的な法律知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等に加えて、社会や人間関係に対する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力、職業倫理等が広く求められることを踏まえ、法曹養成に特化した教育を行う法科大学院を中核とし、・・・・・」とされているが、その法科大学院で立派な教育を受け、厳格な修了認定を受けたはずの新司法試験受験生が、かなり悲惨な状況に陥っていることは既に、当職の今年7月1日にブログでダウンロードできるファイルをご一読して頂ければ明白だ。

 つまり、現行の法曹養成制度は、客観的に見れば機能不全に陥っているといわれても仕方がない状況だ。法科大学院は高い学費を取るだけとって、税金を投入させるだけ投入させておいて、理想とは、ほど遠い教育しかできていないという状況なのだ。それにも関わらず現状を把握できない(もしくは、把握したくない)一部学者先生の、法科大学院有用論を、修習生の給費制を上回る税金投入をしつつ維持する必要がどこにあるのだろうか。

 例えは悪いが、田んぼで稲作をする際に、①きちんと苗代で生長した苗(司法試験合格者)を、小さな田に田植えして肥料を与え大事に育てる(2年間の司法修習)方法と、②とにかく種籾を広大な田んぼ一面にバラマキ(乱立する法科大学院)、芽を出した苗全て~広大な田んぼ全体~に、肥料をバラマキ(多額の税金投入)、そのうち良く育った2~3割の稲のみ収穫してあとは廃棄する方法(新司法試験と修習)と、いずれが費用対効果で勝っているか、子供だって分かるはずだ。今まで農家は①の方法でやって来たところ、もっと増産する必要があるからという理由で②の方法が農協から提案され、②の方法が採用された。

 ところが、増産する必要は実はなく、現実には米余り状態となっている。こんな状況にもかかわらず、新たに種籾や肥料を販売する側の農協(法科大学院)が②の方が効率が良い、良い米が出来ると言い張っているのだから、それは、②の方法を広めた農協が利権を失いたくないための言い訳としか考えられない。

 法科大学院に支出されている税金は、壮大な無駄金になっている可能性が高いと私は思っている。

 (続く)

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

「無理筋」

 愛知県弁護士会が、総務省の法曹養成制度等に関するヒアリングに対して提出した資料を見せて頂いた。愛知県では、総務省のヒアリングに対して、一般会員(弁護士)も自由に参加して意見が言えたそうだ。

 大阪弁護士会でも、同じく総務省からヒアリングがあったが、常議員会でオブザーバー参加でもいいから参加させて欲しいという、私の申入れは、あっさり却下された。いい加減、「エライ俺たちがあんじょうしたるさかい、しもじもは黙っとけ。」というやり方は、やめて欲しいものだ。

 それはさておき、愛知県弁護士会のヒアリングのための資料には、重大なことが書かれている。

 いわゆる「無理筋」の事件が増加しているという傾向が見られるというのだ。

 弁護士が言うところの、いわゆる「無理筋」とは、簡単に言えば、およそ法律的に見てもこれまでの裁判例から見ても、まず主張が通らない事件を意味する。相手に資力がなく、勝訴しても実際には回収不可能な場合も含まれることもあるだろう。そのような事件が増加している傾向にあるというのだ。

 これは国民の皆様にとって、憂慮すべき事態かもしれない。

 例えば、私は、明らかに無理筋の事件であれば、法律的問題点、これまでの裁判例などを示して、まず勝訴の見込みが立たず、弁護士費用だけかかって費用倒れになる可能性が高いから、やめておいた方が得策ではないかと、相談者にサジェスチョンする。

 その上でもなお、感情的にどうしても許せないので、負けても良い、弁護士費用倒れになっても良いからやって頂きたいという要望があれば、お引き受けする方針をとっている。

 もちろんお引き受けした以上は、全力を尽くす。それが弁護士だと思っている。

 しかし、そのような事件は、希である。

 私は10年以上弁護士をしてきているが、そのような事件は10件もない。

 そのような無理筋の事件が増加傾向にあるという愛知県弁護士会の指摘が正しいとするなら、原因はおそらく、①弁護士が無理筋の事件かどうか判断できない、②無理筋と分かっていてもその無理筋かどうかの説明をせずに事件化して受任する、のいずれかしかないように思う。

 どちらも、国民の皆様にとっては不幸なことだ。①だと藪医者にかかったの同じで能力不足の弁護士に依頼してしまったことになるし、②だとほぼ確実に弁護士費用倒れだ。

 しかし、客観的には妥当ではないかもしれないが、受任する弁護士からすれば、いずれも違法な行為とまではなかなかいえないと考えられる。

 ①だと、相談を受けた弁護士が一応専門家・資格を有する者として無理筋ではないと判断したわけだし、②の場合でも勝訴可能性が絶対に0%という事件はまずないからだ。その場合、「勝つ可能性があるから、やってみましょう」と弁護士が依頼者に話しても、それは嘘でもなんでもなく、むしろ事件(需要)を掘り起こしている行為にすぎないのだ。

 私は②のような事態が好ましいものとは考えていない。しかし、マスコミや法科大学院は、弁護士はもっと競争しろ、需要を開拓しろと主張し続けている。

 つまり、そのマスコミや法科大学院の主張は、一見、もっともらしいが、弁護士に対して、無理筋の事件でも、どんどん事件化していけという意味をもその中に含んでいるのだ。

 愛知県弁護士会の資料によるとその傾向が既に現れ始めているようなのだ。

 これが目指すべき司法改革だったのだろうか。

法曹養成に関するフォーラムでの、誤導合戦??

 法曹養成に関するフォーラムの第2回議事録が公開されている。

 非常に面白い。

 法曹人口現象に前向きな発言や、法曹の社会的ニーズがあるのか疑問であるという意見が出ると、法科大学院擁護派の委員は、瞬時に反応して、反対の方向へ導こうと意見を出しているように読める。特に鎌田委員・井上委員は、ほぼ確実に反応してくる。

 井上委員は他の委員の発言について、根拠があるかどうか分からない話だと言いつつも、その直後に自らも伝聞の根拠が明確かどうか分からない話を堂々と述べておられる点も興味深い。

 フォーラムの委員の先生方には、法科大学院擁護派の学者先生の肩書きや論説に臆することなく、本当の問題点をしっかり議論して頂きたいと思っている。

 なんてったって、法科大学院特別顧問の奥島氏の、朝日新聞での発言自体が根拠レスのおそれすらあるくらいなんだから。

 まあいずれにしても、現状の司法試験合格者のレベルが(上位の方はともかく、全体として)下がってしまっていることは、採点雑感からして明らかだ。

 採点雑感から抜粋したものを、フォーラムの有識者の先生方(但し送付先が判明した方)に送付させて頂いた。間違いなく、鎌田・井上両委員は完全無視の態度をとるか、噛みついてくるかのどちらかで、現実を受け入れることはしないだろう、というのが私の推測だ。

 しかし、ちょっと法律知識のある方が、お読み頂ければ必ず分かって頂けるが、現在の新司法試験のレベルダウンは相当危機的状況にある。

 井上・鎌田両委員は、その責任を取れるのだろうか。困るのは国民なのだ。

(送付させて頂いたファイルは下記からダウンロードできます。)

ファイルをダウンロード

王様は裸だ!

 今日現在で、私の出した公開質問状に、法科大学院特別顧問奥島孝康氏は、何らの返答も返してこない。一応、お忙しいかもしれないということで、私の設定した期限からさらに1週間経過するまで待ってみたが、結局本日現在、返答は届いていない。

 私は以前、当時の日弁連会長平山正剛氏に公開質問状を出したことがあるが、その際には、具体的な回答はなかったものの、一応、具体的には回答できない旨の、返事はあった。平山氏は、最低限の礼儀は守ってくれていた。

 行き違いなら大変、失礼なことをいうことになるが、結局私の質問に答えられないということは、奥島氏の朝日新聞での発言は、現状認識をせずに、でまかせで仰ったとの疑いを掛けられても仕方がないように思う。

 そればかりか大マスコミで、堂々と意見を公表しながら、その根拠や意見に反する記述について問うと、無視して答えない(答えられない?)というのは、法科大学院協会特別顧問という責任ある立場にある者として、また教育者としていかがなものか、と思わざるを得ない。

 都合の悪い事実には、目をつぶり、質問にも答えないというのでは、到底責任のある立場、しかもその立場の肩書きを利用してマスコミで意見を発表される方の態度とは思えない。

 以前も書いたが、法科大学院が合格者を増やせという点で良く持ち出す閣議決定で想定されていた法科大学院とは、「豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的な法的知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等に加えて、社会や人間関係に対する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力、職業倫理等が広く求められるいことを踏まえ、法曹養成に特化した教育を行う法科大学院を中核とし・・・・」と記載されていることから分かるように、夢のような法科大学院がイメージされていた。

今後の法曹には、

①豊かな人間性と感受性

②幅広い教養と専門的な法的知識

③柔軟な思考力

④説得・交渉の能力

⑤社会や人間に対する洞察力

⑥人権感覚

⑦先端的法分野や外国法の知見

⑧国際的視野と語学力

⑨職業倫理

 が必要なところ、法科大学院(夢)はそれを踏まえた法曹養成を行うのだから、①~⑨を身につけさせてくれるところとされている(法曹養成制度の中核の法科大学院がそうでなければ、閣議決定に書いた意味がないからである)。

 ご自分がマスコミで語った内容について、責任ある返答が出来ない方に、①~⑨を教え、学生に身につけさせることが本当に出来るのだろうか。

 ただでさえ、新司法試験の採点雑感で、受験者のレベルダウンが危機的状況に来ていることが伺えるのに、どこまで行っても、法科大学院制度が正しいので維持するというのは、いくらなんでも、ひどすぎやしないか。

 誰かが、王様は裸だ!といってやらないと目が覚めないのだろうか。

 まさかとは思うが、そう指摘しても、裸であることをどうしても認識できていないのだろうか。

 もしそうなら、そんな方々が教授されている以上、法科大学院制度(夢)が目指した①~⑨の相当部分が欠落した法科大学院制度(理念と全くかけ離れた法科大学院)が、現状では、まかり通っているということになるような気もするのだが。

※なお当ブログの記載は、当職の個人的意見であり、当事務所の他のいかなる弁護士にも関係はございません。

プロセスによる教育ってなんなんだ?~その4

(続きです)

「新しい法曹への道」は一つではなくなります。他学部で学ぶ、あるいは社会人経験を積んだあとで法科大学院に進むことも可能です。つまりあらゆる人に法曹になるチャンスが広がることになります。」

 おいおい、ここまでくると、もはや悪い冗談でしょう。

 旧司法試験は、受験資格は制限されていませんでした。仮に中学校しか出ていなくても、1次試験に合格すれば誰でも受験し、合格することが出来た、最も開かれた試験だったのです。他学部出身者も、社会人経験者の方も当然いました。会社に通いながら何年間も勉強を続けて実力を貯えて合格される人もいました。

 それに比べて今は、原則として大学を卒業の上、法科大学院を卒業しないと新司法試験を受験することすらできないのです(予備試験というルートが出来ましたが、このルートは、例外的にするべきと法科大学院側は強硬に言っています)。法科大学院を出ても、5年間で3回失敗すると受験資格すらなくなります。それでも法曹になりたければ、高いお金を出してもう一度法科大学院で授業を受けて卒業しなければ、新司法試験を受験できません。

 つまり、法曹になろうと思っても、法科大学院に通えるだけの経済的・時間的余裕がないと新司法試験すら受けられません。仮に奨学金をもらって法科大学院に通っても、当然ながら新司法試験の合格の保証はありません。合格できなければ、借金が残るだけです。

 仕事をしながら受験しようと思っても、近くに夜間の法科大学院があって、会社の理解があって、そこに通うことが出来なければ、会社を辞めてチャレンジするしか方法がないのです。しかも夜間の法科大学院はそれこそ数えるほどしかありません。法科大学院が儲からないから、夜間コースをなかなか設置しないのです。

 結局法科大学院制度は、あらゆる人が法曹になれるチャンスがあった旧司法試験をぶちこわし、高いお金を出して、時間を掛けて法科大学院に通い、そこを卒業した人だけに法曹になれるチャンスを与えるという、極めて競争制限的な閉ざされた制度になってしまっています。

 どこからどう見ても、法曹になれるチャンスを狭めているとしか言いようがありません。法科大学院の言い方をもじって言えばこうなります。

「つまりあらゆる人が法曹になれるチャンスを、(法科大学院制度が)つぶしたことになります。」

 ちなみに法科大学院において、非法学部出身者及び社会人の割合も年々減少傾向(H16とH22を比較すれば社会人の入学は48.4%→24.1%に半減) にあります。

 H18~H20の新司法試験では非法学部率は約11~23%、

 平成15~19年度の旧司法試験でも非法学部率は約15~23%(ちょっと古い資料しか見当たらず)

 この資料から見る限り、新司法試験になったから多彩な人材が確保出来るようになっているとは到底言えません。

現実を見れば、法科大学院擁護派が言っていることは、相当おかしいんじゃないですか?

ps 法科大学院協会特別顧問奥島孝康氏に対しお送りした、質問状に対する回答は、本日現在届いていない。私としては、奥島氏が直接体験したであろう、

(奥島氏が言うところの、)「地方では法的トラブルが発生しても弁護士が少ないため、ヤクザや地方の有力者に仲裁を頼んで紛争を解決する人がたくさんいます。」

という、たくさんいらっしゃる方々について、一刻も早く 、その方々の居住地の弁護士会に連絡して救えないかと思っているのだが(質問状4②参照)、一向にご連絡を頂けていないのが残念だ。

 6月20日までに回答を求めたが、奥島氏もお忙しいだろうし、20日の消印で発送されているかもしれない。もうしばらく待ってみようと思う。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。