「怪盗クイーンシリーズ」講談社青い鳥文庫~はやみねかおる作

 怪盗クイーンシリーズは、はやみねかおる氏の、怪盗クイーンを主人公にした連作シリーズである。
 講談社青い鳥文庫で、2002年から連作が開始され、現在青い鳥文庫で14冊、単行本で1冊発刊されている。
 対象年齢は「小学上級から」、とされており、全ての漢字にルビが振られているので漢字が苦手な小学生でも十分読める内容である。

 作者の、はやみねかおる氏は、著者紹介によれば、「1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業し小学校の教師となり、クラスの本嫌いの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。」との記載がある。

 確かに、子どもたちを夢中にさせる楽しさがあふれており、私も子どもの頃にこのようなシリーズがあれば夢中になって読んだであろうと思われる。

 私のような現在中年後期の人間にとっては、小学上級以上が対象とされる怪盗クイーンシリーズと言われても、ちょっと対象からズレすぎていて、楽しめないのではないか、との御指摘もあるだろう。

 ところが、そうでもないのだ。

 作者のはやみねかおる氏が、私と年代的に近いこともあってか、はやみね氏がストーリーの各所に何気ない記載の中に散りばめているエピソードが、結構笑えるのである。

 シリーズ第一作目「怪盗クイーンはサーカスがお好き」の、冒頭第一部第1章に「カモメのジョナサン」を彷彿とさせる記述が出てくる。他にもテレビショッピングの先駆けとも言われた健康器具「スタイリー」のCM(1975年頃)を窺わせる発言や、「8時だよ!全員集合」でドリフターズがやっていたコントを下敷きにした記載なども見られる。

 さらに、私と同年代の方であれば、
♪~いとうにいくなら、ハ・ト・ヤ、でんわは4126(よいふろ)~♪
というCMソングで大々的に宣伝していた、伊東温泉ハトヤホテルのTVCMをご存じの方も多いだろう。シリーズ第二作目「怪盗クイーンの優雅な休暇」にはこのCMを下敷きにした記載が出てきたりする。映画「ローマの休日」のラストシーンに近い記載も出てくる。

 シリーズ中には、仮面の忍者赤影、仮面ライダー、宇宙戦艦ヤマトなど昭和世代のおっさんが夢中になったTV番組や漫画を窺わせる記載も出てきたように記憶する。多分はやみね氏は、かなりTV・映画・漫画を見ておられたのではないだろうか。

 このような、ちょっとしたお楽しみが、私のような昭和世代のおっさんにはたまらなく懐かしく、面白くも感じられるのだ。

 もちろん本編のストーリーも十分楽しめる。

 大人になると、面と向かって言いにくくなる大事なことも、さらっと書かれていることもあり、子どもたちの心の中に、より良い世界への種を播いているような記載もある。
 得てしてそのような内容は大人から言われれば、子どもには押しつけがましく聞こえてしまうものだが、それが押しつけがましくなく、なるほどと自然に思わせる書き方をしているのが、はやみね氏の上手いところである。

 もしかしたら、はやみね氏は、子ども向けを装って、疲れ切っているおっさん世代の心にも、若い頃に誰もが抱いていた希望の灯を、もう一度ともそうとしているのではないかとも感じられるのである。

 どうせ小学上級以上が対象なんだろと馬鹿にせず、大人の方も、このシリーズを一読されることをお勧めしたい。

講談社青い鳥文庫

「深海の使者」 吉村 昭 著

私は、以前のブログ記事に次のように書いた。

『何を隠そう、S弁護士は潜水艦が好きである。古くはヴェルヌの小説「海底2万里」、小さい頃に父親と見た映画「眼下の敵」では、ドイツ軍Uボートとアメリカ駆逐艦の死闘に胸を躍らせ、トム・クランシーの「レッドオクトーバーを追え」、福井晴敏の「終戦のローレライ」などの潜水艦小説を読み、かわぐちかいじの漫画「沈黙の艦隊」を全巻大人買いした経歴からすれば、原潜に乗れるなんてテンション上がることこの上ない。』(アーカイブス。S弁護士シリーズ、日中韓FTAシンポジウム旅日記~その9参照)

その後、私はチンタオの中国海軍博物館で、攻撃型原潜長征一号に、追加料金を支払って見学乗船することになるのだが、ミリオタではないので、誤解されぬよう。

 さて、先日読んだ吉村昭の「深海の使者」は、太平洋戦争中、同盟国ドイツとの連絡路を求めて、日本軍潜水艦が大西洋に数次にわたって潜入した、苦闘を描いた作品である。レーダー等の最新技術を日本が求める一方、ドイツが南方資源を求めていたことなども描かれている。

吉村昭の小説は、実に淡々と記述が進む。

登場人物の感情を表す表現が、通常の小説に比べて、極端に少なく感じる。

しかし、その記述の裏には、綿密な取材に裏打ちされた、潜水艦乗り達の決死の、全力を尽くしての苦闘ぶりが透けて見えるのだ。

淡々とした記載が続くだけに、逆に、なお、実際の苦闘ぶりが想像され、胸が苦しくなる場面も多くあった。

戦艦や航空母艦のような華々しい活躍ではない。

しかし、日本のために死力を尽くして戦った人たちに向けられた小説である。

機会があれば手に取って頂きたい。

(文春文庫 740円+税)

「陽だまりの彼女」  越谷オサム著 

 仕事で訪れた他社で中学時代の幼なじみに、偶然再会した「僕」。彼女は、素敵な女性に成長していた。僕たちの関係はトントン拍子に進み、彼女の押しもあって、あっという間に結婚まで。
 しかし、彼女には何か秘密があるようで、僕には腑に落ちないことが。

 また、些細なことから僕に忍び寄る、喪失への不安。
 その彼女に秘められていた秘密とは・・・・?

(以下の文章を読む前に、まず原作をお読みになることをお勧めします。)

 冒頭から始まる話において、「まあ、幼なじみと大きくなってから偶然再会して恋に落ちるというパターンは、使い古された手法だし、だからなに?」という、ある程度冷めた目で読み始めた。非常に読みやすい文章であり、しばらく読み進めば、私と同じで、おそらくどなたも、主人公とヒロインの話に微妙なズレが生じていることに気付かれるはずだ。

 そのかすかなズレに、かすかな違和感を感じつつ読み進めると、それらは、ラスト30ページでの展開に直結する伏線であったことが分かる。

 「鮮やかだ」と、私には思えた。

 途中の大甘べたべたの展開に少し辟易するかもしれないが、よくよく考えれば誰だって若い時の恋愛ってのは、周りも見えておらず、そんなものでもあったはず。
 是非、先入観なしに、読んで頂きたい。

 まだお読みでない方のために、内容に触れることは可能な限り避けるが、著者の張った伏線は、そう深いものではない。だから、最初からミステリーの要素があるかもしれない、という予断を持って読めば、オチは分かってしまうだろう。

 しかし、べた甘な恋愛模様の中に巧妙に張られているので、普通に読めば、看破しにくい。

 どんなに相思相愛の関係であったとしてもおとぎ話のように「2人は、いつまでも、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」ということは現実にはあり得ない。仮に2人の関係が壊れなくても、人はいずれ死すべき存在でもあるからだ。

 だから、いかなる恋愛関係についても、心の奥底で、微妙なズレや喪失への不安については、誰もが意識的にか無意識的にかは別として、本能的に感じていることでもあるはずだ。

 その恋愛関係(人間関係)に不可避な不安感に絡めて伏線が張られているため、さっと読んでしまえば伏線に気付かず、ラストで、「ああそういうことだったのか」と、唸らされることになる。

 私は、恋愛小説だろうと高をくくっていたため、著者の策略にまんまと嵌ってしまい、だからこそ「ちょっと強引だけど、鮮やかだ、正直いって、やられちゃったな」との感想を抱いた。

 私の勝手な想像だが、ラスト30ページの「僕」の彷徨の描写から考えて、著者には、それこそ本気で恋をし、その恋が成就することもなく、今でも忘れられない、ファムファタール的存在の女性がいたのかもしれない、と感じた。

The Beach Boys の Wouldnt it be nice  を、きっと聞きたくなるはず。

 文庫の帯に「女子が男子に読んで欲しい恋愛小説№1」と、こっぱずかしいコピーが書かれているが、めげずに一読されることをお勧めする。

 新潮文庫514円(税別)