東京新聞が予備試験に関する社説を掲載した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013110102000145.html
要するに予備試験が抜け道になっているので、法科大学院が空洞化するから、けしからん、という論調だ。
予備試験に関する問題点については既に以前のブログにも書いた。
http://www.idea-law.jp/sakano/blog/archives/2012/09/26.html
繰り返しになるが、予備試験は法律により、法科大学院卒業者と同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する基礎的素養を有するかどうかを判定することを目的とする試験であると明記されている(司法試験法第5条1項)。
つまり国が、本来の法科大学院卒業生ならこのレベルの実力はあるだろうと考えた水準に達している受験生を合格させるのが予備試験だ。
だから、法科大学院卒業者が、国の想定している法科大学院卒業レベルに(全体として)達しているのであれば、予備試験合格者と法科大学院卒業者の司法試験合格率は、大きな差が出るはずがないのである。
ところが今年の司法試験では、予備試験合格者の合格率は70%台であるのに対し、法科大学院卒業者の合格率は20%台にとどまった。この結果を素直に見るならば、法科大学院卒業者のレベルは、(個々に優秀な方がいらっしゃることは私も否定しないが、全体として見れば)予備試験合格者のレベルに遠く及ばない。つまり、国が想定している本来あるべき法科大学院卒業者のレベルに、現在の法科大学院卒業者のレベルは全体として見れば全く届いていないという状況なのだ。
だから、事態を直視するならば、予備試験を非難する前に、法科大学院の卒業者のレベルが(全体としていえば)低すぎることがまず問題にならなければおかしい。
これまで、学生に多くのお金と時間をかけさせて、法科大学院が喧伝してきた素晴らしいプロセスによる教育を受けてきたはずの法科大学院卒業生が、国が想定する法科大学院卒業生のレベル(=予備試験合格者のレベル)よりも、全体として見れば、断然劣るレベルの実力しか身に付けていないことが問題の核心であるはずだ。
身近なたとえにしてみよう。
自動車運転免許を、免許試験場で実技試験を受けて一発取得した人と、自動車教習所経由で取得した人を比較して、教習所経由でお金と時間をかけて免許を取った人の方が事故率が3倍も高かったとしたらどうだろう。
免許試験場の一発試験に対して、エリートの抜け道だから悪いと非難する前に、自動車教習所の存在意義をまず誰もが疑うのではないだろうか。
かつて、法科大学院を卒業すれば7~8割程度合格できる制度を目指すと謳われたことがあったはずだが、現実には少なくとも現在まで、法科大学院制度ではその目標は達成できていない。
だが、予備試験経由者の司法試験合格率が7割を超えているということは、国が本来想定している法科大学院卒業者レベルまで法科大学院が卒業生に実力を身に付けさせていれば(若しくは厳格に卒業認定をしていれば)、受験者全員が予備試験合格者と同じレベルということになるので、7割程度の司法試験合格率になってもおかしくはないのかもしれない(ここでは司法試験を純粋に資格試験として考える。)。
仮にそうだとすると、結局は法科大学院が学生に実力をつけさせることができなかったか、実力を身に付けきっていない学生を安易に卒業させてきたことが、司法試験における法科大学院卒業生の司法試験の合格率を下げている元凶ではないかということは、容易に想像できる事態である。ところが、法科大学院関係者からは、司法試験合格率が低すぎるのが問題なので、もっと合格者を増やせとの要望がなされていた。言っちゃあ悪いが、きちんと学生に実力を身に付けさせることも、きちんと卒業認定も、全然できていないあんた達に言われる筋合いないよね。
社説は、さらに一発勝負の点による選抜は弊害があると主張するようにも読める。
では問おう。
どのような弊害があるのだ。
これまで日本を支えてきた方々の多くは大学入試、資格試験などで一発試験による実力チェックを受けてきた。東京新聞だって、入社試験をするだろう。入社試験の際にマスコミ向けの専門学校等で実際のマスコミ従事者によるプロセスによる教育?を受けてきた者だけに受験を限定しているだろうか。おそらくは、東京新聞でしっかりやっていけるだけの実力があれば採用するのではないか。一発勝負が弊害だと社説で主張するのなら、東京新聞はプロセス重視で物凄い入社試験をやっているんだろう。
そもそも、プロセスによる教育が必要だというのなら、旧司法試験だって、合格者には二年間司法修習を行ってプロセスによる教育を行ってきた。そのプロセスによる教育を受けるだけの実力があるかを旧司法試験でチェックしてきただけなのだ。論点主義だと批判されたこともあるようだが、そのような傾向が仮にあったとしても司法修習中に十分是正できていると、一流の実務家達で構成される司法研修所教官達が述べていたのだ。
マスコミからすれば、法科大学院は広告収入のお得意様だから、阿るんだろうけど、そろそろ、真実を伝えようとしないと、引っ込みがつかなくなるんじゃないの?