遺産分割協議の罠~1

 先だって、法律相談で、相続放棄案件の相談を受けた。

 事案は、概ね次のようなもの(特定を避けるために一部変えてあります)。

 父親が15年ほど前に死亡し、そのまま唯一残された財産である父親名義の不動産を放置していたが、3年くらい経過して、そろそろ1人で住んでいる母親の名義にしておこうという話になり、司法書士に依頼したところ、遺産分割協議をすれば簡単だと説明を受けた。そこで、母親と兄弟4人で遺産分割協議をし、父親名義の不動産を母親名義にすることができた。

 ところが、父親が連帯保証をしていた主債務者が、昨年末頃に支払を滞らせたことから今年の1月に、債権者から、相続人にも追求する可能性があるといわれ、父親の多額の連帯保証債務の存在が相続人らに発覚した。

 そもそも、多額の保証債務があると分かっていれば、相続放棄していたはずだ。どうしたらいいか、というもの。

 問題点は、大まかに言って、二つある。

 一つは、遺産分割協議が相続財産の処分行為に該当して、法定単純承認(民法921条1号)となってしまい、一度相続の承認乃至放棄をすれば撤回できないため(民法919条1項)そもそも相続放棄が不可能なのではないかということ。

 ちなみに相続の承認及び放棄は総則及び親族法の規定が適用できて取り消せる場合には取り消せるが、追認可能時から6ヶ月、相続の承認・放棄時から10年経過後はできなくなる(民法915条2項・3項)。

 もう一つは、相続放棄は相続開始時から3ヶ月以内にしなければならないが(民法915条1項)その期間を大幅に経過しているということ。

 一度別の弁護士に相談したそうだが、その弁護士は、相続放棄の熟慮期間の話だけをして、法定単純承認とされる可能性があることは、全く話してくれなかったそうだ。しかし、熟慮期間の前に、まず遺産分割協議により、法定単純承認となっているかが問題となるはずだ。ひょっとしたらその弁護士は、遺産分割協議をしている以上、もう、単純承認だから、しょうがないと思っていたのかもしれないが、依頼者に現状を把握してもらうためにも、きちんと説明する必要があるように私は思う。

 もちろん、相続財産の調査も、聞き取りもせず、また、限定承認の手段などの説明もなく遺産分割協議を進めた司法書士は最も責められるべきであり、損害賠償請求の対象となるように思ったが、残念ながら、この司法書士は懲戒処分を受けて既にどこかに消えてしまっているとのこと。

 法律の筋論としては、遺産分割協議は当然相続財産を処分する行為だから、遺産分割協議を行った時点で、法定単純承認となり、その時点で、アウト。後で保証債務の存在を知ろうが、保証債務を相続しなさい、ということになるはずだ。判例検索ソフトで調べても、ろくな結果が出てこない。

 しかし、それでは、あまりにも、かわいそうだ。

(続く)

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