かなり恐ろしいアメリカの司法~その3

 鈴木弁護士が留学された約10年ほど前においても、アメリカにおける弁護士広告は非常に激しいものがあるそうだ。

 アメリカにおける弁護士広告の多くが、「勝つまで無料」など、低料金を売りにしていながら、実際にはアメリカ市民のアメリカの弁護士に対する評価は「金の亡者」という状況にあるらしい。

鈴木弁護士の分析によれば、アメリカの大学には法学部がなくロースクール課程を修了した人の多くが弁護士資格を得るため(日本における法科大学院卒業者(法務博士)を弁護士と呼ぶのと大差がないと、鈴木弁護士は指摘している)、弁護士資格を有する者が極めて多く、過当競争が生じている。その競争の下で生き残るためには、なんでもしなければならず、(本来保証できないはずの)結果を保証したり、詐欺的・挑発的な内容の広告を掲載し顧客を集める必要がある。ひとたび受任すれば、虚構を用いてでも依頼者の利益に奴隷のように従う。

 特に報酬体系として、依頼者の心理的ハードルを下げて依頼を集める競争に勝つために、依頼時の着手金を取らず成功報酬制をとる弁護士も多い(その反面成功報酬は経済的利益の40%程度の高額に設定される)。

 そうなれば、アメリカの弁護士としては勝訴すれば、依頼者の得た利益の40%という莫大な利益を手中に出来るが、勝訴できなければ、一銭の得にもならないばかりか赤字ということになり、生活のためには、どんな手段を用いてでも勝たざるを得なくなる。

 弁護士といえども生活があり、倫理(理想)と生活(現実)を天秤にかければ生活(現実)の方が重くなる。したがって、そのような状況下では、弁護士の倫理は間違いなく低下していく。

 鈴木弁護士が留学先で出会った、中南米諸国の弁護士達は、国家政策として弁護士が極めてありふれた資格として簡単に取得できるため、単なる「法律に詳しいビジネスマン」程度に過ぎず、依頼者の利益に奴隷のように従うことになんの抵抗も感じない状況にあるらしい。

 その他、鈴木弁護士は、アメリカは判例法国家であり、極論すれば無数に存在する判例を調査する法律調査能力が大きなウエイトを占め、日本のような成文法国家で必要とされる、制定された成文法の内容を理解・記憶して具体的に適用する法的思考能力の鍛錬までは法律実務家として求められていない点、アメリカの弁護士の専門分野が極めて狭い場合がある(その結果、法体系全体を見渡して様々な角度から有機的に紛争解決を図る能力が感じられない)点なども指摘した上で、あるべき弁護士の倫理面について、以下のように指摘する。

「もし問われている法曹の質というものが、『一企業の経営効率に資する能力』を意味するのであれば、確かに、米国の法曹の質が低いとは私も判断できません。しかし、市民に信頼される法曹としての質を問題にする以上、国民からの評価を抜きにしてアメリカ法曹の良質性を断定することには疑問があります。日本の弁護士は、実体的正義の観点から、依頼者の不当な要求には威厳を持ってノーと言えなければならないのであり、アメリカの弁護士のように企業の営利に隷従するビジネスマンになっては絶対にならないのです。」

 果たして、日本の国民の皆さんは、弁護士に対して、「依頼者の利益の奴隷として金の亡者的存在の弁護士」と「真実を重視し、依頼者の不当な要求にノーと言える弁護士」と、いずれを求めているのだろうか。

 ちなみに、アメリカのように100万人近い弁護士が存在しても、司法過疎は解消されていないそうだ。また、アメリカのリーガルサービスは、一部富裕層にとって極めて利用しやすいが、中流層以下には行き渡っておらず、弁護士人口の増大は大企業・富裕層の営利活動に無批判的に奉仕するビジネスマン弁護士を増大させているだけとの指摘もされている。

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

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