日経新聞~「人間発見」

 昨日(2001.10.4)より、日経新聞夕刊の連載「人間発見」で、久保利英明弁護士の連載が始まった。

 久保利弁護士は、私はお会いしたことはないが、派手なネクタイと恰幅のある体格でおそらく一度見たら忘れられない先生だろうと想像している。大宮法科大学院の創設にも参加され相当の私財を提供されたそうだ。

 副題として「法曹フロンティアを探して」と書かれていたので、司法改革礼賛の記事が連載されるのかと思っていたが、どうやら、久保利先生の一代記が連載されるようだ。

 その久保利先生がいう。

 「多様な人材を法曹界へ送り込むという法科大学院創設の理念は正しかったといまでも確信しています。~中略~新制度全体としてはうまく行っていません。~中略~新制度になったことで法曹に挑戦し、その道が開けた人も少なくありません。」

 確かに、新制度になったことで、これまであきらめていた方が法曹に挑戦し法曹になれた方もいただろう。しかし、新制度になったことで、これまで受験できていた人、受験できた可能性があった人が、法曹への途をあきらめざるを得なくなっている面も少なくないのだ。この当たり前の事実を、法科大学院推進論者はいつも無視する。

 これまでの司法試験では、学歴不問、大学を卒業していなくても一次試験に合格すれば、司法試験を受験することが出来た。合格できる実力を身につけるまで何度でも受験できたし、受験するためには受験料だけで事足りた。後は実力さえあれば、合格できた。実際に会社に通いながら苦学して合格された方も何人もおられる。

 しかし、新司法試験は別だ。新司法試験を受験するために(受験資格を得るために)法科大学院を卒業しなくてはならない。法科大学院に入るためには原則として大学を卒業していることが必要だから(一部例外もあるらしいが)、大卒+法科大学院卒でないと、新司法試験すら受験できない。

→学歴が必要

→どんなに優秀で、実力があっても法科大学院という回り道が必要

 この時点で、働きながらの受験は相当困難になる。昼間は会社勤務しながら通うことが出来る法科大学院がどれだけ身近にあるか、考えてみれば当然だろう。

→住んでいる場所に恵まれていないとダメ

→(会社に勤めながらの受験は、ほぼ無理)

 また、法科大学院もボランティアではなく経営があるから当然授業料は必要になる(優秀者は免除になる制度もあるそうだが、そのしわ寄せは普通の学生の負担になる)。大学の学費に加えて、2~3年の法科大学院の学費が必要になる。もちろん、なんにも食べないわけにいかないから、その間の食費だって馬鹿にならない。

→お金がなければ(若しくは借金しなければ)ダメ

 さらに、ひどいのは、法科大学院卒業後5年以内に三回受験して合格できなければ、新司法試験の受験資格を失う三振制度だ。飛び抜けて実力のある人はともかく、ボーダーライン上の実力の受験生であれば、たまたま3回とも不得意分野がでてしまうことだって考え得る。

→運が良くなきゃダメ

 これまで喧伝されてきた新司法試験合格率60~80%が夢物語である以上、現在の法科大学院+新司法試験制度で、本当に優秀且つ多彩な人材が今後も法曹界を目指してくれるのだろうか。現実に法科大学院を目指す人は激減しているが、それでも理念が正しいという理由だけで、この制度が多様で優秀な人材を法曹界に継続して導くことが可能なのだと久保利先生は言うのだろうか。

 ある制度改革を断行した場合、その制度改革を推進した人達は、制度改革によるメリットを強調しがちだ。しかし、その制度改革で20のメリットがあったとしても100のデメリットがあれば、どんなに理念が素晴らしくても、その改革は失敗と言うべきだ。

 20のメリットだけ振りかざして、失敗した改革を維持し続けることは将来に禍根を残すように思えてならない。

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