少年事件に思う

 少年事件は、通常の大人の刑事裁判より圧倒的に手間がかかることが多い。

 大人の刑事事件では、基本的には犯した罪の大きさによって、処罰が決まる。しかし、少年事件の場合は、その少年が立ち直るためにもっとも良い手段はなんなのかという点からの考察が欠かせない。

 したがって、大人の刑事事件では、事件を認めるか否認するか、否認する場合はどのような証拠があるのか、認める場合どのように反省している情状を立証をするか等の点に注意する必要があるが、少年事件だとそれに加えて、この少年が立ち直るためにはどのような手段が適切か、(少年を取り巻く環境を含めて)少年のどこに問題があるのかという考察が必要不可欠になる。

 そのためには、何度も少年に面会して問題点を探っていく必要がある。場合によっては、家庭訪問して少年の問題点につながるヒントを捜すことも珍しくないし、間違った考え方に気付いてもらうため何時間も鑑別所で少年と議論する場合もある。もちろん、家庭裁判所調査官と少年の問題点について意見交換させてもらうこともあれば、示談に赴いて被害者から、(私が罪を犯したわけではないにもかかわらず)何時間も罵倒され続けることだってある。

 だから、きちんとやろうとすれば、TVCMされている債務整理(過払金回収を含む)のように定型化された仕事ではなく、少年事件は完全なオーダーメイドの仕事になる。

 このように、非常に時間と手間がかかるのが少年事件だけに、扱わない弁護士も多い。仮に私選であっても時間と手間がかかる割りに、ペイしないからだ。

 特に法律扶助制度を使って付添人をお願いする場合、(その付添人が手をを抜かないとすれば)かける時間と手間に対して法律扶助から支給される額はあまりにも低いので、その弁護士に対して相当な経済的・時間的負担をさせている(自腹を切ってもらっている)ことを、依頼する側は知っておくべきだと思う。

 私も給料を頂けていたイソ弁時代は法律扶助での少年事件をやっていたが、いざ自分が経営する側になると、絶対にペイしない法律扶助での少年事件を担当することは困難になりつつある。現在のように弁護士過当競争時代において、私の周囲を見れば、例え私選であっても儲けにつながらない少年事件から離れていく弁護士はそこそこいるように思う。

 しかし、私は未だに少年事件を扱う。

 私が少年事件を担当して、なんとか保護観察になっても、再度事件を起こす子供もいるが、何人かに一人は、少年院送致になっても、その後に大学に合格するなど本当に立ち直ってくれる子供もいるからだ。その子や親たちからの感謝や喜びの声が、ときおり折れそうになる心をなんとか支えてくれるからだ。

 しかし、残念なことに、少年事件を起こした少年の親の方が常識を守らないことが最近目立ち始めたようにも思う。

 うちの事務所にも、子供が逮捕されたのでなんとかして欲しい、という電話依頼が時々ある。今後どうなるのかの説明と取り敢えず必要な対処法を指示して、その上で依頼するかどうか聞くと、相談の上、あとで電話をするといってそれっきり、という親が少なからずいるのだ。

 その親としては、一応の対処方法を聞いたので、弁護士は用済みと思っているのかもしれないし、人に話を聞いただけだから無料で良いだろうと勝手に思っているのかもしれないが、道路上で道を聞くのとは訳が違う。

 こちらは、本を買っての勉強や経験を積んでその知識を得て、その知識を使って生計を立てているのだし、電話で対応している時間は他の仕事をする時間を削って対応しているのだから、当然費用が発生してもおかしくないことは、常識のある大人なら誰だって分かるはずだ。

 無論、聞くだけ聞いて連絡を絶つような常識のない親に関わり合うのは、こっちも疲労するので願い下げだが、そのような親に育てられた少年に、少しだけ同情してしまうこともないではない。

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