マスコミの良心

 週刊東洋経済先週号の「編集部から」という、編集後記の欄に、記者の方が次のように書かれている。

今回紙面を割いたロースクールについて、小誌では一度大特集を組んだことがあります。

開校直前の2003年、「本当に強いロースクール」と銘打ち、「あなたも弁護士になれる」がキャッチでした。

実は当時から、現在の「惨状」を見通したかのような冷静な見方も一部にはありました。

ですが、大勢は「改革を止めるな」「バスに乗り遅れるな」の大合唱の中、熱に浮かれるように開設に走ったのが実相でした。

結果、多くのロースクールの経営が火の車なのは自業自得ですが、犠牲者はそれを信じて多額の借金を背負った学生です。

熱に浮かれた特集にかかわった1人として、自戒を込めて記します。

(引用ここまで)

 おそらく私のところまで取材に来られた、記者の方だろうと思う。非常に真面目かつ真剣に取材をされていたように記憶している。だから、本当に大変なことが起きていることを実感されているし、書かれた内容もおそらく本心に近いのだろう。

 自ら携わり、一度記事にした自紙の特集について、「熱に浮かれた特集」であったと認めることは、極めて勇気の要る行動だと思う。しかし、その反面、過ちは過ちとして認めようとする、報道に携わるプロとしての良心・矜持も見出せる行動であるはずだ。

 翻って、大新聞と呼ばれる日刊紙の論説委員はどうだろうか。現実を冷静に見ず、熱に浮かされ、法科大学院さえできれば全てうまく行くかのような論調だったはずだ。

 その論説委員の方々は、今の現実を見て、どう思っておられるのだろうか。現実には目を背けつつ、自紙の社説などについて、未だに熱に浮かされつつ誤りはない、と言い張るのだろうか。それとも法科大学院や文科省に責任をなすりつつ次第に論調をすり替えていくのだろうか。ひょっとしたら、東洋経済の記者の方のように、自らの報道が熱に浮かされたものだったと冷静に見つめ直し、明言するのだろうか。

 東洋経済の記者の方のこの記事を見て、マスコミの良心というべき心が、少なくともまだ現場の記者の方々からは失われていないのではないか、という、かすかな期待を、私は感じた。

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