夜に空港に着き、市内に向かう交通機関に乗っているときに、あ~海外に来ているな、と一番実感させてくれるのは、私の場合、街灯の明かりである。
どういうわけか、ヨーロッパの街ではオレンジ色のナトリウム灯が街灯に使われていることが多い。もちろんドイツなどでは水銀灯も目立つが、私の少ない訪欧経験では、繁華街はともかく市井の人々が暮らすような地域には、ナトリウム灯が街灯に使われていることが圧倒的に多かったように思う。
この街中にともるナトリウム灯が、寂しいというか切ないというか、故郷を遠く離れているんだなぁということを、何故か私に感じさせてくるのである。
高校の文化祭の準備などで帰宅が遅れ、がらんとした4人がけの夜汽車の椅子に一人座り、窓枠にほおづえをついてボンヤリと外を見ているときに、どこかの民家で、蛍光灯ではなく白熱灯の明かりがともっている。私は、自分の将来に対する、漠然としているがどうにも拭いきれない不安の大きさを感じながら、窓の外を流れ去る、誰の家のものとも知れぬ白熱灯の明かりに少し暖かさと優しさを感じ、わけもなく切なくなっていく。
どうして切なくなるのか、私にもはっきりと分からない。不安があったせいなのか、誰とも知らぬ人が一生懸命に暮らしていることを高校生なりに感じていたのか、それすらも分からない。
しかし、ナトリウム灯に照らされた街では、その頃の気分が、街中どこを見ても感じられるような気がするのだ。
だから、私の気分は、ナトリウム灯のあかりに、めっぽう弱い。