福永武彦と大林宣彦監督

 昨日の日経新聞夕刊に、大林宣彦監督が「草の花」について語っている記事が出ていた。

 「草の花」は、福永武彦という作家の作品で、理知的な青年の愛と死について書かれた小説だ。いつかブログで詳しく紹介したいと思いながら、私の中では、思い入れが強すぎてうかつに紹介しにくい本になっている。私は、中学2年生の頃、姉に「草の花」を勧められてから福永武彦にどっぷり、はまってしまい、「廃市・飛ぶ男」、「夢見る少年の昼と夜」「海市」「死の島」「風のかたみ」「風土」「忘却の河」など、文庫になっている小説はほぼ全て読み、大学時代は新潮社から毎月1冊ずつ発行されることになった福永武彦全集を、食費が残るか心配しながら買い求めたものだった。

 福永武彦の「草の花」を大林監督は、暗記までするくらい愛好していたそうだが、その一方で、この作品に出会って、作家の夢をあきらめたという。自分以上に自分のことを表現されてしまったように思えたのだそうだ。しかし、福永武彦への共感は、大林監督の作り出す映像に滲み出ているようにも思われる。

  大林監督は、福永武彦の「廃市」を映画化しているが、監督に影響を与えた作家が福永武彦であると知った上で思い返せば、有名な尾道三部作のひとつ「さびしんぼう」においても、ヒロインの通学している姿の描写、さびしんぼうが雨の中で主人公に肩を抱かれながらため息とともに消えてしまうシーンなど、随所に福永武彦に共感する監督の感性が表れているように感じられる。

 実は、私は一度だけ、大林監督にお会いしたことがある。司法試験受験生時代に勉強に行き詰まり、十一面観音像を見るため湖北(滋賀)の古刹を巡っていた際に、偶然NHKの撮影で、寺にやってきた大林監督夫妻にお会いできた。私が「僕は、監督の映画の『さびしんぼう』が大好きなんですよ。」と少し興奮気味に話すと、監督は穏やかな笑みを返して下さった。勇気を振り絞って、一緒に写真を撮らせて頂いたが、残念ながらその写真は紛失してしまった。

 その当時、監督が福永武彦の作品を愛好していると知っていれば、もっといろいろ話せただろうにと、夕刊を読みながら、今さらながらではあるが、少し悔やまれたりした、私だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です