余計なお世話??~その5

 ACCJは、③さらに法律専門職の経歴における流動的な性格があることを指摘し、新規法曹の数は増加させなければならないとしています。

 訳文のせいか、明確な主張は分かりにくいのですが、要するに企業の法務部門に移る弁護士や、裁判官・検察官に任官する弁護士数がますます増加しているし、政府機関の弁護士出向要請も一般化しつつあるから、法律専門職の空白を補うために新規法曹は増加させるべしというのがその主張のようです。更に簡単に言えば、企業・裁判所・検察庁・政府機関などに弁護士のニーズが増加しているのに、それを補うだけの弁護士数がいないではないかということのようです。

 では、ACCJのいうとおりのニーズが本当にあるのでしょうか。

 まず、企業の法務部門に移る弁護士が増加しているという指摘ですが、大阪弁護士会2007年11月月報に掲載された、平成18年の日弁連調査では、上場企業を中心とする国内企業3795社に対して、社内に弁護士を採用することを考えている企業は、回答1129社の内、53社しかありませんでした。
 しかもそのうち、14社は、1人採用して様子を見たいというお試し組ですから、弁護士採用に本当に前向きな企業は、1129社の内39社、わずか3.5%もありません。 そして、回答した企業1129社の内、今後5年間で弁護士をどれだけ採用する予定があるかという質問に対しては、全て併せても47人~127人しか採用予定がありませんでした。1年あたり、全国の主な企業でわずか10人から25人しか、企業側は弁護士を必要としていないことが明らかになっています。

 次に、裁判官への任官者は、ちょっと古いのですが、これしか見つからなかったので最高裁の平成15年度の資料を示しますが、全部で(1年あたりではありません)約60名の任官者しかいません。1年あたり10名未満です。
http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/kakyusaibansyo/iinkai_01_sankouisiryou_10.html

 更に検察官への弁護士任検者は、平成8年以降一人もいないと聞いています。任検者が相当数必要となっているのであればその資料を出して頂きたく思います。

 政府機関の弁護士出向要請が一般化しつつあるかといえば、資料が見つからなかったので分かりませんが、私の周囲の弁護士で出向要請された弁護士は見たことがありません。おそらくごく僅かの出向要請に過ぎないのではないでしょうか。どれくらいの人数の弁護士出向要請がなされているのか、ACCJに示して頂きたいと思います。

 以上の事実から見ても、少なくとも、現段階でACCJが、弁護士不足の根拠として指摘している点が、間違いだらけであることは、ご理解頂けると思います。

 さらにACCJは、事件記録を扱う能力に限界があるため日本における訴訟処理の速度が遅いので、裁判官の数の増加を求め国民の要求に応えるべきだと述べます。

 訳文のせいもあるかもしれませんが、まず個人的には、「事件が多すぎて処理しきれない状態にある」と言われるのであればともかく、アメリカ商工会議所の方に「事件記録を扱う能力的に限界がある」となんの根拠も示さずに見下したような言い方をされたくありません。

 確かに裁判官の仕事の多忙さは私も同期の裁判官などから聞いており、その加重な負担を考えれば裁判官・裁判所職員の増員は必要ではないかと思います。しかし裁判官は、公務員ですから国民の納得の上で、予算措置を講じる必要があります。本当に国民の方が、裁判官を増やすように要求されているのであれば、当然政府はその措置をとっているはずです。

 また「国民の要求」と安易にいってくれますが、アメリカ商工会議所の方が、日本政府よりも日本国民のニーズを理解しているというのでしょうか。少なくともアメリカ商工会議所の方々が日本の世論調査をしたなどという話は聞いたこともなく、そのような方々が日本国民のニーズを本当に把握したというのであれば、それはもはや超能力でも使ったとしかいいようがないのではないでしょうか。
 日本の国民の要求を、ACCJで勝手に作り上げてもらっても困ると思います。

 それに、本当に日本の裁判の速度が遅いのでしょうか。最高裁判所の資料によれば、分かりますが、アメリカと比較しても日本の裁判は、決して遅くはありません(下記URL参照)。

http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/asu_kondan/asu_siryo5/pdf/siryo5.pdf

 この資料から分かるように、ACCJにとって、日本の裁判が遅いのであれば、同じように、ACCJにとってアメリカの裁判だって遅いことになるはずです。そうだとすれば、ACCJとしては、他国の裁判を批判するより自国の裁判を批判するのが先ではないでしょうか。あれだけ沢山の法律家が世に溢れているにもかかわらず、日本と同程度のスピードの裁判しか行えないのであれば、それこそ、(事件数の多さもありますが)アメリカの法曹が事件記録を扱う能力に限界があるから裁判が遅いのだ、と言われても仕方がないように思うのです。

 また、ACCJは、民間部門における経験を有する中堅クラスの裁判官及び検察官を採用して、裁判官・検察官の数を増やすべきだと主張します。
 「民間部門における経験を有する中堅クラスの裁判官及び検察官」という意味がまず理解できません。民間部門で経験を有する方が裁判官・検察官になって、中堅クラスになるべきだというのであれば分かります。しかし、民間部門で経験を積んで裁判官に採用されても、採用当初は裁判官としては新人なので、採用して即、中堅裁判官にはなり得ません。

民間で中堅クラスにおられる方を裁判官・検察官として採用すべきだというのであれば、その方々の法的知識・リーガルマインドはどのように判定するのでしょうか。就職以来ずっと営業畑で中堅クラスになられたサラリーマンの方を裁判官に採用して、すぐに裁判ができるはずがありません。このあたりのACCJの主張は(訳文のせいもあるかもしれませんが)私の理解を超えています。

 この項の最後に、ACCJは多くの行政機関に弁護士を幹部候補生として常勤で採用することは望ましい旨を述べています。この点に関しては私も賛成です。ただし、それだけのために、訴訟社会になりかねないほど弁護士を大量生産する必要があるかと言われれば、その必要はないように思うのです。

(続く) 

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