「ひまわりの祝祭」 藤原伊織 著

 真夜中、突然、かつての上司であり大学の先輩でもある人物が尋ねて来て、500万円を賭博で一晩で使い切って欲しいという奇妙な依頼を主人公にする。主人公には賭博に関して一種独特の才能があった。非合法カジノに向かった二人はそこで、主人公の亡き妻とうりふたつの女性と出会う。主人公の妻英子は何年か前に自殺していた。妻は妊娠を隠していた。妻の死にまつわる真実を探り始めた主人公は、7作品しか現存しないと言われる、ファン・ゴッホの残した8作品目の「ひまわり」が鍵であることにたどり着く。果たして本当にファン・ゴッホは8枚目の「ひまわり」を残していたのか、主人公の妻の自殺の理由は何だったのか?

 同作者の「テロリストのパラソル」が乱歩賞と直木賞を史上初めてダブル受賞した事で有名ですが、この作品も非常に素晴らしいものであると思います。主人公は、一見さえない中年男で、幼児性を残していると周囲から指摘される人物です。読み進めていくと分かるのですが、銃の達人でもあり、真相に迫る際の頭の切れ具合も鋭すぎるくらいで、中年の主人公が(しかもハードボイルド小説の中で)、自分を指す一人称として「僕」を用いていることに違和感を覚えるかもしれません。
 しかし、この本のラスト近く、英子の自殺の理由を主人公が悟る場面で、何故読者に違和感を感じさせかねない「僕」を用いて作者が話を進めてきたのかが理解できます。感情を排し、短い文章を淡々と積み重ねたその部分は、この本の白眉であると私は思います。すでに語られた、まばゆく美しい「僕」と英子の高校時代の描写が効いています。
 様々な読み方があるでしょうが、私はこの小説を、主人公と英子の愛の話として読みました。もちろんミステリーとしても非常に面白い作品になっていると思います。

 一言で言えば、格好良くて悲しい物語。そう読めました。

講談社文庫 752円(税別)

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