突然の面会要請

 2年半ほど前の、ある冬の日の夕方、風邪気味でノドが痛く、声までかすれてきていた私は、「今日くらい早く帰ろうかな」と考えていたところ、突然大阪府警留置管理係から電話がかかってきました。

 その日は当番弁護の日ではないし、私が担当する刑事事件で被疑者が大阪府警に拘留されている事件もありませんでしたので、不審に思いつつ電話に出ました。

「坂野先生ですか。少年○○が先生に是非来て欲しいと言うとるんです。先生とは何の面識もないそうなんですが、来てやって頂けませんか?」

「少年○○君?確かに知りませんが、どうして私の名前を知ってるんでしょう。」

「さあ、それは分かりませんが、とにかく先生に来て欲しいと言うとるんです。ご迷惑だと思いますが来てやって頂けませんか。」

「分かりました。誰か分かりませんが、『弁護人となろうとする者』の資格で面会しましょう。20時くらいにはそちらに行けると思います。」

「すみません。よろしくお願いします。」

 こういうやりとりの後、仕事を済ませ、私は大阪府警本部に向かいました。とても寒い日で、風も強く、コートが風にあおられていたのを覚えております。

 いざ接見室に入って、自己紹介の後、どうして私の名前を知っているのか尋ねました。少年が言うには、鑑別所か留置場の壁の落書きに「坂野弁護士はよくやってくれるから、頼んだ方が良い。」と書かれていて、それを覚えていたから連絡してもらったのだと言うことでした。そして、親もお金を出してくれるだろうから、何とか自分の罪を軽くしてもらえるように弁護をやってくれないかと、少年に頼まれました。しかし1時間ほどかけて事件のことをあれこれ聞いてみると、少年の話によっても被害者に落ち度はないと思われるのに、自分は悪くないという話や、逮捕されたのは運が悪かったと言わんばかりの話が続々と少年の口から出てきたのです。

 私は、「罪を軽くして欲しいというだけであれば僕は受けられない。君が本当に今回の失敗を最後にしたいと思っていて、どうしても立ち直りたくて、その立ち直りの手助けをして欲しいというのであれば、頑張ってみようと思う。だから、壁の落書きから君はとにかく罪を軽くするために活動する弁護士だと僕のことを思ったかもしれないが、君が想像した弁護士とは違うかもしれないよ。それでも良いのであれば、ご両親と相談して連絡をくれれば頑張ってみよう。」と答えました。そして少年の親にも面会の様子を伝え、本人とよく相談するようにお願いしました。

 私の採った態度が正しかったかどうかは未だに分かりません。

 しかし、私の経験から言うと、少年事件を起こす少年は、彼が生み出したのか周囲が植え付けたのかは別として、一様にガン細胞のような問題点(心のキズ・ゆがみ)を抱えているような気がします。そしてその問題点には、少年自身が、事件についての反省の過程でいかに被害者に迷惑をかけたか、いかに自分がくだらないことをしてしまったのか、何故悪いと分かっていながら止められなかったのか等、様々な事について深く考え、苦しんでガン細胞のありかを突き止めようとする姿勢がなければ、近づけないように思えます。周囲の者が勝手に見立てて、「君の問題点は、此処にあるからこのように直しなさい」と指摘しても、ある程度の治療は可能でもガン細胞の根は残ってしまい、再発する危険がどうしても残る気がするのです。

 別の言い方をすれば、少年自身が自らの問題点に気づこうとしない限り、少年の事件の問題点は根本的な解決が極めて困難だと思います。そしてその問題点を見つけた後、どのように改善するかについても少年が必死に考える必要があると私は思っています。そうだとすれば弁護士が事件を起こした少年に対してできるのは、あくまで少年が立ち直りたいと思っている場合に、その立ち直りのため付き添って一緒に考え、手助け・ヒントを与えてあげるくらいではないのでしょうか。むろん弁護士は、審判に向けて、調査官や裁判官と面談するなど、様々な活動を行いますから、事件自体についてやることはたくさんあります。しかし、当の少年がこれまでの自分と決別して立ち直ろうと考えない限り、真の解決は難しいのだと思います。

  弁護士に出来ることは限られているかもしれませんが、その中で一生懸命頑張って、今後も少年の立ち直りにつきあっていこうと考えております。

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