諏訪敦個展「眼窩裏の火事」(府中市美術館)~その5

 第2章「静物画について」は、第1章「棄民」の明るい展示室と異なり、一転して暗い部屋の中に、各作品が光で浮かび上がる形式での展示であった。一瞬どこから光を当てているのか分からない作品もあったこともさることながら、展示順が複雑で、作品紹介の展示番号順に作品を観ようと思うと、かなり迷うことになる。

 私は、諏訪先生の静物画もかなり好みである。卓越した描写力が存分に生きる分野ではないかとも感じられるからだ。ガラスコップへの外界の写り込み、触れば粘液で糸を引きそうなイカのぬめり具合など、どうやれば絵画でこんな表現が可能なのかと思わされる作品も多い。

 おそらく展示にこだわりのある諏訪先生のことだから、きっと展示番号順にも何らかの意図があるはずだと考え、その静物画の迷宮をさまよいながら、なんとか、一度は展示順に作品を見終えるが、さて、もう一度落ち着いて展示番号順にゆっくり見ようとすると、私は既に迷宮に落ちており、展示番号順での鑑賞を再現できない。
 
 会場は次第に混み合ってきつつあった。そのため、展示室では、だんだんと人の頭越しに作品を観ざるを得なくなりつつあった。

 作品の描写力に心を奪われ、ついつい作品の至近まで顔を近づいて確認しようとして、係員の方に制止される人も相当数いた。


 光で浮かび上がる作品群の迷宮に迷いながらも、私はこの番号順の鑑賞が困難な展示方法それ自体が、諏訪先生の意図なのだろうと思うことにしていた。

 ところで、いくつかの静物画の中に見られる光点などについて、諏訪先生の閃輝暗点の症状をうつしたものだと作品紹介にはあった。今回の個展が「眼窩裏の火事」とされているのも、どうやらこの閃輝暗点の体験を踏まえてのものでもあるようだ。

 実は私も以前、仕事で目を酷使していた頃、何度か閃輝性暗点の症状が出るときがあり、眼科で見てもらったことがある。私が体験したのは、視野の一部が光っているか、視野の一部が飛んでしまい、どうしてもその部分に焦点を合わせられなくなる、文章を読んでいてもその部分だけ光って読めないような状態になる、というような症状である。閃輝性暗点が出たあとには、たいていの場合、結構きつい頭痛が来るので、これがまた辛いのである。

(続く)
 
 

【府中市美術館でもらった個展パンフレットより。左上が閃輝暗点を描き込んだ作品「目の中の火事」】

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