平成29年度司法試験採点実感から~公法系第2問

☆例年繰り返し指摘し,また強く改善を求め続けているところであるが,相変わらず判読困難な答案が多数あった。極端に小さい字,極端な癖字,雑に書き殴った字で書かれた答案が少なくなく,中には「適法」か「違法」か判読できないもの,「…である」か「…でない」か判読できないものすらあった。

☆脱字,平仮名を多用しすぎる答案も散見され,誤字(例えば,検当する,概当性,多事考慮,通交する等)も少なくなかった。

☆問題文では,Xらの相談を受けた弁護士の立場に立って論じることが求められているにもかかわらず,各論点の検討において,問題文に記されているY側の主張を単に書き写してXに不利な結論を導いたり,ほとんど説得力がないYやAの立場に立つ議論を案出したり,Xの側に有利となるべき事情を全く無視して議論したりする答案が相当数見られた。原告代理人としては,もちろん訴訟の客観的な見通しを示すことは重要であるが,まずは依頼人の事情と主張に真摯に耳を傾けることこそが,実務家としての出発点であろう。

☆例年指摘しているが,条文の引用が不正確又は誤っている答案が多く見られた。行政事件訴訟法や道路法の条文を引用していない答案も見られた。

☆冗長で文意が分かりにくいものなど,法律論の組立てという以前に,一般的な文章構成能力自体に疑問を抱かざるを得ない答案が少なからず見られた。

☆どの論点を論じているのか段落の最後まで読まないと分からない答案や,どの小問についての解答かが明示されていない答案が見られた。

☆結論を提示するだけで,理由付けがほとんどない答案,問題文中の事実関係や関係法令の規定を引き写したにとどまり,法的な考察がされていない答案が少なからず見られた。

☆法律解釈による規範の定立と問題文等からの丁寧な事実の拾い出しによる当てはめを行うという基本ができていない答案が少なからず見られた。

☆問題文等から離れて一般論について相当の分量の論述をしている答案(設問1⑴において処分性の判断基準を長々と論述するものなど)が少なからず見られた。問題文等と有機的に関連した記載でなければ無益な記載であり,問題文等に即した応用能力がないことを露呈することになるので,注意しておきたい。

☆一般的な規範については一応記載されているが(例えば,原告適格や処分性の判断基準),それに対する当てはめがなされていない答案や,あるいは,提示した一般的な規範とは全く別個の根拠で結論を出している答案が見受けられた。これでは一般的な規範が何のために記載されているのか不明であるし,その内容を正確に理解していないのではないかという疑念を生じさせるものである。

☆問題文の指示を十分に把握せずに答案作成をしているのではないかと思われる答案も少なからず見られた。例えば,設問2⑴において,路線の廃止に係る処分性を検討するに当たり,その前提として道路の区域の決定及び供用の開始の法的効果を論ずべきことが会議録に明記されているにもかかわらず,その検討を行っていない答案が少なからず見受けられた。

☆小問が4問あったことも一因と思われるが,時間が足りず,最後まで書ききれていない答案が相当数あり,時間配分にも気を配る必要がある。

☆行政手続法上の不利益処分の概念を正しく理解できていないため,ウェブサイトの記載を処分基準と誤解する答案が目立ったことなどに鑑みると,法科大学院においては,行政法学(行政法総論)の基礎的な概念・知識がおろそかにならないような教育を期待したい。

☆法科大学院には,単に条文上の要件・効果といった要素の抽出,法的概念の定義や最高裁判例の判断基準の記憶だけに終始することなく,様々な視点からこれらの要素を分析し,類型化するなどの訓練を通じて,試験などによって与えられた命題に対し,適切な見解を導き出すことができる能力を習得させるという教育にも,より一層力を注いでもらいたい。本年も,論点単位で覚えてきた論証を吐き出すだけで具体的な事案に即した論述が十分でない答案,条文等を羅列するのみで論理的思考過程を示すことなく結論を導く答案のほか,提示した一般的な規範とは全く別個の根拠で結論を出している答案すら散見されたところであり,これでは一般的な規範が何のために記載されているのか,そもそもその内容を正確に理解しているのかについて疑念を抱かざるを得ない。法律実務家を志す以上,論述のスタートは飽くまで条文であり,そこから法律解釈をして規範を定立し,具体的事実を当てはめるというプロセスが基本であるが,そのような基本さえできていない答案が少なからず見られた。上記のような論理的な思考過程の訓練の積み重ねを,法律実務家となるための能力養成として法科大学院に期待したい。

☆各小問に即して,上記のような観点からの能力の不十分さを感じさせる答案として特に目に付いたものとしては,原告適格,重大な損害,裁量権の逸脱濫用の判断に当たり,単に問題文に記載された事実を書き写すだけで,これを,問題文に指定された立場から法的に評価していない答案(設問1⑴,1⑵,2⑵),裁量が肯定される実質的な理由を検討することなく,単に法律の文言のみによって判断する答案(設問1⑵,2⑵),法的論拠を全く示すことなく,突如として本件内部基準の法的性質やその合理性の有無についての結論を述べる答案(設問2⑵)等が挙げられる。

☆法律実務家は,裁判官,検察官,弁護士のいずれにせよ,自己の見解とは異なる立場に立っても柔軟にその立場に即した法的検討,論述を展開し得る能力を身に付けることが期待されているものである。問題文に,Xらの依頼を受けた弁護士の立場で解答することを求める指示があるにもかかわらず,Xらの主張は認められないとの結論を導く答案や,Y側の主張を十分に理解した上でこれに法的評価を加えようという姿勢が見られない答案,ほとんど説得力を感じさせない主張の展開を試みる答案などが少なからず見られたのは,法科大学院教育又は学生の学習態度が,前記のような条文解釈に関する学説・判例の暗記に終始してしまっているところに一因があるのではないかとの懸念を生じさせるものである。

☆法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案も相当数見られた。法律実務家である裁判官,検察官,弁護士のいずれも文章を書くことを基本とする仕事である。受験対策のための授業になってはならないとはいえ,法科大学院においても,論述能力を十分に指導する必要があると思われる。

☆法科大学院教育において,一般的な判断基準や主要な最高裁の判例を学習し覚えることが重要であることはいうまでもないが,更に進んで,これらの基準を具体的な事案に当てはめるとどのようになるかを学ぶ機会をより一層増やすことが求められているのではないか。

※(坂野注)

「少なからず」という言葉(副詞)は、「数量・程度などが軽少でないさま。 たくさん。かなり。」という意味です。たくさんなのだが、たくさんというのは憚られるときなどに用いられる言葉です。

 一部の優秀な法科大学院の存在は否定しませんが、法科大学院の教育能力が全体的に見ればロクでもないことは、採点実感から見ても明らかでしょう。「条文の引用が不正確又は誤っている答案が多く見られた。」「基本さえできていない答案が少なからず見られた。」「法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案も相当数見られた。」という評価を受けた受験生達のなかから1/4が合格できてしまうのが、今の司法試験ということです。

 各地の弁護士会が、司法試験合格水準を適正に維持するよう声明を出していることも危機を物語る一徴表といえましょう。

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