産経新聞~金曜討論

産経新聞の金曜討論で、法科大学院の問題が取り上げられている。

討論者(といっても、インタビューだが)は、一橋大学法科大学院教授・法科大学院協会専務理事の後藤昭氏と中央大法科大学院教授安念潤司氏だ。

いずれも法科大学院関係者という、利害関係者によるインタビュー記事だが、毛色は若干違う。

後藤氏は、法科大学院協会専務理事という役職から、法科大学院維持・司法試験合格者の更なる増加を求めるというポジショントーク全開だ。
安念氏は(合格者の更なる質の低下はやむを得ないという前提ではあるが)司法試験合格者の更なる増加を求めている点で後藤氏と共通する。しかし法科大学院の理念(多様な人材を法曹にする理念)は全く実現出来ていない、と現状を正しく把握している点ではまだ、後藤氏よりマシだ。

後藤氏のインタビューは下記の通り(産経新聞HPより引用~コメントは坂野個人の意見です。)

■人材輩出に貢献している
--制度の現状をどうみるか
「社会人の入学が少ないなど理想とはズレがあるが、優れた法曹育成などの成果は着実に出ている。問題の答えを暗記するのではなく、自分で考えて法的問題を解決できる人材を輩出できている」
→まず、嘘をつくなと申しあげたい。もし後藤氏が指摘しているように自分で考えて法的問題を解決できる人間を輩出できているのであれば、法務省が公開している司法試験の採点雑感等に関する意見(司法試験採点者の意見)に、次のような指摘がなされる事態はあり得ないはずでしょう。公法系科目1頁目だけでも以下のような指摘がなされています。(坂野)

・内容的には,判例の言及,引用がなされない(少なくともそれを想起したり,念頭に置いたりしていない)答案が多いことに驚かされる。答案構成の段階では,重要ないし基本判例を想起しても,それを上手に持ち込み,論述ないし主張することができないとしたら,判例を学んでいる意味・意義が失われてしまう。
→実務の基本である判例について、言及・説明できない答案が多いという指摘です。法科大学院の判例の教え方に大きな問題点があるということだということでしょう。(坂野)

・まず何よりも,答案作成は,問題文をよく読むことから始まる。問題文を素直に読まない答案,問題文にあるヒントに気付かない答案,問題と関係のないことを長々と論じる答案が多い。
→自分の頭で考えるということは、問題と無関係なことを書いて良いということとは異なります。たとえば、民事裁判で争点と全く無関係な点を、自分の考えだからといって書き連ねても全く意味がないばかりか、かえって有害です。自分の頭で考えるということは、きちんと問に答えられないことへの言い訳であってはならないはずですが。(坂野)

・答案構成としては,「自由ないし権利は憲法上保障されている,しかしそれも絶対無制限のものではなく,公共の福祉による制限がある,そこで問題はその制約の違憲審査基準だ。」式のステレオタイプ的なものが,依然として目に付く。このような観念的でパターン化した答案は,考えることを放棄しているに等しく,「有害」である。
→自分の頭で考えることのできる人材が書いた答案なら、どうして観念的でパターン化した、考えることを放棄したに等しい答案が目につくのでしょうか?後藤氏に説明して頂きたい。(坂野)

・憲法を,具体的な事例の中でどのように適用するか(活用するか)という観点からの答案が少なく,一般的,抽象的な憲法の知識を書き表しただけの(地に足が着いておらず,何が問題であるかを見抜けていない)答案が多かった。
→仮に(百歩譲って)自分の頭で考えることができても、何が問題であるのか全く分からないのであれば、法律家として意味がないのでは?法科大学院の厳格な修了認定をくぐり抜けて卒業し、初めて司法試験が受けられるのですから、法科大学院教育に問題があることは明白ではないでしょうか。(坂野)

・今年の問題は,日頃から日常生活を取り巻く法的問題に関心を持って自分でいろいろと考えをめぐらせていれば,特に難しい問題ではなかったはずだが,答案を見ていると,受験者は紙の上の勉強に偏しているのではないかという印象を持つ。
→法科大学院が実践するはずの法と実務の架橋、プロセスによる教育って一体なんですか?自分で考えれば分かるはずと採点委員が言っている問題にきちんと解答もできずに、法科大学院が卒業を認めて良いんでしょうか。(坂野)

◯合格率上げれば増加
--入学者の定員割れが相次ぎ法科大学院離れが指摘されている
「(法科大学院修了者が受けられる)新司法試験の合格率が低く、頑張っても法曹資格を取れる見通しが低いことが最大の要因だ。受験者全体の単年度合格率を50%程度に上げれば、上位校では80~90%の合格率に達する。本質的に法律を学ぶ姿勢が一般的になり、会社を辞めてでも法曹を目指そうとする人が増える」
→法科大学院側がいつも持ち出す責任転嫁論です。どんなに甘く採点しても合格させるだけの実力がないので落とされているのです。
また、法曹資格を取得しても就職難もあるし、生活が苦しい可能性があるのであれば、誰が、会社を辞め、馬鹿高いお金を法科大学院に払って、人生に役立たない資格を取得しようと考えるでしょうか。後藤氏の論は、法曹資格を取得すれば食いっぱぐれがなかった昔の時代だけに通用したお話です。つまり後藤氏の頭の中では20年以上前の実務家の姿が前提となっているのです。ちなみに、その時代は合格率数%でしたが年々受験生は増加する傾向にありました。その時代の志願者増加傾向を考えると、法科大学院離れの最大の要因は、需要もないのに法曹資格を濫発させてしまい、職業としての法曹の魅力を失わせてしまった点にあると考えるのが相当でしょう。(坂野)

--法科大学院離れに対する危機感は?
「大きい。入学志望者が増えれば、入学段階で厳しい選抜を行うことができ、優秀な学生が集まる。法科大学院に活気があり、多くの人が入学を目指すことが、法曹界のためにも重要だ。そのためには、新司法試験の合格率を上げて、法科大学院に入る魅力を高める必要がある。ただ、法科大学院は定員削減を進めてきており、現在の合格者数を維持すれば、合格率は上がっていくだろう」
→旧司法試験に比べれば、合格率は10倍以上に上がっています。新司法試験の合格率を上げても、質の低下した法曹が増えるだけで、国民の皆様のためになりません。
次に、一般社会で良い人材を得ようとする(ヘッドハンティングなど)場合に、お金を積むか、名誉や権力を与えるなどそれなりの対価が必要です。後藤氏の場合この対価を法曹資格と考えているのでしょうが、司法試験合格率を上げて、法曹資格を取りやすくすればするほど、法曹資格の価値は下がります。それにも関わらず、後藤氏は、司法試験の合格率を上げて法曹資格の価値を下げれば、その価値の下がった法曹資格を目指して優秀な人材が集まると言っているのです。よくもそんなことを堂々と言えたものです。法科大学院維持のためのポジショントークであることを割り引いても、学者さんの肩書きがなければ、なに寝ぼけたこと言ってんの、と一笑に付されても仕方ない意見ではないでしょうか。(坂野)

--官民ともに職員や社員を海外の大学院に留学させることは多いが、国内の法科大学院で学ばせることは少ない
「日本は法曹資格を取得するのが、今でも過度に難しく、企業などが社員を法科大学院に行かせるだけのメリットが見いだしにくい。同じ理由で、海外から日本の法科大学院に入る留学生が非常に少ないのも大きな問題だ。日本の法曹資格をもっと取得しやすくしなければ、こうした留学生や会社員が増えずに日本法の国際的影響力が弱まり、日本全体の国際競争力の低下にもつながりかねない」
→日本の法曹資格取得の問題で、日本全体の国際競争力が低下するなんて、どこをどう解釈すればそう言えるのでしょうか。論理の飛躍と思い上がりもたいがいにして頂きたい。大手企業の多くは、大学法学部出身者等を雇用し、きちんと法務部を組織して法務問題に対応しています。弁護士資格がなくても、きちんと法律知識を身につけて会社で活躍されている方は大勢います。
アメリカでは大学法学部がないため法的知識等についてロースクールで学ぶことになりますから、全く制度が違うのです。しかし、後藤氏の頭の中には、「法曹資格がない=法的知識がない=社会で法を扱えない」、とつながっているのでしょうか。
企業法務部の方々に、あまりにも失礼な言い方ではないでしょうか。(坂野)

--法科大学院はなぜ必要か
「試験で測れる能力は限られている。専門職としての教育をしっかり受けることが大切だ。医師と同じで国家試験にさえ合格すればよいのではない。実務感覚を備えた法学研究者の養成にも役立つ。法科大学院を経ずに新司法試験の受験資格を得られる予備試験は、経済的事情のある人などに向けた例外的な措置と考えるべきだ」
→専門職の教育をいくら立派に施しても、それが身についているかは全く別問題でしょう。試験に合格しただけでは足りないからこそ、旧試験時代でも司法修習が2年間行われていたのであって、旧制度でも十分対応できていました。また、専門職の教育をしっかりするはずの法科大学院が試験問題漏泄に近い不祥事を起こしていたのは何故でしょうか。司法試験予備校はいろいろ批判はされていましたが、試験問題漏泄等という、こずるいことはしていませんでした。また、本当に法科大学院が立派な、実務に役立つ教育をしているのであれば、予備試験合格者を制限しろなどと、せこいことを言わずに、むしろ堂々と予備試験受験者と渡り合ったらどうですか。(坂野)

◯官民で理念の推進を
--弁護士の就職難をどう考えるか
「企業や自治体に籍を置く組織内弁護士の潜在的な需要は大きいはずだが、現状では他の先進国と異なり、市場が小さいままだ。大学院を通じて法曹人口を増やし、活用の場を広げる司法制度改革の理念を官民ともに推進しなくては、国際水準から遅れた“ガラパゴス社会”化が進行してしまう」
→企業や自治体の需要が本当にあれば、既に弁護士はたくさん雇用されているはずです。日弁連アンケートでも企業の弁護士需要はほとんどありません。日弁連はずいぶん前から企業内弁護士を薦めてきましたが、需要は開拓されていません。後藤氏が仮に本当に潜在的需要が大きいとお思いなら、後藤氏が勤務されている一橋大学法科大学院で法律事務所を設立して就職難の修習生を雇用して、潜在的需要を開拓したらよいのです。ネームバリューもありますし、潜在的需要が開拓できて法律事務所の儲けが出れば、一橋大学法科大学院の経営上にもプラスになるでしょうし、卒業生に対するアフターサービスにもなりますから、志願者も増えて良いこと尽くめではないですか。法曹人口を増やせば全て解決、ガラパゴス社会化が解消されるというのなら、その根拠を具体的に示してから、ご発言して頂きたいと思います。(坂野)

(引用ここまで)

安念氏発言に対する突っ込みは、元気があれば次回行う予定です。

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