またしても日経新聞社説の弁護士バッシング

 日経新聞本日の朝刊の社説に、下記の通りの記述がある。

「法務分野では、司法試験の合格者増をテコに、個人や企業に質の高いサービスを提供する弁護士をもっと増やすべきだ。日弁連は合格者を減らす入り口規制で質向上をめざすと主張しているが、これはおかしい。

 多くの弁護士が切磋琢磨(せっさたくま)を重ね、質の低いサービスしかできない弁護士は淘汰される仕組みが利用者本位につながる。」

 社説のほんの短い部分なのだが、相変わらずの弁護士バッシングだ。

 まず、現在の司法試験合格者の全体としてのレベルは相当ダウンしている。これは、法務省で公開されている司法試験採点雑感等を見れば一目瞭然だ。

 最新の司法試験採点委員の雑感から、以下長くなるが引用する。

「当該事案の問題点に踏み込む姿勢が乏しく,違憲審査基準(比例原則にしても同様)を持ち出して,表面的・抽象的・観念的な記述のもとで,あらかじめ用意してある目的手段審査のパターンの範囲内で答案を作成しようとする傾向が見られる。(憲法)」

「論理的な一貫性や整合性に難点があるにとどまらず,判読自体が困難なものや文意が不明であるものも見受けられた。自覚的な文章作成能力の涵養が望まれる。(憲法)」

「選挙権という重要な権利が問題になっているので「厳格審査の基準」でその合憲性を審査するなどとするのみで,具体的な検討なく安易に違憲としている答案も多く,逆に,「選挙権は権利であると同時に公的な義務」と位置付けるだけで,安易に制限を合憲とする答案も意外に多かった。(憲法)」

「総じて,一定の視点から事案を分析・整理した上で,法令の解釈・適用を行うという法実務家に求められる基本的素養が欠如していると言わざるを得ない答案が多かったのは,残念である。(行政法)」

「問題文をきちんと読まず,設問に答えていない答案が多い。問題文の設定に対応した解答の筋書を立てることが,多くの答案では,なおできていない。(行政法)」

「実体法の解釈・適用に弱いとの傾向は,今回も見られた。(行政法)」

「「見せ金」の概念及び問題の所在を示した上で,本件事案が見せ金に該当するか否かを論じている答案は,少なかった。(商法)」

「判例・学説等を踏まえて論じた答案はごく僅かであった。また,本件募集株式発行については,見せ金を除くごく一部につき実際の払込みがあることを,本件募集株式発行により発行された株式の効力を考える上で,いかに評価するかを論じる必要がある。しかし,これを論じている答案は更に少なかった。(商法)」

「(中略)後者の責任については,そもそも論じていない答案も多く,論じても,AのほかBも責任の主体になり得るか等の問題の検討や,見せ金による払込みの効力及び株式の効力と整合的に,貸借対照表及び履歴事項全部証明書の内容を分析することが,不十分であっただけでなく,同条第2項第1号の要件を満たすから同条第1項の責任が認められると議論する等,前者の責任と後者の責任の関係を理解していないものが圧倒的であった。(商法)」

「上述の会社法第52条や第429条の責任の問題のように,基本的な会社法上の責任の構造に関する理解に不十分な面が見られる。また,判例をきちんと身に付け,それを踏まえて議論するという,法曹に求められる基本的な思考方法が十分に身に付いていない感がある。(商法)」

「前記のように,手続保障や信義則など抽象的な規範のみから結論を導く答案,題意をきちんと把握せず,定義や制度趣旨など自分の知っていることを書き連ねている答案,問題を正面から受け止めることをあえて避け,自分の知っていることに無理やり当てはめようとする答案が目立った。このような傾向が見受けられるのは,題意をきちんと把握するだけの基礎学力の不足に起因するところが多いように思われる。特に,基本的な制度や判例について,自らその意味を掘り下げて考えるという作業を怠り,定義,要件,結論を覚えて,それを具体的な事案に当てはめるということだけを学習しているのではないかが懸念される。(民訴法)」

「試験において,判例が扱っている問題について判例とは別の角度から検討を求めたり,判例に反する立場からの立論を試みることを求めたりすると,全く歯が立たない受験生が多く認められる。察するに,判例についての表面的な理解を前提に,その結論を覚えて事例に当てはめるということはできても,その判例がそのような結論に至る論拠はどこにあるか,反対説の根拠は何か,その違いはどこからくるのかといったより根本的なことが理解されていないように思われる。基本的な制度や判例の根拠をきちんと考えることを習慣づける教育が求められる。(民訴法)」

「刑法総論・各論等の基本的知識の習得や理解が不十分であること,あるいは,一応の知識・理解はあるものの,いまだ断片的なものにとどまり,それを応用して具体的事例に適用する能力が十分に身に付いていないことを示しているものと思われる。(刑法)」

「刑法の基本的事項の知識・理解が不十分な答案や,その応用としての事例の分析,当てはめを行う能力が十分でない答案も見られたところである。(刑法)」

「関連条文から解釈論を論述・展開することなく,問題文中の事実をただ書き写しているかのような解答もあり,法律試験答案の体をなしていないものも見受けられた。(刑訴法)」

「本件での具体的な事実関係を前提に,要証事実を的確にとらえ,伝聞法則の正確な理解を踏まえた論述ができている答案は少数にとどまった。(刑訴法)」

「司法警察員により作成された捜査報告書の証拠能力を問うているにもかかわらず,これを無視し,録音テープであるから知覚,記憶,叙述の過程に誤りが入り込む余地はなく,当然に非伝聞証拠であるなどと断じた答案まで見受けられた。このような答案については,厳しい評価をすれば,基本的知識,事実分析能力及び思考能力の欠如を露呈するものと言わざるを得ない。(刑訴法)」

「決定的に重要な事実を指摘して,証拠能力の有無を検討している答案は少数であった。(刑訴法)」

「今後の法科大学院教育においては,手続を構成する制度の趣旨・目的を基本から正確に理解し,これを具体的事例について適用できる能力,筋道立った論理的文章を書く能力,重要な判例法理を正確に理解し,具体的事実関係を前提としている判例の射程範囲を正確にとらえる能力を身に付けることが強く要請される。特に,確固たる理論教育を踏まえた実務教育という観点から,基本に立ち返り,刑事手続の正常な作動過程や刑事訴訟法上の基本原則の実務における機能を正確に理解しておくことが,当然の前提として求められよう。(刑訴法)」

「手形の不渡りという事実が現れているにもかかわらず,それが支払停止に該当するかどうかを検討せずに,破産手続開始決定や自己破産の申立てといった事実から直ちに支払不能を認定したり,代物弁済の時点で既に支払不能となっていると認定する答案が少なからずあった。条文や基本的な概念の正確な理解及び具体的事案を的確に把握する能力を養うことの重要性が感じられた。(倒産法)」

「総じて,実体法上の検討が十分に行われていないという印象を受けた。(倒産法)」

「争点について検討する能力のみならず,主張を法律的に構成する能力を養うことの必要性が感じられた。(倒産法)」

「具体的事案を的確に把握して,当事者にとって最適な解決方策を検討する能力が不十分と感じさせられた。(倒産法)」

「条文に則した勉強がされていないのではないかとの危惧を感じた(倒産法)」

「同法第56条が「ないものとみなす。」と規定している意味を理解しない答案も散見され,基本的知識を具体的事案に適用する訓練が不十分な受験生が一定程度存在することも実感された(租税法)」

「経済法の問題は,不必要に細かな知識や過度に高度な知識を要求するものではない。経済法の基本的な考え方を正確に理解し,これを多様な事例に応用できる力を身に付けているかどうかを見ようとするものである。法科大学院は,出題の意図したところを正確に理解し,引き続き,知識偏重ではなく,基本的知識を正確に習得し,それを的確に使いこなせる能力の育成に力を注いでいただくとともに,論述においては,論点主義的な記述ではなく,構成要件の意義を正確に示した上,当該行為が市場における競争へどのように影響するかを念頭に置いて,事実関係を丹念に検討し,要件に当てはめることを論理的・説得的に示すことができるように教育してほしい。(経済法)」

「残念ながら,期待していた水準に達している答案は多くはなかった。論点や出題の意図を理解していないと思われるもの,論点に関するキーワードが不完全な形で記載されており,理解不足が露呈しているものなどが多数見られた。(知財法)」

「従前から指摘していることであるが,まず基本的事項につき,単に記憶させるのではなく,十分に理解させるような教育をお願いしたい。(中略)今回の答案審査に当たり,基本的事項を十分理解することなく記述していると思われる答案が多かったので,特に強調して指摘する次第である。(知的財産法)」

「必要な論点の抽出が非常に不十分な答案が相当数あり,期待される水準に達していた答案が予想以上に少なかった。(労働法)」

「労働法の基本的理解に欠けると思われる答案も散見された。(労働法)」

「法令・判例・学説に関する基本的知識については,正しい理解に基づき,かつ,網羅的に習得することを更に目指していただきたい。(労働法)」

「環境法学習においては,基本的考え方や基本的仕組みを理解することは重要であるが,それは言わば「点」でしかない。それが具体的制度とどのように関係するか,どのような場面で適用することができるかを学習することによって,「点」を「面」に発展させることができるのである。法科大学院においては,単なる仕組みの解説にとどまるのではなく,このような視点に留意していただけると有り難い。(環境法)」

「全く理解や知識がないためか,「他国に損害を与えてはならない」という「常識論」しか記載されていない答案も目立った。(国際公法)」

「第1問,第2問のいずれについても言えることだが,答案に問題を改めて記載する例が少なからず見られたが,問題を写したとしても加点されず,意味がないばかりか,答案用紙の紙幅が足りなくなって論ずるべき点の記載が不十分になるなど弊害にもなる。解答は長く書く必要はないが,結論だけでなく結論に至る各自の理解を記載してもらわないと加点されないので,その点は注意してほしい。(国際公法)」

「①国際私法・国際民事訴訟法・国際取引法上の基本的な知識と理解を基にして論理的に破たんのない推論により一定の結論が導けるか,②設例の事実からいかなる問題を析出できるか,③複数の法規の体系的な関連性を認識しながら,析出された問題の処理に適切な法規範を特定できるか,④法規範の趣旨を理解して,これを設例の事実に適切に適用できるか,である。
 本年度は特に上記②と③の基準から見て不十分と言わざるを得ない答案が目立った。逆に言えば,これらの基準を満たす答案であれば「優秀」答案となる可能性が高くなる。④の点についても法規範の趣旨が十分に理解されていないと見られる答案,換言すれば,文理にのみ着目して規定の単純な当てはめだけを行う答案が多かった。その結果,規定の立法趣旨などに言及する答案は,相対的に,少なくとも「良好」となる可能性が高いと見られる。そして,規定の単純な当てはめ作業に終始しつつも,少なくとも①の基準をおおむねクリアーしている答案が,多くの場合,「一応の水準」答案となるのではないかと見られる。(国際私法)」

 もちろん、私は新司法試験合格者でも上位の方が優秀であることは否定しない。しかし、採点雑感を見れば明らかなとおり、全体としてみれば相当やばいレベルの方でも合格できる試験になりつつあるのが現状だ。この事実は、日経新聞の社説を書くくらいの人なら当然知っていて然るべきだし、知らないで社説を書いているのであれば、多くの人に誤解を与える非常に罪な行為だろう。

 だから日経新聞の社説は、司法試験のレベル低下の問題を全く無視した点で、少なくとも的外れだ。合格者のレベルを上げるには、競争を強化するしかないだろう。一生に一回かもしれない事件を依頼する弁護士に、最低限度の知識・応用能力がないと困るのは、一般の方ではないか。

 日経新聞の社説は、言い換えれば、医学部卒業生全てに医師資格を与えて競争させれば、自由競争による淘汰によって、良い医師が生き残るから良いではないかという主張とほぼ同じだ。淘汰に至る過程で、藪医者にかかって殺される人がいてもそれは、情報もなくその藪医者を選んでしまった人が悪い、自由競争だからしょうがないという、強者の論理だ。

 確かに日経新聞は、情報網もお金もあるだろうから、優秀な弁護士を雇えるだろう。しかし、一般の人が弁護士に依頼する際に、その弁護士の仕事が素晴らしいかどうかは正直言って分かるだろうか。弁護士の作成した専門的な書面を読んでも良いかどうか分からないし、その弁護士の方針が正しいかすら分からないことが多いはずだ。

 現にあれだけ弁護士が氾濫しているアメリカでも、富裕層は弁護士選びに困らないが、中間層以下は情報もなく広告などを参考に選ばざるを得ないと報告されている。自由競争が成立していないのだ。

 日経新聞の社説を書こうかという人が、それくらいの知識もなく書いているとは思えないので、敢えて善解するならば、少なくとも社説のこの部分は弁護士バッシングを意識して書かれたものなのだろう。

 突っ込み処はまだある。

 果たして、個人や企業はそれほど弁護士を必要としているかという点だ。

 日経新聞は、個人や企業は弁護士を必要としていると主張しているようだが、それならどうして新人弁護士の就職難が蔓延しているのだ。

平成12年の司法制度改革審議会のアンケートですら、弁護士にアクセスするのに、「大いに苦労した人3.8%、やや苦労した人6.1%」でしかなかった。つまり、弁護士を探そうとして本当に苦労した人は25人に1人くらいだったのだ。平成12年から弁護士は、約178%に増員された。こういう現実を一切無視するのが日経新聞なのか。

 企業が弁護士を必要としていると主張するなら、まず日経新聞がどれだけの社内弁護士を雇用しているのか明示したらどうだ。企業内弁護士の統計を見ると、日経新聞は少なくとも企業内弁護士が所属する上位20社に入っていないから、仮にいたとしても、5名未満の企業内弁護士しかいないはずだ。日経新聞だって企業だから、本当に企業に弁護士が必要なら何十人と日経が雇用して見せればいいのではないか。

 日弁連が2009年11月に、上場企業に向けてアンケート調査した結果、回答1149社中97%が企業内弁護士採用に消極的との回答を寄せているが、日経はこれと違う根拠を持っているのか。仮に、なんの根拠もなく、企業に弁護士が必要などと勝手な社説を書いてお金を頂けるのならそんな楽な仕事はなかろう。

 いつまでも、根拠無しの社説を書くのではなく、いい加減きちんと根拠を持って記載して頂きたいものだ。

 私も一応日経をとっているが、こんないい加減な社説を掲載しているのでだんだん嫌になってきちゃった。早く善処して欲しいものだ。

※なお当ブログの記載は、当職の個人的意見であり、当事務所の他のいかなる弁護士にも関係はございません。

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