S弁護士は、首を痛めていた。受験生時代に交通事故の被害に遭ってから痛めていた首が肩こりから再発したのだ。近くの整骨院で診てもらい、結構ひどいので動かさないようにと、首に治療用のカラーをはめられ、ロボットのようになって帰宅した。
その夜のことである。
S弁護士は、風呂から上がって、下に落ちているものを拾おうとしていた。首が痛いので、首に負担をかけないように腰でかがんだのがまずかった。
「?!」
腰に電気が走った。一瞬背筋が反射的に伸び、直立の姿勢にもどった。別にその姿勢では痛みもないし、どうやら何もなさそうである。
思えばこの僅か1秒足らずの間に事態の深刻さに気付いていればよかったのだ。だが、悲しいかなS弁護士は、あまりにも経験がなさ過ぎた。
S弁護士は再度腰でかがもうとした。その瞬間、腰を起点に大激痛が走った。もはや、一瞬も身体を動かせない。動かそうとすると更に激痛が走る。既に今の姿勢を維持するだけが、せめて痛みに耐える最良の方法になっていた。
やられた。
これが、ギックリ腰ってやつだ。
しかも相当痛い。S弁護士はこれまで人間の3大痛みの一つといわれる、尿路結石を3度経験している。そのときの痛みの強さをレベル9とすれば、確かに痛みの強さレベルは7.8~8.0くらいだと思う。しかし、腰椎全体から響く、その痛みの大きさが、結石とは違って、大きい。
ドイツでは、ギックリ腰のことを魔女の一撃というそうだ。それだけ聞くと、年老いた魔女がよろよろと杖をふるっている姿が想像されるが、そんな可愛いモンではない。まだまだ体力の有り余る太っちょの魔女が、固く乾燥した杖を使って繰り出す、全力をふるっての一撃である。その後、僅かでも身体を動かそうとすると、追い打ちをかけるかのように魔女がレベル7~8の痛打を連打してくれる。しかも腹が立つことに、今から思うと、魔女は笑っていたような気さえするのである。
つまり、その、ギックリ腰というやつの実態は、結構強烈である。
「ちきしょー、痛いぜ、ギックリ腰なんてユーモラスな名前つけやがって、そんなん、実態と合わんじゃないか!伴激痛性腰部挫傷くらいの名前にしてもらわんと、割にあわねえ・・・・。」と見当違いのイチャモンを痛みに向けながら、結局その日、S弁護士は、階段を上ることすら到底出来ず、キッチンで寝るはめになった。
(続く)