珈琲 折り鶴 (岡山市)

 お店は、岡山駅から歩いて5分ほどのところにある。
 喫茶店らしい看板もなく、小さな入口なので、何のお店か一見しただけでは分からない。

 店主の藤原さんは、「まだまだ納得がいかなくて、ずっと勉強中です」と仰っていたが、深煎りネルドリップ珈琲の名店といって良いと思う。

 外の黒板には「店内は三席で営業。静かに珈琲を飲むお店です。」との記載がある。
 店内に入ると、磨かれた大きな天然木のカウンターに、間隔を空けて3席の客席があるだけ。
 メニューは「珈琲」のみである。
 一般の喫茶店にあるようなメニュー表はない。

 客席に座ると、薄い硝子でできたコップに透明な氷を入れたお水を、二つ折りにしたキッチンペーパーをコースター代わりに出してくれ、

「どのような珈琲にしますか?」

 と聞いてくれる。

 つまり、客が飲みたい珈琲を伝えると、それを実現してくれるというわけだ。

 私は、酸味のある珈琲が得意ではないので、「深煎りで苦みが美味しい、珈琲をお願いします。」と注文した。

 注文後、珈琲豆を選択し、計量。ミルで挽いていく。同時に、カップをお湯につけて温めていく。
 ミルの速度も豆に不要な熱を与えないように、あまり速い速度ではないように感じた。
 挽かれた豆を丁寧に、ネルに移し均していく。

 そして、暖めていたカップを取り出し、時間をかけてじっくりとネルの中にお湯を注いで、珈琲を淹れていく。

 おそらく何千回、何万回と繰り返されてきた動作なのだろうが、不思議と、「慣れ」を感じさせない。
 仕事として珈琲を淹れている感じがしないのである。
 おそらく、毎回が真剣勝負なのだろう。

 藤原さんは、ネルの中の珈琲豆の様子をじっと見ながら、お湯を注ぎ抽出している。

 藤原さんのネルドリップを見ていると、不意に、ごく小さな音で、ピアノのBGMが流されていることに気付いた。
 普段気にすることもないが、ふと、夜空を見上げたときに、「あぁ、星空の下にいたんだな・・・」という感じを受けるようなささやかさで、気付く人だけ気付いて聞けば良いというレベルのBGMだった。
 また、エアコンの稼働音次第では聞き取れない場合もあるが、ゼンマイで稼働している柱時計の振り子も、実直に、規則正しく、時を刻んでいる音を立てており、今この瞬間にも、時が流れているのだ、と気付かされる。

 BGMと振り子の音が聞こえやすいように頬杖をついて、目を閉じると、見えないのに藤原さんが珈琲を淹れている気配が、強く感じられる。

 満点の星空の下、悠久の時を感じながら、私の好みの味の珈琲を淹れてもらう。
こんな贅沢なことがあろうか・・・・。
 静かなお店でなければ、この感覚は味わえない。

 先に来ているお客がしゃべっているだけで、多分BGMも振り子の音も聞こえなくなるように思う。

 だから「静かに珈琲を飲むお店です」と、入口の黒板に書いてあったのだ、と納得する。

 出来上がって、出された珈琲の脇に、小さなカップが置かれた。
 「チェイサーとして、この珈琲をお湯で割ったものです。これで口を慣らしたり、珈琲が重い場合に口に含んで下さい。」
 との説明だった。

 藤原さんが私に淹れてくれたのは、ブラジル産の樹上完熟トミオ・フクダという銘柄だった。

 珈琲の味については、言葉では表現し尽くせないので、実際にお店に行って味わって頂くしかない。

 あれだけ手間をかけてネルドリップ珈琲を淹れ、僅か3席の客席で、静かな雰囲気を楽しませてくれて、お代は一杯550円なのだ。

 満席の場合は入口のドアに、現在満席のふだが出るようだ。

 かつて東京の大坊珈琲店で、ネルドリップの珈琲を何度か頂いていたが、閉店してしまい残念に思っていた。
 岡山に行く機会があれば、是非とも再訪したい珈琲店である。

折り鶴の入口 三席で営業、静かに珈琲を飲むお店です。などの記載がある。

折り鶴の店内 真ん中の席から入口に一番近い席の方向を撮影。コーヒーカップ、チェイサーのカップなどが見える。

メニューはこのとおり、「珈琲」しかない。

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