昨晩は、とても気持ちの良い夜だった。
もう寝ようと思って、部屋の明かりを消すと外が相当明るく見えた。
窓を開けてみると、台風の風雨で空気が洗われたのか、澄んだ月の光が辺り一面に満ちていた。あたりには月光による影ができている。月の光で照らしてみると、自分の手相すらはっきり見える。
空気はひんやりとして、少し肌寒い。しかし、寒いな、と思うほどでもない。増水した鴨川の流れの音が遠くに聞こえる。深く息を吸い込むと微かに金木犀の香りがする。空気を吸っているというよりも、月光に満たされた空間に身体をそっと浸しているような感じに思える。
ボンヤリとしながら、何かを考えている。取り立てて何というわけでもない。今、何かを考えている自分がここにいるのか、何かを考えている自分を夢の中で見ているのか、判然としなくなるような気がする。また、そのいずれでもいいような気もしてくる。
だが、そうして月の光に身を浸していると、人間が決して手に入れることがかなわない、永遠なる何か、無限なる何か、があるとして、そのごく一部には、(それは来世かもしれないが)いつかは触れうる刻が来るのではないか、という確信にも似た奇妙な予感だけは強く感じることができるようにも思う。そしてその予感は、幾ばくかの寂しさと、間違いなく、ある種の幸福感とを同時に秘めている。
英語にはルナティックという言葉がある。語源は、月に影響された、というラテン語らしい。
ときには、夜空の下で眠り、ルナティックな気分を味わうことも悪くはない。そんな気がする夜だった。