黒川検事長の賭け麻雀

 黒川検事長の賭け麻雀が大きな話題になっている。

 麻雀と聞くと、すぐ悪い遊びだという人もいる。麻雀放浪記や麻雀劇画に出てくるように麻雀にはまって家庭を壊したり借金まみれになったりするイメージがあるのかもしれない。

 しかし、麻雀をやったことがない人には分からないと思うが、麻雀それ自体は、相当面白いゲームである。

 高得点の手役を狙おうとすれば、仕上げるのに時間がかかる上、ツキも必要だし、ガードががら空きになりがちだ。他の人に先に上がられてしまう可能性も高くなる。他人に上がられてしまえば、いくら最高得点の手役が手の内で出来上がっていても無得点だ。
 一方、安い得点の手役は、手の内で仕上げることに時間はかからないことが多いが、いくら上がっても、一発でかい役を上がられてしまえば、逆転されてしまう。

 その中で、状況を読みながら自分に最も有利になる戦い方を選択していくのが楽しいのだ。もちろん相手がいることなので、相手の状況や心理も加味して、いま自分がとるべき行動を選択する必要があるのが麻雀であり、それ故に面白いのだ。

 ゲーム自体の面白さだけではない。運気の流れが見えるように感じられる場合もある。
 ツイているときは、狙った方向にどんどん進展する。失敗したはずなのに、その失敗すら、よりよい結果に結びつくこともある。下手な人でもツキさえあれば、経験者をあっさり食ってしまうこともある。一方ツイていないときは、どんなに足掻いても、ちっとも好転してくれない。何も失敗しているつもりはないのに、持ち点だけは減っていくような場合もある。

 私は大学の頃、クラブの連中に教えてもらって、よくやったが、やはり面白いゲームだった。

 ゲームセンターに行くと、麻雀のアーケードゲームがあり、よくあるパターンだが、勝つと一枚ずつ漫画の女の子が服を脱いでいくようなものもあった。もちろん、あと数枚までたどり着くと、急にコンピューターが強くなり、なかなか勝てなくなるのが常だった。今はもうない、北白川バッティングセンターだったと思うが、コンティニューを続けてあと1枚までたどりつき、最後のコインでコンティニューしたところ、牌が配られた瞬間にコンピューターに「ロン!」といわれ、詐欺のようなテンホウを食らって、撃沈された記憶もある。

 ちなみにテンホウとは、配られた牌で上がっている状態である。つまり、コンピューターがテンホウで勝つということは、お互いに牌を配った時点で勝負が決まり、お金を入れたはずのこちら側は、画面を見ていただけで、何一つできなかったということだ。

 多分、麻雀ゲームでテンホウを食らったことのある人は、ほとんどいないと思われる。

 ただ、怒られるかもしれないが、麻雀は確かに少しだけ賭けた方が絶対に面白いのは事実だと思う。

 全く失うものがない場合の麻雀は、どれだけ相手に高い手を上がられても痛みがないので、相手に気を使わずに自分が高い手だけ狙うことができてしまう。どんなに相手に放銃(相手の当たり牌を出してしまい、相手に点棒を支払わなければならないこと)してしまおうと、全く平気だからだ。
 みんながみんな自分のことだけを考えて戦っても、麻雀は面白くない。

 大きなリターンを狙うにはリスクを伴う。その状況下で他人と駆け引きしつつそのリスクを管理していくのが麻雀の楽しさの一つだからだ。

 ただ、今回、検察庁方の改正などで、渦中にあったといって良いはずの黒川検事長が、緊急事態宣言の中、自ら進んで、賭け麻雀を行ったとは考えにくい。想像だが、黒川検事長は、麻雀に誘われ、大したレートではないから楽しくするためにやりましょうなどといわれて賭けることになったのかもしれない。おそらく気心の知れた中であったか、何らかの信頼関係があった上でのことだったと考えるのが自然だと思う。

 一応刑法上賭博罪も規定されてはいるが、競馬・競艇・競輪・オートレースなど公営賭博が堂々と適法に行われ、街中にはパチンコ店も多数存在する中で、賭博行為に処罰に値するだけの法益侵害があるのかにつき、疑問がないわけではないが、「賭け麻雀」という見出しがマスコミに踊れば、当事者の失脚は免れない。

 もし、黒川検事長が嵌められたとすればの話だが、そのような機会を提供した側には信頼関係を裏切って相手を地獄に蹴落としてでも、自らの利益を図るという空恐ろしい計算が見えるようで、私は好きではない。

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