(続き)
前後を再度良く見て、自動車がいないことを目視確認した後、一旦スピードを落とし、「よし、行くぞ。」と小さく自分に声をかけて、アホな私は右手のスロットルを一気に開けた。
タコメーターがレッドゾーンギリギリになるまで引っ張ってギアを上げ、一気に加速する。
当時の軽自動車のエンジンが550ccだったから、私のバイクはその倍の排気量を持つエンジンだった。しかも、バイクだから車重は僅か200キロちょい。
加速が悪いはずがない。
誰かが「脳みそが片寄るような」と表現したこともある、猛牛のような加速がはじまり、私はニーグリップでしっかりと車体をはさみ、小さなフロントスクリーンに隠れるように身を伏せる。
120キロ、まだまだ大丈夫。スピードメーターのちょうど半分しか来ていない。
150キロ、まだ余裕がある。バイクは真っ直ぐ走っていて安定している。
180キロ、普通の乗用車ならリミッターが効くところだが、まだ怖くはない。
だが、ここから240キロまでの加速が怖かった。
高速道路の幅が次第に狭く感じられてきて、走行車線だけを走ろうとしても感覚的に道路の幅が狭すぎるのだ。私は2車線の真ん中にバイクを寄せる。要するに高速道路2車線のうち、ほぼ、ど真ん中を走ることに切り替えた。
しかしそれでも、高速道路の幅が狭く感じてくる。
ほんの少しでもハンドルがぶれたら、左右どちらかの壁に吸い寄せられてしまいそうな感覚が恐怖を招く。
気のせいかもしれないが、タイヤの接地感覚が薄れてくるような気がして、走行ラインが不安定になってきたようにも感じる。
バイクにしっかりとしがみつき、ほとんど目だけしか動かせない状況で、早くアクセルを戻したい、安心したい、という気持ちがどんどん強くなる。
だが、スピードメーターの針は、もう少しで240キロのフルスケールに届こうとし、振り切りそうなところまできている。
早くスピードを落として、安全走行に戻りたいという気持ちと、あと少しなんだから、あとちょっとなんだからという気持ちが交錯する。
スピードメーターの針の動きは、私の焦る気持ちをあざ笑うかのように、ゆっくりとしか上がっていかない。
あと少し、ほんの少しの時間がとてつもなく長く感じられた。
そして・・・・
メーター読み240キロ達成!
スピードメーターで240キロを振り切った。
私は、スロットルを戻しながら、フロントスクリーンから少し頭を上げてみた。
途端に猛烈な空気の抵抗がヘルメットを直撃し、風圧に押されたヘルメットによりヘルメットの中の私の顔がかなり歪み、同時に上体も後ろに持って行かれそうになった。ハンドルを握っていた手を慌ててきつく握りなおしたほどだった。
その風の抵抗で、どれだけの速度が出ていたのかを実感した。
もう30年も前の話だから、時効だと思うが、我ながらアホなことをやったものだと思う。
小さな落下物一つ踏んでも、チェーンが速度に耐えきれずに切れても、おそらく私は、今ここにはいなかっただろう。
パラレルワールドというものがあるのなら、別の平行世界では、私はとうにこの世に存在していないのかもしれない。
命の大切さがだんだん解ってきたいまでは、もう、絶対にこんな馬鹿なまねはしない。
本当に当時の私はアホだった。
自分のやらかした行動に冷や汗をかきながらも、私は次のエリアで休憩を取り、駆動系に異常がないか確認・点検した上で、さらに西へ向かったのだった。
(続く)