司法試験の合格レベルが「がた落ち?疑惑」

 司法試験合格者の実際の答案を公表すればすぐ分かることだとは思うのですが、おそらく現時点での司法試験合格最低レベルは相当落ちているはずです。

 私はときどき、司法試験採点者の採点実感を引用してその危険性を示してきたつもりですが、平成30年度司法試験の採点実感を読んでみてその思いをさらに強くしました。

 特に民法は、私法の一般法であり私的なトラブルにおいては全て民法が基本になると言っても過言ではありません。会社法だって、労働法だって、いわば基本的には民法の特別法なのだから、おおもとの民法の理解があやふやであるならば十分な理解は難しいのです。根や幹がない木に花が咲くはずはないのと同じです。民法の基本的理解が不足しているのであれば、実務家としては使いものにならない危険すらあります。

 だから司法試験でも民法は、超重要科目といって良いはずなのです。

 ところが、平成30年度の採点実感は最後にこのように述べています。

・設問3で親族法・相続法を主たる問題とする設例が出題されているが,上記のとおり,基礎的な知識が全く身に付いていないことがうかがわれる答案も多かった。
・財産法の分野においても,一定程度の基礎的な知識を有していることはうかがわれるとしても,複数の制度にまたがって論理的に論旨を展開することはもとより,自己の有する知識を適切に文章化するほどには当該分野の知識が定着しておらず,各種概念を使いこなして論述することができていない答案が多く見られた。

 要するに、親族法の基礎的知識がない受験生が多いうえに、財産法においてもまともに論述するだけの知識がない受験生が多い。という指摘です。

 小問ごとにみていくと、もっと恐ろしい記述が目白押しです。少し長くなりますが引用します。

小問(1)関連

・種類債務が特定をし,その後特定した目的物が滅失したというケースについては,適用法条は,民法第534条第1項ではなく,同条第2項となるが,このことを正確に指摘することができていない答案が少なからず見られた。(坂野注:超基本的条文です。また、少なからずとは、辞書によれば「かなりある」という意味です。)このほか,危険負担の債権者主義を定めた規定である民法第534条については,かねてより立法論的な批判が極めて強く,その適用範囲を狭めるため,これを制限的に解する見解が有力であるが,この見解に従った答案は少なかった(坂野注:条文の記載通りに読むと不合理な結果をもたらすため制限的に読むことが私達の時代から常識でしたが・・・。)。

・(過失)の有無の判断の基準となる売主の負う注意義務について,民法第400条の善管注意義務に言及することができていない答案が相当数見られ,受領遅滞等の効果としての注意義務の程度の低減にも言及することができていない答案も多かった。また,そもそも,本件においては受領遅滞が生じているという事実関係に気が付くことすらできていない答案も相当数見られた。(坂野注:受領遅滞は本問のメイン論点といっても良いものです。受領遅滞に気づけないだけで実務家としてはアウトでしょう。しかもそのような答案が相当数あったというのですから、どれだけ恐ろしいことになっているのでしょうか・・・。)

小問(2)関連

・所有権に基づく妨害排除請求権が問題となるところ,その点の指摘がないものや,妨害排除請求権の相手方となるべき者が抽象的に言えばどのようなものであるのかについて分析がされていない答案が多く見られ(坂野注:そもそもEの請求を主張するための根拠であり、請求する対象のお話しなので、これらが指摘できないと何もはじまりません。ところが、それすらも書けていないということです。しかも多くの答案で!!),論述の前提となるべき事項を的確に押さえていない傾向が見られた。また,Dの地位は所有権留保売買の売主の地位にあることをどのように評価し,妨害排除請求の可否と結び付けていくのかが小問(1)における主要な課題であるが,この点を意識することができていない答案が見られた。

・所有権留保が担保のためにされるものであることを理解できていないことがうかがわれる答案や,所有権留保売買の法的性質は譲渡担保そのものであると誤解をした答案なども見られたことは(坂野注:これだけでアウトです。私の時代の旧司法試験ではその答案一通で不合格になっていてもおかしくありません。),所有権留保売買が債権担保の手法として社会で広く活用されている現状に照らすと,非典型担保であって実定法に基づくものでないことを差し引いても,残念な結果であった。

・小問(2)においては,Dは自動車登録名義を有するものの実質的には所有者ではなくなっているという前提で答えることが必要であるが(坂野注:これは問題文に、はっきり分かるように記載されていますが、そのことにも気づけないほどだということでしょう。),このような地位にあるDに対する妨害排除請求に関して,これを当然に対抗関係にあるとして処理することはできないのであり,この点は判例・学説が一致しているところである。それにもかかわらず,(中略),何の留保もなくEとDとが対抗関係に立つことを前提としてしまった答案がかなり多く見られた(坂野注:判例学説が一致している問題なのに!)。これは一面において,民法第177条(道路運送車両法第5条)の「第三者」の意義についての理解が十分でないことを表しているものであり(坂野注:対抗関係が分かっていないということは物権の基礎が分かっていない事と同じです。大問題です。),他面で,不動産と動産とで違いがあるとはいえ,最判平成6年2月8日民集第48巻2号373頁という重要な関連判例を意識することができていないもの(坂野注:判例百選にも載っています。)であって,基本的な判例の知識の定着の観点から難があるといわざるを得ない(なお,(中略)、中には登録には公信力があるとまでする答案も見られ,非常に残念であった。)。→坂野注:参照条文(道路運送車両法5条)が問題文に掲載されており、その条文にも明確に「対抗できない」と明記してあるのに、車両登録に公信力があると論じることは実務家としてはあり得ないものです。

小問(3)関連

・「遺産分割」,「遺産分割方法の指定」,「相続分の指定」,「廃除」といった基本的な概念についての理解が極めて不正確な答案が少なからず見られた。(中略)遺言において遺産中の財産の帰属先を指定することを「遺産分割」と誤解するものや,「廃除」がされたと認定しながらもHについて債務の相続承継を論ずるものなども少なからずあり,予想以上に基本的な概念を理解することができていないことがうかがわれた(坂野注:この誤りを実務家がやれば、十分弁護過誤に匹敵します。)。

・請求の根拠について全く記載のない答案や曖昧な論述・混乱した論述に止まる答案が多く見られた(坂野注:請求根拠もなく請求できるはずがありません。請求根拠も記載せずに訴状を出しても、おそらく裁判所は訴状の受理すらしてくれないのではないでしょうか。むしろ請求根拠の記載もない答案に何が書かれているのか興味が湧きます。)。

・分割して承継されるとしながら連帯債務であるとするなど債権総論の分野である多数債務関係に関しても十分に理解することができていないことがうかがわれた答案も見られた。(坂野注:分割して承継されながら連帯債務になるなんて全く意味が分かりません。太陽は東から昇るが西からも昇ると言っているようなものです。こういうことすら平気で書いてくる答案があるということなのでしょう。旧司法試験では間違いなく短答式試験で落とされているレベルだと思います。)

・問題文に記載された事実からは引き出すことのできない強引な事実関係の解釈・認定をする答案が散見された(坂野注:きちんとした法的な解釈を示すことができないから、都合良く解釈できるように無理矢理事実をねじ曲げて、答案の形を整えればいいという態度です。このような態度が実務家として相応しいとは到底思えません。)。

(採点実感ここまで)

 現在、法科大学院はギャップターム問題などを言い出して、さらに教育期間を短くしようとしていますが、今の教育期間ですら、基本中の基本である民法の基礎的理解が身についていないのに、どうしようというのでしょうか。
 質、量とも豊かな法曹を産み出すのが司法改革の目的ではなかったのでしょうか。上位はともかく、中途半端な実力しか持たない(というより、弁護過誤が頻発することがほぼ必至という低レベルの)法律家を粗製濫造することが法科大学院の目的ではないでしょう。

 さらに付言すると、平成30年度の採点実感では、例年指摘があった、法律家の文章以前の問題としてはおろか日本語にすらなっていないという酷評が、なぜかどの科目でもみられなくなっています。

 上記の採点実感から考えれば、受験生のレベルが急に上がったとは考えられないので、おそらく当局からそのような指摘をするなとの指示があった可能性があるように思います。

 しかし採点者達も、流石に今の現状はまずいと思ったのでしょう。答案の評価の点で、間接的に受験生のレベル低下の危機を訴えています。例えば民法の小問2では次のように記載されています。

・良好に属する答案の例は,優秀に属する答案との比較においては,小問(1)においては所有権留保売買が担保目的であることは理解しているものの,それがなぜ妨害排除請求権の成否に影響を与えるのかの理由付けが曖昧であるものや,小問(2)においては本件では対象財産が不動産ではなく動産であり,これが結論に何らか影響を及ぼすのかに意識を向けることができなかった答案などである。
・一応の水準に属する答案の例は,小問(1)において所有権留保売買の法的性質が担保目的であることに理解が及ばなかったとか,小問(2)においてEとDとが対抗関係に立つとするなど小問(1)又は小問(2)において大きく筋を外してしまった答案などである。

 これだけ見ると、あ~、所有権留保売買が担保目的だと理解できたら成績は良好な方なんだな~と思われるかもしれません。
 しかしそもそも所有権留保売買は非典型担保の例として必ず学びますし、担保目的であることは当たり前というか、もはや一般常識レベルの知識にすぎません。

 しかも、実は、本問の所有権留保売買が担保目的であることは問題文に明確に書かれているのです。
 具体的には問題文事実10②に、「甲トラックの所有権は、Aが①の代金債務を完済するまでその担保としてDに留保されることとし」と書かれているので、この記述に気付いたか否かだけの問題です。

 このレベルでも良好な水準として採点者が評価しなくてはならないということは、医師でいえば「風邪は手術では治らないと理解していたので、医師として良好な水準と評価せざるを得なかった」といっているのと変わりはしません。つまりそれだけ受験生全体のレベルが低下しているということです。

 ましてや、私達実務家の目からみれば、所有権留保売買の法的性質が担保目的であることを知らない時点で、答案として一応の水準どころか、法律家にしてはいけない、司法試験を受験することすらやめた方がいい、な~んにも分かっちゃいないレベルなのです。
 

 このようなレベルの答案でも、不合格にできない採点者の苦悩が滲み出ているとしかいいようがありません。

 司法試験受験生の大多数が法科大学院出身者ですから、低レベル答案の多くは法科大学院出身者が書いたものということになるはずです。

 したがって、法科大学院は直ちに自らの教育能力を再チェックすると同時に、低レベルの受験生を大量に発生させている現実を確認し反省すべきです。厳格な卒業認定をしているのなら、所有権留保が担保目的であることも分からない学生が卒業(しかも大量に!)できるはずがありません。

 このような低レベル受験生が多数輩出されていることを示す司法試験の採点実感を見る限りにおいて、法科大学院のプロセスによる教育が実効性を挙げているなどとは到底いえません。もちろん厳格な卒業認定を行っているなどとは、よほどの恥知らずでなければ、恥ずかしくて言えるはずがありません。

 したがって、そのような法科大学院に、「法曹になる本道は法科大学院である」と主張する資格も、予備試験を「本道ではない、抜け道だ」などと非難する資格もありはしません。

 なぜなら、プロセスによる教育を受け、(法科大学院がいうところの)本道を歩み、なおかつ厳格な卒業認定をパスしているはずの法科大学院卒業の受験生の多くが、どうしようもない答案しかかけていないのですから。

 より、はっきりいえば、採点実感から見る限り(もちろん上位レベルの受験生は別ですが全体的にみれば)、法科大学院は法曹にとって必要な力を学生に身に付けさせる能力がないということです。

 また司法試験委員会は1500人程度合格させよとの政府の意向があったとしても、司法試験法に法曹になろうとする者に「必要な学識及び応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする」と明記されているのですから、法の目的を重視し、無理に合格させてはいけないと思います。

 採点者が採点実感に込めた悲痛な叫びを、私達は見逃してはならないと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です