あるシミュレーション

 いつの頃からか、自己責任論が声高に叫ばれるようになってきたように感じる。

 自己責任論は一見正しそうに見えるし、それを強調する政治家や学者もいる。

 確かに、努力が必ず成果に反映される世界であれば、努力すれば必ず成功できるわけだし、努力しなければ成功できないわけだから、自己責任論にも一理あるように思う。しかし、残念ながら努力が必ず成果に反映される世界ではないと、多くの方が感じておられるはずだ。 

 私は、合格率2%だった熾烈な旧司法試験の経験から、必ずしも努力を重ね、実力がある人が合格するとは限らないという経験則を感じている。

 当時の旧司法試験論文式試験は7科目14問出題されていたが、そのうち10問のヤマを当てたという合格者も知っている。ヤマを当てたその受験生は「どうしよう、俺、合格してしまうかもしれん・・・」とびびっていたので、特に記憶に残っている。

 ただ、実力がどれだけ成果に反映されてるのかについては、経験則くらいしか指標がなかったため、あくまで感覚的にそうだろうという程度の論証しかできていなかったようにおもう。

 しかし、最近読んだ本の中で、ある経済学者が運の影響について行った面白いシミュレーションがあった。

 実力を98%、運を2%として、合計点で誰が勝者になるかをシミュレーションしたのだ。

例えば、実力90、運50の人の得点は

90×0.98+50×0.02=88.2+1=89.2点となる。

もちろん運の数値はランダムに決定される。

 その上で10万人のトーナメントを行った場合に、実力が最高の者が優勝する確率はどれくらいかというシミュレーションを行ったのだ。

 運がわずか2%しか働かないのだから、実力最高者の優勝確率は相当高いとお考えになるかもしれない。

 しかし、結果は、実力最高者が優勝したのは、僅か21.9%だったとのことである。

 もちろん、運が100点でも、その影響度は2%にすぎないから、点数的には2点しか違わない。したがって、もとの実力が相当高くないと、いくら運に恵まれても優勝は不可能だ。

 しかし、実力最高の者でも運の要素が絡めば、優勝できる確率が相当下がる。

 そして運の要素がゼロだと、言いきれる人はおそらくいないだろう。

 そうだとすれば、自己責任論は、その前提からして疑問が持たれてもおかしくはないように漠然と感じたりするのである。

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