ゴルフのこと~5

 S弁護士が1人予約で予約を入れたのは、某パブリックゴルフコース。

 せめてパブリックなら、何かの間違いで、ド下手なゴルファーが1人くらい紛れ込んでいても、おかしくないのではないか、という淡い期待で申し込んだものだった。

 緊張して迎えた当日、S弁護士が自分のキャディバッグが載せられたカートに近づくと、いかにも上手そうな方々3名が既に待機中。
 「すみません。本当に下手なんです。ご迷惑おかけしますが、ごめんなさい。」どうせ謝るなら早いうちに、とばかりに先制パンチで謝っておく。

 ところが、そのうち一番上手そうな方が、カートに積まれたS弁護士のゴルフクラブをちらっと一瞥して、「いやいや、ご謙遜を。相当上手な方じゃないんですか?」と、牽制球が飛んで来た。

 「え~!なんでや。ホンマに初心者やのに~!」S弁護士は心の中で叫ぶが、どうやら、上手そうな方が、S弁護士のクラブを見て判断した見立ては違うらしい。

 よくよく考えてみると、S弁護士は自分でクラブを買ったことはなかった。父親からもらったゴルフクラブを使っている。記憶を遡ってみると、父親も○○叔父から譲ってもらったといっていた。そういえば、○○叔父は大学のゴルフ部だったと聞いたような気がする。

 ゴルフ部出身の叔父が使っていたクラブから推測されたら、完全に現実と違う事実が認定されちまう。
「誤解だ!完全な誤解なんだ~!俺は本当に下手なんだ~。これ以上、ハードルを上げないでくれ~!!」

 S弁護士が引きつりながらも、促されて打順を決めるくじを引くと、これがあろう事か1番くじ!
 ゴルフは、前のホールで成績の良かった順にショットを打っていく決まりだ。ただ、最初のホールだけは、くじ引きで決めるのである。最も緊張するスタートホールのティーショット(1打目)だけは、おそらく誰であろうと、最初に打つのは避けたいところだろう、と思う。

 初めての1人予約で、誰もが避けたいスタートホールでの1番くじをひいちまう。
ある意味引きが強いとも言えるが、現実には、神から更なる試練を与えられたも同然である。

 「おちつけ、おちつけ、失敗しても命とられる訳じゃない。」
 と、心の中でぶつぶつ呟きつつ、S弁護士はティーグラウンドに上がる。
 ボールをティーに載っけてドライバーを構えてみたものの、いつもよりボールが遠く小さく見える。

 とても当たるようには思えない。
 いま打ってはダメなんじゃないか、心の中で悪魔だか背後霊だか分からんが声が聞こえるような気がする。
 できればこのまま、打たずに帰りたい。
 それが許されなくても、初心者なんやから、第1打だけは、手で投げさせてもらってもええんとちがうか。弱者に優しい、それが紳士やろ。紳士のスポーツやろ。
 弱気の虫がざわめく。

 なんでこんなに緊張するんや。
 刑事事件なんかでも法廷で検察官に向かって、異議出したり、「それは検察官おかしいでしょ!」等とやり合っているときは大して緊張もしていないのに、遊びで小さなボールを打つだけなのに、緊張しきっている自分がいる。

 しかし、スロープレーは、最大のマナー違反の一つだ。
 かの白州次郎も、プレーファーストが大事だと言っていたはずだ。
 これ以上、同伴者に迷惑はかけられない。

 行くしかない。

 ええいままよ。振っちまえ!

 「ピキーーン」
 予想に反して、ジャストミートしたドライバーから快音を残して放たれた白球は、僅かにフェードしながら見事フェアウェイやや右をバウンドしていく。
 やった、フェアウェイを捉えた!
 

 少なくとも、S弁護士の期待はそのような僥倖だった。
 しかし、僥倖とは、「思いがけない幸運」を意味する。

 「思いがけない幸運」は、滅多に訪れないから思いがけないものなのである。そう易々と、僥倖が訪れてくれるだろうか。
 人生、そこまで甘くはなかった。

 同伴者の注目を集める中、ティーグラウンドに響き渡ったのは、
 「ぶぅ~~~ん」
 と鈍い風切り音だけ。
 打球音なし。
 つまりは、ドライバーは空を切った。
 要するに空振りである。
 

「ま、、、、、まあ、さ、最初やからね~。」と同伴者の誰かが、へんてこりんなスイングを見て、引きつりながらフォローしてくれたようにも思うが、頭が真っ白になったS弁護士は、その後のラウンドのことを、実のところ良く覚えていないのである。

 一点だけ、お昼休憩のときに、初心者は初心者用のクラブを使うことが大事だと、同伴者全員からご指導いただいたことは、S弁護士も覚えていた。おそらく相当ご迷惑をおかけしていたのだろう。今思いだしても、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 ただ、少なくともこのときの同伴者の方は優しい方ばかりで、1人予約は怖くないことは分かった。

 また、初心者は初心者用のクラブを使うべきであると分かったことも収穫だった。

(続く)

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