日経新聞の社説「魅力ある法曹を取り戻そう」について

今日の日経新聞に次のような社説が掲載されていた。

(引用開始)

魅力ある法曹を取り戻そう

http://www.nikkei.com/article/DGXKZO02404400X10C16A5EA1000/(ネット版はこちら)

 法と良心に従い、真実を見極める裁判官。社会のため、悪を追及する検察官。

市民の人権を守り、ビジネスの最先端でも活躍する弁護士――。こうした法曹の

世界が、急速に魅力を失いつつある。

 それをはっきり表しているのが、法曹へ進む人材を養成する法科大学院の先

細りだ。今春の志願者数はのべ8274人で初めて1万人を下回った。入学者も

1857人と過去最低を更新した。45校中43校が定員を割り込んでいる。

 このまま法科大学院離れが続けば、法曹界に有為な人材が集まらなくなり、

司法という国の重要なインフラが損なわれてしまう。

 政府は法科大学院の統廃合を軌道に乗せて人材養成システムを再構築し、大

学院全体の教育機能を高める改革を急ぐ必要がある。

 「身近で使いやすい司法」を目指す司法改革の目玉として、法科大学院は

2004年に始まった。法曹需要が増えるという見通しの甘さもあってピーク時には

74校が乱立した。このため、修了者の7~8割が法曹資格を得るとの見込みは外

れ、毎年の司法試験の合格率は2割台に低迷したままだ。

 一方で司法試験の合格者数自体は増えたため、弁護士になっても就職難に陥

るといった事態を招いた。大学院に入っても司法試験に受からない。受かったと

しても就職先がない。それがさらに大学院離れに拍車をかけている。

 それぞれの大学院のレベルアップが急がれる。教育に当たるスタッフを民間

などからも広く集め、魅力ある学びの場とする必要がある。多様な学生を呼び込

むため、地域ごとの配置や社会人学生への対応などを考慮しながら、政府が主導

して対策を加速すべきだ。

 貧困や介護の現場、虐待・ストーカー被害など、法律の目が届いていない分

野はまだある。ビジネスの世界でも、知的財産をめぐる紛争やコンプライアンス

の徹底など、法律家の活躍が期待される機会は多い。政府や弁護士会は、法曹という仕事のやりがいや意義の積極的な発信を求められる。

(引用ここまで。)

 これまで、法科大学院を盲目的に礼賛し、弁護士を増やして競争させればいいと無責任に言ってきた日経新聞もようやく、法曹養成制度の歪みや法科大学院の教育機能向上の必要性、弁護士の就職難について認めるようになってきたという意味で、この社説は感慨深い。

 この社説が述べるとおり、法曹志願者はもはや壊滅的と言って良いほど減少している状況にある。

 この記事によると法科大学院の志願者はのべ人数で8274人だ。法科大学院志願者が1つの法科大学院だけを先願することは少ないだろうから、控えに見積もって1人が2校受験したとしても、実受験者数は4137名だ。仮に1人が3校受験していたとしたら、実受験者数は2758人にまで落ち込む。合格者がどれだけいたのかこの記事からは不明だが、少なくとも入学者数である1857名よりも多く合格させているだろうから、法科大学院の入試はほぼザルといって良いほど選抜機能を失っているといえるだろう。

 そして、仮に法科大学院入学者のうち8割が卒業できるとすると1486名が卒業して司法試験受験資格を得ることになる。そして司法試験合格者は昨年の実数では最終合格者は1850名だ。受験可能な過去に不合格となった受験者もいるだろうが、このまま法科大学院の入学者数と司法試験の合格者数が維持されるとすれば、将来的に司法試験は足切りにあわなければ受けるだけでほぼ合格する試験になりかねないともいえる。
 司法試験合格者を盲目的に維持すれば、司法試験があっても、受験者がいなくなるのだから法曹の素養のあるなしを判断することすらできなくなろう。

 
 次にこの社説は、法曹需要が増えるという見通しの甘さについても触れており、潜在的需要がたくさんあるから掘り起こせと抽象的に繰り返す無責任な従前の日経新聞社説よりは、現実を少しは見るようになっている点では、まだマシになってきたとも言える。

 しかし、「(法科大学院乱立のせいで)終了者の7~8割が法曹資格を得るとの見込みははずれ、毎年の司法試験の合格率は2割台に低迷したままだ。」との記載は、相変わらずミスリーディングな記載である。

 なぜなら、司法試験予備試験合格者は、およそ7~8割以上は法曹資格を得ているはずだからである。すなわち、司法試験予備試験は、法科大学院卒業者と同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を有するかどうかを判定する試験である(司法試験法第5条1項)。とすれば、予備試験には法科大学院卒業者と同等の学識と能力等を有すると司法試験委員会が認めた者しか合格しないはずなのだ。裏を返せば、司法試験委員会が想定している法科大学院卒業者のレベルは、予備試験合格者と同じでなければならない、ということになる。法科大学院が司法試験委員会の想定通りに予備試験合格者レベルまで学生を教育し能力を身に付けさせていたのであれば、司法試験の合格率は7~8割であってもおかしくはない。仮にそうでないとしても、予備試験合格者と法科大学院卒業者の合格率は極めて近似していないとおかしいのだ。

 しかし、現実には、あらゆる法科大学院の司法試験合格率は、予備試験合格者の司法試験合格率に及んでいない。この事実は、法科大学院が司法試験委員会が想定していたあるべき法科大学院卒業者レベルまで学生を教育し切れていないことの裏返しともいえるだろう。
 つまり、法科大学院乱立のせいで司法試験合格率が低いのではなく、法科大学院があるべき卒業者レベルまで教育しきれず、しかも厳格な卒業認定をせずに学生を卒業させてきたから司法試験合格率が低迷しているというべきなのではないか。仮に法科大学院が司法試験委員会が想定するあるべき法科大学院卒業者レベルに達した者しか卒業させていなかったのなら、司法試験の合格率は7~8割になっただろうし、そうでなくても少なくとも予備試験合格者に合格率で水をあけられるという屈辱を受けることはなかっただろう。

 結局この社説は、法科大学院の統廃合を加速させ、法科大学院をレベルアップし多様な人材を呼び込め、ビジネスの世界でも知財やコンプライアンスの徹底など法律家の期待される機会は多いのだからと述べているようだ。

 しかし、日本組織内弁護士協会の社内弁護士数の統計を見ると、2015年6月時点で社内弁護士数の上位20位の会社が抱える社内弁護士数が8名であり、日経新聞はそこに入っていないようだ。仮に20位に入っていたとしても社内弁護士数は8名だけだ。
 日経新聞によれば、コンプライアンスや知財部門に関して大いに法律家が期待されているはずなのに、日経新聞に限って言えばコンプライアンスや知財部門は大いに法律家は期待されていないということなのだろうか。

 それはさておいても、このままで本当に多様な有為の人材が法曹界を目指すのか。司法試験を受験するためには費用と時間がかかる法科大学院に通わねばならず、仮に司法試験に合格しても司法修習中の生活費を自腹でまかなわねばらなず、さらに修習を終えて資格を得ても就職難かもしれない業界に、幾らやりがいを唱えても、一般企業からも引く手あまたの有為の人材が敢えて参入しようとするとは思えない。

 真に有為の人材を法曹界に招く必要があると、本気で日経新聞が考えているのなら、やりがいや意義等という抽象的なお題目ではなく、もっと別の提言ができたはずだ。

 やりがいと意義だけで、本当に優秀な人材が多数集まるのか、経済界の事情に詳しく、ヘッドハンティング等にも詳しい日経新聞なら、その答えは分かっているはずだからである。

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