ロースクール授業参観記~その9

次に、不動産の二重譲渡で、対抗要件を先に具備して不動産を手に入れた買主Aに対して、不動産を手に入れられなかった買主が債権侵害の不法行為を主張した事案が、講義のテーマになった。

教員が、不動産の対抗要件は?と学生に問いかける。

当てられた学生は、極めて自信なさげに「登記・・・ですか」と答える。うんうん正解だ。

教員は続けて「民法の何条ですか?」と問う。

S弁護士の記憶では、その学生は答えられず、次の学生が、「民法177条です。」と答えていたように思う。

まあ答えられて当然の質問だったが、一応、質問と答えがきちんと対応したので少し、S弁護士は安心した。しかし、ハーバード白熱教室のようなソクラテスメソッドとは全く違う。単なる一問一答だ。中学生に質問して答えさせているのと変わりはしない。

教員はさらに質問する。「不動産の帰属は、対抗要件だけで全て決まるのだろうか?」

これも基礎中の基礎だ。確かに不動産の帰属は対抗要件で決せられるが、背信的悪意者は、その限りではない。不動産対抗要件のところで必ず学ぶことだ。模範六法にも当然その判例が引用されているはずだ。

ところが、その回答が出てこない。何人か指名されては、首をかしげる学生が続出した後、教員が「どんな悪人でも177条で保護されるの?」とヒントを出し、5~6番目に指名された女子学生が、ようやく「背信的悪意者は別でした。」と回答した。

この比率で単純に考えれば、この講義にでている15名以下の学生のうち、背信的悪意者論を知っていたのは、おそらく2~3名が良いところであって、大半の学生は、背信的悪意者など理解できていない可能性がある。

そのような状況で、二重譲渡の債権侵害に関する不法行為の裁判例など、はっきり言って理解不能、どんな偉い教授の講義でも馬の耳に念仏状態だろう。だってその前提が理解できていないんだから。おそらく、学生にとっては、意味も分からないまま、教員の主張をノートに取るのが精一杯であった可能性すらある。

S弁護士の、ロースクール授業参観に関するメモはここで終わっている。

極めて残念なことだが、ロースクールの授業を参観しても、ロースクールがこれまで自らの利点として述べてきた、実務と理論の架橋、プロセスによる教育、双方向性の密度の濃い授業等は、結局実現されていない(看板に偽りあり)とS弁護士は感じざるを得なかった。

受験予備校は受験テクニックだけを教えるところ、との誤解もあるようだが、少なくとも法学入門者に対して法律の大枠を教え、アウトラインを理解させることに関しては、圧倒的に大学教授の授業よりも優れている。未修初学者には、まず法律のアウトラインを理解させる必要があるし、その点に関しては、S弁護士の見学したロースクールでは(見学した授業に関する限りではあるが)、受験予備校に完敗といったところだ。

もちろん、あくまでS弁護士が見学できたのは、未修初学者に関する講義だけであって、これが既習者向けならもっと優れた講義になっている可能性も否定できない。

しかし、受験予備校を敵視し、いみじくも、受験予備校のような講義くらい、大学でもやろうと思えばできる、と宣った佐藤幸治氏は、残念ながら、学生に理解させるという点において、大学の実力を買いかぶりすぎていたという他ないだろう。

現実をしっかり見据えて、法科大学院制度について議論すべきだ。その場合、どれだけ発言者の肩書きが立派でも、その肩書きを安易に信用して迎合してはならない。

議論においては、誰が言ったかはさして重要ではなく、何を言ったかが重要なのだから。

(この項終わり)

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