司法試験合格発表に思う

先日、司法試験の合格者が発表された。合格者数2102名で、私の予想は外れてしまった。

昨年より若干増えたことが、新聞各紙で報道されていたように思うが、なんのことはない、従前の法科大学院卒業合格者数に、予備試験合格者数を加えた人数になっているようなものだろう。

ちなみに、予備試験合格者の合格率は、予想通り高く、最も合格率の高い一橋法科大学院を大きく上回っている。私は従前、「予備試験制度が新司法試験を受けても良いだけの基礎的素養があるか、つまり法科大学院卒業生レベルの素養が身についているか、を確認することを目的とする資格試験」でありながら、合格レベルをその目的に照らして異常なまでに高く設定しすぎではないかとの指摘をしてきたが(当職の2012年3月8・9日ブログ参照)、おそらくその指摘は正しいことが明らかになったのではないだろうか。

山岸日弁連会長は、司法試験合格者について会長談話を発表している。日弁連の提唱する1500人より多いことについて遺憾であると述べた点は評価できるが、予備試験について、「予備試験を経て今回最終合格した者の年齢、学歴、経歴などを踏まえ、予備試験が上記制度趣旨に沿ったものとなっているかどうかについて検証・分析がなされるべきであると考える。」と述べたことについては賛成できない。

(あくまで法科大学院側の自称だが)素晴らしいスタッフと設備を揃え、プロセスによる素晴らしい教育を行っていながら、予備試験組に惨敗した法科大学院の方こそ、多様な背景を持ちつつも優れた法曹を養成する、という制度趣旨に沿ったものになっているのか検証・分析すべき対象だろう。

余談になるが、今年、大阪弁護士会で、法科大学院に関して討論会がなされたときに、予備試験を批判する法科大学院賛成派に業を煮やして、私は、ちょっと嫌みになりますがと前置きして、「それなら、○○先生(法科大学院擁護派の大事務所の先生)の事務所では、予備試験出身の修習生を採用しないんですか?」と聞いてみた。
司会者の△△先生(法科大学院擁護派)が、「そんな問題じゃないでしょう!」と一喝してきたが、予備試験ルートではなく法科大学院ルートでなければと主張するなら、予備試験ルートの修習生を採用しないのが筋というものだ。

その後、「○○先生のところでも、予備試験ルートであっても、優秀でいい人なら採用するでしょ?」(○○先生頷く)「だったら、法科大学院が良いといってもその程度なんじゃないですか。」というやりとりになったと記憶している。その後の○○先生の反論もあったと思うがちょっと覚えていない(○○先生スミマセン)。

確かに、大阪弁護士会の極めて優秀な先生が法科大学院の教授になっているところもあり、私自身、その先生方の講義を聴けたらどれだけためになるかと思えるような魅力的な法科大学院もある。しかし、物事にはタイミングというものがある。上記の優秀な先生方の講義は、合格して、実務を少しかじってから聞くほうがはるかに理解しやすいと思うし、ためになるとも思う。おそらく未修者が聞いてもその先生方の講義の素晴らしさは理解できない可能性が高いのではないか。

今の制度のように、芽吹くかどうかも分からない田んぼ一面の籾の全てにお金をかけて(法科大学院で)育て、若葉になったらお互いの成長を妨げるほど群生していても間引きもせずに(大量合格者)、自己責任だからといって放置する(貸与制)方法と、旧司法試験制度のように、自力でしっかり成長してきた苗に十分お金をかけて育てる(給費制)方法とでは、優れた稲を育てる観点から見たときに、後者の方が圧倒的に効率がよいことは明らかだ。

元々出来もしないのに、田んぼ一面の籾全てを育てようとしている法科大学院には、何百億という税金が補助金として投入されているはずだ。明らかに税金の無駄遣いだ。また、法科大学院の学生の経済的負担も大きい。

他にもいろいろ突っ込み処はあるが、やっぱり、法科大学院という制度は、おかしすぎる。

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