「陽だまりの彼女」  越谷オサム著 

 仕事で訪れた他社で中学時代の幼なじみに、偶然再会した「僕」。彼女は、素敵な女性に成長していた。僕たちの関係はトントン拍子に進み、彼女の押しもあって、あっという間に結婚まで。
 しかし、彼女には何か秘密があるようで、僕には腑に落ちないことが。

 また、些細なことから僕に忍び寄る、喪失への不安。
 その彼女に秘められていた秘密とは・・・・?

(以下の文章を読む前に、まず原作をお読みになることをお勧めします。)

 冒頭から始まる話において、「まあ、幼なじみと大きくなってから偶然再会して恋に落ちるというパターンは、使い古された手法だし、だからなに?」という、ある程度冷めた目で読み始めた。非常に読みやすい文章であり、しばらく読み進めば、私と同じで、おそらくどなたも、主人公とヒロインの話に微妙なズレが生じていることに気付かれるはずだ。

 そのかすかなズレに、かすかな違和感を感じつつ読み進めると、それらは、ラスト30ページでの展開に直結する伏線であったことが分かる。

 「鮮やかだ」と、私には思えた。

 途中の大甘べたべたの展開に少し辟易するかもしれないが、よくよく考えれば誰だって若い時の恋愛ってのは、周りも見えておらず、そんなものでもあったはず。
 是非、先入観なしに、読んで頂きたい。

 まだお読みでない方のために、内容に触れることは可能な限り避けるが、著者の張った伏線は、そう深いものではない。だから、最初からミステリーの要素があるかもしれない、という予断を持って読めば、オチは分かってしまうだろう。

 しかし、べた甘な恋愛模様の中に巧妙に張られているので、普通に読めば、看破しにくい。

 どんなに相思相愛の関係であったとしてもおとぎ話のように「2人は、いつまでも、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」ということは現実にはあり得ない。仮に2人の関係が壊れなくても、人はいずれ死すべき存在でもあるからだ。

 だから、いかなる恋愛関係についても、心の奥底で、微妙なズレや喪失への不安については、誰もが意識的にか無意識的にかは別として、本能的に感じていることでもあるはずだ。

 その恋愛関係(人間関係)に不可避な不安感に絡めて伏線が張られているため、さっと読んでしまえば伏線に気付かず、ラストで、「ああそういうことだったのか」と、唸らされることになる。

 私は、恋愛小説だろうと高をくくっていたため、著者の策略にまんまと嵌ってしまい、だからこそ「ちょっと強引だけど、鮮やかだ、正直いって、やられちゃったな」との感想を抱いた。

 私の勝手な想像だが、ラスト30ページの「僕」の彷徨の描写から考えて、著者には、それこそ本気で恋をし、その恋が成就することもなく、今でも忘れられない、ファムファタール的存在の女性がいたのかもしれない、と感じた。

The Beach Boys の Wouldnt it be nice  を、きっと聞きたくなるはず。

 文庫の帯に「女子が男子に読んで欲しい恋愛小説№1」と、こっぱずかしいコピーが書かれているが、めげずに一読されることをお勧めする。

 新潮文庫514円(税別)

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